11月26日の朝は霧が濃かった。
「うわっ、ミラーが曇って見えない。ゆっくり行こう」
私は自転車通勤なので、カーブミラーに頼らず目視で安全運転に努めた。だが、生徒が一人、交通事故で乗用車と接触したと聞き、ヒヤリとしたが、それだけではすまなかった。
「笹木先生、外線です」
呼ばれて受話器を取ると、教員からの電話である。
「おはようございます。実は朝、出勤途中で車に轢かれまして……」
「ええっ!」
彼は元気にジョギング通勤をしている。家を出てすぐ、前方不注意の乗用車が自分の方に向かって突っ込んできたから、よけきれなかったという。タイヤに足を踏まれ、救急搬送されたそうだ。不幸中の幸いで、職場の至近距離にある病院に運び込まれた。生徒だけでなく、教員も交通事故に遭うなんて、濃霧は怖い。
「もう検査は終わりました。骨は折れていないって言われたから、これから出勤します」
「なんとっ!」
大丈夫なのかと首を傾げていたら、10分後、彼は本当に出勤してきた。
「いやあ、近くの病院でよかったですよ。まだ試験範囲が終わっていないので、今日は休むわけにいきません」
「歩けるんですか」
「痛いけど何とか。足の上にタイヤが載りましたが、折れてないのでホッとしました」
そう言うと、痛めた足を引きずりながら、教科書やプリントを準備し始めた。たしかに期末試験が近いから、休みたくない気持ちはわかる。でも、交通事故に遭ったら話は別だ。私だけでなく、近くにいた教員みんなが唖然茫然とした。
「靴はダメになっちゃった。でも、相手の人が弁償してくれるって」
彼が隣の席の教員と話している声が聞こえてくる。そういえば、彼は、道具にお金をかける人だった。ウエアもシューズもリュックも、よさそうなものを使っている。シューズはたしか、黄色でこんな感じだったような……。
今回は、この靴が足を守ってくれたのだ。もっとも、日頃から鍛えている人だから、靴だけのおかげではないと思うが。
廊下を歩いていたら、生徒たちが、授業を終えた彼に温かい言葉をかけていた。
「先生、大丈夫ですか」
「荷物を持ちますから、無理しないでください」
「お大事に」
生徒の優しさと気配りに感心した。職員室に戻ってきた彼も、痛みを忘れたような表情で、楽しそうに笑っている。
こういう子たちが試験で不利にならないように、彼は必死で職場に駆けつけたのだと理解した。
やりとりを見つめながら、「試験ガンバレ」と心の中でエールを送った。
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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
「うわっ、ミラーが曇って見えない。ゆっくり行こう」
私は自転車通勤なので、カーブミラーに頼らず目視で安全運転に努めた。だが、生徒が一人、交通事故で乗用車と接触したと聞き、ヒヤリとしたが、それだけではすまなかった。
「笹木先生、外線です」
呼ばれて受話器を取ると、教員からの電話である。
「おはようございます。実は朝、出勤途中で車に轢かれまして……」
「ええっ!」
彼は元気にジョギング通勤をしている。家を出てすぐ、前方不注意の乗用車が自分の方に向かって突っ込んできたから、よけきれなかったという。タイヤに足を踏まれ、救急搬送されたそうだ。不幸中の幸いで、職場の至近距離にある病院に運び込まれた。生徒だけでなく、教員も交通事故に遭うなんて、濃霧は怖い。
「もう検査は終わりました。骨は折れていないって言われたから、これから出勤します」
「なんとっ!」
大丈夫なのかと首を傾げていたら、10分後、彼は本当に出勤してきた。
「いやあ、近くの病院でよかったですよ。まだ試験範囲が終わっていないので、今日は休むわけにいきません」
「歩けるんですか」
「痛いけど何とか。足の上にタイヤが載りましたが、折れてないのでホッとしました」
そう言うと、痛めた足を引きずりながら、教科書やプリントを準備し始めた。たしかに期末試験が近いから、休みたくない気持ちはわかる。でも、交通事故に遭ったら話は別だ。私だけでなく、近くにいた教員みんなが唖然茫然とした。
「靴はダメになっちゃった。でも、相手の人が弁償してくれるって」
彼が隣の席の教員と話している声が聞こえてくる。そういえば、彼は、道具にお金をかける人だった。ウエアもシューズもリュックも、よさそうなものを使っている。シューズはたしか、黄色でこんな感じだったような……。
今回は、この靴が足を守ってくれたのだ。もっとも、日頃から鍛えている人だから、靴だけのおかげではないと思うが。
廊下を歩いていたら、生徒たちが、授業を終えた彼に温かい言葉をかけていた。
「先生、大丈夫ですか」
「荷物を持ちますから、無理しないでください」
「お大事に」
生徒の優しさと気配りに感心した。職員室に戻ってきた彼も、痛みを忘れたような表情で、楽しそうに笑っている。
こういう子たちが試験で不利にならないように、彼は必死で職場に駆けつけたのだと理解した。
やりとりを見つめながら、「試験ガンバレ」と心の中でエールを送った。
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