いいもの見ぃ~つけた!

「いいもの」は探せばいっぱいあります。独断と偏見による個人的「いいもの」情報発信所です。

<現役ミュージシャン> 意外な年齢のミュージシャンたち-葛城ユキ

2021-04-29 07:24:40 | MUSIC

 「葛城ユキ」

  1949年5月25日生まれの71歳

 

 歌手の葛城ユキさん、がんを公表 入院前のコンサートは出演 毎日新聞 2021/4/26 16:49(最終更新 4/26 16:49) 

 ヒット曲「ボヘミアン」で知られる歌手の葛城ユキさん(71)が26日、ステージ4の原発性腹膜がんのため5月1日から入院すると、コンサート主催者を通じて発表した。葛城さんは、入院前の4月26日に秋田県能代市と大館市、同27日に青森県五所川原市と三沢市で開かれるコンサートに出演予定としている。

 同じ主催者が行ったコンサートで今月、出演中だった歌手平浩二さんが頭痛を訴えて病院に救急搬送され、くも膜下出血と診断されたことから、葛城さんも「人ごとではない」と人間ドックを受け、がんが判明したという。(共同)

*https://mainichi.jp/articles/20210426/k00/00m/200/092000c より

 26日に飛び込んできたニュース。

 でもまた復活してステージに立つのでは?

 頑張って再起してもらいたい。

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<日本酒> 岐阜 天領/天領酒造

2021-04-29 07:05:43 | 日本酒

 【平成30酒造年度全国新酒鑑評会 金賞銘柄一覧(名古屋国税局)】
 〈岐阜〉 天領/天領酒造

 

 天領の歴史
 近江日野(現在の滋賀県日野市)上野田(コウズケダ)にて家を興す。
 蒲生氏郷公の家臣として近江地方で地盤を築き、日野屋佐兵衛と称し江戸時代の初め頃(1680年と伝えられています)から江州日野から本州一円を巡って行商をしていました。

 その後、飛騨に商いのため出店を構え、飛騨の人情の細やかさ、自然の美しさ、風俗の麗しさに魅かれて、この地に住み着き、物品販売のかたわら日本酒造りをはじめました。

 明治時代になって酒造業を家業として行うようになり、昭和31年「天領酒造株式会社」として法人化し現在に至っています。

 飛騨の自然を愛し、人情を愛した日野屋佐兵衛の心意気を、酒造りを始めてから八代目になる現代まで脈々と受け継ぎ、飛騨の自然の恵みで育った酒造好適米「ひだほまれ」、飛騨山脈からの地下水をもちい、自家精米にこだわり、飛騨の酒を造る天領へと成長を続けています。

 家業としての日本酒酒造り
 酒屋業は家業として長い歴史があり、これからも連綿と続けていかなければならないと考えています。

 継続するために必要な要件がオーナーの考えによっていろいろあります。
たとえば、出荷数量至上主義であり品質至上主義であったりします。

 現在わが社は、品質を追い求めていますがその切り口もいろいろあり、それは製造方法(純米、本醸造など)であったり原料であったりしています。

 最近は「ひだほまれ」を中心にした原料の良さを強調してきました。
 現在は原料米全量が高級な酒造好適米となり、ある面では究極の酒造りと言って良いのかもしれません。
 しかし、酒造りはいろいろな条件によってなされていますので、あらゆる条件を最高のものにしていくことはもちろん、
真摯な気持ちで取りくむ事が絶対必要であると考えています。

 商品企画と品質設計
 常に目先の変わったものを発売していくことは考えていません。
 従来の酒造りの中からその時代のトレンドに乗りそうなものがあれば、発売をしていきたいと考えています。

 代表的な銘柄の特別純米酒『飛切り』は、酒が貴重であった時代(甘い増醸酒の時代)から本物の酒を求め始めた時代(地酒が見直された時代)に本物の地酒として昭和40年に発売しました。
純米酒、飛騨の酒がコンセプトでした。

 現在の酒質
 酒造好適米の特徴を生かすために、自社精米による精密な精米(精白が悪いと雑味がでる)と日本でも稀な超軟水による酸味の少ない酒質を目指しています。

 特別純米酒『飛切り』は純米らしい味の幅を持たせつつ料理の味を損なわない控えめな甘さと香りを特色としています。
吟醸香のような華やかな香りはありませんが、食中酒として最適な酒質と言えます。
 京都、東京の有名料理店での使用が多いのもそのためです。
 ネーミング
 キャッチコピーのいらないネーミングを考えています。
 特別純米酒『飛切り』は字のごとく「飛切り上等」の意味。

 

 酒造りへの想い/杜氏 片桐一成

 天領に携わり、天領の日本酒造りを支える人々、その想いを...

