5回に渡って、国交省が、治水面の八ツ場ダム建設の根拠である利根川の基本高水を過大な値にするため、資料を捏造していたという問題の解説記事を書きました。私の周囲からは、「まだ難しい。分かりにくい」といった指摘を受けました。そこで「解説の解説」を書きます。
まさの様、Kimera様、松田様、ブログなどで紹介して下さってありがとうございました。松田さんが紹介しておられた十勝川の基本高水は、利根川に輪をかけて不透明で杜撰で非科学的なものだということがよく分かりました。情報ありがとうございました。
他の読者の皆さまも是非、ブログやツイッターなどでご紹介下さるとうれしく存じます。捏造は隠しようがないので、世論が盛り上がれば、河川局も白旗をあげるしかなくなるでしょう。世論が沈黙すれば、河川局官僚たちは高笑いして、松田さんが指摘しておられたところの「捏造工事」に、さらに湯水のごとく私たちの血税を使い続けるのです。この国の民度が問われているといえるでしょう。納税者としては、みすみす自国が財政破たんに至るのを、手をこまねいて見ているわけには行きません。
さて、「解説の解説」です。国交省は、1958年(S33年)と59年(S34年)の洪水実績の解析から流出計算モデル(既定計画)を策定し、そのモデルは1982年(S57 年)と1998年(H10年)の洪水にも当てはまることが検証できていると主張しています。そう主張した審議会資料の現物を図として貼り付けておきます。図の現物は下記にあります。2005年の社会資本整備審議会・河川整備基本検討小委員会に提出されたものです。
http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/shaseishin/kasenbunkakai/shouiinkai/kihonhoushin/051206/pdf/s1.pdf
私たちは、この図の中で述べられている「昭和55年策定の利根川水系工事実施基本計画(既定計画)」における「流出計算モデル」を可能な限り忠実に再現して検証計算してみました。といっても国交省は「流出計算モデル」がどのようなものか全く情報を開示していなかったのです。八ツ場ダム裁判の原告の方々が粘り強く情報開示請求を続け、「飽和雨量48ミリ」「一次流出率0.5」をはじめとする貯留関数法のパラメータをようやく得ることができたので、それに基づいて国交省モデルを再現したのでした。
さて、S33年とS34年洪水では、たしかに飽和雨量48ミリでもだいたい当てはまりました。当時はよほど山が荒れていたものと思われます。しかしながら、その「48ミリモデル」をS57年とH10年洪水に適用すると、計算流量は、それぞれの実績流量(ダムがない想定の場合のダム戻し流量)よりも25~35%も大きくなることが明らかになりました。この25~35%の差は、この間の森林の生長による洪水流量の低減幅を反映しているものと思われます。
ここで、S57年とH10年洪水について、飽和雨量を48ミリから100ミリに上昇させた改訂モデルをつくると、誤差はいずれも10%以内に収まりました。
S33年、S34年の洪水については、たしかに飽和雨量48㎜でもだいたい合致するが、S57年、H10年の洪水では森林の保水力向上を反映させて100㎜以上にしないと全く合致しないということがはっきりと言える結果になりました。
審議会資料にあるように、国交省は「この流出計算モデルは、既定計画策定以降、近年の森林の状況による実績の洪水流量においても再現性がある」と主張し、上の資料にあるように「48ミリモデル」がS57年とH10年の洪水にもピタリと一致しているというグラフまで作成していますが、48ミリモデルは、「近年の森林の状況」には全く当てはまりません。S57とH10年の計算グラフはウソであり、計算結果の数値は捏造されたものとしか考えられないのです。
しかしながら国交省は、いまだに全情報を開示してはおりません。そのため私たちのモデルは、流域分割の仕方が国交省の流出計算モデルとは違っています。
国交省は、第三者による再現検証ができないように流域分割の情報開示を拒んでいるのですが、同省は東京新聞の取材に対し、「関氏の計算とは流域分割方法が違い、コメントできない」と開き直っております(東京新聞9月12日付け記事)。
