プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

山本誠

2018-10-20 19:29:42 | 日記
1986年

やわらかなフォームで内角をつくシュート回転の速球とカーブに威力があった。五十九年春、夏とも控え投手として出場。五十九年春は登板の機会がなかったが、同年夏はエース故障のためマウンドに立つ。緒戦の県岐阜商に11-2で大勝。続く広尾に対しては4安打完封。三回戦で伏兵新潟南に2-4で敗れたがスケールの大きいピッチングがスカウトの目をひいた。阪急投手陣を背負って立つ逸材として期待されている。
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大津一洋

2018-10-20 15:46:50 | 日記
1986年

右上手投げの本格派で速球で押しまくるタイプ。やや落ちるカーブを決め球に勝ちぬき甲子園に出場した。ピンチになるとボールが先攻することが多く「精神力がもう一歩」と言われた。女房役は伊東(西武)だった。五十五年夏は緒戦で弘前工を4安打に抑えて完封。二回戦で大府に9安打を浴びたが4-2で勝った。三回戦では天理に13安打を喫し3-6で敗北。西武に入団したが一軍登板はなく南海では救援専門。
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前田幸長

2018-10-20 09:21:16 | 日記
1988年

前田は左腕とあって、すぐにでもプロの一軍で使えるのではないかと評判だ。直球とカーブ、シュート、スライダー、それにストンと落ちるフォークボールの切れが高校生離れしている。さる九日の対法政二(神奈川)戦では、本人が「不調だった」と言いながらも9三振を奪い、途中で一度左翼にさがったが計8回2/3を投げ自責点1はまずまず。1㍍76、64㌔のスリムな体に似合わず力強いフォーム、しかも高校生では珍しく、直球もカーブも同じ腕の振りで投げられる体の抜群の軟らかさのたまものだ。
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山本勘介

2018-10-20 08:49:07 | 日記
1953年

浪商の中下は真向から投げおろす速球のコントロールよく無四球で済々黌を牛耳れば、済々黌の山本も横手投げ気味の直球にカーブを交えて投手戦のまま大会三度目の延長戦になった。
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山部儒也、山本哲也

2018-10-20 08:30:37 | 日記
1953年

人吉地方初のプロ野球南海対阪神二軍戦は三日午後二時から城内グラウンドで挙行、南海は岸本ー配島のバッテリー、また阪神は熊工出身の山部(投手)山本(捕手)の名コンビで対戦、南海岸本投手の不調にひきかえ山部はコントロールよく、外角をつくカーブと内角低目の直球で南海を四安打に封じ、攻めては山本の左翼柵越え本塁打など長短十三本の安打を浴びせ一方的に試合を進め、あつけない幕切れとなった。
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岡幸俊

2018-10-20 08:12:56 | 日記
1988年

投手の中で岡が最も高く評価されている。敗れた十二日の愛工大名電(愛知)戦では、スタミナを気づかい抑えたピッチングをしたため奪三振はゼロ。しかし、本来は145㌔を超す速球とカーブ、シュートのコンビネーションが良い。球質が重く、プロで十分に通用する球威を持っていて、性格が強気なのもプロ向きである。
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久野勝美

2018-10-20 08:08:35 | 日記
1951年

今冬中日ドラゴンズを退団した杉浦、清水、丸山、久野、沖の五選手はその去就を注目されていたが杉浦助監督は中部日本新聞、久野投手はノンプロ愛知産業行が内定した、また清水投手は大洋入りの噂があり、沖投手は競輪選手に転向する模様である。
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