前のエントリーで、西欧の個人主義的価値観と東アジアの社会的紐帯関係重視の価値観について比較して論じてみました。そのコメント欄で、山澤さんから仏教や儒教が伝播する以前の「縄文ネットワーク」への注目を促すご意見をうかがいました。そこで、もう少し踏み込んで、仏教や儒教が伝播する以前、さらに言えば稲作が伝播する以前の源日本的な価値観について論じてみたいと思います。私が日ごろ漠然と思っていることを書かせていただきますが、私は考古学者でも言語学者ではないので間違ったことを書くかもしれません。間違っていたらご指摘をお願いいたします。
稲作伝播以前の日本は、文化的にはマレー・ポリネシア文化圏とつながっていたのです。イネが伝播する以前から日本では焼畑農業を行なっていましたが、そこで重要な作物だったのは里芋(タロイモ)と山芋(ヤムイモ)だったはずです。
タロイモもヤムイモも、その栽培種は東南アジアが原産のものです。東南アジアの熱帯林に入ると、野生のタロイモやヤムイモを見ることができます。稲作開始以前の日本の農業文化は、マレー・ポリネシア地域の作物と農業技術が伝わって形成されたものと思われます。
ちなみにマレー・ポリネシアの文化圏では、ヤムイモのことを共通して「ウベ」とか「ウビ」などと呼んでいます。日本語の「イモ」という単語は、「ウベ」が「ウモ」になまって伝わり、さらにそれが「イモ」に変化したものと思われます。
日本語の発音は、母音と子音が交互にくるという特徴を持っていますが、これはマレー・ポリネシア系の諸言語の発音の特徴と共通しています。
私はフィリピンで暮らしていた経験があり、フィリピノ語(≒タガログ語)を若干話せるのですが、日本語にあって英語や中国語にもないという概念の多くが、フィリピノ語にはあります。
思いつくままにいくつか事例を紹介してみます。
最近流行りの、日本語起源の「国際語」になりつつある「もったいない」ですが、フィリピノ語だと「サーヤン(sayang)」です。
英訳できない日本語概念の典型とも思われる「かわいそう」ですが、フィリピノ語では「カワワ(kawawa)」です。これなど単語そのものも似ています。
日本的価値観の典型として欧米に知られる「はじ(恥)」は、フィリピノ語では「ヒヤ(hiya)」です。
前のエントリーで出てきた「おもいやり」は、「アワ(awa)」あるいは「ハバッグ(habag)」です。
いずれも、英語には一対一で対応する言葉がない日本語的概念なのですが、フィリピノ語にはちゃんと対応する語があります。
私はフィリピンにいた頃、フィリピン人の知人とこうした繊細な概念が英語に訳すのが難しいという会話をしたことがありました。その方は「英語って語彙が貧困なのよ。アジア人の感情はあの言語では表現できない」と言っていたものでした。
私も、「あの言語はバー○リアン・ランゲージだ。あの言葉を喋っていると、だんだん繊細さを失って、『イェスかノーかはっきりしろ』みたいに高圧的になっていくような気がする。自分の性格も変わっていくようで怖い」と応答していたのでした・・・。
もっとも、その会話を英語を使ってやっていたという情けないオチがつきます。(だから攻撃的な会話になっていたのかも?)
