職員室には休暇黒板(白板)というものがある。
その日に休暇や出張などで不在の教員を書き出すものだ。
単なる事務連絡の道具ではない。そこではいくつものドラマが生まれている。
前の職場の話だ。
歓送迎会が終わり、私は二次会の誘いを断って店を出た。
同僚の康夫クンと美恵子サンも帰る様子だったので、一緒に駅まで行くことにした。
「お料理はまあまあだったけど、量が少なかったわねぇ」
二人の間に入って、たわいのない話をしているうちに駅に着いた。
「じゃあ、私、こっちだから。お疲れさま~」
私が二人に別れを告げると、康夫も美恵子もとびっきりの笑顔になって頭を下げた。
「お疲れさまでしたぁー!!」
その後気づいたのだが、どうもこの二人、同じ日、同じ時間帯に休暇黒板に名前が並ぶことが多い。もしやもしや……?!
「えっ、知らなかったの? あの二人はとっくの昔からデキてるのよ」
気の置けない同僚にこう言われ、私は青ざめた。お邪魔虫だったのか!!
人間観察は好きだけれども、人の幸せには興味がないので気づかなかった……。
その後、ついに二人はゴールインした。めでたし、めでたし。
ときどき、娘の通院などで休暇を取ることがある。自分が休んでいるときは休暇黒板を見られないが、そのほうが本人のためになる場合もある。
休み明けに出勤したら、いきなり気分が悪くなることを言う人がいた。
「昨日は、笹木さんと山村さんの名前が、仲良く並んでいましたよ~」
山村というのはメタボ体型な上、口臭と加齢臭をプンプンさせて威張り散らす50代の男性である。
他にも休んだ人がいればともかく、二人の名前だけしかないと、やけに目立つものだ。
「二人で温泉にでも行ってたりして、なーんて話していたんですよ」
んなわけないだろっ!
何と屈辱的な……。しかも、続きが待っていた。
午後から出張する用事があり、申請手続きをした日のことだ。休暇黒板を見て「あっ」と声を上げそうになった。
出張欄にはすでに、山村氏の名前が書かれていた。
うわっ、どーしよ、どーしよ、また名前が揃っちゃうよ!!
私の困惑をよそに、副校長は山村氏の下に「笹木」と書き始めた。やけに名前がくっついている。もっと離してくれればいいのに!!
そして、案の定、茶化す人が現れた。
「ややっ、今日は二人で出張ですかー。帰りが遅くなりそうですね」
娘の話によると、小学生でも先生方の色恋沙汰には気づくらしい。
「高橋先生は吉田先生が好きなんだよ。いつもベタベタくっついて話しかけているもん。でも、吉田先生は高橋先生が嫌いみたいで、迷惑そうな顔してるんだよ」
ちなみに、高橋先生というのは娘の隣のクラスの担任で、推定年齢55歳、細木数子タイプのオバさまである。対する吉田先生というのはそのまた隣のクラスの担任で、30歳そこそこの爽やかなスポーツマンだ。
追うオバさまに、逃げる若造という図式が目に浮かぶ。
昨年の今頃、娘の学年は社会科見学で群馬県の自動車工場を訪れた。朝から弁当を作り、おやつと水筒も持たせて送り出した。
その日の夜、娘に「どうだった?」と感想を聞いてみた。
「楽しかったんだけど、高橋先生はインフルエンザで休みだったの。2組のバスには副校長先生が乗ったんだよ」
担任不在では児童も心細かったことだろう。さらに娘は話を続けた。
「吉田先生も、ノロウイルスで吐いちゃって休み。3組のバスは用務主事さんが乗ってたよ」
4クラス中、2クラスの担任が校外学習に不在とは珍事である。滅多にあることではない。
そして、小学校の休暇黒板にも、二人の名前が寄り添って書かれていたに違いない。
「一生の不覚!!」
吉田先生の叫びが聞こえるようだ。
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その日に休暇や出張などで不在の教員を書き出すものだ。
単なる事務連絡の道具ではない。そこではいくつものドラマが生まれている。
前の職場の話だ。
歓送迎会が終わり、私は二次会の誘いを断って店を出た。
同僚の康夫クンと美恵子サンも帰る様子だったので、一緒に駅まで行くことにした。
「お料理はまあまあだったけど、量が少なかったわねぇ」
二人の間に入って、たわいのない話をしているうちに駅に着いた。
「じゃあ、私、こっちだから。お疲れさま~」
私が二人に別れを告げると、康夫も美恵子もとびっきりの笑顔になって頭を下げた。
「お疲れさまでしたぁー!!」
その後気づいたのだが、どうもこの二人、同じ日、同じ時間帯に休暇黒板に名前が並ぶことが多い。もしやもしや……?!
「えっ、知らなかったの? あの二人はとっくの昔からデキてるのよ」
気の置けない同僚にこう言われ、私は青ざめた。お邪魔虫だったのか!!
人間観察は好きだけれども、人の幸せには興味がないので気づかなかった……。
その後、ついに二人はゴールインした。めでたし、めでたし。
ときどき、娘の通院などで休暇を取ることがある。自分が休んでいるときは休暇黒板を見られないが、そのほうが本人のためになる場合もある。
休み明けに出勤したら、いきなり気分が悪くなることを言う人がいた。
「昨日は、笹木さんと山村さんの名前が、仲良く並んでいましたよ~」
山村というのはメタボ体型な上、口臭と加齢臭をプンプンさせて威張り散らす50代の男性である。
他にも休んだ人がいればともかく、二人の名前だけしかないと、やけに目立つものだ。
「二人で温泉にでも行ってたりして、なーんて話していたんですよ」
んなわけないだろっ!
