黒柴ひめちゃんの葛塚村だよりⅢ

葛塚城堀之内に住んでます。毎日歩いているひめちゃんとおかあさんの見て歩きです。時には遠くにも出かけます。

北大洞の道標を南に

2022-07-08 17:10:12 | 蕨沢川物語

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、天神田(字天神の田んぼ)を歩いてきました。

 

今朝は、無量寺を通って帰ります。

無量寺は廃寺ではなく、新川の善昌寺が兼務して存在する寺だそうです。

でも、すでに一部は民家になってます。

寺の名残の石仏さん達、何思う

 

おや、ひめちゃんは入念に情報収集です

ケンくんでも、通ったかな?

 

カンカン照りのお散歩でなくて、好かったですわ

 

獅子くんと七海ママのお墓の側に、ヤマユリです

こちらも原種系のユリだったかな

原種系のユリは、少し遅めに開花するようです

 

 

 

 

先日、県道3号線に出ようと、何気なく停車した交差点です。

おや、道標があります

北大洞(だいどう)ですって

大洞って、赤城山の大洞ですよね

この道は、赤城山へ登る道だったのです

大洞は赤城神社が元あった地だと言うことです。

 

2019年11月、訪問してありました

そのうち、また訪問してみましょう

 

今回は道標を南に辿ってみます

県道3号線を渡って、南に下ります。

 

まもなく上毛電鉄の線路です。

 

線路を渡ると、左手(東)に相応寺の墓石群が見えます。

 

もう少し下ると、右角に道標です。

都合で過ぎてから停車です。

東、武井・野かな?

北、山上・板橋・梨木です。

南、磯・赤堀?

この角を左折しさらに左折して北上すると、川の中の弁財天(こばやしべんてん)です

 

道標の先の民家には、猿田彦大神です。

 

さらに下ると、あれ僧形の墓標がいっぱいです

祥雲寺です。

ここは祥雲寺です。

グーグルのストリートビューには、赤い屋根の本堂が映ってます。

でも、赤い屋根の御堂はありません

 

(つづく)

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くみんのこころ・こばやしべんてん(川の中の弁天様)

2022-07-07 16:36:18 | 蕨沢川物語

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出ます。

ひめちゃんは、新しいハーネスです。

自分のサークルに架かっていたハーネスを、かじってしまったのです

アタチは、七海ママの形見のハーネスを、大事に使ってますわ

 

諏訪神社の向こうの高台中央を、南に下ります。

膳八幡神社が右手に見えます。

 

山上城跡公園(三の丸)のアジサイもまだ咲いてます

でも、今朝はそのまま進んで、山上城・南郭の北側を通ります。

 

南郭には、現在元町集会所があります。

 

山上城址公園の入り口に出ます。

 

蕨沢川にかかる元町橋を渡って帰ります。

 

大きな道祖神があります

こんなに大きい道祖神はあまり見かけません。

きっと大活躍だったのでしょう

 

ひめちゃんちに、やっとヒマワリが咲き始めました

 

 

 

 

ベイシア新里店の少し南(桐生市新里町小林)、よく通っている道ですけど、今日初めて気づきました。

あれ、石造物群だ

急遽、路上駐車して確認です。

川の中にも石造物です。

弁天様かな?

足場が悪く、どうもしっかりご挨拶できません

 

そうだ、道なりに行って回り込もう

道なりに行って南下、最初の交差点を左折、突き当たりを左折します。

 

行く手に、さっきの皆さんがおいでです

川の中の弁財天です

 

後ろに、「せせらぎ しあわせ みをけずる くみんの こころ こばやし べんてん」とあります。

せせらぎの中で身を削って、区民のために頑張っている弁天様です

合掌

 

後ろの石造物の皆さんにも合掌

道祖神もあります。

今はすれ違いにも気を遣う道ですけど、かつては、この辺りは幹線道路だったのです

 

ちょっと細身の如意輪観音です。

パワースポットです

 

でも、『上野国郡村誌』(明治10)の勢多郡小林村の社には、「北野社」と「赤城社」「石宮司社」しか記載されていません。

弁財天はありません

 

元気な川の流れです

北側の風景です。

どこから流れてくるのかな?

