1月26日は、藤沢周平の没後10年の命日にあたります。地元紙では、没後10年にあわせて、特集や企画を組んでいます。山形新聞では、ゆかりの人々が随想を寄せたり、山形師範の同級生だった良き理解者が寄稿したりしていますし、全国紙でも地方版のコラムなどに、藤沢周平の名を冠したらんを設け、関連記事が増えているようです。
その中で、湯田川中学校の教え子たちが、泉話会と称する集まりを持ち、このときの会話が作家の創作に影響しなかったはずはない、と以前書いたことがありますが、そのことに直接触れた内容がありました。
「先生の小説は暗い。重苦しい気持ちになる。」と感想を述べた教え子に、恩師・藤沢は、「今はまだハッピーエンドは書けない。もう少し待ってほしい。」と答えたそうです。「転機の作物」と題するエッセイにも、同様の想像のできる記述はありますが、教え子から直接証言があったことになります。
一方、娘の展子さんは、近著で、父の作風が明るくなったのはユーモア好きだった育ての母の影響が大きいと思う、と書いています。たしかに、再婚により家庭生活が安定し、作家としても認められ、日常に明るさが戻ってきたとき、本来持っていた農村的なユーモアがにじみ出てきたのは自然なことではないか、と思います。
藤沢周平のユーモアというと、どんな場面でしょうか。
たとえば『用心棒日月抄』で、主人公の青江又八郎は口入れ屋の吉蔵のもとで仕事を探しますが、細谷という大男に横から攫われます。
「しかし、どうなさいます?」
吉蔵の声が、又八郎の一瞬の感傷を吹きとばすように、無慈悲にひびいた。
「あとは犬の番しか残っていませんが。」
と突き放す場面。乾いたユーモアがただよいます。
新潮文庫『冤罪』に収録された「臍曲がり新左」では、隣家の娘を救い、篠井右京を斬った新左衛門が家に帰ると、あととり娘に思いを寄せる隣家の長男の平四郎が藩内の権力移行を促し、予想外に度胸と手腕を見せます。互いに好き合っている二人、平四郎が婿に来ても良いと言っていたことがわかり、二人の笑い声を聞きながら、下僕の芳平がそばに寄り、そっと話しかけます。
「お似合いのお二人でございますな」
「む、む」
と新左衛門は渋面を作った。しかし、芳平が薪の燃え残りの最後の一片に水を掛け、庭が闇に包まれると、不意に相好を崩してにやりと笑った。
というあたりは、それまでの緊張感が一気にほぐれ、腹の底から可笑しい場面です。
あるいは文春文庫の『花のあと』に収録された「花のあと-以登女お物語-」などは、気丈な祖母の初恋の次第が語られる全編の語り口が、実にユーモアに包まれ、たいへんに印象的です。
藤沢周平のユーモアは、どこかシュールなものがあり、上質な笑いだと感じます。
その中で、湯田川中学校の教え子たちが、泉話会と称する集まりを持ち、このときの会話が作家の創作に影響しなかったはずはない、と以前書いたことがありますが、そのことに直接触れた内容がありました。
「先生の小説は暗い。重苦しい気持ちになる。」と感想を述べた教え子に、恩師・藤沢は、「今はまだハッピーエンドは書けない。もう少し待ってほしい。」と答えたそうです。「転機の作物」と題するエッセイにも、同様の想像のできる記述はありますが、教え子から直接証言があったことになります。
一方、娘の展子さんは、近著で、父の作風が明るくなったのはユーモア好きだった育ての母の影響が大きいと思う、と書いています。たしかに、再婚により家庭生活が安定し、作家としても認められ、日常に明るさが戻ってきたとき、本来持っていた農村的なユーモアがにじみ出てきたのは自然なことではないか、と思います。
藤沢周平のユーモアというと、どんな場面でしょうか。
たとえば『用心棒日月抄』で、主人公の青江又八郎は口入れ屋の吉蔵のもとで仕事を探しますが、細谷という大男に横から攫われます。
「しかし、どうなさいます?」
吉蔵の声が、又八郎の一瞬の感傷を吹きとばすように、無慈悲にひびいた。
「あとは犬の番しか残っていませんが。」
と突き放す場面。乾いたユーモアがただよいます。
新潮文庫『冤罪』に収録された「臍曲がり新左」では、隣家の娘を救い、篠井右京を斬った新左衛門が家に帰ると、あととり娘に思いを寄せる隣家の長男の平四郎が藩内の権力移行を促し、予想外に度胸と手腕を見せます。互いに好き合っている二人、平四郎が婿に来ても良いと言っていたことがわかり、二人の笑い声を聞きながら、下僕の芳平がそばに寄り、そっと話しかけます。
「お似合いのお二人でございますな」
「む、む」
と新左衛門は渋面を作った。しかし、芳平が薪の燃え残りの最後の一片に水を掛け、庭が闇に包まれると、不意に相好を崩してにやりと笑った。
というあたりは、それまでの緊張感が一気にほぐれ、腹の底から可笑しい場面です。
あるいは文春文庫の『花のあと』に収録された「花のあと-以登女お物語-」などは、気丈な祖母の初恋の次第が語られる全編の語り口が、実にユーモアに包まれ、たいへんに印象的です。
藤沢周平のユーモアは、どこかシュールなものがあり、上質な笑いだと感じます。