世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

恋する冬休み

2006年01月04日 23時59分45秒 | Weblog
正月明けというか、普通の月初だった。
朝、「本年も宜しくお願いします」と挨拶こそ交えるが、
始業チャイムが鳴れば、連休中に溜った業務をこなすのに必死で、
いつまでも雅な正月気分を堪能することは不可能なんである。
社外に出ると、まだ冬休み中の小学生が公園で遊んでいる風景に出くわす。
いいよなー。奴らはまだ休みなんだよなー。
今の内遊んでおきなさいね。
その内大人になったら遊べなくなるんだから…。

中学時代の冬休みは、私にとって記憶に残る濃い数日間である。
塾の冬季講習で特定の友達には会える。
しかし、携帯もベルも無い時代であったから、家庭用電話を駆使して家族経由で友達と会話をすることは、ナイーブな中学生を躊躇させるのに充分だった。

正月という非日常的空気が当たり前のように全国に流れ、
各家庭にも高揚感が溢れる冬休み。
夏休みや春休みとは異質のセンチメンタルが高密度で流れる…。

温風ヒーターが唸る自室
夕暮れが彩る窓
応接間から溢れる酔った親戚の笑い声
冷めたコーヒー
「りょうこちゃんへ」て書かれた金額推定可能な、幼稚なお年玉袋。
やりかけの冬休みの宿題…


「あの人にも正月が来ているのだろうか」

男子生徒の家庭に電話をかけるなんて、学年の女子でも何人もいなかっただろうあの頃。
(連絡網も男女別だった)

まして、当時の私が片想いしていた殿方は英語教師である。
連絡だなんて…中国雑技団へ入団するぐらい不可能なことであった。
「過去完了形の意味がわからないんですが」とか
「関係詞のwhenの使い方がわからないんですが」とか
聞いてしまおうか…
で、でも、彼はムスカに似て冷酷極まり無い人である。
そこが好きだったんだが。
電話の途中、「そんなこと、三学期にしてくれたまえ!」とか言われてしまったら、残りの中学生活は暗澹たるものになってしまう…。
いや、彼は教育熱心であるから、そんな突き放し方はしないであろう。

だが、しかし。


仕方なく始業式までの日数を指折り数えるしかできなかった非力な私。

授業中に上下する彼の喉仏や銀縁の眼鏡を思い出しながら。
新学期に配布された学年報の彼の写真を眺めながら。

そんなことでモジモジする乙女だった。

私が今、港町の干物のように身も心もこんなに乾いているのは、
あの時、一生分の恋を経験してしまったからなのだろうと本気で思う。
注ぎ込むものはもう何も無くなった。
あるのは、空っぽになり枯渇した己の姿のみ。

温風ヒーターでも、こんなに乾燥しないわなー…。


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