電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

デュマ『モンテ・クリスト伯』を読む(13)~ダングラールの没落とヴィルフォール家の凄惨な結末

2007年01月08日 11時37分15秒 | -外国文学
デュマ『モンテ・クリスト伯』、全集版第三巻もいよいよあとわずか。連休に入り、残るページ数を惜しみながら、読んでおります。



ヴィルフォールと先妻の間に生まれた娘、ヴァランティーヌは、日に日にやつれて美しさが増してきます。これは、実はノワルティエ老人の深慮でした。ヴァランティーヌは一度毒に倒れますが、かろうじて一命を取り留めます。マクシミリヤン・モレルに、ヴィルフォールの娘を愛していると聞いたモンテ・クリスト伯は思わず絶句しますが、ヴァランティーヌを守ることを約束します。

アンドレア・カヴァルカンティは、男ぎらいで気性の激しいダングラールの娘ウージェニーと結婚契約の署名をする寸前に警察の手から逃亡、実は脱獄した徒刑囚で殺人犯であることが暴露されます。彼女は銀行家の父親の破産を防ぐため、金目当てで結婚に同意していたのでしたが、さすがに嫌気がさしたか、音楽仲間のレオン・ダルミィー嬢とともに逃亡します。しかし、アンドレアが警察に追われ、逃げ込んだ旅館の煙突から落ちた場所が、男装のウージェニーとダルミィー嬢が一つベッドに寝ていた部屋だったとは、やれやれです。ここでは、ダングラール親子の破廉恥さが、マクシミリヤンとヴァランティーヌの純愛に対比されて描かれています。

さて、ヴィルフォールには、ヴァランティーヌの母である妻のほかに、実は不倫の相手がいたのでした。それが現在ダングラール男爵夫人となっている、元ナルゴンヌ侯爵未亡人エルミーヌです。二人の間に生まれた不義の子、ヴィルフォールに生き埋めにされた子どもが、実はカドルッス殺しの犯人アンドレアなのですが、それを知らないヴィルフォールは、熱心に裁判の準備を進めます。

そんなときに、ヴァランティーヌが再び毒に倒れます。ただし、これはモンテ・クリスト伯がひそかに見張っている中で行われた犯行であり、ヴァランティーヌは犯人の姿と顔をはっきりと見ます。だが、翌朝ヴァランティーヌが冷たくなって発見されたとき、ヴィルフォールもノワルティエ老人も愕然とします。マクシミリヤンの慟哭。そして殺人の告発。ノワルティエ老人は、検事でもある息子ヴィルフォールに犯人は誰かを伝え、その処置を約束させます。

ダングラールはついに破産し、手元に残った他人の金をかきあつめて逃亡します。ダングラール夫人は、ともにインサイダー取り引きを行っていた愛人の大臣秘書官リュシアン・ドブレーに救いを求めようとしますが拒絶されます。この女性も常に金目当てで、身持ちの悪い懲りない女ですね。遊び回りたい母親にとって、隣でじっと見つめる娘は邪魔な存在でしかない。それでは娘ウージェニーが歪んだ成長をするのは、むしろ当然のことと言えましょう。

ヴァランティーヌを失ったマクシミリヤンは生きる希望を失ってしまいますが、モンテ・クリスト伯に一ヶ月だけ死ぬことを待つよう説得され、しぶしぶ約束します。マクシミリヤンが父モレル氏の墓にもうでている頃、モンテ・クリスト伯は、アルジェリアの軍隊に志願したアルベールを見送り、エドモン・ダンテスの父親がかつて住んでいた、メーラン小路の古い家でひっそりと暮らすメルセデスをたずねます。絶望に沈むかつての恋人の姿を目の当りにして、自分の復讐の意味を疑いますが、もう一度訪れたイフの城砦の土牢で、ファリャ神父の遺品に接し、あらためて復讐を誓います。

アンドレアの重罪裁判に出かける朝、ヴィルフォールは妻エロイーズに「いつも使っている毒薬はどこだ」とたずねます。そして、自分用に残しているだろうな、と念を押し、帰るまでに自分で毒を飲むように、と命じるのでした。裁判でアンドレアが「父は検事をしている」と述べ、父ヴィルフォールの旧悪を暴露する場面も、なんとも迫力がありますが、さらに凄惨なのは罪を認め帰宅したヴィルフォールが目にした、妻が息子エドゥワールを道連れに服毒死した姿でした。ヴァランティーヌの幸福を望むノワルティエ老人をなぐさめていたブゾーニ神父が、実はエドモン・ダンテスであることを知ったヴィルフォールは、ついに発狂します。

サン・メラン侯爵夫妻とバロワの三人を毒殺した夫人が、古代ローマ時代の毒殺魔ロクスタにたとえられるのは当然としても、その動機が財産をわが子に確保するためであり、薬の調合を教え毒殺の可能性を示唆したのはモンテ・クリスト伯自身です。あまりの凄惨さに、自分の復讐が、神が許す最後の一線を越えてしまったのではないかと恐れるモンテ・クリスト伯は、残る一人は助けようと決意します。

【追記】
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2 コメント

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モンテクリスト伯を読んで (古道)
2013-08-13 21:54:43
私、昭和5年生まれ83歳 モンテクリスト伯(1)は14歳の時始めて読みました。家にあった新潮社昭和2年10月20日発行世界文学全集第8回配本です。「ロベール・ル・ディアブル」まで翻訳者は山内義雄・その後モンテクリスト伯(2) 昭和3年8月15日に第18回配本で発行されています。
翻訳者は大宅壮一です。
2回目は私は昭和20年15歳で海軍少年兵に志願して敗戦半年で帰ってきてもう一度読み返したのを覚えています。
3回目は昭和34年に結婚した頃、4回目は退職して暇になった昭和62年。今年(平成25年)ワイド版岩波文庫全7巻で発行の案内と電網郊外散歩道を知り懐かしく思い出して5回目読んでいます。旧仮名遣い旧字は読みにくくなってきましたが 何度読み返してもあきない面白さ少年時代中年時代後期高齢者毎回ちがう読書感発見があります。
何年かたって生きておればまた読みたいと思っています。
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古道 さん、 (narkejp)
2013-08-14 09:05:32
コメントありがとうございます。デュマの『モンテクリスト伯』は、ほんとに年代によっても再読の回数によっても、少しずつ印象を受ける箇所が変わってきますが、面白さは少しも変わりませんね。私は、この全集版で何度も読み返していますが、他にも文庫版で全訳があってもよかろうと思ってしまいます。宝塚で「モンテクリスト伯」をやっているためでしょうか、当方の記事にもずいぶんアクセスがあるようです。私も、また折を見て再読に挑戦したいと思っています。
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