 酒造りの世界に入って25年、そして先代の渡辺杜氏より酒造りを受け継ぎ10年の月日が経ちました。

 好奇心の塊で突き進んだ20代

 経験と葛藤の中で苦悩した30代

 そして杜氏となり酒造りの真髄に向き合い探求し続けている40代

 現在に至るまで経験を重ねるほどに酒造の奥深さを感じています。

 これからも初心を忘れずに毎年新たな気持ちで、酒造に向き合えることに喜びを感じながら、蔵人一同の力を結集し『和醸良酒』の精神で多くの方々の心に響く酒を醸していきたいと思います。

 製造へのこだわり

 どんな銘柄米を使っていますか?
1 00%酒造好適米を使用しております。銘柄は2銘柄。 おもに飛騨特産「ひだほまれ」を使用しています。 一部「山田錦」も使用しております。
 ところで酒造好適米って?
 酒造好適米は一般には「酒米」と呼ばれ、一般のお米より大粒で、その中心部に「心白(しんぱく)」という少し白く見える軟組織を持っており、タンパク質、灰分、脂肪分が少なく、精米から醪造りに至る各工程において適性を持っています。
 「山田錦」は知ってるけど「ひだほまれ」?
 酒造好適米は「山田錦」を初め「五百万石」「美山錦」などが有名ですが、「ひだほまれ」は北アルプスの麓、飛騨の山間の寒暖の差が大きい水田で栽培される米で、心白は内柔外硬で最適な蒸米になる性質を持っている、飛騨特産の酒造好適米です。
 酒造好適米の生産体制は?
 全量、契約農家に依頼して、上品質の原料米を生産をしています。
 精米は?
 コンピューターを利用した高度な精米機によって24時間体制で万全の精米を行っています。 自社精米で行っています。
 なぜ自社精米なの?
 手間のかかる精米工程は業者などへ委託するのが一般的ですが、仕上がりに不安があるため、自らの管理の元、安定した品質の精米を目指しているからです。
 水は天然水ですか?
 はい、100%天然水です。 飛騨山脈からの地下水を地下30メートルから汲み上げた正真正銘100%天然水を使用しています。 このお水は軟水で日本酒造りには最適な、天然の無菌水です。 蔵の前にはその水を楽しんでいただける深井戸水を設置し地元の方々に親しまれています。
 水質について
 天領酒造では、水道法に定められた水質検査を行っています。

 わが社のナンバーワン

 ①酒造好適米使用率 県下第1位(使用率100%)
 天領の日本酒はすべて(一般酒も)高価格の酒造好適米だけで製造しています。
 その証のタグを容器に表示しています。
 わが社製品の基礎と考えています。
 ②自社精米比率 県下第1位(弊社調べ)
 天領製品に使用する好適米の精米は自社で行っています。
 手間のかかる精米工程を業者などへ 委託するのが一般的ですが、自社精米に比べ仕上がりに不安があるため、わが社ではコンピューターを利用した高度な精米機によって24時間体制で万全の精米を行っています。
 ③天然水使用比率 県下第1位(使用率100%)
 わが社で使用する水はすべて清浄無比な地下水です。
 上水道を使用しますと鉄分など不純物が多い(わが社の地下水の数十倍)ため、ろ過など薬品や機械で仕込水を加工しなくてはなりませんが、わが社は天然水仕込み100%です。
 ④特定名称酒出荷比率 県下トップクラス
 わが社で出荷する清酒のうち、吟醸酒・純米酒・本醸造酒の特定名称酒の占める割合が県下トップクラスです。
 地元産の上質な原料米を使用して高品質の酒造りをしている証明です。
 ⑤生酒出荷比率 県下トップクラス
 わが社が出荷する清酒のうち、生酒(一度も火入れしていない酒)を出荷する数量が占める割合が県下トップクラスです。
 わが社が提案している少量容器による「四季の酒」が消費者に受け入れられている証と考えています。
 ⑥使用酵母が多種類
 わが社で使用している酵母は、求め酒質によって使い分けをします。
 特に『花酵母』は、東京農業短大醸造科 中田教授が開発された、野花から採取した酵母で、特徴ある『吟醸香』や『ウマミ』を醸します。
 わが社では、吟醸系の香り豊かなお酒の醸造に使用しています。

 天領酒造株式会社 岐阜県下呂市萩原町萩原1289番地1

 ラインナップ

 「天領」全国新酒鑑評会 『入賞酒』・ひだほまれ大吟醸・山田錦大吟醸 『天領』・純米大吟醸 ひだほまれ・純米大吟醸 など

 「日野屋」大吟醸  無濾過生原酒 別誂 The Black Crocodile・VINTAGE 大吟醸・340周年記念 大吟醸 無濾過原酒 など

 「天禄拝領」大吟醸・純米大吟醸 など

 「吟」大吟醸    などなど

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<伝統野菜> 青森 おこっぺいも

2021-04-29 06:49:40 | 伝統野菜

 「おこっぺいも」

 【生産地】青森県 大間町奥戸(おこっぺ)地区

 【形状】じゃがいも。皮は黄色で、扁卵形の大きめ。

 【食味】粉質で白く、芯までホクホクして粉を吹くが、サラサラした食感。淡白でいてコクがある。

 【来歴】男爵いもより3年早い明治38年にアメリカから導入された「バーモント・ゴールド・コイン」という品種で和名である「三円薯(さんえんいも)」を栽培し、「オコッペいもっこ」の商品名(ブランド名)で販売。「三円薯」は、当時、白米が1俵で5円30銭だったのに対し、この種いもが6個で3円という大変高価であったことから、その名前がつけられたといわれている。県の奨励品種にもなった「三円薯」だが、一時は消滅の危機を迎えた。しかし、食味や収量性に優れていたことから、奥戸地域では自家用として作り続けてきた。近年では、品種の純粋性を保ち、より優れた種いもの供給に取り組むために、種いも圃場を設置、大間町から委託を受けたJA十和田おいらせが種いもを管理・供給している。

