畠山義綱のきままな能登ブログ

畠山義綱が見てきた史跡を紹介します。
時々、経済や政治などもつぶやきます。

自然の力

2007-09-23 21:37:48 | 旅行・観光
 大学時代の友人ら5人で群馬県の水上温泉に旅行に行って来ました。友達と行く旅行では観光地めぐりというより、一緒におしゃべりに行くという感じの旅になりました。「滝に行ってみよう!」と言うので、あまり期待しないでいたのですが、「東洋のナイアガラ」と呼ばれる吹割の滝は意外にも迫力がありました。柵もないので、無茶な行動すると落っこちてしまう恐怖感も味わえました(笑)水しぶきが残暑きつい日には心地よかった。水が落ちる風景に、自然の力の雄大さを感じることができるいい観光地でした。


 ちなみに、同じ群馬県の少林寺達磨寺にも行きました。達磨寺がある高崎市は、非常にダルマで有名な町で、この寺にも全国のダルマの資料館がありました。そこで、群馬県出身の総理大臣が寄贈したダルマがありました。福田赳夫元総理のダルマです。新総裁の福田康夫さんは、どのくらい任期を勤め上げるのでしょうか。楽しみです。


無関心にならないように。

2007-09-21 00:50:06 | 日記
 今日、仕事から帰ってきて、22時半過ぎに地元の最寄駅に着いた。駅を降りて自転車置き場まであるいて数分あるが、その途中のコンビニの歩道の前で、3歳ほどの女の子がひとりで立っている。手にはマクドナルドのプチパンケーキの袋が握られていた。
 こんな時間になぜ?ひとりでいるわけはないだろう。もしや迷子?それともコンビニから出てくる保護者を待っているだけ?もしや近くのパチンコ店に保護者が入り浸り子どもを放っておいているのかも…。まだ車道には車通りも多く飛び出したら大変だ、などと考えながら自転車置き場に向かう。
 女の子に声をかけるべきか。でも今日は大事な書類を抱えているので落としたら大変。声をかけて変質者に見られるなどやっかいなことに巻き込まれるとやだな…。誰か声をかけてあげないかな。保護者早く迎えに来いよ。そうすれば自分も安心できるのに。そう考えながら、自転車にまたがった。
 しかし、ずっと女の子の方を向きながら歩いていたが、大人は子どもに少しは向いて「こんな時間に子どもがなんでいるのか?」と私と同じ疑問にぶちあたってはいる。しかし、誰も声をかけようとはしなかった。自分も、きっと大丈夫、女の子はコンビニから出てくる保護者をただ単に待っているだけだと言い聞かせようとした。
 しかし……本当にそれでいいのか?もしそれで迷子だったらどうする?翌日新聞に女の子が行方不明とか載ってしまったら。そのときはきっと自分は後悔するだろう。そうだ!後悔するぐらいなら、ちょっとくらい声をかけたっていいだろう。
私「どうしたの?こんなところで?お母さんを待っているの?」
子「うん」
私「ここでお母さんに待っていないさいっていわれたの?」
子「うん」
私「そうか…。もしお母さんがしばらくの間待ってもこなかったら、あっちの方におまわりさんがいるから、声をかけるんだよ。」
子「うん」
そう言って私は自宅へと帰った。今考えると、子どもに「うん」か「ちがう」だけの答えしか求めていない質問で、失敗だったなと思う。もっと、「どうしたの?」とか「そのパンケーキは誰に買ってもらったの?」とか、しっかり考えて質問すればよかったと思っている。結局自分はなんの役にたたなかったかもしれない。でも、自分としては声をかけれてよかったと思う。女の子に少しでも「地域の大人が心配している」という気持ちが伝わったらいいな、と思った。それにしても、この数分間の間女の子に声をかけたのは私一人、なんて都心は人の心が冷たいんだろう。街を歩く見知らぬ人はただの風景でしかない。電車に乗れば周りの乗客は、車内を遮る敵となり、敵対心をむき出しにする。タバコのポイ捨て、ゴミ散らかしなどの悪い行動を地域の人が注意すると逆切れして攻撃的になる人。こんな敵対心と無関心な社会でいいのだろうか。いつからこんな国になってしまったのだろうか。そして、知らぬ間にそんな社会に慣らされている自分に嫌気が差す。

