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『女優二人』:吉田妙子の一人芝居『道』は、やはりいいね!子山羊が誕生する場面は圧巻!

2011-11-26 08:56:00 | 沖縄演劇
                (楽屋で舞台前の吉田妙子さん)

以下は、演劇を見る視点(感性)が優れていると、信頼している方の観劇後のコメントです。対話をUPして印象批評にしたいと思います。

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Sさんへ

吉田先生、素晴らしいですね!

 沖縄芝居とか現代演劇とか映画とか関係なく
 名優ですね。

 山羊の子を抱き上げた時の笑顔の神々しさ!
 もたもたしていた照明とは関係なく
 光がさしたような眩さを感じました。
 
 山羊の仔を抱き上げる丸い後ろ姿を見ると
 あの背中に帰りたくなってふっと涙が出ました。

 演劇の魅力は
 スピーチやシュプレヒコールと異なり
 直接観客にメッセージを送るのではなく
 対話の形で思いや狙いを浮き彫りにしていくことが
 その美しさだと思うので、
 対話になっていない、あるいは対話もどきの
 (私の偏見かも知れませんが)
 「一人芝居」というジャンルは苦手なのですが、

 今日、一人芝居の魅力に気づきました。

 かつては生活や文化の隅々にあった
 死者と語る、死者と共生する
 死者の声に耳を傾けるという感覚

 あるいは、能力と言ってもいいのかもしれません。

≪楽屋の吉田さんです≫

 「一人芝居」は、この失われた感覚を呼び覚ます芸術様式だという気がします。

 主体者である一人の登場人物以外は、生きていようが死んでいようが
 同様に、観客が想像力を駆使しないと見えないからです。

 これほど、死者、生者の別なく、広大無辺に平等な表現様式はないですね。

 今日の照明、音響のスタッフワークには、正直物足りなさを感じましたが
 舞台に一人しかいない世界を、世界として息づかせるために
 あの手この手で構築していこうとする営為
 表現というものが、目に見えない力に支えられていることを実感させられますね。

 「一人芝居」なのに、孤独感、孤絶感と対極にある「絆」や「連帯」といった
感覚を
 呼び覚まされます。 (孤絶した感覚を突き詰めるような透徹した舞台も観た
いですけど)

 一人芝居というジャンルの可能性を感じました。

 「アンマーたちの夏」

 亀甲墓を前にした
 兼城道子先生たち、きらぼしのごとくの名優たちの
 凄い舞台を拝見した記憶が生々しいので
 この端正な演出には驚きました。

 宮里京子流の淡々とした声を荒げない凄みに打たれました。

 このテーマで、沖縄の音楽、舞踊が入ってくると
 扇情的な、あるいはとってつっけたような感じになりますが
 朗読と響きあっていて、とても心地よいですね。
 
 実演家の人選も的確。
 逸夫さん笛もいいですね。
 真次さんの踊りも

 襟をただしたくなうような清々しい美しさのある舞台でした。



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<返信>
Mさんへ

メールありがとうございます。
いつも的確に御自分の視点をお考えを表現されることに
「凄い人だな」などと思います。最近はある女性の
エッセイブログにやはり「凄い人だ」と思ったのですがー。

この「道」は当初5,6人の舞台で那覇のジャンジャンでの公演
でした。初めて批評を書いたのがこの作品でしたね、おそらくー。
子山羊を取り上げる場面はレンブラントの絵画を思い出しました。
光と闇が舞台にくっきり浮かびあがったのです。

その後一兵さんとの一人芝居ですね。見たはずだったのですが、
10年以上前ですから、初演のイメージが大きく、今回一人芝居の
写実的な空間、吉田さんのオバーの迫力に改めて感銘を受けました。

彼女凄いですね。役に関しては、どんな役でもとても真摯に取り組み
ますね。というのは彼女は真に役者なんですね。御自分でもう空間を
演じてしまうのです。役に対する取組の真摯さは、舞台の背景の生の
空間に必ず身を置きます。そして役になりきってしまう、そのじわり
とくる凄さに圧倒されて、こちらは黙って見守るだけになります。

舞台美術は以前300人劇場でやったものをもってきていますが、
舞台はもっとシンプルにした方がいいかと思います。また
子山羊の生まれる場面は多すぎると感動が失せる気がしました。

≪子山羊が生まれる場面ですね!あまり奇麗に取れなかったことが残念です!≫

今、この沖縄で、彼女ほど演じられる役者はいませんね。この作品には
弟さん、名護宏英(なごこうえい)さんの魂が乗り移っているのですね。

もう少し短くして美術をシンプルにしたらいいかと思います。
吉田さんを応援しながらどう舞台で輝くか、見守りたいと思います。
この「道」は今後のウチナーグチ・ルネサンスの波にのっておおいに上演され続けられるべき
作品です。これはウチナーグチで表出された詩劇です!学校でも大いに公演されていい秀逸な
詩劇ですね!

私は、沖縄芝居はすべて応援しているつもりです。演劇(芝居)の表現の中にはすべてが網羅
されていると考えています。生身の人間が表出するわけですから、ある面この世界の結晶その
ものですよね。

「あんまーたちの夏」
仲村さんの声はいいですね。
真次さんの踊りもまぁいいですね。
正直最近は面白みを感じない舞台の時はうつらうつらしています。

京子さんの声は明るすぎるのです。損な声質かもしれないですね。
あの朗読から悲しみは伝わってきませんでした。というか、途中
からXXXXXX。

逸夫さんの歌・三線がしんみりさせてくれましたがーー、
きれいすぎる舞台、悲しみがあまり感じられない声、--
奇麗な声が損だということもあるのですね。

吉田さんは高い声なのですが、味がありますよね、区長に対する
声などやはり異なる粋(声域)を出せるのですよ。

だからアンマー達の夏に対して批評はできませんが、逸夫さんの歌は
好きですね。

(ガソリンをかぶって家を押しつぶす力と闘うオバーです!凄いですね!負けています!吉田妙子さんの語りはもちろんすべてウチナーグチです!)

それから人間あっさり死の世界に吸い込まれていく存在なんですよ。
ですから意外と人は語り合えないで死ぬのだと思います。だからこそ
対話は、齟齬や誤解も含めて歓迎です。このメールは舞台批評になるかな?
レスとしても紙面も含めてすくないので、社会へのコミットとしてUP
しますね。問題があれば率直にクレームしてください。わたしは本音で
言ってくれた方がいいですね。好き嫌いも含めて!以前好きな男に告白
した時はっきり白黒返事をしてくれないので、つまりラブレターを送っても
すぐ返事をくれなかったので取り返した事があった事を思い出します。
舞台批評は非常に少ないのですよ。ですから少し抑えながらでも本音の
批評ができたらいいですね!よろしくお願いします!

(寡黙に見える女優の存在感にいつもウチアタイしてばかりです。批評なり研究は何ができるのだろう?やはり作品をと思ってしまうのは安易かもしれませんね。姉弟(妙子&宏英)の絆の深さがこの『道』の作品の深さでもあります。批評としてはもっとじっくりこの作品について書かなければと思います。やはり『沖縄演劇論』の中で現代沖縄演劇の深さをことばで形にする仕事を使命としてやらなければ、ですね、スクブンを果たさなければ、ですがーーー!)


 

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