決裁印をもらおうとNPO法人なごやか理事長の執務室に入ると、机に座った彼は一枚のハガキを斜めに眺めながらニヤニヤしていた。
どうしたのですか、と尋ねると理事長はそのハガキを私に差し出した。
転勤して行った若い営業マンが新任地への着任の挨拶をくれてね、その内容が嬉しかったものだから。僕は(東日本大震災でとんでもない目に遭っているので)社交辞令はなしですよ、と常々言っていたのだけれど、どうやらこのハガキもそのようだよ。
『何から何までわが子のようにお世話していただきありがとうございました。理事長様の経営力には感心させられることばかりで、お会いできて本当に、本当に良かったです。』
私は思わず吹き出しそうになった。確かに、社交辞令なしだ。
「これには前段があってね、離任の挨拶に来た際に、同行してきた上司へ言ったんだ、この方があまりに若いので、どのように接しようか、考えた末に、いっそのこと娘婿と思って丁寧に扱おうと。
それが上司にウケて、何度もヒジでつんつん突つかれていた。
ところがそのあと、別れの挨拶ももう済ませた転勤の当日、玄関チャイムが鳴るので出てみたら汗だくの彼が立っていてね、転勤前のノルマが達成できなくて、恥を忍んで理事長にお願いに上がりました、と。」
「ああ、いいですよ、と僕は名前を書き、実印を押した。
転勤して行く、いわばもう何もメリットがない私に、申し訳ありません、と頭を下げるので、いえいえ、私の願いは、困った時に真っ先に頭に思い浮かぶひとになりたい、ですから。それに、年を取ったので、見返りなど要らなくなりました。いや、若いころから求めていないかもしれません。」
そう言って、今度は本当に別れた。
「強いて言えば、本気の見返りは、本気が欲しいかな。」
私は内心ため息をついた、それがあなたと付き合うひとたちには一番大変だと思うのですが!