これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

映画『はたらく細胞』と休日のワタシ

2025年01月19日 21時32分49秒 | エッセイ
 久しぶりに劇場で映画を見た。
 作品は『はたらく細胞』。



 上映スケジュールとにらめっこして、この作品にピピッと来た。どの俳優が出ているとか、監督が誰などとチェックしたわけではない。チェックしたところで、私はほとんどテレビを見ないから芸能人には本当に疎くて、看板の中で唯一、確認できたのは佐藤健だけであった。何の根拠もないけれど、上映作品の中では「これがおもしろそう」との直感が働いた。
 映画は、日胡(にこ)ちゃんの体内の細胞たちが、互いに協力し合い、どのように活躍して本人を支えているかを詳しく教えてくれる。俳優たちが酸素を運ぶ赤血球、侵入者を排除する白血球、出血を止める血小板、強力な殺傷能力を持つキラーT細胞などになって、人間くさいドラマを展開するのだ。
 前半ではたくさん笑わせてもらったが、後半では泣かされ、ラストはお見事であった。
「あー、よかった。こんなに満足した作品は少ないかな。パンフレット買おう」
 ページをめくり、どの役を誰がやったかの確認をした。主役級はさておき、セカオワのFukaseがいることに驚いた。



「えっ、俳優もできるんだ~」
 セカイノオワリは私が知っている数少ないアーティストの一つである。『アンブレラ』は何度聴いても飽きないし、Fukaseの透明感のある声が好きなのだが、スクリーンでも会えてうれしい。
 小沢真珠もわかる。



 美人なのに、こんなにコミカルな菌になりきるなんて、さすがは役者だ。
 残念だったのは、DJ KOOがパンフレットに載っていないことである。日胡ちゃんが恋している先輩に会ったとき、体内にアドレナリンが放出され、細胞たちが総出でサンバを踊っていた。このときに登場したのだから、キャストに出してほしかったのに残念だった。



 映画のあとはランチ。
 映画館から5分歩くと、小さなフレンチレストランがある。その日のメニューには好物の鴨があり、「ウホホ」とがっついてしまった。



 日胡ちゃんのお父さんは不摂生をしていて、体内の街がすさんで、スラム街に近かったことを思い出す。路上にゴミ袋がいくつも捨てられており、「LDLコレステロール」と書かれていたのには苦笑した。脂質が過剰になると、血管の壁にへばりつくというから、まさにゴミ袋で通りにくくなる例えがピッタリなのだろう。
 デザートだって危険だが、美味しいものはやめられない。



「ごちそうさまでしたっ!」
 レストランから家までは電車で5駅分ある。ちょっと遠いけれど、運動のため、歩いて帰ることにした。晴れてポカポカしていたこともあり、のんびり90分の散歩としゃれこんだ。
 さて、私の体内では、どのような街が形成されているのやら。
 美しく清潔な街を目指して、節制と運動に励むぞ~!

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

どのキズパワーパッドにしますか?

2025年01月12日 18時06分06秒 | エッセイ
 年末の大掃除でガスコンロを磨いていたら、突起で右手の小指を切るケガをした。
「いたたた! うわ、血が血が。ミキ、ちょっと来てぇ!」
 助けを求める相手は娘である。夫を呼んだところで解決に結びつかない。なるべく哀れっぽい声を出し、大げさに騒ぐことが大事だ。
「どうしたの? あーあ、切っちゃったんだね。キズパワーパッド持ってくるよ」
 ティッシュで止血している間にキズパワーパッドを貼ってもらい、一件落着。まだ洗面台の掃除や棚の片づけが残っていたが、新年にやればいいやと割り切って安静にした。
 年明けは2日から掃除に取り掛かる。どうせ暇だし、動かないと肥える一方だから、このスタイルは悪くないかもしれない。残りの掃除が終わり、水を含んで膨らんだキズパワーパッドを取り換えた。今度は血が出ていないので、自分一人でできる。



「さあ、できた。あれ? 何か今までのより太い……」
 新しく貼ったパッドは明らかに形が違うではないか。戸惑っていると娘に笑われた。
「お母さん、それ、靴ずれ用だよ」
「えっ!」
 箱を見るとたしかにたしかに。



「別の種類があるって知らなかった」
「まあ、いいんじゃない」
 正しくは、こちらを使うべきだった。



 最初は快適だったのだが、膨らんでくると話は別だ。小指だけ「ポッコリ」してしまい、作業の邪魔になる。やはり、これは足に適した形状なのだろう。
 失敗した。ちっ。
 キズパワーパッドのバリエーションは豊富なようだ。
 我が家にはひじ・ひざ用の箱もある。



 転んで擦りむいたときに使うのだろうか。この先、どんどん老いていくので、お世話になるかもしれない。
 大きめサイズという箱もあった。



 ふつうサイズで収まらないケガは、さぞかし痛かろう。使う場面がなければいいな~と願うばかりだ。
 さて、靴ずれ用を貼り付けた小指は、2日後にポロリとパッドが剥がれてしまった。初詣のため、神社に向かう道で、コートのポケットに手を入れて歩いていた。境内に入り、ポケットから手を出したら、絆創膏がポケット内に残ったというわけだ。小指の白い跡を見て驚いた。
「うわあ、キズがキレイに治ってる。スゴイ!」
 保護するキズがなかったから、自然に剥離したのだろうか。
 神社の神様だけでなく、非常に優秀な医療品にも「今年もよい年でありますように」と祈った。
 もっとも、ケガをしないのが一番!
 皆さまも、どうぞお気をつけて。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

