「大鰐温泉もやし-おおわにおんせんもやし」
【生産地】青森県 大鰐町
【形状】もやし。長さ40cmほどに育つ
【食味】大豆もやしとそばもやしの2種類がある。歯ごたえと独特の香りが特徴的で、加熱してもこのシャキシャキとした食感が失われない。
【来歴】津軽藩御用達で冬の間だけ栽培されてきた津軽の伝統野菜。江戸時代の弘前藩3代目藩主 津軽信義公(1619~1655年)が栽培を推奨したという記録が残っており、350年以上の歴史がある。栽培者が極めて少なく、種は門外不出で、栽培法も秘伝という貴重なもの。温泉熱を利用した土耕栽培で、水道水ではなく温泉水をかけて育てられている。
「大鰐温泉もやし」は、栽培方法が独特で、一般的なもやしが暗い部屋の中で緑豆に水をかけて水耕栽培するところを、温泉の熱を利用した土耕栽培を行っている。江戸時代からの栽培方法のままで、土の畑に「沢」と呼ばれる穴を掘って種を蒔き、ワラで光をさえぎること1週間。温泉の熱で、土の温度は常に30°C程度に保たれるこの環境で発芽したもやしは、40センチほどにまで成長する。収穫後のもやしから土を落とす作業にも温泉水を使う。現在の大鰐温泉もやしの生産者は6軒。
【収穫時期】通年
*https://tradveggie.or.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%BC%9D%E7%B5%B1%E9%87%8E%E8%8F%9C%EF%BC%8D%E9%9D%92%E6%A3%AE/#i-8 より
津軽の湯治の町に伝わる幻の伝統野菜“大鰐温泉もやし”
青森県南津軽郡大鰐町
大鰐温泉もやし (取材月:December 2018)
青森県津軽地方の南端に位置する大鰐町(おおわにまち)。豊かな山々に囲まれ、津軽藩の奥座敷として約800年前から親しまれてきた由緒ある温泉郷。
そんな津軽の温泉郷で代々受け継がれ、幻の伝統野菜と謳われる食材がある。「大鰐温泉もやし」だ。その名の通り、「温泉」を活かした栽培方法によって育まれる「大鰐温泉もやし」は、市場にはほとんど出回らない希少価値の高い伝統野菜として注目を浴びている。
温泉と温泉熱だけで美味しく育つ「大鰐温泉もやし」
郷土の恵みである、湧き出る温泉と温泉熱を使って栽培する「大鰐温泉もやし」。地元農家が一子相伝で密やかに受け継いできた伝統野菜だ。文献では350年以上前から栽培されていた記録が残り、津軽藩の藩主が湯治で大鰐町を訪れた際には、必ず献上された逸品と伝えられている。
温泉熱で温められた土の栄養分と温泉成分が、類をみないほど力強く美味しいもやしを育てる。長さは約40cm、噛んだ音が周囲に響き渡るほどシャキシャキな食感と歯応えは、もやしの概念を覆すほど。一束300gのもやしをわらで縛って売る慣しにも余計に食指を動かされる。
その味わいは古くから地元民に強く愛され続けてきた。11月〜5月の出荷時期になると、地元店舗に並ぶやいなや、たちどころに売り切れるのが常。現在でも出荷量の7割以上は地元で消費されてしまうのだそう。
どのようにして「大鰐温泉もやし」は栽培されているのか。町内に4軒ある生産者の1人、山口将大さんの栽培ハウスを訪ねた。
扉を開けると、中は温泉の熱気と湯気が充満する温室で、汗だくで作業する山口さんが「大鰐温泉もやし」の栽培方法を丁寧に教えてくれた。
大きな特徴は、もやしには珍しく土耕栽培であるということ。山口さんの畑には、深さ40cm、幅80cmほどに掘られた土室が5つほど並ぶ。その地底に、「小八豆(こはちまめ)」という大鰐町固有の地域在来種である大豆を蒔いて、光を遮るように薄く土を被せ育てている。農薬や化学肥料は一切使わない。また、栽培過程では水道水を一切使わず、温泉水のみを利用。収穫後の土を落とす洗い水にも温泉水を利用しているという。
地中には温泉水の流れる管が埋められていて、基本的には、その熱と成育具合を観察しながら折りをみて掛ける温泉水だけで、もやしはすくすくと育つのだそう。
