昨年末に出版されました拙著『赤松小三郎ともう一つの明治維新 -テロに葬られた立憲主義の夢』(作品社)、東京新聞、信濃毎日新聞、しんぶん赤旗に続いて、今度は毎日新聞の1月11日の夕刊コラムで、著名な江戸文化研究者の田中優子先生(法政大学総長)が紹介してくださいました。感謝申し上げます。
記事の一部を以下に掲載させていただきます。
『毎日新聞』2017年1月11日(夕刊)
田中優子先生は赤松小三郎の憲法構想を紹介され、それは権力の分散や談論によって合意形成をはかる江戸文化と欧州政治思想が融合した、日本で自発的に育った立憲主義であろうと述べられ、「現行憲法を押し付けだと言い募る前に読んでほしい」締めくくっております。
「田中優子効果」はすごいようで、初刷は完売とのことでした。出版社は田中優子先生のコラムが掲載された翌日に増刷を決定。まあ、初刷が1200部しかないので、「完売」といっても大して売れたわけでもないのですが・・・・。
いま書店でも品切れ状態で、ネット書店でも中古品しか出回っていない模様です。数々のヒット作品を生み出してきた作品社の敏腕担当編集者さんも、赤松小三郎という誰も知らない人物についての本に需要があるとは、さすがに予想できなかったようで、大変に驚かれていました。
政権が立憲主義を否定して何とも思わない、その根底に明治維新の肯定があるという事実に多くの人々が気づきつつあり、明治維新についての記憶のあり方を根本的に見なおさねばらならいという社会的な気運が高まっているのを反映しているのかと思われます。
いま出版社は急いで増刷していますので、本屋にもあと2週間ほどで入荷すると思われます。
政権側の思惑の「明治維新150周年記念行事」とは別の、その負の側面を見つめなおす「もう一つの明治維新150年」を問う動きが下から自発的に活発化していきそうな気配がいたします。
記事の一部を以下に掲載させていただきます。
『毎日新聞』2017年1月11日(夕刊)
田中優子先生は赤松小三郎の憲法構想を紹介され、それは権力の分散や談論によって合意形成をはかる江戸文化と欧州政治思想が融合した、日本で自発的に育った立憲主義であろうと述べられ、「現行憲法を押し付けだと言い募る前に読んでほしい」締めくくっております。
「田中優子効果」はすごいようで、初刷は完売とのことでした。出版社は田中優子先生のコラムが掲載された翌日に増刷を決定。まあ、初刷が1200部しかないので、「完売」といっても大して売れたわけでもないのですが・・・・。
いま書店でも品切れ状態で、ネット書店でも中古品しか出回っていない模様です。数々のヒット作品を生み出してきた作品社の敏腕担当編集者さんも、赤松小三郎という誰も知らない人物についての本に需要があるとは、さすがに予想できなかったようで、大変に驚かれていました。
政権が立憲主義を否定して何とも思わない、その根底に明治維新の肯定があるという事実に多くの人々が気づきつつあり、明治維新についての記憶のあり方を根本的に見なおさねばらならいという社会的な気運が高まっているのを反映しているのかと思われます。
いま出版社は急いで増刷していますので、本屋にもあと2週間ほどで入荷すると思われます。
政権側の思惑の「明治維新150周年記念行事」とは別の、その負の側面を見つめなおす「もう一つの明治維新150年」を問う動きが下から自発的に活発化していきそうな気配がいたします。
赤松小三郎の業績と志の高さについてはもちろんのことですが、私は、著者である関さんの人物形成そのものに強い興味を持ちました。この本は、赤松小三郎と近世起源の立憲主義、明治維新の「神話」とその後の日本が辿った過ちについて、強い憤りを持った筆づかいで書かれているけれど、同時にそれは著者自身の郷里への豊かな愛情と真なるもの、志すべきものへの限りない探究心から発せられたもので、いわば著者の半自伝とも言えるものに仕上がっているからです。
反骨の精神に満ちた城下町に生まれ育ち、高校時代に赤松小三郎の足跡に触れ、大学時代の下宿近くで偶然その墓所に遭遇し、墓碑に志を誓い、その後海外で学び、多くの知見を得て30年後にこのような書で現政権への痛烈な批判を投げかけた著者の生き方そのものに、感動を呼び起こすものがあるのだと思います。
自分の郷里には吉田松陰らと近しく交流のあった横井小南、宮部鼎蔵らの足跡が残っています。熊本は薩摩と長州、肥前に囲まれながら明治維新には微妙な距離感で臨むこととなった地と言われています。これを機に郷里の近代史についてきちんと学んでみようと思います。