インチキエビフライで迎える2025年

2025年01月05日 20時46分00秒 | エッセイ
 新年あけましておめでとうございます。
 せかせかと小走りに駆けていった2024と入れ替えに、2025年がやってきた。まずは元日から。
 今年のおせちは食べきりサイズを注文し、蒲鉾や伊達巻は鈴廣から買うことにした。



 伊勢海老ではなくロブスターが入っていた。なかなか立派なルックスをしており、解体までに撮影に励む。





 口当たりもよく、正月ムードを高めるロブスターに感謝していただいた。
 目論見通り、元旦にほぼ完食! バンザーイ!!
 早々に冷蔵庫を占領する重箱を片づけられて、スッキリした気分になる。和食が続くと飽きるので、ピザトーストや醤油ラーメンをいただくことも大事だ。おいし、おいし~♪
 1月2日から3日にかけては、NTTドコモがサイバー攻撃を受けたとのことで、わがgooブログにアクセスできず焦った。4日からやっとつながるようになったが、アクセス数を確認したら、それなりの数のユーザーにご訪問いただいたらしい。
「えっ、訪問者ゼロかと思ったのに、うれしいっ!」
 お越しになったみなさま、ありがとうございました。
 一方で、「なんで私は見られなかったんだろう……」と首を傾げた。電波が悪いのだろうか。
 4日は那須の両親の家まで年始の挨拶に出かけた。高齢の母に食事の支度をさせてはいけないので、昼食、おやつ、日持ちのするおかず、パンなどはこちらから持参する。メニューを考える際に、ロブスターがヒントになった。
 母はエビを溺愛している。私たち三姉妹と伊勢海老を比べたら、どちらが大事か悩んでしまうかもしれない。さすがに伊勢海老はあげられないが、スーパーでお正月価格の大きなエビを調達して、エビフライを作ることにした。
 前日の3日に大まかな到着時間とランチメニューを連絡する。
「10:30頃着く予定。お昼はエビフライとカボチャの麻婆ソースがけにおにぎりをつくるからね」
「あら、うれしい。結構早いんだね」
「うん。日帰りだから早めに出るよ」
 父は桃さえあれば機嫌がいいので桃ゼリーを用意し、母には、ありあけのハーバーお正月バージョンを買ってある。



 高齢者に揚げ物は重いかもしれない。医療機関も開いていないのに、胃痛腹痛の原因になったら大変だ。レシピを調べて、オーブンの「揚げもの」モードを使って作るエビフライなるものを見つけた。
「なになに、パン粉を炒めて茶色くしろってか」
 下ごしらえをしたエビに、小麦粉、溶き卵をくぐらせた後は、炒めて揚げた色と化したパン粉をまぶすのだ。そのままオーブンで焼けば火が通り、揚げたように見える。おそらく、白いパン粉では均等に色づかないのではと予想した。実にヘルシーなエビフライができるという点でナイスなアイデアといえるだろう。
「まあ、インチキかもしれないけれど、軽くていいね」
 問題は、果たして美味しいのか? というところだが、素材がよければ何とかなりそうだ。
 エビの下ごしらえが終わったところで、母からメールが届いた。
「こっちは結構雪が降ってるよ。もし積もったら電車が動かないかもしれない」
 ビックリして気象警報を確認してみた。那須には注意報すら発令されていなかったので、母の取り越し苦労と思われる。行く前提で返信をした。
「JRの運休情報を見たけど、何もなかったから、たぶん大丈夫だと思う。新幹線が動いていれば問題ないよ」
「そう? 明日の朝、何センチ積もったかを確認して連絡するよ。来られるといいね」
 昨年の夏に親族で集まったときの母は、台風の進路に当たっていたにもかかわらず、何の心配もしていなかった。なんで今回にかぎって、過剰に不安がっているのだろう。謎だ、謎。だが、理由はすぐに思い当たった。
「わかった。……エビフライだ」
 私と娘が来られないと、お昼のエビフライが幻に終わる。それで「大変、雪が雪が!」と焦ったようだ。可愛いおばあちゃんであった。
 翌日の4日は予想通り、栃木の鉄道各線は平常運行であった。
「那須の積雪は5センチぐらいだから気をつけておいで」
「うん、わかった。エビフライもできたから待っててね」
 東京は雪の「ゆ」の字もなかったので、栃木の銀世界には心が弾む。





