イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

いまこそドラマ最強論

2018-01-28 12:22:12 | テレビ番組

 放送から一か月近く過ぎて月もあらたまろうというところでいまさらですが、ちょうど改編期でもあるしもう一回くらい話題にしてもいいでしょうNHK『新春TV放談 2018』(1月2日放送)。全編正味78分の前半33分を“ドラマ”に充ててくれたのは嬉しかった。

 33分過ぎからは“ワイドショー”、休憩と名刺交換(何だそれ)をはさんで41分過ぎから“バラエティ”、66分過ぎからAbemaTVや動画配信サービスといった“インターネットテレビ”、73分過ぎから地上波テレビの“未来”、最後の2分で今年の期待とまとめ、という構成の中でこれだけ“ドラマ”に費やす熱量が高いのは、皆さん「詰まるところテレビに求められているのはドラマだ」ということがわかっておられるからではないかと思うんですね。

 脚本があって俳優が演じるドラマだけがドラマではない。ワイドショーの政局ネタや不倫ネタに食いつく客も、バラエティの芸人の体当たりやアイドル・俳優のトークに興じる客も、女子アナの抜擢・降板に興味津々の客も、見たいのは“ストーリー”“裏話”“人間関係、人と人の好悪、衝突、絡み合い”・・要するに“ドラマ”なんじゃないでしょうか。

 AbemaTV代表のサイバーエージェント藤田晋社長が、(地上波ドラマ苦戦の)いま敢えて連続ドラマを制作する動機は?と訊かれて「ドラマは一発当たる(=ヒットする)と大きいから」「(ドラマは)キラーコンテンツ、キラーコンテンツってみんな、ボクもずっと言ってるんだけど、ドラマが当たるっていうのは、サッカーW杯やオリンピックぐらいの価値がある」と答えていましたが、この発言、“ドラマがキラーコンテンツとしてW杯・オリンピックに匹敵する”ではなく“W杯・オリンピックがキラーコンテンツなのは、ドラマだからである”と読み替えるべきでしょう。

 W杯にせよオリンピックにせよ、大勢が引きつけられ夢中になり、次の展開が見逃せないと釘付けになるのは、個々の試合や競技ではないのです。どことどこが対戦して何対何でどっちが勝ったとか、ドコソコ国の何某選手が何秒ナンボで走ったとかだけに集中するなら活字媒体の数行で足り、こんなつまらんものはありません。一斉に何百万人何千万人もの人が熱狂する中には、競技のルールも戦術戦法もよくわかってない向きも相当比率いるはずで、それでも熱狂するのは、実はサッカーやフィギュアスケートや柔道や100メートル走に熱狂しているのではなく、そこに期せずして湧きあがるドラマに熱狂しているのです。

 スポーツにはあらかじめの台本がありませんから、画面で起きたことには客が自由にドラマを読み放題、膨らませ放題盛りつけ放題です。新人選手の抜擢キラキラシンデレラストーリーでもいいし、国境を越えた男と男の萌え萌え友情物語でも、汗と涙の師弟愛物語でも、メダルを争う美人選手同士の嫉妬と意地のドロドロ劇でもいい。ワイドショーやバラエティがオフの選手を争奪してトークスタジオでお手盛りに仕上げるよりずっと先に、客が自分で好みのストーリーを自由奔放に織り上げて、好きなタイミングで歓声をあげヤジを飛ばすことができるから、大きなスポーツイベントはキラーコンテンツたり得るのです。

 逆に言えば、近年のドラマにヒットが少なくなっているのは、客の想像力の贅沢さに、既存の地上波ドラマ枠がついていけなくなっているからとも言える。スポンサー圧力やら放送コンプラやら芸能事務所とのしがらみやらに二重三重に縛られた窮屈な脚本キャストでは、先の展開を誰も知らないスポーツイベントの無色透明開放スペースに自由にストーリーを読み出し彩色していく楽しさに到底勝てません。

 ドラマで高視聴率をコンスタントに取っている数少ないタイトルが『ドクターX』『相棒』など軒並み数年~十数年以上続くシリーズものに限られてきたのも「TVのドラマに“想定外”を期待しなくなった」→「いつも同じパターンで先がわかっているから安心して視聴できる」という、言わば客側からの主体的な逆張り均衡策と言える。

 日本テレビの小田Pが『放談』最後の今年2018年の展望と抱負で「(スマホ世代の若者でもそれ以外でも)誰でも入って来れる、誰でも楽しめる“極上の暇つぶし”を、一生懸命作っていきたい」と語っておられましたが、テレビ制作者、特にドラマに携わる人は自信を持っていいし肝に銘ずるべきだと思います“テレビはドラマがあるから、ドラマになるから面白い”

どんなにバカバカしい動画だろうと不埒な情報だろうと、“意味”が一分一厘もない、腑に落ちるところが微塵も無いものならば人間はそんなに暇つぶしできません。若い人が友人とのコミュニケーション中にお手上げになるとよく「イミわかんね」と言いますが、人は“意味”が大好きで“意味”なくしては生きていけないのです。意味があって腑に落ちるものには、すべからくドラマがある。ドラマになるタネ(ネタではなく)が宿っている。政治も外交も経済もさっぱり先行きが見えない、腑に落ちない時代は、実はいちばん熱烈に“ドラマを求めている時代”なのではないでしょうか。

  もひとつ最後にこれは訂正。前の前の記事でテレビ東京伊藤P「池の水毎週抜くかどうか前向きに考える」と書きましたが、月河の聞き違い。正確には「毎週抜くかどうかはわかりませんが、毎週(局上層部に)怒られるとは思います」と仰ったのでした。抜いても抜かなくても怒られる。辛いね。でも冥利に尽きますね、バラエティPとしてね。

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