 

地図で確認すると、この流れはやがて、赤堀の天幕城東に出て、蕨沢川と合流しています

 

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蓮の花が咲き始めました(天幕城趾・あかぼり蓮園)

2022-07-05 17:18:51 | 蕨沢川物語

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出ます。

諏訪神社前で、クンクン情報収集です。

神社の向こうの高台からの赤城山です。

雲が動いてる

 

久しぶりに山上の薬師の道に入ります。

おや、石仏さん達の後ろにイノシシ除けの電線が張り巡らされています

石仏さんたちと、イノシシ除けの電線は似合わないんだけど、トウモロコシを狙って、イノシシが出現するのかな?

 

電線は、草に埋もれた次の薬師さんたちの所まで伸びています。

オレンジの所が、ピコピコしてる

電気が流れているよ、気を付けようね

 

 

 

 

 

本日、伊勢崎に所用があって出かけた帰り、あかぼり蓮園の近くを通りました。

もしかしたら蓮の花が開いてるかな

 

駐車場に入ります。

確か駐車料金500円だったかな?

テントの下におじさんがいますけど、徴収に来る気配なしです。

 

「間隔を空けて静かにご鑑賞ください」の表示だけです。

蓮園の方に行ってみましょう

 

南の端は、大正用水が流れています。

おや、「危険箇所があるので通行禁止」と言うことです

まだ余り咲いていません。

 

青い仮設トイレの向こうが駐車場です。

あちらからおじさんがやって来ます。

駐車料金の請求かな

おじさんの姿はしばらくすると消えていました。

 

天幕城址側の土手には何か植えてあります

 

葉っぱの下に満開の花があります

 

北の方が開花が進んでいるようです。

 

十分に堪能しながら、天幕城趾の入口です

城趾は、先日タバちゃんと登城済みです。

天幕城趾の説明板をもう一度確認です。

蕨沢川の本流は、現在は城址の西側を流れています。

蓮園は蕨沢川の旧河道だということです

蕨沢川は、かつては蓮園の方を流れていたのです

この流れは、蕨沢川の支流です。

 

駐車場に戻ると、2022年の蓮園のちらしがありました。

また、そのうちに寄れたら来てみましょう

 

 

2007年の夏、七海ママと小次郎パパも、訪問しています。

コジ君は、残りの犬生一生懸命生きてます。

ナナちゃん、もう少し待っててね

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白柴タバサちゃんの初めての天幕城登城記

2022-07-02 15:23:04 | 蕨沢川物語

朝6時前なのに、猛烈な暑さです

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出て、木陰を求めて山上城趾に回り込みました。

満開のアジサイの小径に、誘われて歩いてしまいました

山上城跡の東のケンくんちの畑に、真っ赤なグラジオラスが咲いてます。

真っ赤なグラジオラスもいいね

 

 

 

 

6月24日、新川天満宮の後、「もしかしたら蓮も咲いてるかな?」と、あかぼり蓮園の天幕城跡(伊勢崎市赤堀町)に寄ってみました。

城跡入り口に、少し駐車スペースがあります。

蓮はまだのようです。

 

久しぶりに、天幕城(てんばくじょう)跡を歩いてみましょう。

タバサちゃんには、初めての天幕城跡です

城跡入口に流れる川は、蕨沢川です。

けっこう深そうです。

城跡の説明板を確認です。

天幕城跡は南北400m、東西120mの自然地形を利用した城で、西側は蕨沢川が流れ、北と東の蕨沢川旧河道の低地で城外と隔てられていた。

 

古い蕨沢川は、城跡の北から東にかけての低地部分を、流れていたのです

いわば天然の堀切だったのです。

そこに、近年、蓮が植えられたのですね。

縄張り図の赤線の部分が歩けそうです

 

今回は、本丸跡・北の方へ行ってみましょう

紫陽花の小径です。

昔ながらの品種だけでなく、変わった紫陽花も植えられています

 

 

振り返ると、田んぼの中に古墳です。

三の丸には、ひまわりが植えられています。

 

本丸とその北の土居の間を歩きます。

紫陽花の苗木が植えられ、巣箱も見えます

 

西に進むと、現在の蕨沢川本流が見えます。

諏訪神社の脇を流れ、かつては天神川と呼ばれた川は、ここではしっかり蕨沢川です。

 

蕨沢川を横目に、草刈りしてある道を南に下ります。

草刈りがしてあって、歩きやすいです

 