「うわあ、サクサク!」





 たっぷり足跡をつけて楽しみ、無事、両親の家に到着した。
 ちゃんと写真を撮らなかったのだが、普通のエビフライに見えるところがすごい。優秀なレシピであった。



「美味しい、美味しい」
 母も満足。父はすっかり食が細くなり心配だったが、エビフライとおにぎりは食べていた。実は父もエビフライが好物と知り、親子といえどもわからないことがあると気づく。残念なことに、カボチャには見向きもしなかった……。
 食後は百人一首を引っ張り出して、坊主めくりを始めた。
 父は見ているだけだが、私と娘が立て続けに坊主の札を引き、「ひいぃ~」と叫ぶとニヤニヤ笑っていた。



 家族のやり取りを見るだけで満足するのだろう。
「また勝ったよ、やった!」
 この日は母が主役だったのか、私と娘は1回ずつしか勝てず、残りはすべて母が勝利をかっさらっていった。喜んでもらえてよかった。
 いつまで元気でいてくれるかわからないが、またエビフライを持って那須に訪問し、坊主めくりで遊んで帰ってきたい。
 インチキレシピはコロッケやヒレカツにも応用できる気がするので、今度チャレンジしてみよう。
 こんな年明けですが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シャンパーニュと怪談で送る2024年

2024年12月29日 14時04分45秒 | エッセイ
 コロナから復活し、ようやく恒例の三姉妹忘年会にたどり着いた。
「じゃあ、14時メドに集まろうね」
 本来であれば2週間前に実施のはずだったが、前日の13日に私がコロナに罹患しているとわかり、延期してもらったのだ。遅ればせながら料理を作り、姉のマンションに駆け付けた。



 姉が用意してくれるアルコールはシャンパーニュばかり。乾杯はドンペリの白だった。



「ロゼは倍ぐらいの値段だったから、白でいいかなと思って」
「もちろん、いいわよ!」
 間違っても、ドンペリを自分で買おうなどとは思わない。気前のいい姉を持つと優雅な年末を迎えることができる。



「かんぱーい」
 グラスを合わせる「カシャッ」という微かな音とともに、忘年会がスタートした。話題の中心は体力が落ちてボケが進んだ両親のことで、夏に集まって以降の様子などを、それぞれが話し始めた。
「アタシが行ったときは、お父さんが昔の話も始めていたから、誰が来たかはわかっていたわよ」
「お母さんは、お父さんの食が細くなったと言ってるけど、手抜き料理ばかりで美味しくないからかもね」
「味噌汁の具が玉ねぎだけっていうのもどうかと思うわ」
「他の野菜も入れればいいのに」
「車の運転も、そろそろやめる時期だよね」
「でも車がなかったら生活できないでしょ」
「困ったもんだ」
 毎回毎回、似たような内容なのだが、那須の一角に二人だけで生活できているところはありがたい。年明けにも顔を出し、年始の挨拶をしに行きたい。
 ドンペリが空になり、ヴーヴクリコが登場した。姉がスズキのハーブ焼きを作り、温かいうちに食べ始める。妹と「焼き立てが一番ね」と絶賛していたら、姉が奇妙なことを言い始めた。
「ねえ、怪談を録画してあるの。一人だと怖くて見られないから、三人で見ようよ」
 これまで、姉は「浦沢直樹の漫勉」や青池保子の仕事風景など、趣味の映像を見せてくれることが多かったので、怪談は予想しておらず、まったくの不意打ちに近かった。
「え~、帰れなくなったらどうしよう」
 妹は戸惑う仕草を見せたが、もともとは心霊写真集を何冊もコレクションしていた強者である。結局見ることになり、スズキを平らげたあと、グラスを持ってテレビの前に移動した。
 映像は今年のものなのか昨年なのか不明だが、タクシードライバー、リフォーム業者、ユーチューバーの三種から体験者などが集められ、再現フィルムとともに恐怖体験を公開する形式になっていた。



 タクシーに乗せた客が幽霊だったという話は昔からある。しかし、この映像では、幽霊が配車アプリを使ってタクシーを呼ぶので、時代を反映しているところに笑ってしまった。今後はライドシェアにも拡大していくのだろうか。
 リフォーム業者の話はまあまあ怖かった。両親が亡くなったため、両親が営んでいたラーメン屋の店舗をリフォームしたいとの希望を持つ女性が、業者に「中に入るときは必ず家側から入るようにして、店舗側からは入らないでください」と注文をつける。訳ありだなとの予想がつく。しかし、別の施工業者から「窓を閉め忘れた」との連絡を受け、このリフォーム業者は夜中にラーメン屋に向かって車を飛ばすのだ。しかも、家側からではなく、店舗側のカギを開け、中に……。盛り上げ方がとても上手だった。
 もし私がリフォーム業者だったら、「窓が開いていたって大勢に影響なし」と決めつけ、絶対に近づかないんだけどな。真面目で偉い。
 ユーチューバーの怪談は、映像に謎の声が入っているとの内容だった。「これがそうです」と流していたが、上手く聴き取れず、怖さが伝わってこなかった。ちょっと残念。
「じゃあ、次はモエにしようか。ロゼがあるよ」
「いいねえ」
 テレビの前からテーブルに戻り、おしゃべりの続きに興じる。
 実は、私は毎年、テレビを見ている途中で寝てしまい、後半のおしゃべりには加われないことが続いていた。しかし、今年は全然眠くならず、最後まで参加できたことがウレシイ。
「最後にケーキを食べよう」
「いただきまーす」



