5月9日 編集手帳
優れた登山家は、
山の怖さに敏感なのだろう。
カラコルムの未踏峰に挑む遠征隊を描いた、
北杜夫の小説にこんな場面がある。
ある隊員が、
ルート偵察のため夜明けにキャンプから歩き出そうとして、
ためらいを覚える。
そして理由を考える。
〈単にしんどいなという大儀さなのだろうか、
それとももっと深く根ざした恐怖なのだろうか〉
大型連休を過ごし勤めに復したがまだ本調子ではな い、
という方もいるだろう。
まんざら悪いことではあるまい。
仕事が習慣と化すと、
思い込みからの失敗をしやすくなる。
休みの間に回復した感覚が、
警報を発 しているのかもしれない。
職場のわが机を見れば、
文明の利器に囲まれている。
それでも、
働くことはどこか雪山登山に似てしんどい。
どこにクレバスが口を開けているのか。
それでドリンク剤より効く言葉を唱える。
幼稚園児が発したもので、
本紙の『こどもの詩』欄で読み、
取っておいた。
〈おーれ
はたらくのがすきなんだよ
はたらきたいんだよ
パパ はたらいてるでしょう
パパみたいに
はたらきたいんだよ〉。
仕事には喜びもあるのだと思い出す。