10年以上前のできごとだ。
昼間は、まだ、夏の名残のような直射日光に焼け付く日だった。
帰宅し、通常の家庭と比較するにはあまりに遅い夕食を採っていたら、鈴虫の歌が僅かに明けた網戸の隙間から聞こえる。
食事を終え、片付け、テレビを見ながら一服、、、と、タバコがきれていた。
昼間買って置けばよかったと思いながら、500円玉とクルマのキーをポケットに突っ込み、アパートのドアを開けた。
駐車場を愛車のSSSに向かって歩いていると、周囲の空き地の草むらから、また、鈴虫が優しくも、大勢で歌いかけてくる。自分の手相が観れそうな、凛とした、月夜。
かつて恋焦がれた女の横顔のようだ。
自販機まで約500Mだ。線路のわきの公園を突っ切って、散歩を決め込むことにする。
日付も変わったと言うのに、自分の陰が月光によって、くっきりとアスファルトに浮かび上がる。オレは、なんだか、うれしくなった。
線路を渡る陸橋の陰が、月光をさえぎり、その外側が妙に明るく感じられた。
声がした。「☆×~。?■☆~っ・」。誰もいないと思っていた、10Mほど左方向の陸橋の下の壁際に金髪の頭が3つ、しゃがんでいるのが見えた。そのまま、目を合わせず、行こうとすると、声はさらに、続く。「おまえだよ、おまえ、オッサンっ!」。先方の表情は読み取れないが、明らかに目が合った。オレの不況はトルクカーブを上り始めた。
目線を外し、正面を見据えて、早く月光の下に出ようと、無言で、歩速を上げようとした。
半ば入っている飲料水の缶がオレの左フトモモに当たった。愛用のKEDSに飲料水のかかる感触の後、缶は路上を転がって、思ったよりも小さな音を立てて転がった。
この、ささやかな散歩が思わぬ障害によって、中断されたことに嘆きながらも、脳内でアドレナリンが大量に分泌され始めたことを感じていた。
足を止め、オレは、彼らの正面に向き直った。
(そのうち、続く)