音楽は心を豊かにする。

2007-09-16 00:27:35 | 日記
 悲しい時に悲しい曲を聴くと、悲しさは倍増し、楽しい時にノリのよい音楽を聴くと気分がより高揚し、リラックスしたい時には静かな音楽を聴くと心が落ち着く。一見当たり前のことですが、確かにCDなどを購入し音楽を聴いても、目に見える生産性はありません。だから、効率的な考え方で言えば音楽CDなどを買うのは無駄な出費と言えるかもしれません。
 ただ、古来より音楽や歌が存在し、現在に至るまでその人間世界における音楽の価値は欠かせないものとなっています。TVドラマに音楽は絶対必要だし、疲れた時のストレス解消のカラオケ。私たちにとって、目に見える生産性以前に音楽は、人間にとって必要不可欠な存在なのかもしれません。
 さらに言えば、音楽を聴くジャンルは多様性があった方がよい気がします。J-POPばかりでなく、洋楽、ロック、ジャズ、クラシック、演歌。深みのある音楽は、ずっと心に刻み込まれます。それともうひとつ。ぜひ、子どものうちから多様な音楽に触れさせてあげたいと思うことです。特に古来より歴史を積み重ねたクラシック。著名な曲が古来から今に至るまで聞かれているということは、それなりの理由があるはずです。そういった音楽にぜひとも触れて感性を養ってもらいたいですね。
 もし、「クラシックなんてつまらない」と思う方は、肩肘はらずに現代版のクラシックを楽しんでみるのもいいかもしれません。例えばCMやテレビ番組に使われているどこかで聞いたようなクラシック曲。
(参考「めざましTV占い」に使われているViva!。原曲はビバルディー四季より冬=http://jp.youtube.com/watch?v=m4bBt5tG03c
それから、アレンジを加えて現代風なロック系クラシック。
(参考「夕方ラジオ」http://www.arukimedia.com/music/
 音楽の入り方は人それぞれ。どんなところから手をつけてもいいと思うんです。ただ、中学校の音楽の授業のように、クラシックは最初から作者の名前や難しい曲の解説などに触れてしまうと、それら「音楽」が「暗記の勉強」に変わり何の楽しさも見出せなくなってしまうと思います。この音楽の多様性を実現するために、我が家では日常で、テレビを消してMDやラジオをつけることが多くなりました。

分国法-備忘録-

2007-09-15 00:10:29 | 歴史
チャット討論会で行われた分国法の討論で自分が思ったことを掲示板に書いたのですが、掲示板ではいずれ消えてしまうので、ブログに備忘録として再アップしたいと思います。

チャット討論会において分国法がテーマになりましたので、参考まで『クロニック戦国全史』から、それぞれの分国法の制定意義が書かれている・推察されているところを抜き出します。(クロニックでは原文が現代語訳されています)
『今川仮名目録』が制定された理由(1526年制定)
(分国法の末に記されているものを現代語訳:クロニック731頁より)
「右の条々、連々思いあたるにしたがって、分国のため、ひそかに記しおくところである。最近人々が小賢しく、思いもかけないことで相論がもちあがったりするので、この条目を記して、相論に対応しようとするものである。そうすれば、贔屓の謗りもないであろう。このような相論がもちあがったときには、箱のなかを取り出して、よきように裁許をすべきである。このほか、天下の法度や、また、今川氏が前々から制定した法はこれを載せることをしなかった。」

『甲州法度之次第』の制定理由(1547年制定)
クロニックの解説によると(734頁より)
「制定の背景・目的は、国内の統一を果たした晴信が信濃侵攻を本格化させるにあたって、父信虎の代から侵略した南信濃を含めた領国内において統一的な法基準を定めて家臣各層を規制し、支配者層と在地各層との紛争を防止する必要があったことが考えられる。」と解説する。
 この分国法で興味深いのが、55条。
「(武田)晴信が定めや法度以下に対して違反しているようなことがあれば、貴賎(身分)を問わず投書<目安>をもって申しでること。時と場合によって、(みずから)その覚悟をする。」という条文がある。私見ではあるが、やはり大名の一方的な命令ではなく、自らもその分国法に規定され得る存在という事を示すことにより、家臣層や国人層などに配慮していると見られる。

『結城氏新法度』が制定された理由(1556年制定)
(分国法の前書きされているものを現代語訳:クロニック738頁より)
「そなたたちも御存知のように、(わが身は)老年であるうえに、〔当家にとっての重大事〕5年にもおよび、一日として心の休まることがない。人並みの遊山宴会といった気晴らしさえ好まない性格なので、ましてめんどうな訴訟の裁決などは、もっと〔身にこたえる〕。(こうしたことで)不養生をしていては、命が縮んでしまうものである。そのうえ、当家の〔重臣は、私の裁決について不満な〕ときは、道理にあうのあわないのと陰でささやいている。〔ところが、一方では〕あるいは自分の身にかかわること(であるため)か、親類縁者の訴訟となると、白を黒といいくるめる。親類縁者または指南そのほかにも頼もしく思われようとするのか、実際には死ぬ気もないのに目をむいて、刀をぬくようすをみせて、無理を通そうとする。同僚もそれほど多くないなかで、(このようなそれに)似つかわしくないさしでがましい行為は、理由があるにしても頭の痛くなることである。このような状態なので、私個人として、法律を決めた。そなたたちもそのように心得られよ。この新法は、〔代々の当主が〕行ってきた政治、また私が前々より行ってきた裁定を〔まとめたものである〕。今後この法律にしたがわず、勝手にものをいうような者〔があってはならぬ〕。(そのようなことは)当家に不忠をはたらき〔全体の秩序を〕を破壊し、(結城氏支配の)重要拠点を奪おうとする行動であろうか。この法律にそむかれた方には、だれであろうともかまわず、軍勢を派遣し、誅罰を加えることにする。(今は)平穏を保っているとき(なので)、そなたたちの心得のために条目として明文化したのである。後世にいたるまで、この法律にしたがうべきである。」
制定者である結城政勝の困りっぷりがリアルに伝わる内容ですね。家臣のいいかげんさや、それに対する大名への理不尽な反発が手に取るようにわかります。

