ぬえの能楽通信blog

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翁の異式~父尉延命冠者(その4)

2009-01-17 00:13:02 | 能楽
さて幕が揚がり役者が橋掛りを歩み、やがて面箱持は舞台に入り角柱の下に下居ます。次いで大夫が舞台正中に入り、このとき千歳も舞台常座に斜に入り、大夫が正先に出て両袖をさばいて下居ると千歳も舞台常座で両手を床について控えます。三番三以下は橋掛りに居並んで下居、やがて大夫は正面に向かって深く平伏します。このとき大夫は口中で祝祷の詞を唱えるのが『翁』の習いとされています。

正面への拝が済むと大夫は地謡座の方へ向き直って立ち上がり、地謡座に行くと右に振り向き、両袖を返して指貫を両手で取り、安座します。このとき大夫は膝で音を立てて安座し、これを合図に面箱持は大夫の方へ向き直り、面箱を高く捧げ持って立ち上がり、大夫の前に進むと面箱を下に置きます。これより面箱持は面箱をさばきます。まず面箱の紐を解き、蓋を開けるとそれを裏返して、面箱の中より面を取り出して、裏返した面箱の蓋に置きます。通常はこのときに取り出されるのは翁の「白式尉」だけなのですが、「父尉延命冠者」の時は父尉と延命冠者の二つの面を取り出して蓋に載せます。

面箱のさばきがおわると面箱持は立ち上がり、これを合図に千歳も、また橋掛りの諸役も立ち上がって所定の位置に進みます。すなわち千歳は脇座に行き、角かけて下居て再び両手を床について控え、面箱持は千歳の下に着座します。三番三はさきほど千歳が控えていた舞台常座に下居、次いで囃子方、シテ方後見、狂言後見、地謡がそれぞれの位置につきます。なおこのとき囃子方以下は橋掛りから舞台の後座にかかるときに一人ずつ正面に向いて片膝をついて拝をし、それからそれぞれの所定の位置に向かうのが本来なのですが、最近はこの拝は略される事が多くなってきました。

囃子方の先頭の笛方は、笛座に着座するとすぐに扇を置いて笛を取り出し、「座付キ」と呼ばれる譜を吹き出します。大小鼓はこれに続きますが、ことに小鼓の三人は大変で、着座する頃にはすでに笛が吹き出していますので、扇を抜くと急いで床几に掛け、素袍の両肩を脱いで道具(楽器)を取り上げ、小鼓の締緒を解いて構えなければなりません。笛は「座着キ」を吹き終えるとすぐに「ヒーー、ヤーーアーー、ヒーー」とヒシギを吹き出し、すぐに小鼓三挺が打出します。

さて「父尉延命冠者」では千歳の役が「延命冠者」となり、同じ名前の面を掛けて舞を舞うのですが、大夫と同じくやはり舞台上で面を掛け、しかも小鼓が打出し、大夫が「とうとうたらり。。」と謡い出すと、いくばくもなく千歳之舞になってしまいます。そこで今回は、小鼓が打ち出すと、千歳はすぐに立ち上がって面箱の傍らに行き、下居して延命冠者の面を取り上げ、後見の介錯によって面を掛けました。

まずは囃子方が演奏を始めてまだ誰も動いていない状態の中で、千歳だけが面を掛けるのはどうも少し勝手が違う感じもしますね。また千歳が面を掛けているのは大夫が謡っている最中にも当たり、さらにその位置関係から、謡っている大夫の姿が千歳のために見所から見にくい、という事もあるのではないかと思います。ただ、どうしても千歳之舞になる前に延命冠者の面を掛けるためには、このタイミングで動作を行うより仕方がないでしょう。

面を掛けた千歳。。というかこれより「延命冠者」に変身した、と考えるべきですね。。は、そのまま大夫の隣の位置で向き直って下居しています(面を掛けている間は両手を床につける平伏の姿ではありませんでした)。この位置には通常では面箱持が座っているのですが、この時は千歳が立ち上がって面箱の傍らに来ると、面箱持はいざって脇座に着きました。つまり通常の場合とは千歳と面箱持の位置関係が逆になります。