その東京新聞を見た前原国交大臣(当時)は、先月9月14日の記者会見で、「できるだけ私は情報公開はしていかなくてはいけないと思っておりますし、特に基本高水というような中核をなす数値がどのような条件でまとめられたかということについては当然ながら開示をしていくべき話だと私は思っております」と語っています(この記事の下の付録参照)。
しかし、大臣がこう言ったにも関わらず、その後も国交省は大臣発言を無視して、情報開示を拒み続けています。この国の大臣発言とは、かくも軽いものだったのでしょうか。ここは菅首相が怒るべきでしょう。
もっとも、流域分割の仕方が違っても計算結果にはせいぜい数%の誤差が出る範囲でしょう。20~30%以上もの計算結果の違いを流域分割の方法に求めることは原理的に不可能です。ですので、これらのグラフは捏造だと断言できるのです。
国交省が「ウソではない」と主張するのであれば、計算モデルと計算過程の全情報を公開しなければならなくなります。しかし、それをすればウソは全てばれます。そこで国交省は情報を公開せず、知らぬ存ぜぬで開き直るしか選択肢がなくなったのです。
他の河川でも国交省は、「(森林が荒れていた当時の洪水を基準にした)計画モデルが、近年の洪水でも再現性がある」と主張していますが、その再現計算に関する具体的な情報は開示しません。皆さんの地元の河川で国交省がそのような主張をしていたら、それはまず間違いなくウソであると思って下さい。そのような再現計算はなされていないか、かりにもし「計算結果」と称するグラフが出てきたら、そのグラフはまず捏造と思って間違いないのです。
国交省は、そう思われたくなかったら情報公開をすべきでしょう。計算の根拠も公開せずに「何千億円も出せ」と納税者に迫るのは、押し売りか追いはぎか盗人の理屈です。ダム建設だけで、国民一人当たり年間1万円も取られてきたのです。この国では。
さて、これほどまでに露骨に政治権力が介入して科学的事実を捻じ曲げている例というのも、最近では珍しいと思います。後世の科学史家にとっては、この「緑のダム論争」は大変に興味深い研究課題になるでしょう。その意味で、科学史家の方々には是非興味をもってもらいたいと思います。
「河川工学の専門家」や「水文学の専門家」の多くが遺憾ながら国交省に取り込まれてしまっています。ここは、この道の専門家以外の、一般の科学者に声をあげてもらうのを期待するしかありません。
<付録>
前原誠司前国交大臣の記者会見を抜粋しておきます。この中で大臣は、「山の保水能力のカスリーン台風時と現在の違いというものが当然考慮がされるべきだと思っております」とハッキリ述べています。このように述べた大臣は、旧建設省時代を含めても、前原さんが初めてではないかと思います。
http://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin100914.html
****上記サイトより引用開始**********
(問)八ッ場ダムの関連ですが、10日に司法記者クラブで、ダム差止めの住民訴訟をやっている原告団の弁護人の高橋さんという弁護士さんが、大臣あてに質問書を出して、更に10日付で東京地裁に情報公開に関する訴えを起こした会見をしたのですが、内容は利根川の基本高水の関連で、一点は利根川ダム事務所のホームページの内容に誤りがあるのではないかというのと、基本高水の算定根拠になったデータを公開すべきではないかというこの二点についてそれぞれ言っているのですが、大臣はこの質問書であるとか訴えを御存知であるのか、あるいはその指摘についてどのようにお考えなのかそれぞれお聞かせください。
(前原大臣)直接その方が出されたものはまだ見ておりませんが、東京新聞を読んでそういった事実があるということは存じ上げております。
また情報公開については徹底的に行っていきたいと考えておりますし、東京新聞さんの記事を読ませていただくと、森林の保水能力についてしっかりとカウントされていないのではないかということが大きな主題であったと思いますし、実は有識者会議の中でもその議論はかなり行われまして、今後の八ッ場ダムの予断なき検証というものを行う評価軸、中間報告が取りまとめられたところでございますけれども、今後、代替治水策、利水策を模索していく上で、私は一つの勘案する要件であると思っておりますので、山の保水能力のカスリーン台風時と現在の違いというものが当然考慮がされるべきだと思っております。