御礼にも感想にもなっていませんが、御礼と感想を伝えたくて書き込みます。著者割購入について、あらためてお願いの連絡を差し上げることにします。島本さんにどうぞよろしくお伝えください。
熊本の魅力はなんといっても思想的な多様性だと思います。
尊攘派の宮部鼎蔵から、開明的な横井小楠から、武士道の神風連から、自由民権の宮崎八郎から、明治の日本の良心ともいうべき徳富蘆花・・・・・。これほど思想的スペクトラムの広い魅力的な人材を多数排出している地域は他にないのではないでしょうか。
肥後藩で赤松小三郎の門人になったのが誰なのか、ぜひ特定したいと考えています。
遅くなりましたが、弊ブログにてご著書の書評を掲載いたしました。このコメント欄のURLに埋め、11月の初出記事にもTBを付けさせて頂きました。
拙いものですが、ご著書の読者拡大に少しでも貢献できれば存外の幸せです。
歴史家ではないので、歴史学とは違ったアプローチで編んだのですが、過分な言葉をいただき恐縮に存じます。
さて、サトウの「狂気」発言の真意、人口増大と過激主義の因果関係(今日のイスラム諸国とも共通する問題です)、マルクス主義と後期水戸学に共通する精神構造の問題・・・など、にわかにはコメントするのが難しいです。また吟味の上、私のブログでも話題にさせていただくかも知れません。
今後ともご指導のほど何卒よろしくお願い申し上げます。
森林生態学(誤)
森林政策学(正)
の件、失態でした。
弊blog記事を訂正のうえお詫び申し上げます。
社会科学者であられるなら、当方もより遠慮なくコメントできるというものです。(笑)農政学の一分野であれば、柳田国男の学問的係累ではありますね。
Alfred Marshall が経済学徒(広くは社会科学研究者)への訓戒として、「Cool but Warm Heart」でなければいけない、と述べています。ブログ主様の、特にダム裁判でのご活躍などを支えるものは、文字通りそれだったと思います。今回のご著書も同じ heart が支えとなっておられるように推察します。
19世紀を代表する《賢人》である、John Stuart Mill は,
「私の最も自負するところは、誰からでも学ぶことができることだ。」と名著 On liberty で記しています。あの天才にしてその言があるか、と私など読むたびに肝を冷やします。
貴ブログ記事、そしてこちらに集う方々のコメントには、当方の得意とする分野においても未知の事柄があり、蒙を開かれること一度ではありません。今後も、ブログ主様、コメント諸氏様から学ばせて頂く所存です。
(正)Cool head but warm heart
でした。
「冷たく、かつ暖かい心」では、意味不明でした。
Marshall の原典を確認したところ、微妙に違っていました。
いい加減な引用で恐縮です。
正しい引用とその本文を弊blogにて記事化し、TBさせて頂きました。お騒がせし面目ありません。
renqingさまの著作の刊行も心待ちにしております。ますますのご活躍を期待しております。
安倍晋三さんが、日本に立権主義が無いと言った時から、疑問を感じ私なりに探そうと思ていました。丁度iwjにて知り、御本を読ませていただきました。
恩師の名が、記載されていました。
法政大名誉教授 江村栄一先生です。先生は確か、自由民権運動の研究をなさいたっていたと思います。合議制を取り入れていた時代に
立憲主義の芽がないはずが、ないと思っていたので、大変に良かったです。ありがとう。
又私事ですが、先生はお亡くなりになていますが
教えを受けたことを誇りに思います。
関先生も、体に気を付けて頑張て下さいませ。
追伸 水の本も読みます。
拙著を読んで下さり、まことにありがとうございました。
江村栄一先生は、戦後の憲政史の研究者の中で、唯一、赤松小三郎の存在を無視せずに言及して下さり、私も大いに勇気づけられ、大変に感謝しております。江村先生の『憲法構想』がなければ、私もあの本をうまく書けなかったのではないかと思います。
安倍さんが変な発言ばかりするもので、江村先生も草場の陰で悔しがっておられるのではないかと拝察します。弟子の方々が、亡き恩師に代わってその気持ちを代弁して下されば喜ばれると思います。引き続き何卒よろしくお願い申し上げます。