 このあと、日付が変わる前に帰宅したのだが、じきに姉からお詫びLINEが送られてきた。
「ピザとエスカルゴも用意していたのに、出すのを忘れた。ゴメンね」
 たしかに、食べ物が少なく物足りないと感じてはいた。姉も妹も食べることへの執着がないので、量的には食卓に載っている料理で十分だったようだ。食い意地の張っている私は、コロナ明けであることから悪酔いを警戒して、シャンパーニュの2倍も3倍も水を飲み、お腹が水で膨れていたため空腹感がなかった。もしお腹が空いていたら、「もっとくれ」と料理を催促し、ピザとエスカルゴが忘れ去られることもなかっただろうに。
「そうか、満腹じゃなかったから眠くならなかったのかも」
 ようやく合点がいった。来年以降も水を大量に飲み、食べ足りない程度でやめておけば、最後まで忘年会を満喫できるに違いない。
 さて、来年は脱皮と再生を表すという巳年である。
 食べることは大好きだけど、飲食や消化に使うエネルギーを別のことに活用していけば、新たな挑戦につながるかもしれない。
 今年もお世話になり、ありがとうございました。
 来年もよろしくお願いいたします。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2024 気の早い七味五悦三会

2024年12月22日 11時36分48秒 | エッセイ
 ブロ友のZUYAさんに倣って、今年は私も「七味五悦三会」なるものにチャレンジしてみたい。これは江戸時代の庶民が大晦日に除夜の鐘を聞きながら、その年にあった「七つの美味しかったもの」「五つの楽しかったこと」「三つのよい出会い」を家族と語り合い、七味、五悦、三会がすべて見つかれば「いい年だったねぇ」となるのだそうな。
「大晦日にはまだ早いけど、今日はネタがないから、これでいこう」
 なんとも雑な振り返りではあるが、時間のあるときにやっておくのがよさそうだ。ただし、強力なツールが必要となる。
 なにしろ、私の記憶力は頼りにならない。
 ここは記録力であろう。



 取り出したるは日記帳であった。ジャジャジャジャーン!
 これには一年間の出来事がくまなく書き留められているので、いつ、どこで、何が、どのように起きたのかがわかる。10年日記であるため、1日分はほんの150字前後という短い記録だけれども、結構重要な情報が詰まったいて読みごたえがある。
「ふむふむ、なるほど」
 この一年を振り返ると、コロナ後としては日帰りも含めて旅行が多かったとわかる。出かけると、現地で美味しいものを食べ、人との交流もできて、さらに満足度が高まっていくのだ。家に引きこもっていては、よい過ごし方ができないであろう。
「よーし、まず、七味からいこう」

○ジャンボプリン(自作)
○洋ナシのタルト(自作)
○アスパラガーリックライス(自作)
○日本橋玉ゐ あなご「箱めし」(外食)
○目黒・アルカションのランチ(外食)
○函館ラスク(みやげ)
○富士山めろんぱん(みやげ)





 食べ物は基本的にでき立てが美味しいので、料理の記事を見ながら自分で完成させたものが3品ランクインした。材料に何を使っているかがわかっていて、安上がりなのに激ウマなのだから、わざわざお金を払って人が作ったものを買う必要性を感じない。
 だから、外では自分が作れないものを食べたい。あなごはとろける食感でメチャウマだったな。
 みやげもクオリティが高かった。

「五悦はこれで決まり」

○塩原温泉ダイヤモンド婚式お泊まり会
○函館旅行
○松本城日帰り旅行
○武蔵野三十三観音巡り結願
○沖縄修学旅行引率







 なんといっても、親族と久しぶりに再会したお泊まり会が一番であったが、土方歳三の足取りを家族で追った函館旅行も感慨深かった。松本城にはずっと「行きたい」と思っていたので念願叶ったりで嬉しいお出かけとなった。

「モノやコトはお手軽だけど、ヒトとの出会いは重要だよね」
 書いていて、食べ物7個、楽しみ5個、出会い3個を合計すると、ちょうど釣り合う重さになっているのではと感じた。つまり、食べ物は一個あたりが軽いから7個必要であり、楽しみはその次に軽いから5個、出会いは生きていくうえで不可欠といえる重みがあるため3個、となっている気がしたのだ。それぐらい、今年出会えた方々に感謝している。

