緑には、東京しかない

千葉県の東京寄りに住んでいる私「緑」が大好きな東京の散策写真のブログを作ります!!!

10月の日本橋:永代通りを通り抜けて、コレド日本橋へ PART1

2013年10月22日 18時40分28秒 | 中央区全域・銀座


永代通り・千代田橋、首都高速都心環状線の高架橋の真下から引き続き日本橋の散策を続けていきます。前方には地下鉄東西線日本橋駅前に建っている「コレド日本橋」の高層ビルが見えますが、この高層ビルを目指して歩いていきます。




日本橋界隈の金融街・オフィス街の中を東西方向にまっすぐ通っている「永代通り」は、この先の皇居東御苑(江戸城)の大手高麗門まで続いています。大通りの真下には東京地下鉄東西線のトンネルが通っています。




東西線・茅場町駅と日本橋駅の間の界隈には、オフィスビルや雑居ビル、商店などの建物が密集して広がっています。祝日の散策だったので、永代通り周辺は閑散としていました。




振り返って楓川・千代田橋と、その上を直角方向に通っている首都高速都心環状線の高架橋を撮影しました。この界隈は高層化を伴う再開発工事が進んできている東京駅や日本橋駅周辺と比較すると、まだ古いオフィスビルが数多く残っているエリアとなっています。




永代通りと昭和通りが交差している「江戸橋一丁目交差点」と、交差点前に建っている「日鐵日本橋ビル」を撮影しました。日鐵日本橋ビルは取り壊し工事のための防護壁の設置工事が行われていました。




正面に建っている高層ビルは、1999年(平成11年)に閉店した東急百貨店日本橋店跡地に建設された「日本橋一丁目ビルディング」(2004年1月竣工)です。低層階テナントに入居している商業施設「コレド日本橋」の愛称で親しまれています。




1966年に建設された日鐵日本橋ビルは2013年11月ごろから解体工事が始まり、地下3階地上17階建ての新しい高層ビルが2017年に竣工する予定になっています。




東京駅周辺の丸の内地区や大手町地区、八重洲地区では2000年代中盤から古いオフィスビルの建て替え工事や再開発工事が実施されてきましたが、近年になって日本橋地区でもその動きが顕著になってきました。2010年代になって、東京都内の高度成長期(1960年代)に建てられたオフィスビルの建て替えラッシュ現象が起きています。




江戸橋一丁目交差点から昭和通りを江戸橋方向をズームで撮影してみると、奥には日本橋川に架橋されている「江戸橋」と、その上を通っている都心環状線の高架橋が小さく見えました。




この交差点で永代通りと交差している昭和通りの真下には都営浅草線のトンネルと、日本橋駅ホームが設置されています。千葉から東京へアクセスするために常に東西線を利用している私ですが、この駅で東西線から浅草線に乗り換えた経験は一度もありません。東京メトロから都営地下鉄に乗り換えると料金が倍になってしまうからです。




現在、猪瀬直樹東京都知事が進めようとしている東京メトロと都営地下鉄の統合計画は、私からすれば「大歓迎」の話です。前方には東京駅周辺の高層ビルが見えてきました。茅場町地区から日本橋地区まで歩いて10分ほどでした。




コレド日本橋の敷地の、永代通りを挟んだ南側にはタワークレーンが3基建ち並んでおり、超高層ビル3棟を含む大規模な再開発工事が進められています。これまで東京駅周辺の再開発工事から取り残されてきた日本橋界隈ですが、「ようやく追いついてきたか」と感無量な気持ちです。




東京地下鉄東西線ユーザーである私「緑」にとっては、日本橋界隈は東京の玄関口そのものであり、東京駅周辺に匹敵するような街並みに生まれ変わってほしいと心の中で願っていたところです。コレド日本橋の高層ビルの脇を通り抜けていきます。




1999年(平成11年)までこの場所には「東急百貨店日本橋店」の建物が建っていました。1964年(昭和39年)までは「白木屋本店」であり、東急電鉄創始者である五島慶太氏に乗っ取られて東急百貨店系列になってしまった経緯があります。




1999年の閉店後はすぐに取り壊し工事が始まって、その後はしばらく更地となっていました。2001年に再開発工事が始まり、2004年1月に「コレド日本橋」が開業しました。低層階に入居している商業施設には、東急系の店舗が多いですね。




オフィススペースにはメリルリンチ日本証券、三菱UFJメリルリンチPB証券などが入居しています。メリルリンチと言えば、2008年9月のリーマンショックの際に、バンクオブアメリカに吸収合併されたことで有名ですね。



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