 【収穫時期】 -

*https://tradveggie.or.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%BC%9D%E7%B5%B1%E9%87%8E%E8%8F%9C%EF%BC%8D%E9%9D%92%E6%A3%AE/#i-9 より

 

 希少なジャガイモ
 青森県では三円イモと呼ばれているジャガイモがあります。明治38年にアメリカから来たこのジャガイモは、正式名称をバーモント・ゴールド・コインと名付けられ、種イモが6個で3円とかなり高価でした。3円が高価なのかと思う人もいると思いますが、当時は白米を俵で一俵5円30銭もした時代です。3円イモは当時の人々にとっては、とても貴重なジャガイモだったのです。そして、このジャガイモは奥戸(オコッペ)で栽培されていた事が多かったので、地元の人々からオコッペいもっこと呼ばれるようになりました。その見た目はゴツゴツしていて、皮を向くとその色は白く、窪みがたくさんあります。

 奥戸では、オコッペいもっこで町おこしをする計画がスタートしています。「奥戸じゃがいもブランド研究協議会」なるものも存在します。ですが、どんなブランドでも良いと言う訳ではありません。その条件はとても厳しいものです。奥戸で受け継がれた種イモで、協議会会員が生産し、同地区で有機肥料を使い、安全性向上をはかりながら生産し、生産履歴、生産者情報を積極的に公開する事という条件で、素晴らしいジャガイモが選ばれるのです。こうして選ばれた事からも分かるように、オコッペいもっこは美味しいだけではなく、安全にも配慮されているのです。

 受け継がれる特産品
 オコッペいもっこと親しまれている青森県の三円イモは、朝鮮戦争勃発の時に輸腐病が発生し、消滅の危機を迎えていました。輪腐病というのは、細菌の一種が感染し、ジャガイモの内部が輪の形に黒茶色となり、腐っていく病です。ですが、農家では自家用として三円イモを作り続けていました。大間町はJA十和田おいらせに種イモを管理し、供給するように委託しました。こうして、地域に受け継がれてきた名産品は守られてきたのです。名産品を維持・管理する事は並大抵の努力では出来ません。そこには、多くの人々の努力と苦労が込められているのです。

 オコッペいもっこの特徴としては、煮えやすく、また煮てもその身が崩れる事はありません。その味はコクがあるので、様々な料理に最適なジャガイモです。地元の人々は、オコッペいもっこを大きな鍋で茹でて、シンプルに塩味で食べます。もちろん、そのまま食べても美味しいのですが、大間の人々はイカの塩辛を乗せて食べるのです。オコッペいもっこを食べる時には、地元ならではの食べ方をするのも良いのではないでしょうか。

*https://gotouchi-i.jp/aomori-okoppeimokko/ より

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<漢字検定> 1級 読み 63.回答 64.出題

2021-04-29 06:37:49 | 漢字検定

 前回の回答

 

 次の漢字(熟語)の読みを答えてください。

 

 問1 寵辱  -ちょうじょく-
 1 気に入られることと、はずかしめられること。

 2 栄えることと、零落すること。名誉と恥辱。

 

 問2 窈窕  -ようちょう-美しくしとやかなさま。上品で奥ゆかしいさま。

 

 問3 咆哮  -ほうこう-猛獣などが、ほえたけること。また、その声。

 

 問4 綢繆  -ちゅうびゅう-
 1 まつわりつくこと。また、糸などをからめて結ぶこと。

 2 むつみあうこと。なれしたしむこと。

 

 問5 戒飭 -かいちょく-人に注意を与えて慎ませること。また、自分から気をつけて慎むこと。

 

 今回の出題

 

 次の漢字(熟語)の読みを答えてください。

 

 問1 彷徨  

 

 問2 石鏃  

 

 問3 反噬  

 

 問4 赫灼  

 

 問5 蝉蛻

 


 *漢字検定Web問題集 HP より

 *goo辞書 より

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<経産大臣指定伝統的工芸品> 長野 松本家具

2021-04-29 06:29:31 | 経済産業大臣指定伝統的工芸品

 「松本家具」

 Description / 特徴・産地

 松本家具とは?
 松本家具(まつもとかぐ)は長野県松本市周辺で作られている民芸家具です。この地では、江戸時代より300年もの間和家具作りが盛んに行われてきました。
 戦後の混乱期に一時休止状態に陥っていた和家具作りを、池田三四郎が洋家具の技術を取り込むことで現在のようなあたたかみのある和洋家具へと発展しました。
 松本家具の特徴は、木目調の美しさや木の温もりばかりでなく、伝統的に守られてきた「組手接手(くみてつぎて)」の技法です。国産のミズメザクラ、栃、楢、欅などの無垢材を巧みに組み接ぎ、幾重にも塗られた仕上げの拭き漆によって、重厚感と落ち着きを与えています。特に椅子は特筆すべきもので、イギリスおよびアメリカの開拓使時代のウインザーチェアを手本に作られており、松本家具の象徴ともいえる逸品です。
 堅牢で耐久性に優れ、使えば使うほどに愛着の湧く松本家具は、現在でも新しさと懐かしさを備えた家具として広く愛されています。

