代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

自由貿易時代の終わりの始まり

2009年12月12日 | 自由貿易批判
 前回の記事のコメント欄で「新潟より」さんが、「東洋経済オンライン」に掲載されたフランスの人類学者エマニュエル・トッドの自由貿易批判の記事を紹介して下さいました。このブログの読者の皆さまにも読んで欲しい内容でしたので、あらためて紹介させていただきます。このページです。

 それにしても『東洋経済』あたりでもこんな特集するのですから、潮流は変わってきました。まさに、「自由貿易時代の終わりが始まった」という感じがいたします。
 もっとも、この記事のみでは「自由貿易が民主主義を滅ぼした」とまでいうトッドの真意はうまく伝わらないと思います。詳しくはトッドの近著『デモクラシー以後』(藤原書店)をぜひ読んで欲しいと思います。

 「反米のフランス人だからこんなこと言うんじゃないか。所詮は国際世論の主流にはなり得ないだろう」と考える方も多いかと存じます。以前はそうでしたが、今は違います。
 アメリカ人の意見ということで、オバマ政権の環境諮問委員会のアドバイザーも務めたヴァン・ジョーンズの著書の一節を引用させていただきます。ジョーンズは、「環境と労働者の保護のために関税の引き上げが必要」と明快に述べております。
 ヴァン・ジョーンズは、シンクタンクのセンター・フォー・アメリカン・プログレスのシニアフェローとしてオバマ政権の「グリーンリカバリー・プログラム(一般にグリーン・ニューディールとして知られる)」を起草した中心人物です。

***ヴァン・ジョーンズ(土方奈美訳)『グリーン・ニューディール』(東洋経済新報社)199ページより引用***

 産業界や労働組合は、二酸化炭素の排出規制が緩い国との貿易で不利な立場に置かれているという不満を抱く。だがそれを規制緩和の口実にするのではなく、世界中で炭素排出にコストがかかるようにすることを通じて、米国の労働者が対等に闘える状況を確保すべきだ。国内の規制法が議会で議論されるのに伴い、貿易面での対応に関心が高まるはずだ。それに応えるため、新たな大統領は広範な関税を設けたり、今後の貿易協定に気候関連条項や環境と労働者の保護を盛り込む方針を打ち出す必要がある。

***引用終わり****

 ジョーンズの『グリーン・ニューディール』という本は、グリーンカラー労働者の育成というただ一つの政策によって、貧困化と環境破壊という「二つの危機」を同時に解決することが可能になると訴えたものです。
 日本の懐疑派は、「排出権取引で儲けようとする温暖化ビジネスの陰謀によって、貧困層の生活はさらに破壊される」と必死に訴えておられ、私のブログにも盛んにそうした言説を書きこんでこられます。あまりにもそういう懐疑派の方々が多く、私もだんだん辟易してきました。
 そういう方々にはぜひヴァン・ジョーンズの『グリーン・ニューディール』を読んで欲しいと訴えます。別にアメリカのニューディール派は、温暖化ビジネスで儲けようという陰謀に乗っかったわけでも何でもないこと、いかに米国の貧困・失業問題を解決するかというその一点でグリーン・ニューディール政策に至ったということが良く分かるでしょう。そして政策の主眼は、環境よりもむしろ貧困緩和・格差是正に力点が置かれているということも。

 さて、フランスや米国のみならず日本でも自由貿易批判を展開することは相当に市民権を得てきたように思えます。ちょっと前まではほとんど「タブー」でした。
 先月、生物多様性条約関連のシンポジウムでパネラーとして話す機会がありました(これです)。そのシンポは日本経団連や政府関係者の方々が多数出席しておりました。その中で私は、WTO協定以降のグローバルな貿易自由化がいかに熱帯林の農地化を推し進め、結果として生物多様性が破壊されてきたのかを説明し、その上で次のように発言しました。

 「現時点では、経団連も日本政府も決して受け入れることはできないかと思います。しかしながら本当は、農産物貿易の自由化を進める限り、生物多様性の保全など不可能なのです。このことを頭の片隅に入れておいて下さると嬉しく存じます」と。
 けっこう会場にいた財界や政府関係者の方々もうなづきながら聞いておられました。「現時点では、経団連も政府も決して受け入れられないでしょうが・・・・」という部分で苦笑いしながら聞いている方々も多かったですが・・・・。
 
