第115回 2016年2月2日 「色の深さで勝負!ジャパンブルー~徳島 藍染(あいぞめ)~」リサーチャー: 内藤理沙
番組内容
今回のイッピンは、徳島の「藍染(あいぞめ)」。独特の深い色合いから海外で「ジャパン・ブルー」と呼ばれ、人々を魅了する藍。その最高級の産地として、江戸時代以来名高いのが徳島だ。濃淡を自在に染め分けたスカーフは、シンプルな染めで藍の美しさを最大限に引き出している。さらに近年「貫入(かんにゅう)」という磁器に入ったヒビに藍染を施すワザも登場。進化を続ける徳島の藍染の秘密を女優・内藤理沙が徹底リサーチ!
*https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A201602021930001301000 より
内藤理沙が スカーフの工房を 訪れます。
染師・梶本登基子さんの工房です。
スカーフのグラデーションは 藍染を段階的に変化させることによりつくります。
どう作るのでしょう。
シルクの生地を 棒に巻き 布を水平にし ゆっくり 段階的に 数センチづつ 藍に浸していきます。
シルクは 滲みやすいので ボケができ 染めた境界が ぼやける。 洗い流して 空気に触れ酸化すると 青になる。 藍には 色の濃さから 青藍~縹(はなだ)まで 8段階あります。
染色液を作るには すくもに 還元菌を混ぜて 活性化し 雑菌を繁殖させ 腐敗させる。 これに消石灰と灰汁(あく)を混ぜ pH10~10.5にすると 色素が溶けだし 染料になります。
徳島は 江戸時代から 藍染の盛んな所で 今でも 藍場町などの町名が 残っています。
江戸時代の大日本産物相撲番付にも 関脇に 阿波の藍玉が 載っています。
今でも 藍玉から すくもを作る技術は 受け継がれています。
すくも作りは 寝床に 乾燥した藍葉を 積み上げ 水打ちし 切り返えし 酸素を入れる。
藍葉は 徐々に発酵し 発熱し 温度が上がります。 発酵具合を見ながら 水打ち、切り返しを繰り返します。 布団掛けして 約3ヵ月で 完成。 発酵具合は においと 色で 判断。
水が多すぎても 少なすぎても ダメ・・・。
器に 藍染め? 若手職人が 挑戦。 藍師・楮覚郎さんは 外国で 藍染のワークショップを開催しています。 磁器藍染は 貫入の入った焼き物に 藍を 浸み込ませます。
器を 藍の液に浸すだけでは ダメ。 藍の華を 指で 擦り込みます。 彼は 一人でも多くの人に 藍の葉から 色素が出ることを 知ってもらいたいと ジャパンブルー藍を 追求しつづける・・・。
*https://blog.goo.ne.jp/1945ys4092/e/72379d8b5729fb204af2af1a7edbf3bf より
「藍」の未来へ。
藍染めのもとになる天然染料「すくも」づくりの本場として、伝統が受け継がれる徳島。今年3月には「とくしま藍の日を定める条例」を制定。7月24日を「とくしま藍の日」として定めました。
さらに7月を「とくしま藍推進月間」とし、さまざまなイベントを通して藍の魅力発信に取り組んでいます。今回の特集では、それぞれの立場で藍の未来を切り拓いている方々にお話を伺いました。
藍の魅力で、ふるさとを守りたい。 藍染めショップ経営 永原レキ さん
藍をテーマにした店舗をオープン
今年4月、青い空と海が広がる海陽町に、藍染めをテーマにしたショップ&カフェがオープンしました。お店を経営するのは、永原レキさん。生まれ育ったふるさとに、お店を構えた理由を次のように話します。
「大学を卒業後、自分がやるべきことを見つけるために、いろんな国を放浪していた時期があるんです。そこで芽生えたのが、自分の地元や自然環境など『受け継がれてきたものを守る』という思いでした。地元の会社で藍染めや縫製の仕事に携わらせていただいた経験を活かして、地域を盛り上げたいと思ったんです」
お店には、海を見ながら藍染め体験ができる工房を併設。徳島が誇る阿波藍や地元の海部藍(あまべあい)を使った商品を販売するなど、新しい視点でふるさとの魅力を発信しています。
地元の自然とサーフィンを愛する永原さんが発案した、藍のサーフボード。「藍を通して、自然豊かな故郷の良さをいろんな人に知ってもらいたい」と永原さん。
サーフボードを空と海の色に染めて
藍染工房での作業は、宍喰の海と空を望みながら。
永原さんの名前が全国に知られるようになったのは、自ら手掛けた藍染めのサーフボードを大手企業のイベントに出品したのがきっかけでした。「空海藍Surfboard」と名付けられたその作品は、県南の空と海が、藍染めのグラデーションによって巧みに表現されています。