 History / 歴史
 16世紀半ばに松本城下町で生産がはじまった松本家具は、江戸時代に入ると庶民の生活の中にも浸透しはじめました。その後大正時代の末には日本有数の和家具産地として繁栄しますが、戦中戦後の混乱期に一時生産休止を余儀なくされてしまいます。
 そして1948年(昭和23年)、民芸運動家柳宗悦の講演を聴いた池田三四郎が、民芸家具として松本家具を復興させるべく、かつての木工職人たちを指導しはじめます。木匠安川慶一や陶芸家の濱田庄司、河井寛次郎などが職人の育成に携わり、1953年(昭和28年)にはイギリスからバーナード・リーチが来日してウインザーチェアの製作を指揮しました。
 こうした民芸運動の先達が礎を築き、松本家具は1974年(昭和49年)に当時の通産省によって家具分野では全国に先駆けて伝統的工芸品に指定を受けます。その製品バリエーションは現在では選数百にものぼり、今なお愛好家たちを魅了しています。

*https://kogeijapan.com/locale/ja_JP/matsumotokagu/ より

 50年来のノコ
 増田義幸さんは昭和8年生まれ。15歳の時に弟子入りし、以来50年以上にわたり家具を作り続けている。とは言うものの「初めて弟子に入ったところではほとんど親方の子供の子守ばっかりだった」と振り返る。最初の親方の元を離れ2番目の親方についたときに、その親方から増田さんは一本のノコを分けてもらった。ノコは切れ味が悪くなると「目立て(ノコの刃を研ぎ直すこと)」をして使い続けるものだ。増田さんはそのノコをいつも使い続けたのだろう。ノコはもうこれ以上目立てできないというところまで研ぎ減らされていた。毎日使い続けないとここまで減ることはない。増田さんの50年の木工生活が象徴されている道具のひとつだ。


 「義」の彫り込み
 例えば椅子を作る場合、普通の家具業者の場合は脚を作る人と背もたれを作る人などに分業化されているが、松本家具では一人で最初から最後まで作り上げる。「1から10までやらんといかんから、分業にない難しさがある。でも逆にその分楽しみはある」と増田さんは言う。一人が一貫して作ったということを示すものとして、松本家具ではそれぞれの家具の裏側の目に付かない場所に制作者の「銘」が彫られる。表には出ないが確かな家具を作っているという保証書のようなものである。増田さんの場合は自分の名前から取って「義」。何百回となく彫り続けてきた「義」という字には自信と誇りがみなぎっている。「増田さんが作ったものを今でも使ってますよ」と昔のお客に言われるのもこの銘のおかげである。松本家具は作り手の顔が見える家具である。


 使い込むほどに味わいが増す
 「松本家具の良いところは無垢の木を使うところかな」と増田さんは語る。「無垢」とはベニアでない木のことである。一般の家具のほとんどがベニアを使っている現在、無垢の家具はそれだけでも評価が高い。無垢の木は湿度によって伸び縮みする。その伸び縮みを計算に入れる必要があり、作るには高い技術が求められるのである。「木は伸び縮みするから価値があるし面白みがある。動かない木が良いのならプラスチックで作ればいい」と言う。また「無垢の木で作られたものは丈夫で、使い込むほどに味わいが出てくる。ミズメザクラだと虎斑(虎の模様のように見える木目)が出てきれいなもんだよ。それに無垢の木だから修理がきく。だから良いんだ」と、無垢の木で作られた家具の良さを語った。


 「俺は商人じゃないから」
 松本家具の特徴の一つに特殊な加工法があげられる。例えば「違胴付留ホゾ差鯱栓接(ちがいどうつきとめほぞさししゃちせんつぎ)」は竹の鯱栓を打ち込むことにより固く締まる極めて堅牢な組み手である。なぜそこまで堅牢なものを作るのか。「俺は商人じゃないからな。良い品を作ってお客さんに喜んでもらうしかない。使ってもらうことが励みになるんだ」と増田さんは語る。お客第一のモノづくりを続けてきた職人である。また、「修理に持ってくる人がいるのはうれしい。それだけ愛着があるということだろう。それは誇りを感じるね」と胸を張る。この職人の作ったものなら安心だ。そう思わせるだけの条件が松本家具にはそろっていると言える。

 こぼれ話

 堅牢と言われるゆえん

 松本家具は「堅牢な家具」とよく言われますが、その理由は極めて堅牢な仕口(木と木をつなぐ部分の構造)にあります。例えば「違胴付留ホゾ差鯱栓接(ちがいどうつきとめほぞさししゃちせんつぎ)」、通称「鯱留(しゃちどめ)」はその代表的なものです。この仕口は最も高度な技術を要するもののひとつで、日本の木工技術を代表する仕口です。組立時に鯱栓(しゃちせん)と呼ばれる木片を打ち込むことで二つの部材がしっかりとつながる様子を見れば「これぞ伝統技術の妙」と言わずにはおれないのではないでしょうか。構造的に見ると鯱栓を抜かない限りは分解することはできず、かつ、その鯱栓を抜くことは極めて困難ですので、実質的に「壊れない」と言っても過言ではないのです。だから親子3代にわたって使うことが可能なのです。これからの時代、そういう家具をひとつぐらいは持っていても良いかも知れません。

*https://kougeihin.jp/craft/0612/ より

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酒類提供ストップに対抗した「酒類持ち込みOK」はどうよ!