○淡路島のS高校の生徒・先生
○和泉元彌ファミリー
○実業家のSさん

 1月、仕事として淡路島のS高校を訪問したのだが、非常に温かく迎えていただき感激した。事業のヒントもいくつかもらって胸を張って帰京することができた。狂言師である和泉元彌さんとそのご一族の方は、芸術鑑賞教室で勤務先に来校された際、丁寧な姿勢で伝統芸能に向き合う仕事ぶりに感銘を受け、お会いできたことを光栄に思う。
 そして、最後にSさんという女性についてお話ししたい。彼女は起業家であり、社長として自分の会社を持っている。授業の講師として来校することになっていて、私が窓口となり約束をしていた。○月○日の14時から15時までと連絡をしたら、軽やかに微笑み、「高校生と話す機会がめったにないので楽しみです」とエレガントな受け答えをされた。迎えたその日はたまたま急用が入り、午前中、私は職場外に出かけ、12時半に戻ってきた。Sさんをお迎えするのは14時だから余裕で間に合うと思っていたのだが、学校でも突発的な予定が入り、急きょ短縮授業に変更されたと、戻ったときに知らされた。
「えっ、6時間目が50分も繰り上がるの? どうしよう!」
 時計を見ると、すでに13時になるところである。Sさんが間に合うはずもなく、目の前が真っ暗になった。とにかく電話をしなければ。つながるかどうかわからないが、やってみないことには始まらない。3回ほどのコール音のあとにSさんが出てくれた。
「すみません、今どちらにいらっしゃいますか」
 太鼓のように打ち鳴らされる心臓の音を聞きながら、私は受話器に向かって口を開いた。Sさんは打ち合わせのときと同様に柔らかい声で答えた。
「今、ちょうど正門に着いたところです」
「えっ、正門? うちのですか?」
「はい。ちょっと早く来ちゃいました」
 これには心底仰天した。
「すごいです! ビックリです! 助かりました!」
 玄関まで走ってSさんを迎えに行くと、彼女は本当にそこにいた。
「なんとなく、早く行った方がいいな~と思って社を出たんですよ。正解でしたね」
 狐につままれた気分であったが、彼女は何かを持っている方なのだろう。奇跡はさりげなさを装って起きるということもわかった。サロンを経営されているので、一度お伺いしたいと考えている。

 今年も残すところあと10日。
 間違いなく、よい一年だったようだ。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2024 今年の漢字

2024年12月15日 09時25分45秒 | エッセイ
 12月12日、毎年恒例の今年の漢字が発表された。
「ちぇっ、また金か。他にも漢字はいっぱいあるのに」
 私は不満だ。たしかにオリンピック・パラリンピックでは選手の活躍に精いっぱいのエールを送ったし、世の中の動きもわかる。でも、都知事選や自民党総裁選、兵庫県知事選などの主要な選挙、生成AIの活用や悪用などもあったのだから、別の漢字にした方が盛り上がったのではと感じる。今さらどうにもならないけれど。
 さて、こちらも2024年を振り返り、私の「今年の漢字」を選んでみた。
「これはもう、『発』しかない」



 よいことも悪いことも、たくさんあった一年だった。
 年明けの1月こそ平穏に過ぎたものの、2月には仕事上の大きなミスが発覚し、年間を通じて対応に追われることになった。年内には解決する予定なので、あとちょっと頑張る。
 また、公募を探してエッセイを書き、いくつか応募してみたが、意中のものは不発に終わっている。もっとも出さないことには何も始まらないから、ボツの山を築いてもメゲずに、これからもチャレンジしていきたい。今、書いているのは8万字を超える大作で、こんなに長い作品を仕上げたためしがない。苦戦しながらも、完成・発表というプロセスを経て、自己の成長につなげたい。
 5月には、奮発して函館旅行をした。念願の五稜郭に行かれたことが嬉しい。これで堂々と土方歳三ファンを公言できる資格を得た気になった。



 8月末には台風10号が発生した。これが通り過ぎてから、両親のダイヤモンド婚式を祝うため那須の旅館に5年ぶりに親族11名が集まるつもりでいたが、異例のノロノロプラス迷走ぶりを発揮され困った。「どうする、どうする」と悩んだ挙句、強行して正解だった。台風はさらに遅くなり、微妙に進路を変えたため、旅行への影響がほとんどなかったのだ。



 9月から職場のインスタを始め、わが高校の活動を広く発信している。たくさんの生徒がフォロワーになってくれて幸せだ。廊下ですれ違ったとき、「インスタ面白いです。毎日楽しみにしています」と声をかけてきた男子生徒がいて、やりがいを実感することができた。
 10月には修学旅行の引率で9年ぶりに沖縄を訪れた。羽田空港発、那覇空港行きの飛行機に乗ったとき、単調な日常生活から解放されたようで気分が上がったことを思い出す。



 そして12月。職場の忘年会当日に喉の痛みや関節痛があり、内科を受診すると「コロナです」の無情な診断を受けた。現在、自宅療養中だが、発熱は最高でも37.3℃。咳や体の痛みなども発症したが、すでにピークを過ぎ辛くはない。もし忘年会に参加していたら大変な結果になったに違いない。噂通り、匂いにはだいぶ鈍感になっているけれど、食いしん坊として一番心配していた味覚障害はなさそうだ。どの料理も美味しくいただき、粛々と隔離期間の終わりを待っている。
 実はコロナと診断された初日に、「味がわかるうちに」と企みチョコレートをパクッといただいた。



 3日目の今日も「味覚に変化はないか」とチェックしようと、チョコの箱に手を伸ばしたら、残りわずかであることに気づいた。結局、私が一人で食べ尽くしそうだ。姉からは「寝てろ」と冷たいLINEをもらい苦笑いした。
 こうして2024年が暮れていく。
 生きている限り、不本意なことや我慢できないことに遭遇することもあるけれど、今年はよく頑張ったと思う。
 残すところ、あと16日。
 長い人生のプラスになることを見つけて過ごしたい。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

