私が通った大学では、4時10分に4限が終わる。ほとんどの学生が帰宅となり、校舎からキャンパスの出口を目指して、たくさんの男女が殺到する。
この流れに逆らうように、校舎に向かう小集団がいる。一見すると普通の学生たちだが、ボロボロの紙袋を提げ、手には何十枚もの黒模造紙が丸まっている。あるものは燕尾服を、またある者は白鳩が入った鳥かごを持ち、とても尋常ではない。彼らが目指すのは、3号館3階の講義室であった。すれ違う学生が、さりげなく道を空け、遠ざかっていく。
大学時代に所属していた手品サークルでは、毎日このようにして活動が始まった。年に何度か舞台発表があり、それに向けて来る日も来る日も、自分の種目を練習するのだ。練習開始と同時に、丸めた黒模造紙を伸ばし、窓の外に貼る。こうすると、大きな鏡ができて、自分の動きをチェックすることができる。
私は「ウォンド」と呼ばれる種目を担当していた。これは、ハリー・ポッターが使うような短い杖を、消したり出したり、伸ばしたり縮めたりして、アレッと思わせる現象を起こす種目だ。スライハンドといって、指先の技術で見せる手品だから、相当練習した。
「じゃあ、6時から通します」
本番が近くなると、舞台を使った通し稽古が行われる。音楽に乗ったリズミカルな演技で、観客を驚かせなければならない。見せ場の一つに、ウォンドのカラーチェンジがある。赤いウォンドが、黄色に変わり、さらに黄色から青へと変わり、最後は赤青黄の3色揃えたところでポーズをとる。ここでは舞台の一番前にいるはずなのに、なぜかイメージ通りに動けなかった。
「砂希ちゃん、もっと前に出ないと。後ろでアピールしても拍手は来ないよ」
通しを見た先輩や同級生からアドバイスをもらい、あとは家で練習することとなる。
帰宅すると、すっかり夜になっている。部屋のカーテンを開ければ、模造紙を貼るまでもなく自分の姿が映る。練習で指摘されたところを直そうと、持ち帰った道具を取り出して演技の続きを始める。右手を出したら一歩前、色を変えたら一歩前、左手出したら一歩前、最後に3本揃えて一歩前。
考えながら動いているようでは、まだまだ練習が足りない。徹底的に動きをおぼえ、何も考えなくても体が勝手に動くくらいにならねば。日付が変わるまで練習し、起きたらまたサークルという繰り返しだ。
これでもか、というくらい努力したおかげで、発表会当日はさほど緊張しなかった。本番では、遅すぎるくらいゆっくりと動くのがポイントだ。自分を信じ、観客と呼吸を合わせて演技する。持ち時間の5分はあっという間に過ぎ、大きな拍手をもらってフィニッシュを迎えた。「アタシって天才!」と自分に酔い、千鳥足で退場する。
ちょうど、25年前の今日が、学外発表会の日だった。
振り返ってみると、住宅地なのにカーテン全開で蛍光灯をつけていたから、外から丸見えだったに違いない。たまたま窓の外を見たら、近所の娘が必死の形相で、何やらイカれたことをしていると思われたかもしれない。
ステージでは華やかなマジックも、舞台裏は地味で奇妙なものである。
目隠しとして、黒い模造紙が必要だったような気がする。
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※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
この流れに逆らうように、校舎に向かう小集団がいる。一見すると普通の学生たちだが、ボロボロの紙袋を提げ、手には何十枚もの黒模造紙が丸まっている。あるものは燕尾服を、またある者は白鳩が入った鳥かごを持ち、とても尋常ではない。彼らが目指すのは、3号館3階の講義室であった。すれ違う学生が、さりげなく道を空け、遠ざかっていく。
大学時代に所属していた手品サークルでは、毎日このようにして活動が始まった。年に何度か舞台発表があり、それに向けて来る日も来る日も、自分の種目を練習するのだ。練習開始と同時に、丸めた黒模造紙を伸ばし、窓の外に貼る。こうすると、大きな鏡ができて、自分の動きをチェックすることができる。
私は「ウォンド」と呼ばれる種目を担当していた。これは、ハリー・ポッターが使うような短い杖を、消したり出したり、伸ばしたり縮めたりして、アレッと思わせる現象を起こす種目だ。スライハンドといって、指先の技術で見せる手品だから、相当練習した。
「じゃあ、6時から通します」
本番が近くなると、舞台を使った通し稽古が行われる。音楽に乗ったリズミカルな演技で、観客を驚かせなければならない。見せ場の一つに、ウォンドのカラーチェンジがある。赤いウォンドが、黄色に変わり、さらに黄色から青へと変わり、最後は赤青黄の3色揃えたところでポーズをとる。ここでは舞台の一番前にいるはずなのに、なぜかイメージ通りに動けなかった。
「砂希ちゃん、もっと前に出ないと。後ろでアピールしても拍手は来ないよ」
通しを見た先輩や同級生からアドバイスをもらい、あとは家で練習することとなる。
帰宅すると、すっかり夜になっている。部屋のカーテンを開ければ、模造紙を貼るまでもなく自分の姿が映る。練習で指摘されたところを直そうと、持ち帰った道具を取り出して演技の続きを始める。右手を出したら一歩前、色を変えたら一歩前、左手出したら一歩前、最後に3本揃えて一歩前。
考えながら動いているようでは、まだまだ練習が足りない。徹底的に動きをおぼえ、何も考えなくても体が勝手に動くくらいにならねば。日付が変わるまで練習し、起きたらまたサークルという繰り返しだ。
これでもか、というくらい努力したおかげで、発表会当日はさほど緊張しなかった。本番では、遅すぎるくらいゆっくりと動くのがポイントだ。自分を信じ、観客と呼吸を合わせて演技する。持ち時間の5分はあっという間に過ぎ、大きな拍手をもらってフィニッシュを迎えた。「アタシって天才!」と自分に酔い、千鳥足で退場する。
ちょうど、25年前の今日が、学外発表会の日だった。
振り返ってみると、住宅地なのにカーテン全開で蛍光灯をつけていたから、外から丸見えだったに違いない。たまたま窓の外を見たら、近所の娘が必死の形相で、何やらイカれたことをしていると思われたかもしれない。
ステージでは華やかなマジックも、舞台裏は地味で奇妙なものである。
目隠しとして、黒い模造紙が必要だったような気がする。
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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
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