2021-04-28 19:35:47 | 米屋の親父のつぶやき

 なんとも「苦肉の策」を考え付くもんだ(呆

 緊急事態宣言下において、「酒類提供店には休業要請」がかかっいるにも関わらず、「抜け穴」ともいえる手段を使って営業を続ける逞しさw

 「酒類持ち込み」は、以前から「OK」の店もあった。多少の料金を支払えば「持ち込み可」とした店があったのも事実。

 

 しかし!

 「酒類の提供」を止めるようにいった理由は何なのか?

 「抜け道」を作った方が悪いのか?

 

 いや、もう「死活問題」だからと、「やりたい放題」!

 

 なんとも情けない・・・

 「抜け道」を作った「国・政府・自治体」もさることながら、「コロナ対策」関係なしで営業を続ける「店」側の責任はいかなるものか?

 

 もう「強制力」を持った法整備が必要になったか?

 日本人も、他国と同じく「強制力」を行使できる法律の下、徹底的にやらないといけない次元に突入したのか?!

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<苺> 古都華

2021-04-28 07:17:06 | 食品

 「古都華」

 基礎データ DATA
 親の組み合わせ:「7-3-1」×「紅ほっぺ」
 品種登録年:2011年(平成23年)
 おもな産地:奈良県

 古都華の特徴
 「古都華(ことか)」は奈良県生まれのイチゴです。奈良県農業総合センターが「7-3-1」と「紅ほっぺ」を掛け合わせて育成し、2011年(平成23年)に品種登録されました。奈良県のオリジナルイチゴには「あすかルビー」がありますが、よりブランド力を強化するために開発されたそうです。

 糖度と酸度が高く濃厚な味
 果皮はツヤのある赤色で香りが強く、糖度と酸度が高めで深みのある濃厚な味わい。果肉は淡紅色で、果実はかたくて日持ちがよいのもポイントです。またイチゴは収穫時期によって酸度が変動することがありますが、古都華はシーズンを通して味のばらつきが少ないという特徴もあります。

 ちなみに7-3-1の母親は「さちのか」で、父親は「1-7-9」。そして1-7-9は母親が「アスカウェイブ」で、父親は「女峰」とのことです。

 古都華の選び方(見分け方)
 古都華は果皮が濃いルビー色なので、ツヤがあり全体がきれいに色づいているものを選びましょう。香りも強いので、甘い香りが漂っているかも要チェック。へたが元気で果皮に張りがあるものが新鮮です。

  
 古都華の保存方法
 パックをポリ袋に入れて冷蔵庫の野菜室で保存します。古都華は果肉がややかたいため日持ちはよいほうですが、2~3日を目安に早く食べきりましょう。

 暖房の効いた室内や直射日光の当たるところに置いておくと、どんどん鮮度が落ちていくので注意してください。

 古都華の食べ方
 甘酸のバランスがよい古都華は、そのまま食べるのがのがおすすめ。果皮が鮮やかなルビー色でなので、ケーキやパフェなどに使っても見映えします。

 適度な酸味があるのでジャムやストロベリーソースに加工してもよいでしょう。

 古都・奈良の新たな華に
 古都華という名前は公募の中から選ばれました。古都華を発表した翌年の2010年が「平城遷都1300年」だったこと、そして古都である奈良を飾る新たな「華」になってほしいとの思いから命名されたそうです。

 古都華の旬(出回り時期)
 古都華は12月頃から出荷され、5月下旬頃まで出回ります。

*https://www.kudamononavi.com/zukan/strawberry/kotoka より

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<言 葉> 春の言葉 艶陽

2021-04-28 07:07:28 | 言葉

 「艶陽-えんよう」

 「艶陽」とは、はなやかな晩春のころ。*Weblio辞書 より

 晩春のひとときの頃を指すとは面白い。

 

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<日本酒> 岐阜 花美蔵/白扇酒造

2021-04-28 06:54:35 | 日本酒

 【平成30酒造年度全国新酒鑑評会 金賞銘柄一覧(名古屋国税局)】
 〈岐阜〉 花美蔵/白扇酒造

 

 白扇酒造の清酒杜氏をしている服部です。
 清酒に携わり数年色々と勉強し、念願の杜氏となる事ができました。
 身の引き締まる思いです。
 杜氏として目的の酒質・品質を維持、または向上させていくために、
 原料のチェックから微生物管理まであらゆる技を巧みに駆使して、
 細心の注意を払いながら製造しています。
 毎年、気候や仕込む時期で絶えず変化し続ける条件に対して苦労も多い
ですが、お客様に満足していただける商品造りを心掛けています。

 原材料へのこだわり

 酵母について

 清酒で使われている酵母の特徴は、何と言ってもお米からアルコールをつくることです。
 酵母には酒造りに適さないものや有害なものがいます。
 酒造りには多くの酵母の中から健全な発酵をする優良清酒酵母のみを使用しています。

