講談社選書メチエ中の1冊として2019年の4月に刊行された単行本で、伊東道風著『万年筆バイブル』を読みました。本書の構成は、次のとおりです。
著者は個人ではなく、専門店「伊東屋」で万年筆やインクのデザイン、販売、修理、仕入れに関わるメンバーを一人の人物に見立てた架空の人物のようです。万年筆に関わる基礎的な知識を知るには、良い内容だと感じました。高校入学以来50年、ずっと万年筆を愛用してきた私にとっても、初めて知る知識がありました。例えば;
などは、インクの流れる原理や仕組みを理解するうえで参考になるものですし、なんとなく感じていたメーカーの特徴を的確に言い表したものと思います。
ただし、はてな?と首をかしげるところもチラホラ。例えばインクの補充方式についてカートリッジ式と吸入式を比較し、インクの費用対効果なんぞをセールストークにしているようですが(p.40〜41)、銀行やコンビニのATMで手数料を払うご時世、「なんとも昭和な」違和感を感じてしまいます。そこじゃないだろ〜みたいな(^o^)/
また、インク色素の退色の原因を、「紙に染みこんだ染料が乾燥して、粉となって空気中に消えていくから」と説明しています(p.61)が、これはマチガイ。例えば色素によっては酸化型と還元型では色が違い、光や空気で酸化されることによって色が薄くなり、あたかも消えたように見える(*1)だけなのではないかと思います。
さらに、古典インクの説明の中に、唐突に「酸化第二鉄というのは、簡単にいえば錆のことで、つまりは錆びることで黒へと変色し、水に溶けにくくなるのです」という説明をしています(p.64)が、これはおかしい。要するにFe2+がFe3+に酸化されることでタンニン酸第一鉄がタンニン酸第二鉄に変わり、不溶になることを言いたいのでしょうが、酸化第二鉄は古典インクとは無関係で、これを持ち出すのは適切ではないと思います。Fe3+からなる酸化第二鉄は赤錆で、むしろFe2+からなる酸化第一鉄のほうが黒錆でしょうから、色さえも逆です。
いずれにしろ、専門店のプロたちが、様々なお客さんたちに対応してきた経験をもとにまとめあげた内容で、『万年筆バイブル』という書名は伊達ではないようです。
(*1):紅茶に薄切りレモンを入れると色が薄くなるのは、レモン中に含まれるクエン酸等の影響でpHが小さく(酸性に)なり、紅茶中のポリフェノールの1種が無色になるためだそうです。色素が消えてなくなっているわけではない。
○
【蛇足】
備忘録ノートに書いたこのページ、途中で色の濃さが変わっていますが、実はどちらも同じプラチナ古典ブルーブラック・インクです。ただし、最初の方はプレッピー(M)で、色が薄い真ん中あたりはプロシオン(M)で、後半の濃い方はパイロットの白軸カクノ(M)です。インクフローの差とキャップの性能の違いによるもので、乾燥しやすいカクノのほうが濃縮&空気酸化されてしまい、色が濃くなってしまうのが原因のようです。
第一章 「自分だけの1本」の選び方
1.万年筆売り場へようこそ
2.試し書きをしてみよう
3.インクの吸入方式について
第二章 インクと万年筆の正しい関係
1.インク選びのコツ
2.インク粘度と表面張力の話
3.色材について
4.インクのトラブルとメインテナンス
第三章 万年筆の仕組みと科学
1.万年筆の構成
2.万年筆の頭脳「ペン先」
3.万年筆の心臓「ペン芯」
4.キャップの役割
5.万年筆のボディ〜首軸・胴軸を中心に
6.万年筆の個性
第四章 より広く、深く知るための万年筆「世界地図」
1.国・地域別に見る万年筆の特徴
2.各国万年筆メーカーの特徴を知る
ドキュメント パイロット工場見学ツアー 万年筆ができるまで
年譜 万年筆の200年史
著者は個人ではなく、専門店「伊東屋」で万年筆やインクのデザイン、販売、修理、仕入れに関わるメンバーを一人の人物に見立てた架空の人物のようです。万年筆に関わる基礎的な知識を知るには、良い内容だと感じました。高校入学以来50年、ずっと万年筆を愛用してきた私にとっても、初めて知る知識がありました。例えば;
- ペン先の切り割りは同じ幅なのではなく、ハの形をしている
- 櫛溝の幅はペン先側に行くほど広くなり、圧力差を調節するダムの役割を果たしている
- 国産メーカー三社の特徴は、(1)パイロット:ストレスなくインクが潤沢に出てくる、(2)プラチナ:インク量を抑えめにして速書きにも適応、(3)手に荷重のかかりにくい、重心を前に寄せた設計
などは、インクの流れる原理や仕組みを理解するうえで参考になるものですし、なんとなく感じていたメーカーの特徴を的確に言い表したものと思います。
ただし、はてな?と首をかしげるところもチラホラ。例えばインクの補充方式についてカートリッジ式と吸入式を比較し、インクの費用対効果なんぞをセールストークにしているようですが(p.40〜41)、銀行やコンビニのATMで手数料を払うご時世、「なんとも昭和な」違和感を感じてしまいます。そこじゃないだろ〜みたいな(^o^)/
また、インク色素の退色の原因を、「紙に染みこんだ染料が乾燥して、粉となって空気中に消えていくから」と説明しています(p.61)が、これはマチガイ。例えば色素によっては酸化型と還元型では色が違い、光や空気で酸化されることによって色が薄くなり、あたかも消えたように見える(*1)だけなのではないかと思います。
さらに、古典インクの説明の中に、唐突に「酸化第二鉄というのは、簡単にいえば錆のことで、つまりは錆びることで黒へと変色し、水に溶けにくくなるのです」という説明をしています(p.64)が、これはおかしい。要するにFe2+がFe3+に酸化されることでタンニン酸第一鉄がタンニン酸第二鉄に変わり、不溶になることを言いたいのでしょうが、酸化第二鉄は古典インクとは無関係で、これを持ち出すのは適切ではないと思います。Fe3+からなる酸化第二鉄は赤錆で、むしろFe2+からなる酸化第一鉄のほうが黒錆でしょうから、色さえも逆です。
いずれにしろ、専門店のプロたちが、様々なお客さんたちに対応してきた経験をもとにまとめあげた内容で、『万年筆バイブル』という書名は伊達ではないようです。
(*1):紅茶に薄切りレモンを入れると色が薄くなるのは、レモン中に含まれるクエン酸等の影響でpHが小さく(酸性に)なり、紅茶中のポリフェノールの1種が無色になるためだそうです。色素が消えてなくなっているわけではない。
○
【蛇足】
備忘録ノートに書いたこのページ、途中で色の濃さが変わっていますが、実はどちらも同じプラチナ古典ブルーブラック・インクです。ただし、最初の方はプレッピー(M)で、色が薄い真ん中あたりはプロシオン(M)で、後半の濃い方はパイロットの白軸カクノ(M)です。インクフローの差とキャップの性能の違いによるもので、乾燥しやすいカクノのほうが濃縮&空気酸化されてしまい、色が濃くなってしまうのが原因のようです。
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