『六角氏式目』(1567年)
制定された理由ではありませんが、六角承偵(義賢)・義治の起請文前書ではこのように書かれています(クロニック751頁より)
「第6条(起)国中の法度を今度定めおくについては、永く相違することがあってはならない。このほか、書き入るべき条数があるならば、重ねて(家臣の)おのおのに相談をもって、追加されるべきこと。
第7条(起)(六角氏の)命令や裁決が公正<憲法>であるためには、訴訟、裁判を求める理由や事情に、(提訴者の)親近の浅深によって贔屓したり、あるいは奏者の好悪により不公平があってはならない、(六角氏は)道理に則って、万民に対し、道理のごとく成敗を加えるべきこと。」

『新加制式』(1558年~69年の間の制定)
クロニック戦国全史によると(753頁より)
(新加制式の)「その効果については、『三好別記』が式目によって、阿波・讃岐・淡路の分国がよくおさまったと伝えるところである。」と指摘されている。

 これらの分国法をみていくと、いかに大名の家臣統制が苦労するものであったのか、それを如実に物語っています。家臣も人であるがゆえに、道理があっても自らとその親類縁者が関わる裁決には不条理さがでてしまう。それを大名が例え道理をもって裁決したとしても、不利な裁決をされた家臣は陰口をささやく。そんな苦労を感じた大名と家臣の利害が一致して、誰でもわかるような式目の制定が大名家ごとで制定されたといえませんでしょうか。次回の分国法の討論も面白くなりそうな気がします。

 分国法の投稿をしてちょっと思ったのですが、私は中世の大名と言うと現代で言うところの内閣総理大臣のようなものとイメージしてしまい、その仕事を行政を中心に見ている気がします。しかし、実際の大名は行政の他に、司法も立法も行っているわけです。
 例えば、大名の仕事としては軍事活動や外交活動のほかに、楽市楽座などにみられる商業政策や、貫高制の確立などにみられる農業政策のような行政をイメージしがちですが、その他にも、家臣同士の争乱を裁決したり、税の取立てなど庶民各層に対する配慮したり負担を命じたり、荘園を押領するなど色々な現代行政とは違う一面の仕事が多くのウエイトを占めているのです。農業や商業政策を中心に見てしまうのは、私がゲーム「信長の野望」世代だからかな…というのもちょっとあります。現代の日本中世史は農業中心主義から、網野善彦氏らの努力によって海民など農業民だけでない色々な領国像が明らかになってきています。そういうようなことも、この分国法をみるとかなり理解できるのかもしれないな、なんて思ったりもしました。

言葉の重み。

2007-09-13 22:04:31 | 政治・経済
 「反省すべきは反省し」「改革を進めることが私の職責」「私に課せられた使命」「私の改革路線の基本は支持されていると思う」「職を賭す」。これらの言葉は実際に安倍首相が言ったかどうかわからないが、おおよそ報道された首相の「言葉」である。
 しかし、結局それらの言葉を十分に「実現」できないまま、首相は辞任会見を行った。私には首相の行動がよくわからない。でも…きっと首相には自分なりの辞任する理由があったのであろう。それは自身で言った「党首会談を拒否された」「私が(首相に)残ることが(テロ特措法成立の)障害」ということに理由があるのか、はたまた官房長官が言った「健康上の理由」なのかどうか、真偽のほどはわからない。ただ、大の大人が「勝手な理由で職を辞める」ということはまず有り得ない。とすると、きっと本人には今の時期に、そして職を辞任する重大な理由があるのだと思う。それは報道されない理由があるのかもしれない。だって、報道された理由だけでは、あまりにも不自然すぎるからだ。
 確か、安倍首相は大臣の説明責任について「(国民が)納得できるように説明してもらうことが必要である」というようなことを言っていた。しかし、この言葉のしめくくりは、「首相が辞める理由を、国民が納得できない形でしか説明できなかった」という、なんとも皮肉な幕切れとなった。大人の言葉の重さをまったく感じない。内閣が発足するといろんなネーミングが言われるが、私には安倍内閣はこれしか思い浮かばない。「言葉の軽い内閣」。