 白扇酒造で使われている酵母は、華やかな香りを出す酵母・貯蔵して旨みを出す酵母・さくらの木から取れた花酵母などがあります。
 華やかな香りを出す酵母は主に純米大吟醸・純米吟醸などに使用していて、口の中いっぱいに吟醸香が広がり、のど越しもスッキリしたタイプに仕上がります。

 貯蔵して旨みを出す酵母は主に純米酒・本醸造などに使われていて、貯蔵することにより旨みが引き出され味わい深いタイプに仕上がります。
 さくらの花から取れた花酵母は普通酒に使用していて、スッキリとした飲み飽きないタイプに仕上がります。

 麹のこだわり
 酒造りにおいて麹の役割は、麹に存在する酵素でお米を溶解・分解して酵母の体内に取り入れやすくしたり、 生産する酵素によって糖やアミノ酸といった清酒の重要な旨み成分をつくったりします。

 麹には酵素の他にビタミンなどの微量成分なども含まれます。
 白扇酒造の麹は、機械を一切使わずすべて手づくりです。
 大吟醸のもろみは長期間ゆっくりと発酵させるので、硬めでお米の中心部にもしっかり酵素が生産されるような麹をつくります。

 純米酒は旨みが必要なので、大吟醸よりも少し柔らかめの麹をつくります。本醸造・普通酒は酒質の甘口に負けないような柔らかい麹をつくります。

 もろみのこだわり
 白扇酒造では清酒製造の他に、みりん・焼酎・果実酒・リキュールとさまざまな種類のお酒を製造しています。
 種類ごとに製法が異なり、管理・貯蔵にも気を遣うことが多いです。
 でも、一般的な清酒のもろみ管理法から他の酒類のもろみ管理を応用した管理法など、白扇酒造だからできるノウハウがたくさんあります。

 そのため、新しい商品づくりには積極的な蔵元で、新しい清酒酵母にも果敢にチャレンジしたり、生もと造りを復活させたりと常にお客様目線で清酒製造に励んでいます。

 造り方へのこだわり

 上槽のこだわり

 「純米大吟醸・馥」は、短くて20日間、長くて40日間かけて低温でじっくり発酵させたもろみを、酒袋に一つずつ丁寧に袋取りし吊り下げて、袋から染み出た清酒を香りが飛ばないうちに素早く一斗瓶に囲い、低温貯蔵しました。

 その他の商品も槽(ふね)と呼ばれる清酒専用の搾り機を使い、香りも味も一番おいしい瞬間を待って濾した清酒をお客様にお届けできるよう心掛けています。

 黒松白扇の清酒の特徴

 岐阜県は山々に囲まれた豊かな清流がたくさんあります。
 清酒「黒松白扇」の製造元である白扇酒造は、岐阜県でも比較的温暖な中濃地域にあります。
 すぐ近くには飛騨川があり、水にも大変恵まれています。
仕込水は軟水で、口当たりの柔らかな芳醇タイプのお酒に仕上がるのが特徴です。
 清酒「黒松白扇」は、どの銘柄を飲んでいただいても飲み飽きない味わい深いお酒になっています。

 

 会社名とお酒の銘柄についてお話します。
 白扇酒造は明治期に加藤酒店屋号はカネトウ藤、銘柄は加茂泉、焼酎は金星でした。
 昭和に入り、戦後株式会社となる時に先代が思い切って銘柄を変更し黒松白扇となりました。そして平成となる時、登録商標の問題が起こったため「あえて新銘柄で新しい時代を」と花美蔵と命名しました。白扇酒造は代が変わるごとに銘柄を変えてきた歴史となっています。

 そして今度は、令和の時代を迎え、どういうわけか「黒松白扇」の登録がもどり副社長が自分の時代は「黒松白扇」というもとの銘柄で再出発したいとの事。杜氏も張切って新しい時代に挑戦します。新しいブランドを立てる事はよくあることですが、昔の銘柄にもどすのは業界でも初めてではないかと思います。

 副社長 加藤:これからの白扇酒造は清酒も調味料も全て全力投球です。見ていてください。代が変わると名前が変わるという白扇の歴史ですが、私の時代にも結局変わり、結局どの代でも変更していますね!息子の時代また言われるんでしょうね!(笑)

 

 白扇酒造 加茂郡川辺町中川辺28

 ラインナップ

 「黒松白扇」純米大吟醸 馥(ふく)・黒・花・蔵 など

 

 

 うちのみりんは伝統製法で、すべて米から造られています。
 加茂郡川辺町。町の中心を飛騨川が流れ、古くは木曽ヒノキなどの木材を筏(いかだ)に組んで流す集散地の川湊(みなと)として栄えたこの地に、江戸時代後期から続く『白扇酒造』はある。創業時は加藤商店として、みりんと焼酎を販売。明治32年に酒類製造免許を取得した後は「黒松白扇」といった清酒も製造し、昭和26年に社名を白扇酒造と改めた。

