そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

イチローとカズ

2009-03-18 20:59:51 | Sports
列島ため息…イチロー“戦犯”! 好機に凡打ばかり(夕刊フジ) - goo ニュース

どうにもエキジビション性が気になって、メディアが「国の誇りをかけた戦い」などと煽るたびにこそばゆさを感じてしまうWBCですが、そうは言っても真剣勝負であることには変わりなく、やはり甲子園的な一発勝負(といっても敗者復活はありますが)が野球というスポーツにはよく似合うな、という印象です。
今日の韓国戦は平日昼間なのでもちろん観ることはできなかったのですが、負けてしまいましたね。
身体能力では敵わない韓国相手だと、短期決戦ではどうも分が悪いようです。

ところでイチローは今日も散々だったみたいですね。
強化試合から会心の当たりは一本も出ていないのでは。
「イチローにも年齢的な衰えが」「いやいや例年春先は調子悪いのでこんなもんだ」といろいろと言われてますが、どんなに状態が悪くても一番・右翼のポジションを外れることが考えにくい今のイチローの存在は、なんだか98年フランスワールドカップ予選のときの三浦カズの姿と重なります。
それまで何年にもわたりスタメンフル出場が当然だったカズ。
岡田監督は、ジョホールバルでのイランとの最終プレーオフで途中交代させ、遂に本大会ではメンバーから外しました。

原監督はどうするんでしょうね。
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「ラス・カサスへの道」 上野清士

2009-03-14 23:18:42 | Books
ラス・カサスへの道 --500年後の〈新世界〉を歩く
上野 清士
新泉社

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バルトロメ・デ・ラス・カサスは15世紀から16世紀にかけて生きたスペインのセビージャ出身のカトリック司祭。
彼が生きたのは、1492年にコロンブス(クリストバル・コロン)が「新大陸発見」し、スペインが中南米への植民・征服政策を進めた時代。
ラス・カサス自身も最初は植民者たちの一員としてインディオス(新大陸)に渡りますが、現地でのスペイン人植民者たちによる原住民に対する虐殺、奴隷化など非道な振る舞いを目の当たりにするうちに「改心」し、スペイン植民者の残虐性を告発することに30歳代以降の人生を捧げることになります。
その功績はいくつかの著作により現代まで遺されているのですが、世界史上の「偉人」としての知名度は決して高くはない。
そこには新大陸の「発見」および「開発」の負の側面にスポットを当てることを嫌うヨーロッパ中心の史観が影響していることが想像に難くありません。

本書は、グアテマラとメキシコの在住経験が長いジャーナリストである著者が、ラス・カサスの生涯通じて残した足跡を追い、スペインを出発点にドミニカ共和国、キューバ、ベネズエラ、パナマ、ペルー、ニカラグア、エル・サルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、メキシコといった各国を巡り、ラス・カサスの時代から500年を経た現代の町並みや人々、社会を観察しながら、当時における原住民たちの惨状やラス・カサスの苦闘に思いを致すスケールの大きな紀行文です。

中米というと地球の裏側に暮らす我々日本人にとっては最も馴染みの薄い地域の一つ。
特に中米の地峡帯やカリブ海の島国は小国が多くて、位置関係も国ごとのプロフィールもなかなか把握しづらいところ。
歴史についても、ピサロやコルテスに代表される征服者たちによって、アステカ、インカ、マヤなどの原住民による古代文明が滅ぼされたことくらいは知っていても、現地で実際にどのようなことが起こり、その後の歴史にどう影響しているのか、一般には理解もされていないし関心も払われていない。
やはりいろいろな意味で「遠い」国々であることは否定できないと思うわけです。

そういう意味で、この本は非常に刺激的だし新鮮です。
紀行文といっても観光的なものではなく、現地の雰囲気を直接伝える現場感にあふれているし、征服者に滅ぼされた原住民が「混血」という形で地域の新たな居住者となっていく(そこには奴隷として西アフリカから連れてこられた黒人の血も入っていく)という状況、征服者に押し付けられたカトリックが次第に勢力を増していく一方古来からの習俗も息づいているという状況、これらの状況は日本人である自分にはなかなか理解しがたいものであり、そうであるからこそ刺激的なのです。

全体的に反体制的な物言いが多く、ぶっちゃけサヨク臭が強すぎる点がやや気になったところではありますが、著者の中南米体験の集大成であるというこの本、なかなか骨太で読み応えのある一冊だと思います。
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的外れな「改革」批判

2009-03-13 01:32:27 | Economics

このブログで時折取り上げている日経新聞朝刊マーケット総合面のコラム「大機小機」。
最近はこっちの目も多少肥えてきたせいか、凡庸な常識論や抽象論が多くていまいち面白くないんですが、昨日(3月13日付け)の「文鳥」氏によるコラムは殊に酷かった。

『「改革」もまた万能ではない』と題して、構造改革路線を批判し、ケインズ流の財政出動による需要創出を主張してるんですが、素人目にも論旨が混乱していることがわかります。

まず、今回の金融危機が生じる以前から日本経済の景気後退が始まっていたことを指摘し、「改革さえ進めていれば持続的な成長が実現でき、不況も軽微だったというのは改革派の我田引水ではないか。」と批判します。
さらにこう続けます。

実際、小泉改革の目指した「民でできることは民に」を最も徹底した米国が、世界的な不況の震源になった。規制緩和や民営化によって市場を自由化し、競争を促進しても経済が順調に推移する保証はない。改革も市場と同様に万能ではないからだ。

