吉田修一は好きな作家なのだが、小説を読むのはかなり久しぶり。
初期の頃の日常にふと訪れるドラマを描いた作品から、最近は犯罪をテーマにしたエンターテイメント性も備えた作風に遷移している印象。
『悪人』や『さよなら渓谷』は、映画は観たのだが原作は読んでいなかった。
八王子の新興住宅地の住居で夫婦を通り魔的に惨殺し、指名手配されながら一年以上逃走を続けている容疑者を巡る話。
容疑者を追う刑事たちが登場するが、彼らが容疑者の所在に少しずつ迫っていく、というオーソドックスな展開とはならない。
外房の漁師町の父娘、一流企業に勤める同性愛の青年、夜逃げを繰り返し沖縄の離島に辿り着いた母娘、という三組の全く関わりを持たない人々の生活に、容疑者を思わせる流浪の青年が入り込んでいくストーリーが並行的に進行していく。
果たして、三人の流浪の青年のうち、誰が容疑者であるのか、はたまたいずれも容疑者とは異なるのか、そのサスペンスを味わうのが登場人物たちではなく、小説の読者である、というところに構成の妙がある。
これだけ情報の行き来のスピード化、フラット化が進んだ現代においては、ミステリもこういう形にしなければ成立しにくくなってきているのかな、という気もする。
ラストの展開にはスッキリしないものを感じさせるところがあるのだが、ありきたりで終わらないあたりが『悪人』『さよなら渓谷』にも通じる著者の真骨頂と言えるのかもしれない。