昨晩投稿した、スズノブと「和穀の会」との「超米屋」の摺合せ内容。
あちらこちらで、動揺と戸惑いが出ているようである。
誰もが、想像していたよりもガチガチで、雁字搦めのように感じているようである。
自分も「縛り」についてはかなり考えた。
「縛り」をゆるめて、誰でも気軽に参加できる方が良いのではと、何度も考えた。
しかし結果として、「それでは駄目だ」となったのだ。
相変わらず、生産者の直売は増え続けている。
生産者が直売をしてしまえば、消費地の流通は止まってしまう。
当然、その影響もうけて、米屋の衰退も止まらない。
「米屋がなくなっても、自分で売って行けばよい」とよく生産者は言う。
しかし、●●コンクール優勝米と言っても、以前ほどの効果は出ていないはず。
ネットで「お米」と検索すると19万件以上も出てくる中で、個人は探しきれない。
この状況は、これからもっと酷くなる。
であるなら、県が中心となったブランド化をすれば良いともいう。
しかし、「つゆ姫」だって、「ゆめぴりか」だって、「さがびより」だって、県の力で有名になった訳ではない。
米屋がブランド米として成り立つように、後ろで支えているから、優位に展開できているだけのことだ。
「米屋にはそんな力は、もう無い」と見下す産地も多い。
では、自分たち米屋が動かなければ、どうなるのか。
それは、今回の「青天の霹靂」のデビューから今日までを見れば判ると思う。
これと似たり寄ったりは、他の県の品種についてもいえるはず。
でも、こんな状況を繰り返していても、良いことは一つもない。
時代を一気に加速させて動かすためには、どうしたら良いのか。
色々と考えても、これといった良案は浮かばない。
SPRも、産地と米屋を元気にするために作られているもの。
であるが、これですら効果が鈍くなってきている。
なぜなら、スタートは出来ても、産地側が「更に先」を求めていないからだ。
「もっと良く、もっと評価を高く」という考えが弱い。
一度有名になってしまったら、それにしがみついてしまう。
一度であれば、どこの産地だってできる。
「継続すること、進化することが、それ以上に難しく困難である」。
これが判っていない。
産地にも勉強をさせ、米業界にも勉強をさせ、共に新時代に進むためには・・・
その答えが「超米屋」なのである。
であるから、最初は厳しく、雁字搦めにルールを作っている。
ルールすら守れない人は、何をやっても良い結果は得られない。
ルールの中で、一定の制約の中で、自分らしさを出すこと。
それを「超米屋」は求めている。