「改革もまた万能ではない」ということ自体に異論はありません。
が、いわゆる「構造改革派」の人たちだって、改革が万能だ、改革さえ進めれば不況知らずで経済は順調に成長する、などと主張したりはしてないのではないでしょうか。
構造改革というのは、長期的な成長力を高めるための施策であって、たとえ改革を進めても短期的には景気後退が発生することはあり得る。
だけど改革を進めて筋肉質な経済に体質を変えておけば、たとえ景気後退に陥っても自律的に回復する力を得ることができる、そういうことを主張しているのではないでしょうか。

「文鳥」氏は上記のように「改革」を否定した後に、現在の不況を克服する策としてケインズ政策の選択を主張します。

ここに至って求められているのは、対策の中身よりも、国内総生産(GDP)を直接増やす効果のある「真水」三十兆円規模の大胆な対策と素早いタイミングではないか。

確かに大規模な財政出動を行えば、今の不況の「痛み」を緩和することはできるでしょう。
だけど、対症療法で「痛み」を抑えてじっとしてれば自然に好景気になる保証はどこにもない。
もはや高度成長時代ではないのです。
日本経済は成熟化して、少子化によりむしろ基礎的な活力が落ちていくフェーズにあるわけで、昔のように政府主導で需要創出さえすれば産業が活性化するという時代ではない。

要するに、この筆者は、経済の成長力を高めるという長期的な施策と、対症療法的に不況の痛みを緩和するという短期的な施策を、ごっちゃにして論じているのではないかと思います。
構造改革が万能ではなく不況の発生を防げない一方で、財政政策で官がいくら需要を創り出したところで経済の成長力が高まるわけではない。
むしろ、いつまでも「お上」頼みの依存主義から脱却できず、政・官・財・労組などの非効率で恣意的な既得権益が温存される。
その弊害を構造改革派の人たちは問題視しているのではないでしょうか。

…ということくらい、自分のようなど素人にも分かるんですが。

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「自分嫌い」な中学生なんて普通なのでは

2009-03-11 23:09:42 | Society

都教委、小学生に“自尊教育” 中高生の半数「自分に否定的」(産経新聞) - goo ニュース

日本の子供たちは自分が嫌い-。東京都教育委員会が公立の小中学生、都立高校生を対象に「自尊感情」について調査したところ、中高生の5~6割が「自分」を好意的にとらえていないことが10日、分かった。日本の子供たちの自尊感情の低さはこれまでも指摘されてきたが、自治体レベルで大規模な調査が行われたのは初めて。都教委は現状を深刻に受け止め、「自分の存在や価値を積極的に肯定できる子供を育てる」とし、4月から小学校で試験的に“自尊教育”を実施する。

我が身を振り返ってみても、多感な思春期には自分自身の嫌なところばかりが気になってしまい、「どうして自分はこんな人間なんだろう」と思い悩む、というのが普通なんじゃないでしょうか。
だから、「中高生の5~6割が「自分」を好意的にとらえていない」と言われても、そんなの当然なんじゃないの、という気がします。
少しずついろんな経験を重ねながら成長していく中で、世の中のことや他人のことを理解し、自分を相対化できるようになっていく過程で、自分自身と折り合いをつけていくことができるようになっていくものなんじゃないかと思います。

そう考えると、記事中にある国際調査で、自分を肯定的に捉える中学生が、アメリカでは51.8%、中国では49.3%もいる、ということが逆に驚きです。
中学生のメンタリティなんて、万国共通なような気もするんですがね。
むしろあれかな、「私は他の人々に劣らず価値のある人間である」と問われたときの「答え方」に文化の違いが出てるんじゃないかな。

いずれにしても、大半の人は、上に書いたように成長の過程でいい意味で開き直りができるようになって「自分嫌い」を克服していくのだと思いますが、中にはうまく折り合いが付けられずに「自分嫌い」なままで大人になってしまう人も少なからずいるわけで、それが例えば犯罪だとか自殺だとか不幸な結果を招くこともあるのだとは思います。
だとすると、国際比較に基づいて自尊教育を進めることよりも、中学生時代に「自分嫌い」だった人の経年調査を実施して、それを克服できる人/できない人にどのような要因が影響しているのかを分析するような取り組みを行うことのほうが重要なことのような気もします。

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「匂い」で動く世の中

2009-03-07 00:09:37 | Politcs
「捜査、政治意図ない」 官房長官 小沢氏主張に不快感(産経新聞) - goo ニュース

3日に大久保秘書が逮捕された直後、鳩山由紀夫幹事長が記者会見で「国策捜査の匂いがする」とか語っているのをみてちょっと驚きました。
おいおいそんなこと言っていいのかよ、と。
何の証拠もないのに、いみじくも公党の幹部がマスコミ相手におおっぴらにそんなこと臆面もなく言っちゃうとは。

そういえば彼の実弟である鳩山邦夫総務大臣も、かんぽの宿問題では同じように証拠があるわけでもないのに印象論・感情論での決めつけを始めた。
よくよく「匂い」で語るのが好きな兄弟のようで。
まあ、印象操作の狡猾さという点では弟に軍配が上がりそうですが。

しかし、いつからそういう芸風が許されるようになったんだろう?
これも、一時の印象と感情で世間が動く、ポピュリズム社会の弊害であろうか。
人間が感情で動く動物であることは重々承知ですが、合理的であることを良しとする自分のような人間には気に入らない流れであります。
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