とはいえ、もやしは成育速度がはやい上に、温度と湿度の変化や光に非常に繊細な野菜のため、細部にまで神経を尖らせておく必要がある。種蒔きから通常1週間で収穫期を迎えるのが目安ではあるが、その前後の天候などに影響を受けて、4日目や5日目で収穫を迎えるケースもあるという。温泉水を少しでも掛けすぎると土の温度が上がりすぎて根が腐ってしまうこともあるそうだ。
「毎日ドキドキしながらハウスに入るんですよ。本当にちょっとしたことで、もやしの状況が変化するので。1本1本のもやしをよく観察して、ハウスの室温や温泉水の量を調整しています。単純な作業に見えるかもしれないですが、毎日もやしとこまめに対話しないと、美味しいもやしには育たない」。
山口さんが説明してくれたこと以外にも、芳香で強烈な歯応えを持つもやしを育てるための知恵や工夫が必要とされるそうだが、そこは門外不出。後継者のみに伝わる栽培技術だという。
地域再生の希望をもやしに託す
明治28年のJR大鰐温泉駅開業をきっかけに、周辺のスキー場利用も増加、多くの観光客が日本全国から集まるようになった大鰐町。
しかし、バブルの崩壊とともに観光客が激減した上に、その後の大規模リゾート開発にも失敗し、町は多額の負債を抱えて財政難に陥ったという苦い経験を持つ。
そうした状況の中で、町の再生計画の切り札の一つとして期待されたのが、メディアなどで「幻の伝統野菜」として脚光を浴びることが増えた「大鰐温泉もやし」であった。
栽培方法が一子相伝で、農家の直系にしか伝授されないため、後継者のいない農家は廃業せざるをえない状況が続き、ピーク時は約30軒あった温泉もやしの生産者は、片手で数えるほどまでに減ってしまっていた。そこで町は、「大鰐温泉もやし」の伝統を絶やさず、更なるブランド化を計るため、10数年前から議論を重ねた。そして、町が主体となって直系以外の人間にも栽培方法が伝授されるよう調整し、「大鰐温泉もやし」の後継者を育成することを決定したのだ。
山口さんも、町からの募集に手を上げた新規就農者の1人。伝統と信用を培ってきた「大鰐温泉もやし」だけに、体力や熱意、人柄など厳しい審査を通った人間のみに、先人らが技術を伝授。現在では、ようやく4軒にまで生産者の数が増えたという。
「大鰐温泉もやし」の後継者育成とブランド化を取りまとめる、大鰐温泉もやし増産推進委員会のリーダー、船水英俊さんが、その展望を聞かせてくれた。
「一般的には脇役のようなイメージの強いもやしですが、『大鰐温泉もやし』は、主役になりえる食べ応えです。本当に美味しい。絶対に絶やしたくないのです。とはいえ、地元の人たちは昔からずっと温泉もやしに親しんでいるので、味わいには厳しい。新規就農者をしっかりと周囲でサポートし、まずは地元民が納得のもやしをつくり続けること。そして、行く行くは、この『大鰐温泉もやし』を食べに県外からも大鰐町に足を運ぶ人が増えることを目指しています」。
地元で味わう、温泉もやし料理
大鰐町の地域コミュニティの拠点である、日帰り温泉施設を備えた大鰐町地域交流センター「鰐come(ワニカム)」では、館内のレストランにて、「大鰐温泉もやし」を使ったバラエティ豊かな料理が楽しめる。
人気メニューの一つが、「大鰐温泉もやしうまか丼」。温泉もやしがご飯の表面を覆い尽くし、町内で育った青森シャモロックのひき肉と温泉卵を混ぜながら口に運べば、もやしのシャキシャキ感と肉のコクが絡み合う絶品だ。
より一層温泉もやしの素材感を味わいたい場合は、「温泉もやし しゃぶしゃぶ」もオススメ。お湯にサッともやしをくぐらせて、ポン酢を付けて食べれば、食感といい風味といい、温泉もやしの真価をダイレクトに堪能できる。
温泉郷の恵みがもたらしてくれた、一子相伝の伝統の温泉もやし。
もやしと聞いて侮るなかれ。ぜひ大鰐町まで足を運び、その驚きの食感を実際に味わってみてはいかがだろうか。
Writer : TAICHI UEDA / Photographer : SATOSHI TACHIBANA
情報提供:大鰐温泉もやし増産推進委員会 船水英俊さん
“旬”の時期 11〜4月頃
美味しい食べ方
・素材感と歯応え抜群の食感を楽しんでもらうためには、「しゃぶしゃぶ」がおすすめ。
*https://shun-gate.com/roots/roots_79.html より