海うそ | |
梨木 香歩 | |
岩波書店 |
何の気なしに読み出してみたが、これは凄い小説。
主人公が島に住む若者をガイド役に一週間かけて島を巡る。
ただ、それに付き合うだけで、「遅島」という架空の島に漂う、霊験あらたかな、湿気を含んだ空気やバラエティ豊かな植生や地形が、まるで実体験したかのように五感で感じられる気がしてくる。
小説という文字メディアでこれをやってのけるとは、相当な筆力。
感服する。
昭和に入ってすぐの時代、南九州の本土から少し離れた遅島に、若き地理学者である主人公が訪れる。
かつては修験道の聖地であり、明治初年の廃仏毀釈運動で荒らされた島。
海、湖、森林、山、変化に富んだ地形に生きる、多くの動植物。
漂う「ウンキ」、遠く眺めることのできる「海うそ」…
一週間の島巡りが終り、小説は最後、一気に半世紀の時を経る。
50年後、齢80歳となった主人公は思わぬ縁で遅島を再び訪れることになり、その変わり果てた姿に衝撃を受ける。
この現代パートの時代設定は昭和60年頃だろう。
我々の世代が普通に知っている「開発された」風景が、どんな過去の姿を持っていたのか。
そんなことを普遍的に考えさせられてしまう、強い力のある終章だ。