プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

塩月勝義

2021-09-12 08:48:00 | 日記

1975年

社会人野球出身の投手らしく、整ったフォームでカーブ、シュートを投げ分けていた塩月勝義投手(22=協和醗酵防府)は、入団早々、ヤング・ジャイアンツの王様になったという。太目で名高い阪神の江夏投手を右投手にしたような感じだから、威風堂々としている。合宿入りする時、念のため体重を調べたら「90㌔以上もあり…」新任の武宮寮長をあ然とさせたというエピソードがある。現在の登録体重?は80㌔。ジャイアンツの選手で80㌔以上あるのは、福田コーチ(85㌔)、横山投手(80㌔)、倉田投手(81㌔)、西村内野手(81㌔)、原田外野手(80㌔)の五人だから、塩月投手の王様ぶりは想像がつく、スマートになった時、この投手は中継ぎ、押え投手として鮮やかなデビューを見せる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高橋幸一

2021-09-11 13:36:52 | 日記

1955年

シュートに切れ味をみせる。野口コーチはリリーフ向きの好投手と期待。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

福住勝

2021-09-11 13:33:19 | 日記

1979年

高校(大阪・桜宮)三年の春までは大阪では№1の速球投手。巨人をはじめ各球団のスカウトがほれ込んでいたが、夏にフォームをくずしたため入団時には外野手として契約、ファームの内野手が手うすになったためキャンプ途中から三塁手に転向した。「高校生としてはケタはずれの長打力がある」(山下スカウト)ので野手としても将来性十分。少し体がかたい点が気になるが、じっくり鍛えれば大型内野手に成長するだろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

北野明仁

2021-09-11 13:31:24 | 日記

1979年

精かんな顔つきで、ひと目みれば負けん気の強さがうかがえる。「根性のある男」と伊藤菊スカウトもプロ向きの性格を絶賛しており、本人も「一軍に入り主力投手になるまではどんなつらいことでも耐える」と宣言している。武器は外角への速球と、たてに落ちるカーブ。特に、落差の大きいカーブは高校生ではまず打てるものがいない、といわれていた。宇治高では一年からエースで、三年連続京都府大会夏予選ベスト8まで勝ち進んだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

渡辺政仁

2021-09-03 10:35:26 | 日記

1988年

渡辺は北陽高時代、同じ大阪にPL学園の桑田がいたため、甲子園大会出場はならなかった。しかし、184㌢、79㌔の長身から投げおろす直球の威力は魅力十分。その素質は桑田以上と評価されていた投手である。ところが、1年目に体が出来ないままシーズンに突入。張り切り過ぎからくる無理がたたって肩を痛めた。これが予想外に重傷で、ボールが投げられない状態まで悪化した。それまで素質だけで野球をやってきた。渡辺がぶつかった第一関門だった。そこで一昨年、アメリカ遠征中に左肩を手術し、昨年は復活を目指したが、ピッチがあがらず足踏み状態。そして、今年はリリーフ要員として登板。しかし、2年間のブランクは大きく、5月3日現在、3試合に登板し、3回2/3を2失点と、まだ結果は出ていない。関本投手コーチは「練習のときのピッチングが、ゲームでは70~80㌫くらしか出てない。ブルペンでいいと思って出しても、腕の振りが急に小さくなる。いまは、大きくステップを広げたままの姿勢から投球させて、下半身のリードでボールを投げさせる練習をさせている」と素質を十分に生かしきれない渡辺に、もどかしさも感じているようだ。投球フォームを見ても、体重の移動が早いので、腕だけのピッチングになりがちだ。いい投手は腕がムチのようにしなってくるが、渡辺はスナップスローのように手首の強さだけに頼っている。本来の渡辺は、広島の川口投手のようなタイプで、足をあげながら相手の打者の様子をうかがい、体をバネのように使って、クロスファイアー気味にピシリと直球を決める。ところが、その足の引きつけが弱いため、自分のイメージ通りの球が、いかない。「ライバルの桑田とはちょっと離されたね」のイジワルな質問に、「少しどころではないですよ。桑田はエースだし、ボクはまだ一軍へもいけないんだから。でも自分はこうなったら自分のペースで進みますよ」と開き直りの精神で、しかしライバルを遠く目標に定めているようだ。しかし4年目といえば、来年は大学へ行った仲間がドラフトで入ってくる。プロに入ったからには学生と違った、勝負に対する執念をピッチングに出さないとダメだ。現在、左腕のライバルである宮本、松原を追い落とす気持ちを持たないと、いくら左腕不足の巨人軍でも生きていけない。相手をねじ伏せるパワーがなければ、ぶつけてもヒットは打たせないという気迫が必要だ。そろそろ大器が目ざめてもいい頃なのだが…。

1990年

安定した一軍投手陣の中に割って入るのは容易ではないが、「左腕」ということもあり、その1番手に挙げられるのは渡辺政仁投手だ。昨秋のパームスプリングス・キャンプのメンバーにも抜テキされた期待の星は、今季も7勝(うち5完投勝利)を挙げて力のあるところを見せつけた。「来年は6年目だし、そろそろやらないと…。一軍には(左腕が)宮本さんと吉田さんしかいないので、チャンスだと思っています」と渡辺。入団当時から「素質は桑田より上」といわれ続けた逸材は、もう一人の先発左腕として巨人投手陣の中で来季は注目を浴びそうな気配だ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする