粛々と大国のなすがままではなかった琉球の士族層の存在があった。
伊佐眞一さんの「処分軸に世代間断絶」が興味深い。大田朝敷、謝花昇、伊波普猷の3人に鼎談させている。互いに批判めいた論議がなるほどでー。
救国運動の基盤にある琉球ナショナリズムが民衆レベルで結集しえなかった。なるほどーです。
朝鮮やベトナム、ハワイなど、小国が大国に併合され植民地化していく過程の共通性と再生の違い、もなるほどだ。
沖縄の日本復帰運動は国際的に注目されたと西里。市民権運動に類似した。反国家の闘い、異化の運動もあった。しかし同化と異化は絶えずありつづける沖縄の近現代史だね。
奴隷解放としての琉球処分?近代の市民権の台頭があった。近代の息吹、かつての清の臣下が日本の臣下になり中国を踏みにじる近代(?)を歩んでいった。それが日清・日露戦争以降のことだがー。近代の歴史の歩みは現在にいたる。
21世紀の「東アジア共同体」のなかで沖縄はどのような位置を占め、どのような役割を担うことができるかが問われている。(西里喜行さん)