ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

翁の異式~父尉延命冠者(その5)

2009-01-18 03:06:58 | 能楽
さて大夫は まだ直面のまま「とうとうたらりたらりら。。」と謡い出します。このあたりは詞章もすべて常の通りで、ただ通常の『翁』と違うのは、大夫の隣に面を掛けた延命冠者が着座し、面箱持は常の千歳の居所である脇座に着座している、という点だけです。

やがて延命冠者が立ち上がって舞う場面となります。これまた型は常の千歳が舞う「千歳之舞」と全く同一のものでした。常と異なる点としては、千歳之舞を舞う役者が延命冠者の面を掛けていること、そして総体に常の『翁』の千歳よりも ゆったりと舞っているようでした。

千歳之舞。。これも常の『翁』の千歳が舞う舞と型は変わらないけれども、「父尉延命冠者」ではこの舞を舞うのは千歳ではないのですから、厳密には「延命冠者之舞」と呼ぶべきでしょうが、ともあれこの舞は型としては舞台の四方を廻って型をキメるのが主体のように見えます。さればこそ型も颯爽としていますし、神体である翁面を掛けた大夫に神が影向するその前に舞台を清め邪気を払う「露払い」としての役割が期待されているのだと思います。そしてこの千歳之舞? の面白いところは、ほぼ同じ型の舞を二度舞う、というところなのです。

すなわち「鳴るは瀧の水」と延命冠者が謡い出しながら両袖の露を取って立ち上がり、地謡を聞きながら大小前より正先に至り、「絶えずとうたり、常にとうたり」と延命冠者が謡い切ると一番目の「千歳之舞」となります。大小前まで下がった延命冠者は、まず脇座、次に常座、最後に角 と、舞台の三方向の隅に向かって気を込めて型をキメ、最後に大鼓前にて正面に向き、左手に扇を横握りに持って前へ出して「所千代までおはしませ」と謡い、さて右後ろに小さく廻りながら扇を右手に持ち直し、再び大小前から正先へ出て、再び大小前まで下がりながら両袖を巻き上げて足拍子を踏むところから二度目の「千歳之舞」となります。

これまた先ほどと同じように、舞台の三方向の隅をキメる型が連続するのですが、最初の「千歳之舞」と違うのは、この度は扇を広げて舞うことと、先ほどの舞よりも急調に舞うことになっています。小鼓の手も最初の舞と比べると二度目の舞の方が打ち方も急調ですし、拍子を刻むように打つ手に変わります。

ところで「父尉延命冠者」ではこの最初と二度目の「千歳之舞」に挟まれた部分で延命冠者と地謡が謡う詞章が常の『翁』。。つまり「四日之式」とは異なっていますね。

◆四日之式
千歳「君の千歳を経んことも。天つ御空の羽衣よ、鳴るは瀧の水日は照るとも」地謡「絶えずとうたりありうとうとうとう」

◆ 父尉延命冠者
延命冠者「所千代までおはしませ」地謡「我らも千秋さむらはう」延命冠者「鶴と亀との齢にて。所は久しく栄え給ふべしや鶴は千代経る君はいかが経る」地謡「萬代こそ経れありうとうとうとう」

ちなみにこの詞章は「父尉延命冠者」独特の詞章ではなく、『翁』の異式演出の一つ「十二月往来(じうにつきおうらい)」と同一の詞章となっています。余談ですが、『翁』の異式では、この千歳之舞のあたりの詞章は異同のあるところで、「父尉延命冠者」と比べると、「初日之式」「法会之式」が地謡が謡う部分に小異があるけれどもほぼ同文(「さむらほう」が「さむらはん」と謡われる程度)なのに対して「二日之式」「三日之式」では かなり異同がある本文となっています。