新潮社クレストブックスのシリーズで、アイルランドの作家コルム・トビーン著(栩木伸明訳)『ノーラ・ウェブスター』を読みました。2017年11月に刊行された単行本ですので、まだ二年も経たない、私にとってはごく新しい翻訳本です。
実は、数カ月前に一度手に取っており、読み始めてはみたものの、最初の方、夫が亡くなり未亡人となった主人公ノーラが周囲の人と交わす会話や人間関係の観察がまだるっこしく、途中で嫌になって投げ出したのでした。ところが、なぜか続きが気になります。とくに、裏表紙の中ほどにある紹介文:
などが頭に入っていたせいか、これは読み通したいと思ってしまいます。少なくとも、レコードや音楽、歌の場面が出てくるまで、なんとか我慢しよう。そんな心づもりでの再挑戦です。
いやいや、そんな心づもりは不要でした。寡婦年金の交付が決まるまで家計はピンチですので、夏を過ごした海辺の家を売り、昔、若い頃に働いたことがある会社の事務所に勤め始めます。創業者一族の無茶苦茶も、古参社員の嫌がらせも、彼女を降参させることはできません。ふつうの主婦に、どこにそんな強さや一方的な頑固さがあったのかと驚きますが、おそらくはもともと持っていた資質が、主婦の時代には隠れていただけなのでしょう。様々な人たちの縁で、組合活動に参加したり声楽のレッスンを受け始めたり、グラモフォン友の会に参加したりします。とくに、若い女性チェリスト(たぶん、ジャクリーヌ・デュプレ)ともう二人のイケメン(たぶん、ピアノはダニエル・バレンボイム、ヴァイオリンがピンカス・ズーカーマン)らによる、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番「大公」(*1)のレコードに惹かれる場面などは、レコード好きには共感できるところでしょう。
1968年〜72年のアイルランド紛争の前後ですから、あきらかに我が青春時代。二人の息子ドナルとコナーはほぼ同世代でしょう。教師となる長女や、学生として政治活動に参加する次女を心配する親心はよく理解できます。同時に、夫を失った主婦が働いてお金を稼いでいたとき、遡って増額された寡婦年金を得て小型のステレオを購入したり、レコードを10枚買ったりするドキドキや幸福感は、読む方も同じ気持ちになります。読み通して良かった、久々の良書でした。
蛇足。息子が書いた母の生涯ですが、お母さんの名前が偶然にもノーラ。著者はイプセンの『人形の家』を意識しているのかな? あっちは家を出るだけで、具体的にどうやって自立して暮らしていくのかは描かれなかったけれど。
(*1):これかな? YouTube より。
Beethoven, Piano Trio No 7 Op 97 ArchdukeDaniel Barenboim, Zukerman, Du Pre
実は、数カ月前に一度手に取っており、読み始めてはみたものの、最初の方、夫が亡くなり未亡人となった主人公ノーラが周囲の人と交わす会話や人間関係の観察がまだるっこしく、途中で嫌になって投げ出したのでした。ところが、なぜか続きが気になります。とくに、裏表紙の中ほどにある紹介文:
夫に死なれたとき、ノーラは四十代半ばで、子供は四人。母の生涯を小説として構成するにあたって作者が焦点を当てたもの。それは主人公の、一人で担いとおす強さだった。父と夫の死に当たっても、末息子が学校で不当な扱いを受けたときの抗議も、ノーラは独力でやりとげた。さらに大きな自由を見出したのは、音楽だった。音楽嫌いの夫の生前には知る機会のなかった、レコードをひとりで自由に聴く喜び。さらに人前で歌い、才能を発揮する自由が開ける。渇いた土に水が沁み込むように、その喜びが切実さをもって描かれている。 (横山貞子)
などが頭に入っていたせいか、これは読み通したいと思ってしまいます。少なくとも、レコードや音楽、歌の場面が出てくるまで、なんとか我慢しよう。そんな心づもりでの再挑戦です。
いやいや、そんな心づもりは不要でした。寡婦年金の交付が決まるまで家計はピンチですので、夏を過ごした海辺の家を売り、昔、若い頃に働いたことがある会社の事務所に勤め始めます。創業者一族の無茶苦茶も、古参社員の嫌がらせも、彼女を降参させることはできません。ふつうの主婦に、どこにそんな強さや一方的な頑固さがあったのかと驚きますが、おそらくはもともと持っていた資質が、主婦の時代には隠れていただけなのでしょう。様々な人たちの縁で、組合活動に参加したり声楽のレッスンを受け始めたり、グラモフォン友の会に参加したりします。とくに、若い女性チェリスト(たぶん、ジャクリーヌ・デュプレ)ともう二人のイケメン(たぶん、ピアノはダニエル・バレンボイム、ヴァイオリンがピンカス・ズーカーマン)らによる、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番「大公」(*1)のレコードに惹かれる場面などは、レコード好きには共感できるところでしょう。
1968年〜72年のアイルランド紛争の前後ですから、あきらかに我が青春時代。二人の息子ドナルとコナーはほぼ同世代でしょう。教師となる長女や、学生として政治活動に参加する次女を心配する親心はよく理解できます。同時に、夫を失った主婦が働いてお金を稼いでいたとき、遡って増額された寡婦年金を得て小型のステレオを購入したり、レコードを10枚買ったりするドキドキや幸福感は、読む方も同じ気持ちになります。読み通して良かった、久々の良書でした。
蛇足。息子が書いた母の生涯ですが、お母さんの名前が偶然にもノーラ。著者はイプセンの『人形の家』を意識しているのかな? あっちは家を出るだけで、具体的にどうやって自立して暮らしていくのかは描かれなかったけれど。
(*1):これかな? YouTube より。
Beethoven, Piano Trio No 7 Op 97 ArchdukeDaniel Barenboim, Zukerman, Du Pre
小生はほとんど読書の癖がないのですが、読みたいとは思っています。そんな小生にきっかけをもらったように思います。
>著者はイプセンの『人形の家』を意識しているのかな?
こちらも存在は知っているのですが、読んでいないという読書サボりです。
また、読書の示唆をお願いします。楽しみです。
イプセンの「人形の家」は、学生時代に読んだきりですが、どうも現実のほうが多彩ですね(^o^)/