「サーフィンって、自然の大切さを教えてくれる素晴らしいスポーツなんです。この作品を通じて、サーフィンのメッカである海陽町の歴史や文化、自然の魅力を伝えたいと思いました」
阿波藍という伝統文化を、若々しい感性で一歩先へと進める永原さん。その視線は、すでに次のステージへと向けられています。
「東京オリンピックのロゴマークにも、日本の伝統色である藍が表現されています。世界の人々に阿波藍の魅力をPRするチャンスでもあるので、僕も何かのお手伝いができれば」と笑顔で話してくれました。
「食べる藍」の文化を育んでいます。 食品販売会社 代表 三谷 芳広 さん
県産の藍を使い食品化に挑戦
調剤薬局と食品販売店を経営する三谷さんが、徳島県産の藍を使った食品事業をスタートさせたのが7年前のことでした。
「当時の徳島は糖尿病死亡率が高く、県民一人あたりの野菜摂取量も非常に少なかった。野菜を使った健康食品の開発を進める中で、藍染めの原料となる藍の葉が、昔は食用として重宝されていたことを知ったのです」
県内で栽培された無農薬の藍を使い、本格的な商品開発がスタート。藍色の色素を食品に活かしたり、おいしい味を引き出したりするための研究が続けられました。
「明るい青色の商品は食欲を減退させてしまうので、深い紺色になるように研究を重ねました。お茶や粉末状の商品は、食味を最大限に引き出すために緑色のままで加工しています」と三谷さんは話します。
「食用藍の原料となる藍の葉は、契約農家に大切に育てていただいています」と三谷さん。
藍商人は病気知らず
お茶、飴、焼き菓子など、藍を使った食品開発が進められています。
食用藍の開発を進める中で、三谷さんが着目したのが藍の効能についてでした。
「昔から『藍商人は病気知らず』と言われていて、有名な古典にも食用藍の効能が記されています。江戸時代の藍商人たちも常に藍の種を持ち歩き、お腹を下した時などに飲んでいたようです」
藍の効能を科学的に立証するため、現在は企業や大学と連携しながら開発を進めているそう。食用藍が注目されることで、阿波藍の価値はさらに高まるはずと目を輝かせます。
「世界に誇る天然染料の阿波藍という存在があるからこそ食用藍に注目してもらうことができるし、逆に食用藍が話題を呼ぶことで阿波藍の評価もさらに高まる。世界の市場も視野に入れながら、積極的に展開していきたいと思っています」
お茶、飴、ハーブティー、焼き菓子…。地元の藍を使った魅力的な食品は、阿波藍の可能性を大きく広げてくれるはずです。
伝統を知るからこそ新しい可能性が広がる。 四国大学生活科学部 准教授 有内 則子 さん
使い込むほどに藍は美しさを増す
四国大学の藍染研究施設「藍の家」を拠点に、学生への指導や自らの作品づくりを続ける有内さん。その活動が評価され、昨年10月に「阿波文化創造賞」を受賞しました。浴衣や手ぬぐい、雑貨など、自らが手掛ける作品への思いを有内さんは次のように話します。
「今の時代の商品って、作られた瞬間が一番美しいものがほとんどです。でも、藍染めは使えば使うほど魅力を増していく。私自身、人々の暮らしになじむ作品を作りたいと思ってきました」
藍染めは本来働く布。生活の中で生き、働くことで生じる色褪せや傷みは、味わい深い「風合い」となり、別の美しさを生み出すもの。使い込むほどに愛着が強くなるのも、藍染めの魅力の一つと有内さんは言います。
「藍の価値に負けないような魅力的な商品を作ることが大切だと思います」と有内さん。
商品の魅力で新たなファンづくりを
阿波藍とは、徳島で育った“藍の葉”を原料にした天然染料「すくも」のこと。阿波藍が隆盛を極めた江戸時代には、徳島の経済と文化に大きな豊かさをもたらしました。伝統は引き継がれ、現在、世界に知られる「ジャパンブルー・藍色」を支えています。
「阿波藍を残していくためには、新たなファンづくりが大切。手間暇を掛けて作られる阿波藍や藍染めの価値を知っていただくことはもちろん重要ですが、きちんと作品や商品に向き合えるような魅力的なお店や場所作りも重要だと思っています」
大学では、阿波藍の歴史をはじめ、藍染めの染料づくりから作品づくりまでを幅広く指導。伝統的な価値をしっかりと認識した上で、新しい可能性を切り拓ける人を育てています。
「伝統を知った学生たちだからこそ伝えられる、藍の魅力があると信じています」と有内さん。伝統と革新という2つの要素を大切に育てながら、これからも藍の未来を探し続けます。
「藍の家」で、藍の歴史や技術を学ぶ学生たちと一緒に。
徳島が誇る伝統文化の素晴らしさを、次世代に伝えています。
お問い合わせ 県民環境政策課
*https://www.pref.tokushima.lg.jp/kenseijoho/koho/kohoshi/5008062/5008632/ より