(問)とすると、大臣のリーダーシップで情報は速やかに公開されると期待してよろしいのでしょうか。
(前原大臣)できる限り、特定の情報について開示要求をされていると思いますが、できるだけ私は情報公開はしていかなくてはいけないと思っておりますし、特に基本高水というような中核をなす数値がどのような条件でまとめられたかということについては当然ながら開示をしていくべき話だと私は思っております。
****引用終わり************
まさの様、Kimera様、松田様、ブログなどで紹介して下さってありがとうございました。松田さんが紹介しておられた十勝川の基本高水は、利根川に輪をかけて不透明で杜撰で非科学的なものだということがよく分かりました。情報ありがとうございました。
他の読者の皆さまも是非、ブログやツイッターなどでご紹介下さるとうれしく存じます。捏造は隠しようがないので、世論が盛り上がれば、河川局も白旗をあげるしかなくなるでしょう。世論が沈黙すれば、河川局官僚たちは高笑いして、松田さんが指摘しておられたところの「捏造工事」に、さらに湯水のごとく私たちの血税を使い続けるのです。この国の民度が問われているといえるでしょう。納税者としては、みすみす自国が財政破たんに至るのを、手をこまねいて見ているわけには行きません。
さて、「解説の解説」です。国交省は、1958年(S33年)と59年(S34年)の洪水実績の解析から流出計算モデル(既定計画)を策定し、そのモデルは1982年(S57 年)と1998年(H10年)の洪水にも当てはまることが検証できていると主張しています。そう主張した審議会資料の現物を図として貼り付けておきます。図の現物は下記にあります。2005年の社会資本整備審議会・河川整備基本検討小委員会に提出されたものです。
http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/shaseishin/kasenbunkakai/shouiinkai/kihonhoushin/051206/pdf/s1.pdf
私たちは、この図の中で述べられている「昭和55年策定の利根川水系工事実施基本計画(既定計画)」における「流出計算モデル」を可能な限り忠実に再現して検証計算してみました。といっても国交省は「流出計算モデル」がどのようなものか全く情報を開示していなかったのです。八ツ場ダム裁判の原告の方々が粘り強く情報開示請求を続け、「飽和雨量48ミリ」「一次流出率0.5」をはじめとする貯留関数法のパラメータをようやく得ることができたので、それに基づいて国交省モデルを再現したのでした。
さて、S33年とS34年洪水では、たしかに飽和雨量48ミリでもだいたい当てはまりました。当時はよほど山が荒れていたものと思われます。しかしながら、その「48ミリモデル」をS57年とH10年洪水に適用すると、計算流量は、それぞれの実績流量(ダムがない想定の場合のダム戻し流量)よりも25~35%も大きくなることが明らかになりました。この25~35%の差は、この間の森林の生長による洪水流量の低減幅を反映しているものと思われます。
ここで、S57年とH10年洪水について、飽和雨量を48ミリから100ミリに上昇させた改訂モデルをつくると、誤差はいずれも10%以内に収まりました。
S33年、S34年の洪水については、たしかに飽和雨量48㎜でもだいたい合致するが、S57年、H10年の洪水では森林の保水力向上を反映させて100㎜以上にしないと全く合致しないということがはっきりと言える結果になりました。
審議会資料にあるように、国交省は「この流出計算モデルは、既定計画策定以降、近年の森林の状況による実績の洪水流量においても再現性がある」と主張し、上の資料にあるように「48ミリモデル」がS57年とH10年の洪水にもピタリと一致しているというグラフまで作成していますが、48ミリモデルは、「近年の森林の状況」には全く当てはまりません。S57とH10年の計算グラフはウソであり、計算結果の数値は捏造されたものとしか考えられないのです。
