涙の水溜り

土曜出勤日。
そして雨…。

世間様はお休み。
なので外からかかってくる電話も少なく、社内はいつもより静かだった。

うっかり欠伸をすると、大きく響きそう。
沸き起こる欠伸を思わず殺してしまう。
少し涙目になりながら…。


どんより曇った寒空を窓越しに眺めながら、
「そういえば、雨が降るのは久々だなあ」など思う。

「葉に積もった塵や埃を雨が優しく洗い落とす雨。」
「雨は乾燥した空気を適湿にしてくれる天然の加湿器。」

雨もたまにならば、そしてイメージによっては、なかなか良いもんである。

小学生の頃、私は雨の日が大好きだった。
真っ赤な長靴。
ピンクのカッパ。
花柄のこうもり。

それらの非日常の格好は、子供心に興奮をもたらした。

自ら進んで水溜まりに入っても、靴下を濡らすこともない。
また、家の庭にて溝を堀進め、雨水が澱み無く流れる様をぼんやり眺めるのが好きだった。
笹の葉でこしらえた船を流れに預け、あっちの方まで流れ着くと、一人ではしゃいでいた。
汚れたままの掌で握ったこうもりの柄が、土の粒子でザラザラする感覚もたまらなく好きだった。

窓からの視線を感じて振り返る。
「亮ちゃんって変わってる…」と、奇異な目で私を見つめる芋子と弟がいた。


大人になる頃。

いつの間にか、雨が嫌いになっていた。
カッパと長靴を脱ぎ去り、土遊びをしなくなった頃から。


「雨が靴に入って冷たくて嫌だなあ」という肉体的苦痛を嫌悪する理由から
「雨の日は髪が広がるんだよねー。っていうか、巻き髪できないじゃん！ど～してくれるのさ！雨のバーカ、バーカ。」という怒りに移行し、「雨の日って…とにかく、なんか…むかつく」と口をヘの字にしてしまう私になっていた。

今日、天から久々に舞い降りた雫は、雨を吸い込んだ土の香りを私に思い出させた。
カッパに包まれた感触、長靴の便利さも…。

それは今の私が無くしてしまったもの。

そう思ったら、涙が出てきた…昼休み。

…決して欠伸ではない。