ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

伊豆のお稽古~北條寺参詣記(その4)

2008-07-11 01:54:04 | 能楽
で、綸子ちゃん。

今回からついに チビぬえが伊豆のお稽古に参加しました。ぬえがシテを勤める能『嵐山』には子守明神・勝手明神という二人の子方が出演するのですが、二人が一緒に相舞を舞う、というのですから子方にとって至難の曲です。それで子方の一人を チビぬえに勤めさせることにしたのですが、なんせ東京と伊豆でずうっと別々に稽古していたのを、この日ははじめて一緒に舞ってみるのです。

いうなれば遠隔操作で稽古してきたようなもので、はたしてこれがシンクロして舞えるのだろうか。。ぬえにとってもドキドキもののお稽古でした。。が。



まあ、見事に型がシンクロしていますっ! もう、こんなに合っちゃっていいの? ってぐらい。ぬえも もちろん微に入り細をうがち、謡の詞章や笛の譜と型のタイミングを決めて、それぞれの稽古をしていたのですが、チビぬえはともかく、初めて本式の能に出演し、サシ込もヒラキも、左右もサシ廻しも知らないところからスタートした綸子ちゃんは、よくまあ この複雑な型附を自分の中で消化したもんだ。

8月に入ると綸子ちゃんには東京に出て来てもらって、いっぺん ぬえの師匠に稽古を受けてもらわねばなりません。でも、今の ぬえはそれが待ち遠しいくらいです。この成果をぜひ師匠に見て頂きたい。ここまで出来ると ぬえも鼻が高いですし、自分がシテを舞うのが俄然楽しみになってきました。正直言って ぬえが要求していたレベルよりも綸子ちゃんは上を越してしまったね。今まで狩野川薪能では何人か才能のある子を見てきたけれど、ちょっとこのレベルは見たことがないです。この薪能を見にお出でになるお客さまは幸せだと思います。

あ。。でも、今日はこれまでにしておきましょう。あまり誉めるのは本人のためにならない。まだ薪能まで日があるし、とりあえず来週には「古典芸能教室」という、はじめて稽古の成果を問われる機会がやってくるのです。誉められたからと言って綸子ちゃんに限って「慢心」の心は起こらないことは断言できますが、「安心」してしまう事が怖いです。「安心」は、それまで出来たはずの事を失敗させる。。

そこで、この日の稽古では微妙に二人の型のタイミングが合わなかったところを指摘して「悪いけどまだ稽古が足りないんだよ。何度も言っているけれど、“もう『嵐山』を舞うの飽きちゃった。。”と思うくらいが丁度いいんだよ。だからといって薪能の当日にはテンションが上がるしお客さんもいらっしゃるから、“もう何度も舞ってつまんない”なんて思うことは絶対にない。だからもっともっと稽古をしてください。本番は一度きりしかないんだから」と言っておきました。

彼女にとって一世一代の晴れ舞台になるであろう狩野川薪能。その成功はもはや ぬえは疑うことはありません。でも、まだまだ教えなきゃならない事もあります。当日にどうやって自分のコンディションをベストの状態に持っていくか。猛暑のうえに風も通らない悪条件が予想される薪能の楽屋で、いかに体力を消耗せずに過ごすか。万が一舞台上で間違えたときや、事故が起こったときにどう対処するのか。

型や謡を覚えるだけではダメで、このような事情を克服してはじめて「舞台を勤める」ということになるのですからね~。