しかしながら国交省は、いまだに全情報を開示してはおりません。そのため私たちのモデルは、流域分割の仕方が国交省の流出計算モデルとは違っています。
国交省は、第三者による再現検証ができないように流域分割の情報開示を拒んでいるのですが、同省は東京新聞の取材に対し、「関氏の計算とは流域分割方法が違い、コメントできない」と開き直っております(東京新聞9月12日付け記事)。
その東京新聞を見た前原国交大臣(当時)は、先月9月14日の記者会見で、「できるだけ私は情報公開はしていかなくてはいけないと思っておりますし、特に基本高水というような中核をなす数値がどのような条件でまとめられたかということについては当然ながら開示をしていくべき話だと私は思っております」と語っています(この記事の下の付録参照)。
しかし、大臣がこう言ったにも関わらず、その後も国交省は大臣発言を無視して、情報開示を拒み続けています。この国の大臣発言とは、かくも軽いものだったのでしょうか。ここは菅首相が怒るべきでしょう。
もっとも、流域分割の仕方が違っても計算結果にはせいぜい数%の誤差が出る範囲でしょう。20~30%以上もの計算結果の違いを流域分割の方法に求めることは原理的に不可能です。ですので、これらのグラフは捏造だと断言できるのです。
国交省が「ウソではない」と主張するのであれば、計算モデルと計算過程の全情報を公開しなければならなくなります。しかし、それをすればウソは全てばれます。そこで国交省は情報を公開せず、知らぬ存ぜぬで開き直るしか選択肢がなくなったのです。
他の河川でも国交省は、「(森林が荒れていた当時の洪水を基準にした)計画モデルが、近年の洪水でも再現性がある」と主張していますが、その再現計算に関する具体的な情報は開示しません。皆さんの地元の河川で国交省がそのような主張をしていたら、それはまず間違いなくウソであると思って下さい。そのような再現計算はなされていないか、かりにもし「計算結果」と称するグラフが出てきたら、そのグラフはまず捏造と思って間違いないのです。
国交省は、そう思われたくなかったら情報公開をすべきでしょう。計算の根拠も公開せずに「何千億円も出せ」と納税者に迫るのは、押し売りか追いはぎか盗人の理屈です。ダム建設だけで、国民一人当たり年間1万円も取られてきたのです。この国では。
さて、これほどまでに露骨に政治権力が介入して科学的事実を捻じ曲げている例というのも、最近では珍しいと思います。後世の科学史家にとっては、この「緑のダム論争」は大変に興味深い研究課題になるでしょう。その意味で、科学史家の方々には是非興味をもってもらいたいと思います。
「河川工学の専門家」や「水文学の専門家」の多くが遺憾ながら国交省に取り込まれてしまっています。ここは、この道の専門家以外の、一般の科学者に声をあげてもらうのを期待するしかありません。
<付録>
前原誠司前国交大臣の記者会見を抜粋しておきます。この中で大臣は、「山の保水能力のカスリーン台風時と現在の違いというものが当然考慮がされるべきだと思っております」とハッキリ述べています。このように述べた大臣は、旧建設省時代を含めても、前原さんが初めてではないかと思います。
http://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin100914.html
****上記サイトより引用開始**********
(問)八ッ場ダムの関連ですが、10日に司法記者クラブで、ダム差止めの住民訴訟をやっている原告団の弁護人の高橋さんという弁護士さんが、大臣あてに質問書を出して、更に10日付で東京地裁に情報公開に関する訴えを起こした会見をしたのですが、内容は利根川の基本高水の関連で、一点は利根川ダム事務所のホームページの内容に誤りがあるのではないかというのと、基本高水の算定根拠になったデータを公開すべきではないかというこの二点についてそれぞれ言っているのですが、大臣はこの質問書であるとか訴えを御存知であるのか、あるいはその指摘についてどのようにお考えなのかそれぞれお聞かせください。
