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生きていると色々な出来事が次々と現れて、なかなか苦しいという時がしばしばあります。
「人生に起きる出来事で、無駄なことは一つも無い」とはよく言われますが、実際につらさのまっただ中にある時にそれを実感できることって、なかなかありませんよね。
末盛千枝子さん(皇后美智子さまの、子供時代の読書の思い出『橋をかける』を出版した、すえもりブックスの代表)は、どういうわけかたくさんの苦しい悲しい出来事に遭われています。その経験のことを、ご自分の著書『ことばのともしび』の中で
「歳をとることのすばらしさの一つは、いろいろな経験が、特に苦しく悲しい経験が結局はじぶんを育ててきたという実感を持てることではないかと思います」
と書かれているのを拝見して、誠にそうであると同感したことがありました。
茨木のり子のこんな詩もあります。
<苦しみの日々 哀しみの日々> 茨木のり子
苦しみの日々
哀しみの日々
それはひとを少しは深くするだろう
わずか五ミリぐらいではあろうけれど
さなかには心臓も凍結
息をするのさえ難しいほどだが
なんとか通り抜けたとき 初めて気付く
あれはみずからを養うに足る時間であったと
少しずつ 少しずつ深くなってゆけば
やがては解るようになるだろう
人の痛みも 柘榴(ざくろ)のような傷口も
わかったとてどうなるものでもないけれど
(わからないよりはいいだろう)
苦しみに負けて
哀しみにひしがれて
とげとげのサボテンと化してしまうのは
ごめんである
受け止めるしかない
折々の小さな刺(とげ)や 病(やまい)でさえも
はしゃぎや 浮かれのなかには
自己省察の要素は皆無なのだから
引用元:筑摩書房
「倚りかからず」より
歳をとるとは、誠に値打ちのあることだと、しみじみと思わされます。
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写真は、枚方の私の部屋から見えていた、京都方面の山の雪景色です。
今頃はきっと、もっと真っ白くなっていることでしょう・・・
「人生に起きる出来事で、無駄なことは一つも無い」とはよく言われますが、実際につらさのまっただ中にある時にそれを実感できることって、なかなかありませんよね。
末盛千枝子さん(皇后美智子さまの、子供時代の読書の思い出『橋をかける』を出版した、すえもりブックスの代表)は、どういうわけかたくさんの苦しい悲しい出来事に遭われています。その経験のことを、ご自分の著書『ことばのともしび』の中で
「歳をとることのすばらしさの一つは、いろいろな経験が、特に苦しく悲しい経験が結局はじぶんを育ててきたという実感を持てることではないかと思います」
と書かれているのを拝見して、誠にそうであると同感したことがありました。
茨木のり子のこんな詩もあります。
<苦しみの日々 哀しみの日々> 茨木のり子
苦しみの日々
哀しみの日々
それはひとを少しは深くするだろう
わずか五ミリぐらいではあろうけれど
さなかには心臓も凍結
息をするのさえ難しいほどだが
なんとか通り抜けたとき 初めて気付く
あれはみずからを養うに足る時間であったと
少しずつ 少しずつ深くなってゆけば
やがては解るようになるだろう
人の痛みも 柘榴(ざくろ)のような傷口も
わかったとてどうなるものでもないけれど
(わからないよりはいいだろう)
苦しみに負けて
哀しみにひしがれて
とげとげのサボテンと化してしまうのは
ごめんである
受け止めるしかない
折々の小さな刺(とげ)や 病(やまい)でさえも
はしゃぎや 浮かれのなかには
自己省察の要素は皆無なのだから
引用元:筑摩書房
「倚りかからず」より
歳をとるとは、誠に値打ちのあることだと、しみじみと思わされます。
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写真は、枚方の私の部屋から見えていた、京都方面の山の雪景色です。
今頃はきっと、もっと真っ白くなっていることでしょう・・・
詩のように、わずか五ミリのことかもしれませんが、少しでも分かることが増えるのは嬉しいことだと思いますね。
辛さを経験するのは大変なことですが。
優しくなれるのは、ずっと先のこと。
私もこの春には77歳になります。びっくりで、どうしたらいいのかととまどうばかりです。