 これまで、環境省が「環境税をかける」といえば、経団連は「環境税などかけられたら国際競争力を失うから、工場を海外に移転するしかない」といって拒み続けてきました。
 しかしながら、日本で環境税をかけられても競争力を落とさない方法はじつに簡単なのです。環境税のない外国からの輸入品に対し、環境税と同率の関税を課してしまえばよい。環境税がCO2削減に寄与するのみならず、国際輸送量そのものの削減につながり二重に温暖化対策に貢献します。

 経団連は「2020年までにマイナス25%なんていうムリな要求されたら、海外に逃げるしかない」と悲鳴を上げる前に、自由貿易のドグマを問い直した方が生産的だといえるでしょう。

 労働者を不当に搾取し、環境を非可逆的に収奪しながら得た競争力でダンピング輸出を続ける国に対抗するために関税が必要という主張は、国際的に正論です。ポスト京都議定書の枠組みでは、日本政府が率先してこうした主張を議題にあげるべきなのです。
 もちろん、そうした行為は「WTO協定違反」として訴えられることになります。その時こそ「気候変動枠組み条約」「生物多様性条約」「WTO協定」という三つの国際条約の中で、いずれを優先すべき価値なのだという議論を国際的に提起すべきなのです。前二者と後者の理念は根源的に対立する中で、全人類的価値を優先させるならば、前二者のために関税の創設を許容するような制度的枠組みを構築すべきでしょう。
 
 完全雇用、最低賃金上昇、貧困緩和、地球温暖化対策、生物多様性保全、熱帯林保全、砂漠化防止といった全人類的な課題を真剣に解決しようとすれば、自由貿易体制こそが最大の障害であることに自ずから人々は気付くはずなのです。

 EUも米国も自由貿易に後ろ向きになる中で、世界で最も積極的に先頭に立って自由貿易の旗を振っているのが、以前は国家管理貿易を続け、数年前までWTOにも加盟していなかった社会主義国の中国という笑い話のような状況になっています。しかし中国を説得するのはそう難しいことではないでしょう。次のように言ってやればよいのです。
 「あなたの国はナニ主義でしたっけ? 一緒に『資本論』を読み返しましょう。『資本論』のどこに自由貿易はすばらしいなどと書いてありましたっけ?」と。
 つい最近まで「万国の労働者団結せよ」と威勢よく叫んでいた国が、万国の労働者を総ワーキングプア化させるのを先頭に立って推し進めてよいわけはないのです。アメリカは、「民主化」だの「人権」だのと押しつけがましく言わないというのと引き換えに、中国が社会主義の原点に返って国際的な労働者保護のために自由貿易を修正するという道を、共に模索すべきなのです。

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3 コメント

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戦争と平和?部作 (新潟より)
2009-12-16 19:45:18
で、結局のところ、世界経済に、ドルベースのグローバル経済に、成長率がなぜ、必要か、というと、増え続けるドル紙幣、つまり赤字の米国債を誰が買うのか、ということになりまして、米国が、軍需産業を含めた、赤字拡大政策を見直さない限り、反・自由貿易、などと言いますと、フセインみたいに叩かれる訳でして、オバマもノーベル平和賞を貰いながら、「必要な戦争はある」と言わなきゃならないわけで、世界は悲しく続きます。
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自民党が景気対策を緊急提言 (ぱぴぃ)
2009-12-18 18:13:42
自民党が独自の経済成長戦略を発表しました。論評をお願い致します。

http://www.jimin.jp/jimin/seisaku/2009/pdf/seisaku-028.pdf
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自由貿易賛成 (森永豚朗)
2010-01-22 21:57:18
20年前中国のGDPは日本の5%程度でしたが今や日本を追い抜く勢いですよ。

あなたは自由貿易が貧困をもたらすと考えているようですが反対ですよ。

日本の発展も自由貿易の恩恵です。

反対に自由貿易を否定したことが世界恐慌を長引かせ第二次世界大戦を引き起こしたことは明白。

だからG20でも保護主義の台頭には懸念を抱いているのです。
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