(前原大臣)直接その方が出されたものはまだ見ておりませんが、東京新聞を読んでそういった事実があるということは存じ上げております。
また情報公開については徹底的に行っていきたいと考えておりますし、東京新聞さんの記事を読ませていただくと、森林の保水能力についてしっかりとカウントされていないのではないかということが大きな主題であったと思いますし、実は有識者会議の中でもその議論はかなり行われまして、今後の八ッ場ダムの予断なき検証というものを行う評価軸、中間報告が取りまとめられたところでございますけれども、今後、代替治水策、利水策を模索していく上で、私は一つの勘案する要件であると思っておりますので、山の保水能力のカスリーン台風時と現在の違いというものが当然考慮がされるべきだと思っております。
(問)とすると、大臣のリーダーシップで情報は速やかに公開されると期待してよろしいのでしょうか。
(前原大臣)できる限り、特定の情報について開示要求をされていると思いますが、できるだけ私は情報公開はしていかなくてはいけないと思っておりますし、特に基本高水というような中核をなす数値がどのような条件でまとめられたかということについては当然ながら開示をしていくべき話だと私は思っております。
****引用終わり************
こんなことを申します背景には、昨年末以来「地球温暖化が起きるという話は捏造だ」というひどい噂が広まってしまい、わたしなどがそれを打ち消す発言をする必要が生じているという事情があります。もう少し具体的には、イギリスの大学のCRUという研究所の電子メールが暴露され、その内容を勝手に解釈してCRUの研究論文(の図)は捏造だという噂をふりまいた人々がいました。この件は自分のブログ記事 http://d.hatena.ne.jp/masudako/20100716/1279258003 に書いております。大学やイギリス国会の委員会による審査を経て、捏造の疑いは晴れたと言ってよいと思いますが、スキャンダルの否定の報道はスキャンダルの報道ほどよく広まらないので、世の中の捏造の疑いはなかなかおさまりません。CRUの人々の心労はものすごいものだったようです。
なお、CRUの計算結果が完全には再現可能ではないという問題は実際にありました。CRUを非難する人々に言わせれば致命的欠陥です。ただし、その原因の一部はデータ提供元の各国政府機関がデータ再配布を制限していることにありました。また一部は履歴記録をとる習慣ができていなかったためで、今後は改善可能ですが過去にさかのぼってとがめられてもどうしようもないのです。それにしても、第三者が再現できない研究成果を政策決定の根拠に使うべきでないという批判はもっともかもしれません。しかし、全球平均地上気温などの主要な結論に関しては、他の研究機関が公開可能な観測データだけを使って集計しても基本的に同じ結果が得られているので、広い意味の再現性はあり、CRUの計算は基本的には正しい(したがって政策決定の根拠に使えるだろう)と同業者は考えています。
八ツ場ダムの件でわたしが想像しておりますのは、国土交通省が使ったプログラムが、貯留関数法という点では同じでも、関さんがお使いになった「財団法人国土技術センターの流出解析シミュレータ」とどこか違っていたのではないか、ということです。パラメータの最適値を決める方法が違うだけでも、評価関数に複数の極値がある場合には違うところに落ち着いてしまうかもしれません。結果からみてもっとありそうなのは、記述されたもの以外にも調整されたパラメータがあったのではないかということです。もしそうだとすれば、その件を書かなかった報告書は正しくないということが正面の問題となると思います。また、関さんもおっしゃっているように、ある規模の洪水ばかりに対してパラメータを調整すると、規模の大きい洪水に対してかえって不正確になるでしょう(必ず過大評価になるとは限らないと思いますが)。パラメータの選択は、広い範囲の入力に対して頑健(robust)であるべきです。内容に立ち入って検討しておりませんが、印象としては、過去の事例に細かく合わせすぎたモデルの使い方は不適切であるように思われます。