 現在は日本酒「花美蔵」や焼酎、リキュールなども製造するが、主力商品は何といっても化学調味料や食品添加物を一切使わず、昔ながらの製法で造るみりん「福来純 伝統製法熟成本みりん」だ。「原料はもち米と米麹、米焼酎だけ。うちのみりんはすべて米から造られているんです」と、5代目の加藤祐基さん。
 蒸したもち米に米麹と米焼酎を混ぜ、約90日間糖化させて手搾りした後、3年以上タンクで貯蔵熟成する伝統製法で造られるみりん。調理の隠し味に使えば、上品でまろやかな甘みや美しい照りとつや、深いコクが加わり、いつもの料理が格段に美味しくなる。さらに、グラスに注ぐと琥珀色に輝くこのみりんは、そのまま飲むこともできる。
 まろやかで甘い女性好みの味わいで、食前酒や寝酒にも。「牛乳割りやホットみりんレモンもおすすめです。他にも僕たちが考えたみりん料理をウェブサイトで紹介しています。若い世代やより多くの方に、もっとみりんのことを知って、使ってもらいたいんです」。
 みりんの代わりとして安価に販売されるみりん風調味料や発酵調味料は、伝統製法で造られたみりんとは原料や製法が全く異なる別物だ。しかし、それらの低価格商品に押され、一時期はみりんの売り上げが激減、厳しい時代が続いた。だが近年、料理研究家や多数のメディアが白扇酒造のみりんを絶賛、“飲めるみりん”と紹介したのをきっかけに評判となり、売り上げは順調に回復した。
 「最近は食が見直され、本物を求める志向があります。原料と製法にこだわり続けてきたからこそ、うちのみりんも今の時代に合い、支持されるようになったんだと思います」。

*https://aun-web.jp/spot/spot-880.html より

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<伝統野菜> 青森 大鰐温泉もやし

2021-04-28 06:44:06 | 伝統野菜

 「大鰐温泉もやし-おおわにおんせんもやし」

 【生産地】青森県 大鰐町

 【形状】もやし。長さ40cmほどに育つ

 【食味】大豆もやしとそばもやしの2種類がある。歯ごたえと独特の香りが特徴的で、加熱してもこのシャキシャキとした食感が失われない。

 【来歴】津軽藩御用達で冬の間だけ栽培されてきた津軽の伝統野菜。江戸時代の弘前藩3代目藩主 津軽信義公(1619~1655年)が栽培を推奨したという記録が残っており、350年以上の歴史がある。栽培者が極めて少なく、種は門外不出で、栽培法も秘伝という貴重なもの。温泉熱を利用した土耕栽培で、水道水ではなく温泉水をかけて育てられている。

 「大鰐温泉もやし」は、栽培方法が独特で、一般的なもやしが暗い部屋の中で緑豆に水をかけて水耕栽培するところを、温泉の熱を利用した土耕栽培を行っている。江戸時代からの栽培方法のままで、土の畑に「沢」と呼ばれる穴を掘って種を蒔き、ワラで光をさえぎること1週間。温泉の熱で、土の温度は常に30°C程度に保たれるこの環境で発芽したもやしは、40センチほどにまで成長する。収穫後のもやしから土を落とす作業にも温泉水を使う。現在の大鰐温泉もやしの生産者は6軒。

 【収穫時期】通年

*https://tradveggie.or.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%BC%9D%E7%B5%B1%E9%87%8E%E8%8F%9C%EF%BC%8D%E9%9D%92%E6%A3%AE/#i-8 より

 

 津軽の湯治の町に伝わる幻の伝統野菜“大鰐温泉もやし”
 青森県南津軽郡大鰐町

 大鰐温泉もやし (取材月:December 2018)

 青森県津軽地方の南端に位置する大鰐町(おおわにまち)。豊かな山々に囲まれ、津軽藩の奥座敷として約800年前から親しまれてきた由緒ある温泉郷。

 そんな津軽の温泉郷で代々受け継がれ、幻の伝統野菜と謳われる食材がある。「大鰐温泉もやし」だ。その名の通り、「温泉」を活かした栽培方法によって育まれる「大鰐温泉もやし」は、市場にはほとんど出回らない希少価値の高い伝統野菜として注目を浴びている。

 温泉と温泉熱だけで美味しく育つ「大鰐温泉もやし」
郷土の恵みである、湧き出る温泉と温泉熱を使って栽培する「大鰐温泉もやし」。地元農家が一子相伝で密やかに受け継いできた伝統野菜だ。文献では350年以上前から栽培されていた記録が残り、津軽藩の藩主が湯治で大鰐町を訪れた際には、必ず献上された逸品と伝えられている。

 温泉熱で温められた土の栄養分と温泉成分が、類をみないほど力強く美味しいもやしを育てる。長さは約40cm、噛んだ音が周囲に響き渡るほどシャキシャキな食感と歯応えは、もやしの概念を覆すほど。一束300gのもやしをわらで縛って売る慣しにも余計に食指を動かされる。

 その味わいは古くから地元民に強く愛され続けてきた。11月〜5月の出荷時期になると、地元店舗に並ぶやいなや、たちどころに売り切れるのが常。現在でも出荷量の7割以上は地元で消費されてしまうのだそう。

 どのようにして「大鰐温泉もやし」は栽培されているのか。町内に4軒ある生産者の1人、山口将大さんの栽培ハウスを訪ねた。

 扉を開けると、中は温泉の熱気と湯気が充満する温室で、汗だくで作業する山口さんが「大鰐温泉もやし」の栽培方法を丁寧に教えてくれた。

 大きな特徴は、もやしには珍しく土耕栽培であるということ。山口さんの畑には、深さ40cm、幅80cmほどに掘られた土室が5つほど並ぶ。その地底に、「小八豆(こはちまめ)」という大鰐町固有の地域在来種である大豆を蒔いて、光を遮るように薄く土を被せ育てている。農薬や化学肥料は一切使わない。また、栽培過程では水道水を一切使わず、温泉水のみを利用。収穫後の土を落とす洗い水にも温泉水を利用しているという。

