取り組み始めた某案件資料をいただくために、赤羽橋駅で降りる。
大江戸線。
初めて降りる駅。
東京タワーが間近だ。
東京の街中でも、一度も降りたことのない駅は、ある。
大江戸線は地下鉄としては新しいほうだし。
赤羽橋、は、人に説明しているときに、相手が赤羽と間違えていないか、ちと不安になる。
取り組み始めた某案件資料をいただくために、赤羽橋駅で降りる。
大江戸線。
初めて降りる駅。
東京タワーが間近だ。
東京の街中でも、一度も降りたことのない駅は、ある。
大江戸線は地下鉄としては新しいほうだし。
赤羽橋、は、人に説明しているときに、相手が赤羽と間違えていないか、ちと不安になる。
今年の韓国での 『屋根裏』 上演の写真が送られてきた。どの場面かは、一目でわかる。若い人たちによる上演。上演許可申請をしてきた장주환は、かつて入試の演技で『屋根裏』の役を選んで演じたという。これまでは、2010年、ソウルの国立アルコ劇場〈坂手洋二フェスティバル〉で私が演出したバージョンを観た世代がよく上演してくれたのだが、最近はまた新しい世代が取り組んでくれている。
日本のオリジナル版とは「屋根裏ボックス」の形が違うし、少し大きいが、楽しそうである。たいていどの国でも、私のオリジナル版よりは大きくなる。かつてのフランス版は人が歩ける高さで驚いたが、かの国では、「屋根裏」とは、歩けるものなのだそうだ。
9月には香港で上演され、来年2月にはまたアメリカでも上演予定である。自作戯曲がいろいろな国で新たな俳優・スタッフによって上演され続けているのは、ありがたいことである。
岡山公演を必ず観に来てくださる「吉田牧場」の吉田全作さんが、『藤原さんのドライブ』も観てくださり、いつものようにカチョカヴァッロやマジャクリといったチーズを差し入れてくださった。岡山公演が大千秋楽だったので、宿舎に無料で使える広いラウンジがあったので、バラシ後に俳優とスタッフで簡単な打ち上げの乾盃をした際に、皆でおいしくいただきました。もともと劇団忘年会(コロナ禍下で三年やれていない)でも暖めたカチョカヴァッロを薄く切ったフランスパンに載っけて食べるのが、大人気だったのですが、今年は岡山でいただきました。ありがとうございました。劇団活動がコロナ禍下で八方塞がりの時にも、吉田さんが陣中見舞のかんじで、チーズを贈ってくださった。ほんとうに感謝ばかりです。
今回、岡山で、吉田さんがチーズと一緒にくださったのが、新刊「線(せん)と管(かん)をつながない 好文×全作の小屋づくり」(PHP研究所)。吉田さんと、建築家の中村好文さんの共著です。これまでも吉田さんがいつも紹介されてきているので、中村好文さんの著書は私も拝読してきてはいたのだが、ついに、お二人の共著なのである! この本が出たことは知っていたが、今年は怒濤と混乱の年で、なかなか読む機会がなかったところだったので、とても嬉しかった。
中村さんが吉田さんの依頼に応え、力を合わせて作りあげた、「線にも管にもつながらない、エネルギー自給自足が持続可能な小屋」の記録。
出版社の紹介にあるとおり、「その全貌と詳細を一挙公開」で、「太陽光発電のシステム、雨水を濾過して飲料水にする仕組み、太陽熱温水器で雨水を温めて風呂に入る方法、ガスを使わずに調理する七厘レンジやキッチンストーヴ、食器を洗った排水を傾斜土槽とバイオ・ジオ・フィルターを通して、微生物によってキレイにしてからビオトープに流す仕組み、匂いもなく快適なコンポストトイレなどなど。現代のテクノロジーを駆使してエネルギーを作り、循環させる小屋づくりを紹介します。これなら、住み続けられます。地震や豪雨などによる災害の多い日本に暮らす多くの人のヒントになる本です」。
あっという間に、一気に読み終えてしまいました。写真や手書きの絵も豊富で、とにかく幸せな気持ちになります。
夢を叶えることの素晴らしさ。アイデアを実現していく喜び。そして、この本まるごとが、結果として「トイレのないマンション」とも例えられる原子力発電所に象徴される現在の社会・文明のあり方を批評している、という知的で豪快な説得力。
暖かく豊かな、読書体験でした。
井の頭線吉祥寺駅トイレの表示では、男女とも、リスやうさぎに追われて、走っている男女の姿が書かれている。
動物園もある井の頭公園のイメージなのかもしれないが、小動物に追われる、というふうにも、見える。
トイレに駆け込む、という、文字通りの絵なのである。
こんなふうに気分転換に書き込むことも、まあ、時には、許してください。