稲作伝播以前の日本は、文化的にはマレー・ポリネシア文化圏とつながっていたのです。イネが伝播する以前から日本では焼畑農業を行なっていましたが、そこで重要な作物だったのは里芋(タロイモ)と山芋(ヤムイモ)だったはずです。
タロイモもヤムイモも、その栽培種は東南アジアが原産のものです。東南アジアの熱帯林に入ると、野生のタロイモやヤムイモを見ることができます。稲作開始以前の日本の農業文化は、マレー・ポリネシア地域の作物と農業技術が伝わって形成されたものと思われます。
ちなみにマレー・ポリネシアの文化圏では、ヤムイモのことを共通して「ウベ」とか「ウビ」などと呼んでいます。日本語の「イモ」という単語は、「ウベ」が「ウモ」になまって伝わり、さらにそれが「イモ」に変化したものと思われます。
日本語の発音は、母音と子音が交互にくるという特徴を持っていますが、これはマレー・ポリネシア系の諸言語の発音の特徴と共通しています。
私はフィリピンで暮らしていた経験があり、フィリピノ語(≒タガログ語)を若干話せるのですが、日本語にあって英語や中国語にもないという概念の多くが、フィリピノ語にはあります。
思いつくままにいくつか事例を紹介してみます。
最近流行りの、日本語起源の「国際語」になりつつある「もったいない」ですが、フィリピノ語だと「サーヤン(sayang)」です。
英訳できない日本語概念の典型とも思われる「かわいそう」ですが、フィリピノ語では「カワワ(kawawa)」です。これなど単語そのものも似ています。
日本的価値観の典型として欧米に知られる「はじ(恥)」は、フィリピノ語では「ヒヤ(hiya)」です。
前のエントリーで出てきた「おもいやり」は、「アワ(awa)」あるいは「ハバッグ(habag)」です。
いずれも、英語には一対一で対応する言葉がない日本語的概念なのですが、フィリピノ語にはちゃんと対応する語があります。
私はフィリピンにいた頃、フィリピン人の知人とこうした繊細な概念が英語に訳すのが難しいという会話をしたことがありました。その方は「英語って語彙が貧困なのよ。アジア人の感情はあの言語では表現できない」と言っていたものでした。
私も、「あの言語はバー○リアン・ランゲージだ。あの言葉を喋っていると、だんだん繊細さを失って、『イェスかノーかはっきりしろ』みたいに高圧的になっていくような気がする。自分の性格も変わっていくようで怖い」と応答していたのでした・・・。
もっとも、その会話を英語を使ってやっていたという情けないオチがつきます。(だから攻撃的な会話になっていたのかも?)
>先ほどのアジア統一通貨への財務相会議での発議は
>一歩前進でしょう。
アジア開発銀行などは、既に米ドル暴落近しと見ているようです。早急にアジア通貨基金を設立して、「米ドル暴落→世界恐慌」というシナリオを回避すべくアジアは結束して備えねばならないと思います。
「靖国がナントカ」とか言っている精神論的な対立は、現実に迫る経済危機の前には些細なことです。日中は協力せざるを得ません。
>大東亜戦争の結果の受け止めかたの温度変化が日本
>本土からの距離と関係するように遠方の国ほど「解
>放闘争の手助け」論が存在するのは一考に価すると
>思います。
インドに関しては、日本は実際にチャンドラ・ボースを助けてインドの独立を支援したので、「解放の手助け」論が成立する余地があると思います。
インパール作戦は、軍事的にはもっとも無茶な作戦で、日本軍人の多くを無謀に死地に追いやるものでしたが、戦争の理念的には日本のエゴではなく、「解放の手助け」という大義名分に基づくものでした。
あとビルマに関しても、実際に独立を与えたので「解放の手助け論」が成立する根拠があります。
第二次大戦中に日本が、名目的であれ独立させたのは二カ国だけで、ビルマとフィリピンです。しかし、ビルマにも若干は「解放の手助け」論が成立する余地があるのに対し、フィリピンの場合は全くありません。
実際、フィリピン人で日本が「解放の手助け」をしたと考えている人は皆無です。フィリピン人たちは、日本の手を借りずとも、事前に自分たちの独立運動の力によって、アメリカに「将来の独立」を約束させていたからです。
またフィリピンに関しては、日米決戦の主戦場になったので、150万人ものフィリピン人(ほとんどが民間人)が日米戦争に巻き込まれて犠牲になって死んでおり、日本に対する好感情が成立する余地はありません。
またフィリピンのように日米決戦の主戦場となって多くの民間人が犠牲になった国と、インドネシアやマレーシアなど日米の主戦場にはならなかった場所でまた対日感情も異なっているのだと思います。
人のいいおじさんが戦地において必ずしも「人のよさ」を維持しうるものとはいえない。それがおそらく戦場という「場」のなせるわざでしょう。
南と北において小隊に働いていた行動基準の力学はおそらくはことなったものであったはずです。
南も事実であり、また同時に北も事実なのです。
つまり、小隊は常に「孤立」と隣り合わせの状況にあるがゆえにです。
話は変わりますが、大東亜戦争の結果の受け止めかたの温度変化が日本本土からの距離と関係するように遠方の国ほど「解放闘争の手助け」論が存在するのは一考に価すると思います。