 地中には温泉水の流れる管が埋められていて、基本的には、その熱と成育具合を観察しながら折りをみて掛ける温泉水だけで、もやしはすくすくと育つのだそう。

 とはいえ、もやしは成育速度がはやい上に、温度と湿度の変化や光に非常に繊細な野菜のため、細部にまで神経を尖らせておく必要がある。種蒔きから通常1週間で収穫期を迎えるのが目安ではあるが、その前後の天候などに影響を受けて、4日目や5日目で収穫を迎えるケースもあるという。温泉水を少しでも掛けすぎると土の温度が上がりすぎて根が腐ってしまうこともあるそうだ。

 「毎日ドキドキしながらハウスに入るんですよ。本当にちょっとしたことで、もやしの状況が変化するので。1本1本のもやしをよく観察して、ハウスの室温や温泉水の量を調整しています。単純な作業に見えるかもしれないですが、毎日もやしとこまめに対話しないと、美味しいもやしには育たない」。

 山口さんが説明してくれたこと以外にも、芳香で強烈な歯応えを持つもやしを育てるための知恵や工夫が必要とされるそうだが、そこは門外不出。後継者のみに伝わる栽培技術だという。

 地域再生の希望をもやしに託す
 明治28年のJR大鰐温泉駅開業をきっかけに、周辺のスキー場利用も増加、多くの観光客が日本全国から集まるようになった大鰐町。

 しかし、バブルの崩壊とともに観光客が激減した上に、その後の大規模リゾート開発にも失敗し、町は多額の負債を抱えて財政難に陥ったという苦い経験を持つ。

 そうした状況の中で、町の再生計画の切り札の一つとして期待されたのが、メディアなどで「幻の伝統野菜」として脚光を浴びることが増えた「大鰐温泉もやし」であった。

 栽培方法が一子相伝で、農家の直系にしか伝授されないため、後継者のいない農家は廃業せざるをえない状況が続き、ピーク時は約30軒あった温泉もやしの生産者は、片手で数えるほどまでに減ってしまっていた。そこで町は、「大鰐温泉もやし」の伝統を絶やさず、更なるブランド化を計るため、10数年前から議論を重ねた。そして、町が主体となって直系以外の人間にも栽培方法が伝授されるよう調整し、「大鰐温泉もやし」の後継者を育成することを決定したのだ。

 山口さんも、町からの募集に手を上げた新規就農者の1人。伝統と信用を培ってきた「大鰐温泉もやし」だけに、体力や熱意、人柄など厳しい審査を通った人間のみに、先人らが技術を伝授。現在では、ようやく4軒にまで生産者の数が増えたという。

 「大鰐温泉もやし」の後継者育成とブランド化を取りまとめる、大鰐温泉もやし増産推進委員会のリーダー、船水英俊さんが、その展望を聞かせてくれた。

 「一般的には脇役のようなイメージの強いもやしですが、『大鰐温泉もやし』は、主役になりえる食べ応えです。本当に美味しい。絶対に絶やしたくないのです。とはいえ、地元の人たちは昔からずっと温泉もやしに親しんでいるので、味わいには厳しい。新規就農者をしっかりと周囲でサポートし、まずは地元民が納得のもやしをつくり続けること。そして、行く行くは、この『大鰐温泉もやし』を食べに県外からも大鰐町に足を運ぶ人が増えることを目指しています」。


 地元で味わう、温泉もやし料理
 大鰐町の地域コミュニティの拠点である、日帰り温泉施設を備えた大鰐町地域交流センター「鰐come(ワニカム)」では、館内のレストランにて、「大鰐温泉もやし」を使ったバラエティ豊かな料理が楽しめる。

 人気メニューの一つが、「大鰐温泉もやしうまか丼」。温泉もやしがご飯の表面を覆い尽くし、町内で育った青森シャモロックのひき肉と温泉卵を混ぜながら口に運べば、もやしのシャキシャキ感と肉のコクが絡み合う絶品だ。

 より一層温泉もやしの素材感を味わいたい場合は、「温泉もやし しゃぶしゃぶ」もオススメ。お湯にサッともやしをくぐらせて、ポン酢を付けて食べれば、食感といい風味といい、温泉もやしの真価をダイレクトに堪能できる。

 温泉郷の恵みがもたらしてくれた、一子相伝の伝統の温泉もやし。

 もやしと聞いて侮るなかれ。ぜひ大鰐町まで足を運び、その驚きの食感を実際に味わってみてはいかがだろうか。

 Writer : TAICHI UEDA / Photographer : SATOSHI TACHIBANA

 情報提供:大鰐温泉もやし増産推進委員会 船水英俊さん

 “旬”の時期 11〜4月頃

 美味しい食べ方
 ・素材感と歯応え抜群の食感を楽しんでもらうためには、「しゃぶしゃぶ」がおすすめ。

*https://shun-gate.com/roots/roots_79.html より

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