箕面三中もと校長から〜教育関係者のつぶやき〜

2015年度から2018年度に大阪府の箕面三中の校長を務めました。おもに学校教育と子育てに関する情報をのせています。

ぼちぼち始める 2学期

2020年08月19日 06時52分00秒 | 教育・子育てあれこれ


新型コロナウイルス感染防止の臨時休校のため、4月・5月だけで約35日、授業時間にして200単位時間ほどを学校は失いました。

その分、児童生徒は「ステイ・ホーム」しました。

その間、プリント課題やオンライン学習の家庭学習にしっかりと取り組めた子どももいれば、あまり学習をせずに過ごしていた子どももいるのが実情です。

あまり学習をせずに、ダラーと過ごしていた子の中には、「休みグセ」や「さぼりグセ」がついてしまった子がいます。

ただし、休みグセやさぼりグセがついたとみえる子どもたちも、さまざまな角度からみると、ちがった姿が浮かび上がってきます。

そもそも、「みる」には、さまざまな意味があります。「見る」「看る」「観る」「診る」「視る」などです。

教師の「みかた」で、子どもの「みえかた」も異なってきます。先入観や外見、表に表れている言動だけで判断しては、教育のプロとしての本当の子どもの姿を「みる」ことはできないのです。

しかしながら、とかく教師の行う指導支援は、子どもの表面上見える言動をもとにして行われることが多いものです。

たとえば、花粉症の症状であるくしゃみ、鼻水、目のかゆみだけを患者さんから聞いて、薬を出す医者はいません。

じっさいに、鼻腔を観察し、どこがアレルギー反応を起こしているかを目視して、薬を処方します。

教師も同じで、生徒の言動の背景にあるものや理由を考えることなく、指導支援を行うことはできません。

この点を踏まえて、休みグセやさぼりグセのようにみえる言動であっても、なんらかの要因があると理解するのが心ある教師です。

たとえば、両親は家庭でのリモートワークができない仕事で家にいなかった。

そのため、昼間は一人で家庭で過ごす時間が長かった子どもは、生活のリズムが大きく崩れ、無気力になり、学校に来るのが億劫になっているのではないか。

それが、表面の行動では休みグセやさぼりグセとなってみえているのかも。

このように想いを巡らせる教師であってほしい。

今年度は、新型コロナウイルス感染症の影響で、長い臨時休校が続きました。

そのため、失われた授業時間をとり戻そうと、かなり速いペースで授業を行い、子どもたちにとって楽しみな学校行事がなくなったり、規模を小さくして教育活動を進めている学校も多いと思います。

このことが、逆に子どもを追い詰め、身体的・メンタル的な調子を崩すことにならないかと心配します。

文科省も、授業のあり方をいろいろ工夫して、「学習の重点化」を」はかり、それでも教科書が年度内に終わることがどうして難しいときには、次年度以降に持ち越すことも認めています。

そろそろ2学期が始まる学校も多いと思います。まず、ものごとには「助走」が必要です。ウォーミングアップが必要です。

大人でも、月曜日やお盆休みのあとの出勤には、気が重くなりがちです。子どもだって同じです。

ゆったりとしたスタートを切れるよう、学校側の配慮が必要です。