登ってスッキリ 子の権現から竹寺へ

2024年12月08日 18時12分44秒 | エッセイ
 武蔵野三十三観音巡りを開始したのは令和4年11月だった。
 暑い夏は巡礼をサボり、涼しい場所でのうのうと過ごしていたせいで、なかなか進まず、2年以上経った先日、ようやく最終日を迎えた。
 西武池袋線「東吾野」駅で下車し、三十番の福徳寺から4カ所の霊場を回る。だが、この寺はグーグルマップと相性が悪いのか、正しく地図に表示されなかった。「目的地に到着しました」となっているのに、目の前はどう見ても普通の民家。「こっちかもしれない」と動物的直感で丘を登り、どうにかこうにか目当ての寺にたどり着いた。
 しかし、御朱印はそこからさらに15分かかる別の寺でないといただけないと書いてあり、「キイ~ッ」と地団太を踏みつつ前に進む。どうにか御朱印ゲット。



 再度電車に乗り、「吾野」駅で降りると、駅前に三十一番法光寺がある。ここは楽に終わるが、三十二番子(ね)の権現天龍寺、三十三番八王寺(竹寺)は遠い。しかも山の上。気を引き締めて歩き始めた。
 天龍寺に行くには「子の権現」を示す順路に従えばよい。途中の「東郷公園」という場所で左折し、浅見茶屋を経由するハイキングコースを通るつもりだったのだが、ここだけ進行方向に順路が示されておらず、曲がり損ねて国道に出てしまった。あわてて引き返す。気づいたからよかったけれど。
 じわじわと続く登り坂を進むと、30分後に浅見茶屋が見える。しかし「本日休業」となっているではないか。休憩する予定はないから問題ないけれど。ここは高尾山と違い、めったに人とすれ違わないので、採算が取れないのかもしれない。
 ここを越えると、ザ・山道という雰囲気が待っている。



 気を引き締めて登り始めるたところで、向かい側から男性2人がやってきて、すれ違った。
「こんにちは~!」
「こんにちは」
 山の挨拶は爽やかだ。しかし、犬の散歩に比べたら、コミュニケーション度では負けるかもしれない。思ったことが伝わったわけではないだろうが、会話がなおも続けられた。
「お茶屋さん、混んでました?」
 ははあ、逆コースから来たのだなとわかった。子の権現方面から吾野駅に向かい、浅見茶屋で一杯やる人たちもいると、ネットに書かれていたからだ。
 しかし、しかし。さっきの看板を思い出す。
「あのう、本日休業って書いてありましたよ」
「ひいい~」
 リアクションが豊かな2人組だった。どこかで美味しいものが食べられるといいね。
 山道を登り、振り返ると高低差がわかる。



 子の山と書いてあったが標高は640mほどらしい。ちょっとがんばれば何とかなる。だが、あまりにも人がいなさすぎて、「熊が出るのでは」と心配になった。
 私は「熊鈴」を持っていないのだ。富士山5号でもらったお守り鈴ならあるからと、ポケットから出してリュックの紐につけてみた。



 熊鈴の「カランカラン」という景気のいい音に比べて、こちらは「チリチリ」という微かな音。つける意味あるかな? と疑問を感じつつさらに登る。途中でコンビニおにぎりを3個平らげ、糖質補給をしつつ進んだ。
「着いた!」
 山道を登ること40分、子の権現入り口が見えて感動する。熊に邪魔されることなく来られてよかった。



 写真で見た通り、色鮮やかな立像が迎えてくれた。



 ここは足腰の神仏だそうで、大きな草鞋に



 誰が履くんだ? とツッコミたくなる下駄が印象的だ。



 観音様もにっこりとほほ笑んでいる。



 納経をすませて御朱印をいただいたら、まだまだ、もっともっと歩けそうな気がした。



 さて、次は竹寺へ。向かいの山では紅葉が進んでいる。



 細い道にはアップダウンがあり、下ったり上ったりを何度か繰り返した。



 45分ほどで竹寺に着く。



 ここの茅の輪は有名らしく、ググって、いやくぐって心身の清浄を願うのだとか。



 敷地内は結構広く、見どころがいくつもあるらしい。飲食できる店もあり、精進料理のメニューが見えた。しかし、おにきりを4個食べてしまったので、後ろ髪を引かれつつ、小殿バス停に向かうことにした。ここでも御朱印をゲット。



 帰りのバスに揺られ、ウトウトと眠りに落ちた。飯能駅まで50分ほどかかる。ゆっくり体を休めてあとに、ようやく「結願(けちがん)」の実感がわいてきた。すべての霊場を回ると魂が浄化されるそうだが、実際、これまでの不平不満が小さなことに見えてきたのが不思議だ。
 たとえば、教員の世界でも、自分の非を認めず人のせいにする人ほど昇進していく。学校の中がぐちゃぐちゃでも、学校外でのパフォーマンスが上手い人は名を上げる。煽りを受けた者は踏みつけられ我慢の限界だ。腹立たしいことが続いていたのに、なぜか自身を客観視できるようになった。
「さて、また頑張るか」
 世の中、ままならぬことばかり。
 そんなときは、またこのルートを歩くといいかもしれない。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

