イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

えんじょ交際

2010-11-03 21:13:48 | 昼ドラマ

週初め、111日と“一並び”の切りのいい日に始まった新昼帯ドラマ『花嫁のれん』、観光地の老舗旅館が舞台、ヒロインはアラフォー元キャリ、女将修業で姑の大女将とバトル…となれば、かつてのこの枠のヒットシリーズ『はるちゃん』のオトナ版といった趣きかな?と予想していました。

個人的には、お仕着せ着た仲居さん番頭さんが厨房や勝手口でがちゃがちゃやり合ったり、襖のかげで立ち聞き合戦、次々やってくるヘンなわけあり客たち、合い間に観光風景みたいな“にぎやか温泉モノ”は心底苦手なので、今作、視聴どうしようかなと迷いながら、とりあえず録画スタートしましたが、早くももやもやして来ました。

このドラマ、“言葉”のセンスがヘンです。金沢地方の方言については、行ったこともないし同地に知り合いもいないのでまったくわかりませんが、そういう問題ではなく、人物が発する言葉が、ところどころ、ひどく神経がかよっていない。

最初にアレ?と違和感を覚えたのは、失踪した夫がもしや…と思い彼の実家である老舗旅館を訪れた奈緒子(羽田美智子さん)に、ひょっとして借金の肩代わりを頼みに来た?と疑った大女将・志乃(野際陽子さん)が「アナタに“お母さん”なんて呼ばれる筋合いはありません」と、古典的に一刀両断した後、いかにも癪に障るといった表情で「…いじくらしい」とつぶやき捨てる場面。

志乃は「東京の大学に出すかわり、卒業したら金沢に帰って家業の旅館を継ぐように」と長男に言い含めていたのに、その長男・宗佑(3話時点で顔が映らないけど津田寛治さん)は約束を破って東京にとどまり、東京のキャリアウーマン奈緒子と結婚してしまった。志乃は速攻宗佑を勘当、奈緒子は“認められない嫁”です。ひとりの女性としての人間性や、息子の妻としての適性など“内容”を問う以前に、まず“手続き”が志乃からすれば違法なわけで、その部分を奈緒子がすっ飛ばして、正規の“内容”に則っているかのような「お母さん」呼びをしたから、「…いじくらしい」というリアクションになったのだと思う。

しかし問題はその後。「“いじくらしい”?」と方言の意味がわからず問いたげ顔の奈緒子に「不快で、鬱陶しいという意味です!」と志乃が何のヒネりもなく説明するのはどうでしょう。志乃さんはこの奈緒子との久々のサシ対面劇の別れ際には「この“かぐらや”の門をくぐって来た人を邪険に帰しては、かぐらやの品格が疑われます」「おもてなしの心は大切に」と宣言して孫娘・瑠璃子(ワクワクするお名前=里久鳴祐果さん)に見送りを言いつけており、“品”や“グレード”“義”“本分”をいたく大切にする、古き良き時代の厳格女将として描き出されており、いくら逆鱗に触れたとは言え客前で反射的にぶっちゃけ方言でリアクション、怪訝がられて、馬鹿正直にまんま翻訳、というのは、そこまでの地合いとは不釣り合いに幼稚で、品のない言動です。

奈緒子を「いじくらしい」と思う、志乃の感情にリアリティはあるが、板長でもある夫や、若死にした長女の夫である婿養子、仲居頭さんらとの夕食など、“身内しかいない”場面でぽろっとこぼすのならともかく、そのいじくらしい認められない嫁本人の面前でこれを発射するのは、どうにも志乃の人物像と噛み合わない。

どうしても作劇上“志乃に、奈緒子に対して「いじくらしい」を発させたい”ならば、奈緒子に聞こえるか聞こえないかの声量で小さく呟いておいて奈緒子「イジク…何ですか?」志乃「いいえ、何でもありません、とにかくワタクシはアナタを宗佑の嫁とは認めていないということです」と誤魔化させておき、かぐらやを出た帰途、公園か橋の上で「やれやれ」と放心状態の奈緒子の耳に通りすがりの女子中学生たちの会話「あの先生、体育の時間いっつもここらへん(←太ももとか)じーっと見よるんよ」「うっわーいじくらしぃー」とか、やんちゃな幼児に手を焼く若いお母さん「ほら、そこで騒いだらいかんよ、大人しいしなさい、いじくらしぃが」か何かが飛び込んできて「……いじくらしいってそんなのかぁ…私が」と初めてわかって溜め息、みたいな流れにしたほうが、“東京で働く女性ライフを謳歌してきた奈緒子”と“地元金沢土着に生きるかぐらや一族の世界”との間に立ちはだかる厚い壁、深い溝をも表現できたと思う。

奈緒子に関してかぐらや=神楽家の面々がたびたび「えんじょもん(=よそ者)」という表現をするのも、“方言の中で特に排他的・白眼視的ニュアンスを持つ単語”を象徴的に多用することで何かをどうにかしようという、台詞作りにのぞむ料簡の底の浅さが透けて見える。

東京に帰り自分の実家で、「宗佑の借金は(妻で保証人でもある)自分の働きで全額返済する」と奈緒子が言うと、妹の良美が「お姉ちゃん、肝っ玉だねー」と嘆息するのも鮮烈な違和感がありました。初回の再生で、聞き間違いか?と思わず巻き戻してしまった。キモッタマ?胆力が強い?…度胸やものを恐れない、驚かないことではなく、おカネを出す問題、出す姿勢を言っているのだから、どう考えてもここは「太っ腹だねー」ではないでしょうか。この場面に先立ち、宗佑の借金先である信金窓口で「最近は離婚するから旦那さんの借金は返せない、返す義務はないと言い張る人も多いのに、奥さんは妻の鑑ですね」と言われ「アラ、妻として当然のことなのに、カガミだなんてウフ♪」とデレる奈緒子のシーンがあるので、“さほど余裕の高収入でもない女の「細腕」で、おだてられて自分に酔ってつい身の丈以上に背負い込んでしまった”という滑稽さを際立たせるためにも「太っ腹」のほうがいいと思うのですけれど。

岡本真夜さんの澄明で軽やかなテーマ曲とともに加賀友禅模様がほころぶOPタイトルに大きく映る通り、今作、羽田美智子さんと野際陽子さんという、ゴールデンタイム主役ないし準主役級女優ふたりの共演とともに、脚本・小松江里子さんの名前も、この枠作品における脚本家名クレジットとしては記憶が無いくらい破格にフィーチャーされています。昨年のNHK大河ドラマ脚本家の新作オリジナルというところも今作の売りにしたいのでしょうが、ドラマの“血液”とも言える台詞、言葉に、どうもクレジットほどの重みや風格が感じられず、粗っぽいところが散見されるのは気がかりです。

まだ3話終了時点ですが、コントっぽいオタオタ演技をある程度楽しんでやっているような羽田さんは快適に見ていることができ、それはとても結構なのですけれども、それ以外の人物たちも、基本は仕事に家族に、あるいはほのかな恋心にと真っ当なベクトルを持つ常識人でさほどのトゲもなく、従って「ココがどう転がるか見逃せない」という引っかかりもありません。

平日帯ドラマは多話数を継続することでこそ、作るほうも視聴する側も醍醐味が味わえるもの。『ゲゲゲの女房』で再確認させてもらったばかりなので、軽々に見切ったりはできませんが、とりあえず録画してはおくものの再生はどんどん後回しになり、結局消去リスト入りしそうな気配も。どこか何かしら濃いところ、丹念さ、一筋縄で行かなさが感じられるところ、早く出てきてほしいものです。

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