何と屈辱的な……。しかも、続きが待っていた。
午後から出張する用事があり、申請手続きをした日のことだ。休暇黒板を見て「あっ」と声を上げそうになった。
出張欄にはすでに、山村氏の名前が書かれていた。
うわっ、どーしよ、どーしよ、また名前が揃っちゃうよ!!
私の困惑をよそに、副校長は山村氏の下に「笹木」と書き始めた。やけに名前がくっついている。もっと離してくれればいいのに!!
そして、案の定、茶化す人が現れた。
「ややっ、今日は二人で出張ですかー。帰りが遅くなりそうですね」
娘の話によると、小学生でも先生方の色恋沙汰には気づくらしい。
「高橋先生は吉田先生が好きなんだよ。いつもベタベタくっついて話しかけているもん。でも、吉田先生は高橋先生が嫌いみたいで、迷惑そうな顔してるんだよ」
ちなみに、高橋先生というのは娘の隣のクラスの担任で、推定年齢55歳、細木数子タイプのオバさまである。対する吉田先生というのはそのまた隣のクラスの担任で、30歳そこそこの爽やかなスポーツマンだ。
追うオバさまに、逃げる若造という図式が目に浮かぶ。
昨年の今頃、娘の学年は社会科見学で群馬県の自動車工場を訪れた。朝から弁当を作り、おやつと水筒も持たせて送り出した。
その日の夜、娘に「どうだった?」と感想を聞いてみた。
「楽しかったんだけど、高橋先生はインフルエンザで休みだったの。2組のバスには副校長先生が乗ったんだよ」
担任不在では児童も心細かったことだろう。さらに娘は話を続けた。
「吉田先生も、ノロウイルスで吐いちゃって休み。3組のバスは用務主事さんが乗ってたよ」
4クラス中、2クラスの担任が校外学習に不在とは珍事である。滅多にあることではない。
そして、小学校の休暇黒板にも、二人の名前が寄り添って書かれていたに違いない。
「一生の不覚!!」
吉田先生の叫びが聞こえるようだ。
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これからも頑張って面白い話を書き続けてください
今度職員室に行ったら探してみようかな…
先生同士でも冷やかし?を言ったりするんですね。
なんか意外な感じです(^^;
「人間観察は好きだけれども、人の幸せには興味がないので気づかなかった……。」
「追うオバさまに、逃げる若造という図式が目に浮かぶ。」
相変わらずの斬新で毒のある描写。頭下がります(笑)
人の不幸は蜜の味といいますが、人の噂はさしずめスパイスといったところでしょうか。毒にも薬にもなり、かぐわしい風味もあれば、ありえないものもあり
まさにドラマティック!
知らぬがほとけ。くわばら、くわばら。
先生間の恋愛話は、生徒の間でもささやかれて話のネタにされますよね。
私も昔々先生になったばかりのころ
よく若い男性独身先生と噂をたてられました(笑)
生徒もよほど暇なのか、まぁいろいろなお相手とくっつけてくださって(苦笑)
廊下を一緒に歩いていただけで、ひゅ~ と口笛吹かれたり冷やかされたり。
どんな先生とくっつけられても平気だったけど
ひとり、どうしても我慢できない人がいて。
その人とくっつけられた時だけは流石に真剣に頼んでましたよ。
「お願い!その先生とだけは、絶対!い・や・だ!」
たかが生徒たちのお遊びの冷やかしに
それほど敏感になることなかったんだけどね。
でも、ど~~~しても嫌だったのさ!(爆)
きっと砂希さんとおんなじ心理なんだろうね。
のどかな職場でご活躍されている模様……。
そのカップルも、幸せなゴールにたどり着くといいですね~
こけしちゃん、先生も人間なので、冷やかしや冗談の好きな人がいっぱいいますよ。
生徒の前ではすましていても、職員室ではハジけちゃったりする人も……。
よく観察してみましょう
ゆうさん、気に入っていただけてうれしいです(笑)
人の噂はスパイスですか~、なるほどなるほど
ありえないスパイスほど、刺激が強いのでしょうね。
思わずむせてしまいそうです
こちらの生徒は、わざとモテなさそうな男性を選んでくっつけたがっているような気がします。
「この先生とだったら噂になりたい~」というイケメンはいつも対象外…
ちなみに、私も若い同僚に「山村さんと見回り? ツイてるわね~」なんて意地悪を言いますが
車内じゃなくて社内恋愛ほど楽しいものはないけど、教え子の目のある聖職者同士のそれはさらに楽しそう~。…低俗な自分を反省します。
黒板に連チャンで名前並べるのは覚悟要りますね。隠したい、でも知ってもらいたい~。
…それが、違う! 奴相手だと、うあああ、になりそう。
山村氏は、くっつけられたくない男ナンバーワンですから、私に限らずからかいのタネになるんですよ。
本人は気づいていないでしょうが。
私はくっつけられたくない女ナンバーワンにならないように気をつけたいと思います(笑)
職場で話をしていると、周りの人がいなくなるんです。勝手にせいっと思われていたのかも。
もっと大っぴらなカップルだと、職員室で「今日はどこ行く~?」なんて話してましたよ。
離婚率は低いかもしれないですね。