枕元に携帯電話が入ったバックを置いて眠っているので、最初のメールには気付かずにいた私も・・二度目の深夜のメール音で目を覚ましました。
送信元は、会社のアパートに入っている次男から!
「体調悪い。どないしよ?」 「お腹が強烈に痛い。眠れない、辛い」
数年前、インフルエンザに罹った時(40度もの高熱)自分で運転して三重大学医学部付属病院まで行った次男なので、今回は余程辛いのだと思いました。
丁度、何かあった場合にと・・私の携帯画像に「次男の(三重大の)診察券を写したもの」が入れてあるのを思い出して、急いで付属病院に電話をしました
小児外科&第二外科の医師は不在だったのですが、小児科の先生が診てくださると言う事で・・・
大急ぎで用意をして次男のアパートまで走り後部座席に次男を寝かせて、23号線を飛ばしました!
診察してくださった医師は「黄疸も出ていますし、肝機能も以前の検査結果よりも悪い。たぶん、逆流性感染(胆管炎)だと思うので、このまま入院したほうが良いでしょう」と・・・
旧館から新館への長い通路を渡って(次男が2歳の頃から慣れ親しんだ病棟は1階のみ使用されていて、全ては新設された病棟に移設)6階の小児病棟に案内されました。
(通路にはドクターヘリの写真が掲載されていました)
入院した当日は、うつらうつらと眠ってばかりいて、高熱も下がらないままでしたが・・・
二日目には平熱になり、水分の摂取許可も出て、夕食には御粥が出たそうです。
以前(かなり前)次男が体調が悪くて同じように診察を受けた際、病棟の写真を日記帳にUPして・・・
数人の方から(無記名だったと思います)叩かれたことがあります。
☆「息子さんの具合が悪いのに、よく写真を撮る(心の)余裕がありましたね」
☆「あなたにとっては、所詮、他人事なのでしょうね?」
☆「自分の腕の中で冷たくなってゆく愛児を抱きしめ続けた親の気持ちが解りますか?」
今回も叩かれるかも知れないので、言われる前に書いておきます。
難病を背負って生まれてきた次男を、どういう張り詰めた気持ちで育ててきたか「あなたたちには解らないでしょう?」
可愛い赤ちゃん(三ヶ月)が点滴をされて泣き叫んでいるのを廊下で聴く親の辛さ、愛児が大手術を受けた後の辛さ、手術してからが病気との闘いだと告げられた時の辛さ、再手術が必要と言われた時に三日三晩泣き明かした際の辛さ!
吐血して生死をさ迷った時、おろおろとして『胆道閉鎖症の子供を守る会』に泣いて電話をかけて「しっかりしなさい!皆、同じなんです!皆、吐血の経験はあるのですよ、主治医は何と仰っていますか?主治医の仰ることを信じて、その通りになさい」と力づけてもらったこともあります。
食道静脈瘤の治療は何度も受け、痛い治療や肥大した脾臓の塞栓術も受けました!
三十年もの長き日々は、砂を噛むような・・氷の上を割れないように歩くような感じでしたが・・
ひとつひとつ夢を叶えてきた希望の日々でもありました。
「動物園に連れて行ってやりたい」「幼稚園に入って、遠足や運動会を楽しませてやりたい」「遊園地に連れて行きたい」
健康で元気な子供なら「普通に可能なこと」が、次男にとっては「願って希望につなげること」だったのですから!
今日(仕事終了後)病室に飲料と着替えを持って行くと、次男は「髪の毛を洗ってほしい」と・・・