日本経済新聞によれば、岸田文雄首相は5日、来年度から5年間の防衛費の総額を43兆円とするよう指示したんだとさ。その後も防衛力を安定的に維持するために必要だと説いたんだとさ。
現行の中期防衛力整備計画の5年総額27兆4700億円から5割以上増えるんだとさ。相手のミサイル発射拠点をたたく反撃能力の整備などにあてるんだってさ。んで、は月内に策定する「防衛力整備計画」に防衛費の総額を明記するんだとさ。財務省のお墨付きはもらったんだってさ。
首相は増額の財源を年内に確保することも「求めた」んだそうな。自分で考えろよ。
いやいや。
日本経済の失墜はアベノミクスの失敗が原因なんだから、先ずは安倍の資産を没収してはどうかね。それでもぜんぜん足りるわけはないわい。
日本中が貧困にあえいでいる今、これ以上、苦しめるのはやめてくださいな。
拳法違反の軍備をやめて、その43兆円で貧困と格差をなくしてください。と、みんなが思っているはずだと思うよ。
写真は、奄美大島の憲法広場。何年か前だよ。
終わったような気がしないと同時に、すごく時間が経ってしまった気もする。記憶は遠ざかりもする。
『藤原さんのドライブ』は、時間感覚が独特な芝居だったから、なおさらそう思うのだろうか。
一週間前にはまだ、この公演で劇場にいたのだ。
写真は、長門市。ルネッサながと、仕込み中。先々週。
立憲民主党は政府が国家安全保障戦略など防衛3文書を改定するのを前に、独自の安保政策をまとめるのだという。
その内容は、日本維新の会や国民民主党に続き、相手のミサイル発射拠点などをたたく「反撃能力」の容認を検討するものだ。玄葉氏は「真の抑止力たり得る反撃能力は排除しないで議論したい」と言っているのだと。
それが「現実的な政策」?
ふざけるな。
維新について「より政策共闘は深まっている」と強調する立民の泉健太代表の反動を、なぜ党内で抑えきれないのか。維新に歩み寄る立民は、もはや「野党」ではない。
写真は、例の「国葬」の日。国会前。
『藤原さんのドライブ』 ツアーを終え、帰京して、三日経ったはずなのだが。
今回も、終わった気がしない。
演じる側にとっても、人生が旅であることを、痛感させる劇だったからだろうか。
写真・大西孝洋、遠藤いち花、坂下可甫子、宅間脩起。
撮影・姫田蘭。
劇団民藝さんの公演、デヴィッド・ヘア作『モデレート・ソプラノ』が、紀伊國屋サザンシアターで、開幕(12月10日 (土)まで)。
デヴィッド・ヘア作品としては、『悪魔をやっつけろ』等の〈報告劇〉の方向とは違い、『ストレイト・ライン・クレイジー』よりも物語性の強い、ストレート・プレイ。「劇団」で上演すべき戯曲であり、民藝さんが上演されるのは、ぴったりである。
『モデレート・ソプラノ』は、なんと優しい世界を、時と場所を、デヴィッドは選んだのだろうと、思う。『エイミーズ・ビュー』同様に、一種の「バックステージもの」として、芸術家たちへの敬意と共感に満ち、彼らが裸の人間どうしとして通い合う瞬間の、ユーモアが素晴らしい。
戦争に翻弄される人たちの物語でもある。デヴィッドのすぐれた作品に触れるたびに思わされるのだが、「歴史」と対峙し「国境」を越えるのに、「劇場」ほど適切な場所があるだろうか。
デヴィッドの劇場への愛は深い。そこに生きる人たち、シアターピープルを、大切だと思っている。それがよくわかる戯曲である。
私もパンフレット(写真)に寄稿しています。
複雑で矛盾に満ちた主人公を西川明さんが受けて立ち、燐光群『クジラと見た夢』に出演された佐々木梅治さんも、好演しています。他の登場人物一人一人の魅力も明瞭に伝わります。堀尾幸男さんの美術も、細部まで心配りが素晴らしく、さすがです。
来年、『ストレイト・ライン・クレイジー』を上演する私としては、身が引き締まる思いです。
東京に戻っています。
来年のことも今この時期に進めなければならないことが多く、締切や、限定日時の業務もあり、やることが多すぎて、帰京第一夜はパソコンにかじりついて、ほとんど眠れぬまま、朝に慶應病院へ向かうはめに。
写真は、信濃町駅前。信濃町は、私にとっては、文学座と慶應病院の街、である。
とにかくいろいろなことを進行させては、いる。
梅ヶ丘の事務所にいると、いろいろな人が出入りして、やはり場所を持つことを選択したのは間違いでなかったと思う。地下の梅ヶ丘BOXも貸し出していて、人が集まる場所のいきいきとした昂揚は、ある。
とにかくいろいろなことを進めていくしかない。