今、近代をテーマにしているので、この特集は目が離せない。さっそくすべて切り抜きして保存することにした。西欧列強との接触がどのようなものだったのか、は、大きな問でありつづける。一部をこのブログにUPすることにした。多くのみなさんが関心をもたれたらいいと思う。英字新聞でもネットで読めるかもしれない。英語論文を書く上でも参考になると期待している。
(紹介された文献は紐解きたい。1843-1859年にかけて琉球に70回も英国、フランス、アメリカ、ロシア、オランダの当時の艦船が押し寄せたとのことは1840年のアヘン戦争の時期と重なりますね。次々とアジア侵略に馳せた欧米の姿が見えてきます。)
≪ペリー提督が何度も琉球と下田を往復したことなど、また1年半も琉球に滞在したことなど、もっと詳細がしりたい!≫
(明治政府は強制的に琉球からこれらの外交文書を取り上げたのだね!)
(1853年、1854年、160年前からアメリカは琉球を植民地支配する、というよりアジアへのステップとして位置付けていたわけだ。現在につながる歴史の根がそこにありそうだ。その後のフィリピン植民地支配にしてもマーク・トゥエンはかなり批判していたと記憶しているがー。フィリピン―アメリ戦とその後の植民地政策、そして日本にまた占領されたフィリピンだった。身近なアジアの国々は皆植民地になっていった近代のはじまりだった。中国の反欧米のスタンスはアヘン戦争に依拠するのだろう。)