ある意味、インドネシア語というのは商取引のために極端なまでにまで文法が簡略化された「人造言語」です。
EUでも域内の国際会議などでも共通言語として人造言語のエスペラントを使うべしという運動も強くなってきているようです。これもEUが米国の支配からの脱却を目指す上で、選択すべきだと思います。
>が、地方に残存としか言えない、生活に根ざした人
>間関係の基盤を最終的に解体し、砂粒化した大衆
>で、日本を覆い尽くすだろうと思います。
私の故郷でも大合併が行なわれてしまいました。その評価は難しいのですが、一つ言えるのは、地名が消えていくのが本当に悲しいということです。故郷では、真田町・武石村・丸子町が上田市に合併されてしまったのですが、歴史ファン(とくに戦国時代ファン)にとっては特別な想いのある「真田」の名前が地図から消えてしまうことに、本当にやるせない気持ちになりました。
そうですよね。私は自虐史観もどうかとは思いますが、同時に自文化中心主義になるのもヤバイなあと思っていますし、最近は自虐史観を批判する勢力が国を危うくさせていると思っています。
その意味で、インドネシア語最適論は興味のつきない話ですね。
例えば、前のアジアバブル崩壊後のマハティールの政策はインドネシアの言語とイスラム思想が結合した結果なのかもしれません。
http://real.zoom-in.to/bbs2/bbs.php?i=200&c=400&m=102597
http://real.zoom-in.to/bbs2/bbs.php?i=200&c=400&m=102598
日本のリーダーにはインドネシアとまさに武士道的信頼関係を構築していく戦略性を持って欲しいものです。
PS るいネットへのトラックバックありがとうございました。代替案さんの投稿はもっとるいネットの仲間たちにも見て欲しいと思っていますので、今後とも是非、トラックバック宜しくお願いします。尚、るいネットでは優れたブログ投稿は佳作掲載され注目度が上がる仕組みになっています。以前、代替案さんの内容を引用して私が佳作を頂いております。
同時期だと、大都市以外なら小さな集落(自然村でしょうか)毎に、言葉が違う(僕のようなよそ者がわかりはしないのですが)、そんな事もありましたね。
今度の自治体合併と公務員改革の名文での大削減が、地方に残存としか言えない、生活に根ざした人間関係の基盤を最終的に解体し、砂粒化した大衆で、日本を覆い尽くすだろうと思います。
一度統合した社会を、消費単位の細分化で市場として、極限まで拡大する、そんな傾向の終点として。
>でそこから日本の武士道精神へ戻ってきて・・・
多くのウヨクの方々が、英語の翻訳語にドップリ浸かりながら「愛国心」(これもpatriotismの翻訳語でぜんぜん日本的ではない概念)を語っているのだから、もうお話しにならないと思います。彼らの使う攻撃的な語彙の数々が、もうじつにアングロサクソン的で、日本的でも何でもないですから。
ウヨクの方々が国を愛するなら、せめてまずは恥ずかしくない日本語を使用して欲しいです。
藤原さんの場合、武士道精神を論じただけでも、アメリカの手先の多くのウヨクたちに対して、何らかのポシティブな刺激を与えてくれたのではないかとも思えます。
>深いアジアの共通感覚へと遡行した議論が不可欠だ>と思います。
アジア人が国際会議を英語でなんかやっちゃっている時点で、「共通感覚」を大事にする努力を放棄している感じもいたします。米国の支配から逃れるためには、私は「英語帝国主義」からの脱却がどうしても必要であるように思えます。
私はアジア共同体においては、覇権国がその言語や価値観を押し付けようとする帝国主義文化そのものを放棄せねばならないと思います。
なのでアジア共同体ができたとして、その内部の会議で使用される言語は日本語や中国語であってはならず、私は将来的にはインドネシア語が最適なのではないかと思っています。「インドネシア語最適論」の理由に関しては、またいずれ書きたいです。
藤原さんはアメリカには失望したがイギリスはいい、と思ってるみたいですね。でそこから日本の武士道精神へ戻ってきて、ベストセラーが書かれた訳ですが、これは西部邁なども同じで旧世代知識人の限界を感じます。近代の暴挙に対して(近代思想にとってかわられた)近世的世界観を対置してもそれだけでは不十分なことは誰でもわかることだと思うのですが。その意味で、より根底的に経済原理や社会統合原理を遡る姿勢を示された代替案さんの「代替案」実現に向けたホンモノの意志を感じます。
そして東アジア経済圏構想を担うような知識人にはこうした視点を礎にしていくことを切に願います。例えば
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=107677
のようなアジアの指導者たちの声に答えることが必要だと思うのですが、これを安易に「大東亜の旗手はわれにあり」と短絡させるようでは戦前の悲劇が再現されるだけでしょう。指導者のみならず全てのアジアの人々から共感を得る為には、深いアジアの共通感覚へと遡行した議論が不可欠だと思います。
本日の提起いただいた論点については私も「世界経済を読む~」で掘り下げていこうと思いますが、本日はコメントは賛同表明ということでご勘弁願います。