詰まった困った

2024年12月01日 18時30分12秒 | エッセイ
 先日、夫からの不吉なLINEをキャッチした。
「台所の水道が詰まりました。今日は業者が来てくれないので1階で料理します。明日の朝に直してもらう予定です」
 ……ああ。
 ちょうど日曜日だったので運が悪かったと天を仰ぐ。
 わが家が二世帯だったのは不幸中の幸いだ。義母はとうに亡くなっているが、キッチンはそのまま残っているから、調理と洗い物ぐらいはできる。だが、食材や調理用具がある2階と1階を何往復もして、夫は気の毒なくらいクタクタになっていた。
 私は19時に仕事から帰り、流しの惨状を確認した。1cm程の深さの水がたまっていて、白身魚の小さなかけらやふやけた茶葉などが隠れようともせずに浮かんでいる。何でそんなに堂々としているのか。きっと雑菌もウヨウヨしているのだろうと気が重くなった。
 でも、翌日からの弁当の仕込みをしなければならない。1階に行くため階段を昇り降りするのは勘弁だ。2階の洗面台を使えばええんでないの? と小松菜を洗い始めた。
「まあ、できないことはないね」
この日ばかりはシンプルに肉を焼くだけ、小松菜を茹でるだけの簡単調理に徹して、何とか乗り切るしかない。調理に使ったフライパンと片手鍋も洗面台で洗うと、陶器の白さが曇ってしまい、くらーい気持ちになった。
 一体何が起きたのだろう。
 ひと月前に、2cm四方程度の小さなプラスチックがなくなったことがある。娘の箸箱は「カタカタ」言わない工夫があって、箸を固定する部品がついているのだ。



 ちなみに絵柄はトトロ。



 このカタカタ防止が洗い物のあとにどこかに消えてしまった。幸い、ネットでこれだけが売られていたので再購入することができた。洗い物係の夫は「知らない」と言い張っていたが、非常に怪しい。箸箱から外れたカタカタ防止がシンクの片隅に転がっているのに気づかないまま、流しの水切り網を掃除しようと取り出したときに、勢いよく水を流してしまったのではないだろうか。
 パイプはカーブを描いているので、部品が流れずに引っかかり、小さなカスがたまって詰まったと、迷探偵・砂希は思い込んでいる。
 そして翌日。やっと業者が来てくれる日がやってきた。
 連絡先はクラシアン。



 先方の期待通り、冷蔵庫のマグネットとして活用しているので、いざというとき役に立った。
 私も娘も仕事があり、専業主夫の夫が対応した。詳しいことはわからないが、作業時間は1時間程度だったそうだ。見積書には31,900円と書かれている。





 相場は知らないが、まあこんなもんかなという金額だ。不便が解消されるならありがたい。



 汚らしい水たまりがなくなり、シンクはピカピカと光っていた。
「で、結局、原因は何だったの?」
「パイプユニッシュ。流れが悪いから使ったら、垢が大量に取れたことで詰まったらしいよ」
「ふうん」
 夫が勝ち誇ったように胸を張る。ちぇっ。
 定年の年齢になっても、探偵業は向いていないみたいだから候補から外そう。
 クラシアンは無理そうだけど、困った人の役に立つ仕事に惹かれるなぁ。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

竪穴式住居に負けるな、昭和式!

2024年11月24日 21時24分01秒 | エッセイ
 先日、埼玉県の日高市まで出かけてきた。
 高麗という地名をご存じだろうか。日本史で学んだ高句麗が名前の由来というが、「こうらい」ではなく「こま」と読む。近くには水の澄んだ高麗川が流れ、緑に囲まれた田園風景が続いていた。池袋から特急を使わなくても1時間ほどなので、コンクリートジャングルに疲れ、ちょっとリフレッシュしたいときにはおススメしたい場所だ。



 見どころスポットはいくつもあるが、私は駅から数分の場所にある「高麗村石器時代住居跡」を推したい。



 ここでは、昭和4年に縄文時代中期のヒョウタン形をした住居が発掘されたそうだ。



 1号炉のある北側が作業場で、2号炉のある南側を生活の場としていたと、掲示板に書かれていた。2号炉の周辺には、さらに2カ所の炉跡があり、3回ほど住居を立て直したことが確認できたという。
 埼玉県では初めて、全国でも7例目の竪穴式住居の発見となり、当時の話題性が伺えた。
 現在では、この住居跡は建てられた時期が異なる2軒の住居の一部が重複して、ヒョウタン形になったと考えられているようだ。それぞれの住居は径6mの円形というから、大豪邸ではないとしても、家族が身を寄せ合って睦まじく暮らしていたと察した。



「いいなあ、娯楽がなくても楽しそう」
 大昔の遺跡に惹かれる理由は、DNAに刻まれた過去に戻ろうとするからなのだろうか。
 ほのぼのとして、足取り軽く帰りの電車に乗った。