> 八ツ場ダムの件でわたしが想像しておりますのは、国土交通省が使ったプログラムが、貯留関数法という点では同じでも、関さんがお使いになった「財団法人国土技術センターの流出解析シミュレータ」とどこか違っていたのではないか
貯留関数法による流量計算そのものは、微分方程式を数値計算により解くものです。プログラムといってもエクセルで作れる程度のものです。どのプログラムを使っても計算に大差は出ません。
可能性としては、数値計算の仕方でルンゲクッタ法を使うか、ニュートン法を使うかの程度の違いがあり得ますが、20~30%もの計算誤差は原理的に発生し得ないでしょう。
>もっとありそうなのは、記述されたもの以外にも調整されたパラメータがあったのではないかということです。もしそうだとすれば、その件を書かなかった報告書は正しくないということが正面の問題となると思います。
記述以外の調整パラメータを用いたという程度の問題ではなく、「昭和55年策定の利根川水系工事実施基本計画(既定計画)」における「流出計算モデル」に定められたパラメータを、各洪水での再現計算ごとに恣意的に変えているのです。
それで、「この流出計算モデルは、過去の主要な洪水を再現可能である」とウソをついています。隠れた調整パラメータを用いたといった程度の「調整」ではありません。
事実関係の再現性に問題があったり誇張があったというイギリスのCRUの問題とは次元が異なります。
明らかに、「事実に反することを、事実であると偽って伝えた」という意味で、辞書の定義通りの捏造です。これは明らかに公文書偽造の犯罪に当たります。
このウソが導くことの重大性は以下のようです。
もし国交省の主張が正しいとするならば、「荒廃地が森林に変化しても洪水流量は全く変化しない」という命題が真でなければならないことになります。このウソが導く政策的含意はじつに重大です。全国の河川において、納税者に何十兆円もの出費を強いるという結果を導くからです。
以上のことを踏まえて、私は「捏造」という表記がもっとも妥当だろうと判断いたしました。
>ある規模の洪水ばかりに対してパラメータを調整すると、規模の大きい洪水に対してかえって不正確になるでしょう(必ず過大評価になるとは限らないと思いますが)。
貯留関数法の特性からして規模を大きく引き延ばすと、必ず過大評価につながります。
この理由はいくつかありますが、一つ大きな理由は、降雨規模が大きくなると、流域土壌が最大に貯留可能な雨量は増えていくという点が挙げられます。
たとえば、200ミリ規模降雨の飽和雨量は100ミリであっても、300ミリ規模になると土壌が最大限に雨水を貯め込もうとしますので飽和雨量は130とか140にまで増大していくのです。これは実験的にはっきりと確かめられています。ですので、100ミリというパラメータで、大規模降雨をシミュレーションすると、実際の観測よりも過大な値になるのです。
いわゆるClimategateはCRUという一機関へのいじめにとどまらず、気候変化の科学全体への疑いをふりまくキャンペーンに利用されました。「環境科学はみんなあやしく、政策決定の根拠にならない」と主張したがっている人は、アメリカばかりでなく日本にもいると思います。ダムを作りたがっている人とは直接にはあまり重ならないでしょう。「だれだれの流出計算は捏造だ」というまともな指摘を見て、「流出計算なんてみんな捏造だよね」などという冗談を言う人はいそうです。すると「温暖化予測モデルは捏造だ」などという噂に「流出計算はみんな捏造だ」が加わりそうです。スキャンダルを好むブロガーの間ではそれが「常識」になり、流出計算と見ると中身も見ないで反射的に「捏造だ」と言う人がふえてしまうかもしれません。
そうなってしまうと全く本意ではありません。そうしたキャンペーンがされれば、私はもちろんそうした人々を批判する側に回ります。
計算モデルとパラメータをすべて情報開示し、誰がやっても再現計算が可能なよう透明性を確保することが何よりも肝要かと存じます。
国交省の場合、情報を隠すクセがついてしまったので、「捏造してもどうせバレっこないだろう」という甘えが発生してしまったのだと思います。いちどお灸を据えて、二度とこのようなことをさせないようにせねばなりません。さらに行政の透明性を高めるために情報公開法を改正する契機とせねばならないと存じます。