そのまま下って、三の丸に出ようとしましたけど、出られません

畑になってます。

向こうに見えるフエンスの下には大正用水が流れているはずです。

以前に、東側から到達しています。

足下も悪くなってます

少々歩きにくうございます

 

しゃあない、来た道を戻ります

 

 

まだ咲いていない蓮園を眺めながら、帰ります

「駐停車禁止」の看板が目立ちます。

今年は、手入れも行き届いていないような感じです

またそのうちに訪問してみましょう

 

南に下って、天幕城趾の西側に回り込んで帰ります。

その時渡った蕨沢川の橋には、大きな文字で蕨沢川と刻んでありました。

こちらは、もともとから蕨沢川のようです。

(都合で停車できず、写真がありません

上流の天神川は、源流が蕨の里だから蕨沢川と改称したなどということではなく、川の整理・整備が進む中で、下流の蕨沢川と1つの呼称になったのでしょう

 

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天神沼の謎・後編

2022-06-24 15:42:15 | 蕨沢川物語

ひめちゃんとタバサねーちゃんは、堀之内を西に出ます。

諏訪神社の紫陽花、今年は赤系がほとんどです。

ご褒美くださいな

さて、神社の向こうの高台を目指します。

赤城山はその姿を現しませんでした。

山上城のアジサイの小径を辿って帰ります。

あれ、ピンクの花がある

ここで初めてピンクの花を見ました。

 

常広寺の前を通ります。

山門前に、喜捨したいろんな紫陽花が咲いています

早く大きくな~れ

 

蕨沢川を渡ります。

黒柴ひめちゃん、「暑いよ

橋の上で、ひめちゃんのモコモコが気になったおじさんの手ぐしでブラッシングです。

同じにモコモコタバちゃんでも、白柴なので少し楽なようです。

 

蕨沢川(天神川)沿いに帰ります。

天神沼は竹藪のすぐ向こうだったということです。

でも、竹藪の向こうは窪地じゃないなあ

 

 

道の反対側、一番右端は、天神沼で泳いだ記憶のあるAさんちのお墓です。

その昔、先代住職より分譲されたそうです。

木々が生い茂り、北からやっとの事で辿り着いて、お参りしたと言います。

 

北側からの眺めです。

字天神の由来の天神様は、ここにあったはずです

なぜなら、字天神で田んぼでないのはここだけですから

暑いよ

早く帰ろうよ

まだ子供達の登校時間前なのに、もうかなりの気温です

とりあえず新墓地には寄らずに帰ります。

以下は、先日の写真使用での考察になります。

 

 

もしかしたら、北側から参道があったかな?

五輪塔のパーツも載ってるけど、なんとなく石灯籠のような

後閑の薬師堂の石灯籠を見ながら帰って、そんな風に思いました。

 

石造物が少しあります。

宝永・貞享の年号が見えます。

いずれも正徳(1711~1715)以前の年号です。

 

埋没している石造物、多くはなさそうです。

これ以上はちょっと進みにくい

 

 

東側から攻めます

東の端に、天神様と思われる石宮があります。

正徳五乙未十一月吉祥日 史雲奉立之

正徳五年は、乙未(きのとひつじ)の年、西暦1715年です。

史雲さんは、たぶん常広寺の和尚さんだと思うんですけど。

前年に田中藤左衛門が竜骨を持ってきて1年余り、たぶん竜骨ビジネスがうまくいっていた頃でしょう

いわば竜骨天神です

なぜ真冬かな?

新年のお参り場所を増やすためかな?

 

この付近にあったであろう石造物も集められていますけど、さほどの数ではありません。

本格的に墓地として利用されだしたのは、近年のことのようです。

 

すぐ東に溜池があります。

この溜池が天神沼ではと思ったこともありましたけど、違いました

 

天神様というと学問の神様です。

でも、ここにはあまりふさわしくありません

本来の天神、天界を司る自然の働き、すなわち日神・風神・雷神などを総称する五穀豊穣の神々を祀っていたのでしょう。

もともと祀ってあった五穀豊穣の神々に、少しりっぱな石宮または覆い堂を作ったのかな?

 

後閑の薬師堂も、祀られているのは石仏ですけど、かつては茅葺きの御堂があったのです。

ぜひ、文字の碑(たぶんこちらは裏面)をひっくり返して、前面を確認したいものです

 

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