バルトロメ・デ・ラス・カサスは15世紀から16世紀にかけて生きたスペインのセビージャ出身のカトリック司祭。
彼が生きたのは、1492年にコロンブス(クリストバル・コロン)が「新大陸発見」し、スペインが中南米への植民・征服政策を進めた時代。
ラス・カサス自身も最初は植民者たちの一員としてインディオス(新大陸)に渡りますが、現地でのスペイン人植民者たちによる原住民に対する虐殺、奴隷化など非道な振る舞いを目の当たりにするうちに「改心」し、スペイン植民者の残虐性を告発することに30歳代以降の人生を捧げることになります。
その功績はいくつかの著作により現代まで遺されているのですが、世界史上の「偉人」としての知名度は決して高くはない。
そこには新大陸の「発見」および「開発」の負の側面にスポットを当てることを嫌うヨーロッパ中心の史観が影響していることが想像に難くありません。
本書は、グアテマラとメキシコの在住経験が長いジャーナリストである著者が、ラス・カサスの生涯通じて残した足跡を追い、スペインを出発点にドミニカ共和国、キューバ、ベネズエラ、パナマ、ペルー、ニカラグア、エル・サルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、メキシコといった各国を巡り、ラス・カサスの時代から500年を経た現代の町並みや人々、社会を観察しながら、当時における原住民たちの惨状やラス・カサスの苦闘に思いを致すスケールの大きな紀行文です。
中米というと地球の裏側に暮らす我々日本人にとっては最も馴染みの薄い地域の一つ。
特に中米の地峡帯やカリブ海の島国は小国が多くて、位置関係も国ごとのプロフィールもなかなか把握しづらいところ。
歴史についても、ピサロやコルテスに代表される征服者たちによって、アステカ、インカ、マヤなどの原住民による古代文明が滅ぼされたことくらいは知っていても、現地で実際にどのようなことが起こり、その後の歴史にどう影響しているのか、一般には理解もされていないし関心も払われていない。
やはりいろいろな意味で「遠い」国々であることは否定できないと思うわけです。
そういう意味で、この本は非常に刺激的だし新鮮です。
紀行文といっても観光的なものではなく、現地の雰囲気を直接伝える現場感にあふれているし、征服者に滅ぼされた原住民が「混血」という形で地域の新たな居住者となっていく(そこには奴隷として西アフリカから連れてこられた黒人の血も入っていく)という状況、征服者に押し付けられたカトリックが次第に勢力を増していく一方古来からの習俗も息づいているという状況、これらの状況は日本人である自分にはなかなか理解しがたいものであり、そうであるからこそ刺激的なのです。
全体的に反体制的な物言いが多く、ぶっちゃけサヨク臭が強すぎる点がやや気になったところではありますが、著者の中南米体験の集大成であるというこの本、なかなか骨太で読み応えのある一冊だと思います。