イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

今度こそ最後の『いだてん ~東京オリムピック噺~』 ~達成者なるも勝者ならざる者~

2020-02-08 19:24:10 | テレビ番組

 主要キャストのよもやの不祥事交代劇で二週遅れのスタートになった2020年NHK大河ドラマ『麒麟がくる』もどうにか走り出して、巷間待望の戦国大河でもありそこそこ人気のようです。月河家の高齢組も「画面がカラフル過ぎて韓国時代劇みたい」「堺駿二の息子、まちゃあき?年取ったねーシワシワだ」とか何とか、自分の年取ったのを棚に上げていまのところ結構食いついています。

 そんな中、我ながらいまさらしつこいっちゅうか未練がましいというか、でもやはり『いだてん ~東京オリムピック噺~』とその敗因について考えることは、ひいては「私たちは何を求めてテレビドラマ、特に連続ドラマを視聴するのだろう」を考えることに他なりませんから、いま少し続けましょう。

 毎年恒例の『新春テレビ放談』(NHK)、記憶の限りだと前年にヒットした番組、数字は平凡でも一部で熱く人気を集めた番組、出席パネラーさんが「面白かった」と言及した番組、あるいは逆に、大炎上して世に問題提起した番組については、曲の垣根を越えて結構掘り下げますが、逆に、前宣伝のわりに人気が出なかった番組や、大コケした番組については、同業としての武士の情けかほとんど触れないのがつねです。

 我らが(だから誰らがだ)『いだてん』は当該局NHKの看板商品たる大河ドラマですから、この通年の伸び悩み低迷っぷりは局内だけでなくテレビ界全体でも、好むと好まざるとにかかわらずかなり話題になり、その原因追及や、ああすればいいんじゃないか、こうすればいいのに・・の仮想対策も取り沙汰されたはずですが、『放談』内で正面切って話題にされることはさすがにありませんでした。

 ここで間接的に注意喚起してくれたのがやはり、さすがに『いだてん』ファンを自任するテレ東・佐久間P。

 ドラマ・youtubeのあとバラエティ番組の話題になり、人気ランキングで前年25位から2019年には3位と、大きくジャンプアップした『ポツンと一軒家』(ABC―テレビ朝日系)に注目があつまりました。

 アシスタントMC杉浦友紀アナウンサーが(NHKアナであるにもかかわらず)「うちの両親も大好きで、毎週見てるって言ってます」と、期せずして強力な傍証を。

 もちろんこの番組は日曜8時、『いだてん』の真裏番組。大河ウォッチャーからは「大河が『いだてん』になって落ち込んだ数字(通年平均ベースで4パーセント前後、単回ではそれ以上)の大半は『ポツンと~』に持って行かれた」と自虐混じりに指摘される、“仮想宿敵”とも言える存在です。

 佐久間P、これにすぐ反応し、「高齢のかたは本当に好きですね」「企画として面白いのもあるけど、僕が見た感じ、とにかくスタッフが“丁寧”取材対象の一般のかたたちへの接し方が、いままでのテレビバラエティでいちばん丁寧」。と、本件のカギとも言えるワードを析出。

 佐久間Pの観察によると「(対・取材対象だけでなく)スタッフ同士の会話も(マイクで拾われるといつも)敬語そういうマナーの徹底したところが、視聴者としては気持ちよく見られるってことは結構あると思う」。

 続いてヒャダインさん「時間帯としては日曜8時(=日テレ『イッテQ!』の真裏)めちゃめちゃ数字取りにくい所ですよね」「世代の棲み分け、ってことなんですかね」。

・・・このくだりでは誰も何も、ひとことも直接は触れなかったにもかかわらず、『いだてん』について裏取り分析したに等しくなりました。

 これもひとえに佐久間さんの『いだてん』愛の然らしむるところ。昨年までは、中長期にわたってジリ貧とはいえ大河ドラマを継続視聴していた高齢者がぞろっと引っ越して『ポツンと~』リピート視聴者になった理由=“『ポツンと~』にあって『いだてん』にないものは何だろうか”を、おそらく佐久間Pは何度も考えながら見たので、これが掴めたのではないかと思います。

 杉浦アナが「(スタッフが丁寧ということは)優しい、んですね」と噛み砕いてくれましたが、『ポツンと一軒家』に移った高齢視聴者たちは、スタッフの礼儀正しさや言葉づかいに“自分たちが育てられ躾けられてきた価値観の健在”“そんな価値観を持って生きて呼吸していられる空気”を見て、居心地よさをおぼえたのではないでしょうか。

 高齢者高齢者と言っても、二十年前はまだ現役世代でした。働き盛り世代・管理職世代から高齢者扱い、ヘタすりゃ老害扱いを余儀なくされるに至る、特に世紀の変り目前後からのここ二十余年ばかりは、IT革命だのデジタル化だのが次々に襲いかかり、この年代の人たちにとっては見たことのないモノ、馴染みのない用語、雲をつかむような取説、ピンとこないシステム、理不尽なリストラ等の洪水に突き流され、踏ん張れど抗えど勝ち目がなく、揉み洗いまくられるような年月だったはずです。

