10月に入っても残暑や気候不順が続いていたが先週末から、つるべ落としのようにストンと涼しくなってきた。千葉北東部でも朝晩などは寒いぐらいである。これから秋が日を追うごとに深まってくる。
こうした季節の変わり目は仕事中のBGMも今までとは換えたい気分になってくる。このところ聴き始めたのがクラシックの『ギター曲』である。ギターと言えば先日テレビを点けると偶然、日本歌謡界を代表する作曲家で歌手の船村徹さんが、自身の代表曲「別れの一本杉」をギター弾き語りで歌っていた。御年84歳とは思えぬ張りのある声、そしてギターのトレモロ演奏を披露していた。しみじみとして心の奥まで染み入ってくる。船村徹、現役である。
話を元に戻そう。そうそうクラシックのギター曲だった。多くの人が、すぐに思い浮かべる曲は、たとえばタルレガの「アルハンブラの思い出」やロドリーゴの「アランフェス協奏曲」などスペインの名曲の数々ではないだろうか。確かにいつ聴いても良い曲ばかりである。
因みに僕がクラシックのギターという楽器を見直し始めたのは、バッハの「無伴奏リュート組曲」からだった。本来バロックリュート1本で演奏するこの曲をエドゥアルド・フェルナンデスというギタリストがギター用に編曲し1988年にロンドンで吹き込んだ2枚組のCDを聴いて、その音色の素晴らしさの虜になってしまった。それまでクラシック界で花形楽器と言えばピアノとヴァイオリンだろうと決めつけていた考え方が一気に音をたてて崩されていった。そもそもギターという楽器の歴史は古く13世紀まで遡るそうである。そしてその音色は「一台でオーケストラのような音を出す楽器」と例えられるように、とても豊かで奥深いものなのである。ただ、日本では他の室内楽と同じく、あまり人気がないのかCDなどで新譜が発売されても内容如何によらず廃番となってしまうものも多い。
1970年代、80年代からクラシック音楽を聴き始めた我々の世代で、この楽器を代表する演奏家を一人挙げるとすれば迷うことなくスペインを代表するギタリストのナルシソ・イエペス(Narciso Yepes 1927年~1997年)と答える人が多いだろう。1951年イエペス24歳の年、我が国でも人気のある映画「禁じられた遊び」の音楽、編曲、演奏を1本のギターだけで行いメインテーマ曲の「愛のロマンス」が大ヒットしたことは良く知られている。大の日本びいきでもあり、トータルで17回訪れているという。そして通常の6弦ギターよりも音域の広い10弦ギターを開発し、均一な共鳴を持つ透明度の高い音色を実現したことでも有名である。演奏する曲目のレパートリーは広い。そう言えばイエペスもバッハの「無伴奏リュート組曲」をバロックリュートと10弦ギターの両方で演奏、録音している。
録音枚数50枚を超えるイエペスの名盤の中から、お薦めするCDを選ぶとすると、かなり迷ってしまう。ギター曲の王道を行くスペイン音楽やバッハをあえて外して2枚を選んでみた。1枚目はイタリアの作曲家、ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)の「チェンバロのためのソナタ集」をイエペスがギター曲として編曲したアルバム。イエペスの卓越した表現力と演奏によりチェンバロよりも表情豊かに演奏されている名盤である。もう1枚はドイツ・バロックの大家、ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)の「リュート二重奏曲」。これもイエペスがギター曲として編曲した1枚。アルバム全編が愛弟子の一人であるベルギーの女性ギタリスト、ゴドリーヴ・モンダンとの10弦ギターによる師弟共演となっている。バロックらしいくつろいだ雰囲気の演奏で2本のギターの掛け合いにイエペスの弟子への深い愛情が音を通して伝わって来るかのようでもある。
ここでイエペスの信念としている言葉を一つ、「芸術とは神の微笑みである」。みなさんも秋の深まる中、機会があったらこの2枚を是非聴いてみてください。
画像はトップが愛用の10弦ギターとイエペス。下が向かって左からフェルナンデス盤バッハ「無伴奏リュート組曲」のCDジャケ、イエペス盤スカルラッティ「ソナタ集」のCDジャケ、同じくイエペス盤テレマン「ギター二重奏曲」のCDジャケ、各種ギター曲CD。