 考えてみれば、山林山野の、航空写真で検索しないと特定できないような人里遠く離れた一軒家に“ポツンと”暮らすということは、多かれ少なかれいま風の便利さ、お洒落さ格好良さに、真っ向背を向けないまでも、それこそ距離を置いて、時流に乗らないことをみずから選んで生きるということです。取材対象になった一軒家住人のかたがたはそれぞれの事情や希望や展望や、ときには一抹の不満や諦念をかかえながら、或いは“第一希望”ではないかもしれないけれども、少なくとも唯一ではなかったはずの選択肢の中から“ポツンと”一軒家で暮らす人生をチョイスした。

 高齢視聴者たちは彼らの物語の中に“時流になすすべなく流されないこと、時流に遅れてはならないと焦って足掻かないこと”の居心地よさを見たのです。マイクやカメラやいま風の機材を持ち込みつつも、彼らに丁寧な敬語で接する番組クルーの物腰に「こういう人生が、いまどきの(東京のテレビ局で働くような)若い人たちからも、ちゃんと尊敬され大事にされている」という心強さをおぼえたのです。

 我らが『いだてん』には、いま思えばそれが見事になかった。

 前のエントリで「“完成度の高さ”に殉じた」という表現を月河は採りましたが、面白くても、伏線が周到でも、居心地の良さを与えてはくれなかった。競技としての陸上に目覚めて日本初の近代五輪出場を果たしたが戦績は三回出場して14位が最高、あと二回は棄権に終わった金栗四三しかり、幼時に病気で水泳を禁じられ、指導者・競技団体役員として日本競泳の五輪参加に尽力したが念願の東京大会本番前に組織委から事実上放逐された田畑政次しかり、両主役を筆頭に『いだてん』は全篇これ“誰も未だ達成したことのない事に挑んで、達成できなかった人たち”の物語でした。

 それぞれのフィールドでフロンティアたらんとして、黎明の鐘を鳴らす者の役を命じられて悪戦苦闘、でもその過程を自らは楽しみながら前へ前へと進む人たちを、応援しつつも全体的には概ね笑いながら鑑賞するという態度は、面白うてやがて落ち着かないものだった。手元でちょっと検索すれば、彼らの苦闘のゴールが“第一希望達成”でなかったことはわかってしまいます。台詞、演出の隅々笑える仕様で作ってあるのに、頑張っている人たち、頑張っても満願成就とはいかなかったとわかっている人たちを、娯楽として笑うのは何かしら申し訳ない、気の毒な気がする。

 アナログの昭和からバブルと崩壊の平成を、「時流の先端に居ろ、取り残されるな」「流されるな」の両輪で頑張ってきた令和の高齢者にとって、“先端でなくていい、時流に乗っていなくていい”ポツンと一軒家暮らしを、笑いものにするではなく優しく、自分たちが親たち教師たちから教わった通りの敬語喋りでリスペクトしてくれるチャンネルのほうが圧倒的に居心地良かった。

『放談』の、ドラマについてのパートの後半で“フィクションだからこその癒し”“あるある、わかるわかる、という登場人物への共感”が2019年のドラマには多かった・・と、おもに女性パネラー(日テレ鈴間P、テレ朝弘中綾香アナ、広告業界出身のクリエイティブ・プランナー陳暁夏代さん)がクチをそろえていましたが、共感にせよ癒しにせよ、行き着く所は居心地の良さなのです。毎週誰かしらがアッと驚く展開で死体になる『あなたの番です』のような、あざとさに特化したドラマでも、友人知人や遠くの実家家族と「誰が怪しい」「次週はこうなるんじゃないか」と、有り得ない事、いるわけない人物についてメールチャットで盛り上がれれば、それは居心地良さの提供なのです。

 我らが『いだてん』にはそれがなかった。面白かったけれど、居心地良くはなかった。完成度は高かったけれど、完成度の緻密な囲いからはみ出して、分断された世代にまたがって巻き込むベクトルは生まれなかった。

 志ん生の若き日からの、浅草演芸界・落語界物語と日本近代オリンピック草創話との両輪建てにしたことや、個々のキャストや、時系列ごとの尺の割き方といった方法論の問題ではなく、言わば物語世界のグランドデザイン、それも図面レベルでなく“空気の組成”みたいなところから来るものですから、制作スタッフにはいっそ敗戦感、「あそこをああじゃなく、こうすればよかった」的な後悔はないかもしれない。

 面白いけれど居心地良くはない、毎度笑わされながら毎度微量チクッと来てゾワッと来る、“隠しブラック”な味を愛する月河にとっては、『いだてん』が2019年、全方向に「当たった!」と言えるドラマにならなかったことはやはり残念ではあるのですが、どこかで「そりゃそうだろうし、それもまた良し」と思ってもいる。こんな月河のような客をファンに持ってる時点で、『いだてん』はそれなりの結果に終わっても仕方なかったなと思うものです。

 誰も言わないと思うので、月河だけはここで言っておきましょう。

 「『いだてん』は負けとらんったい!大勝利ではなかばってん、金メダルったい!」


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