 ところで、今の若者は「昭和」に萌える年代なのだそうな。
「明日はね、昭和を再現したカフェに行ってくるから。楽しみ!」
 20代の娘と話をしていたら、弾んだ声でそんなことを言っていた。口コミで聞いてはいたけれど、どうにもピンとこない。
 昭和? 昭和ねぇ……。
 そのカフェの写真を見ると、畳の上のちゃぶ台や、壁の色、緑色のクリームソーダなどに子ども時代を思い出した。壁にはキラキラした素材が含まれていて、何でできているのかと不思議に感じたものだ。
「どう? この画像、いいと思わない?」
「うーん。小さいころからさんざん見たし。この頃は貧しかったから、わくわくすることもないね」
「そんなもん?」
「そりゃ、江戸時代の家屋だったら、いいと思うけど」
 短い会話のあとは、もやもやとした気分になった。私が江戸時代や縄文時代に興味を持つように、平成や令和生まれの若者が、昭和時代に関心を寄せているということなのだろう。竪穴式住居ならぬ、昭和式住居が人気ってわけか。
「……そんな年齢なのかな」
 理屈でも感覚でも拒否したい気持ちになる反面、努力すれば夢が叶った戦後の昭和に生まれ育ったことは、恵まれていたという気もする。
「楽しかった。これ、写真だよ」









 ああ、たしかに昭和だ。
 あと30年もしたら「砂希ばあちゃん、昭和の頃の話をして」などと頼まれることになるのだろうか。
 ますます、もやもやしてきた。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大人だってオマケが好き!

2024年11月17日 15時47分42秒 | エッセイ
 職員の上村さんはお煎餅が好き。
 机に何種類もの袋を詰め込んで、昼食代わりに「バリバリ」と食べている。体に悪いところはないようで、アラカンというお年頃でもすこぶる元気なオジサマだ。
 ソフトサラダ、歌舞伎揚げ、ばかうけを食べる場面はよく見るが、その日は新潟仕込みを手にしていた。



「あれっ」
 上村さんの怪訝そうな声が聞こえてきた。
「1袋2枚入りのはずなのに、この袋は3枚入っているよ」
 すかさず、隣の職員が反応する。
「えー、見せて見せて」
「ほら」



「あー、ホントだ! ラッキーだね」
「うん。ちょっと嬉しい」
 小さくて薄手の煎餅が、ほんの1枚増えただけで、劇的にお腹が膨れるはずもない。でも、予期せぬオマケに出会うことで、自分の運のよさを感じ、打って変わって幸せな気分になるのだから不思議なものだ。特に家と職場の往復に明け暮れ、長年同じ仕事を繰り返している大人には、よい刺激になると思う。あまり感情を表さない上村さんが、その日はしばしば笑っていた。
 今日は私にも幸運が訪れた。午前中に出かけた埼玉県日高市のお寺で御朱印をお願いしたときのことだ。



 御朱印帳を受け取るときに、「よかったらどうぞ」とお菓子をいただいた。思いがけない幸運である。



「なぜ鎌倉?」という疑問はさておき、朝イチからお寺巡りをするため、せっかくの休みに5時半に起き、昼食の仕込みをしてから家を出たことを褒められたのかもしれない。仏様からねぎらわれたようで、とてもとても心が和んだ。
「うま~」
 さつまいもを原料にした口当たりのよい焼き菓子に舌鼓を打つ。
 次の土曜日も日曜日も仕事になってしまい、12連勤を不安に感じていたが、仏様からの差し入れて頑張れそうな気がしてきた。
 してもらって嬉しかったことは、誰かにしてあげるとさらによいだろう。
 3枚入りの煎餅はないけれど、美味しいお菓子ぐらいだったら常備できるかな。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

職場にスマホを忘れて帰った日

2024年11月10日 21時45分19秒 | エッセイ
 その日は多人数の保護者にメールを送る予定があり、添付ファイルに貼り付けたURLが正しく機能するかのチェックが必要だった。
「自分のスマホに送ってみよう。そこからサイトに飛べればオッケーだから」
 しかし、Outlookが不調で、スマホにメールが届かない。何どもやりなおして、ようやく正常に作動することが確認できた。窓を見ると外は暗く、すでに日没を迎えたことを知る。チャチャッとメールを送り、時計を見た。
「大変。もうこんな時間になっちゃった。急いで帰らなくては」
 机上の片づけもそこそこに、洗った弁当箱をリュックに入れて、コートを羽織るや否や職員室を飛び出した。今なら急行に間に合う。その一心で駅に向かった。
「よーし、乗れた乗れた」



 意中の電車の中で、スマホを取り出そうとした。ボスに翌朝の予定について連絡したかったからだ。財布やタオルの下に隠れているかと思ったけれど、それらしいものは見当たらない。
「うーむ。どうやら職場に忘れてきたみたいだ……」
 帰る直前までスマホを見ていたことを思い出す。きっと机の上に置きざりになっているのだろう。今さら取りに戻ることはあり得ない。どうせLINEは家族からしか届かないし、なければないで何とかなるはず。それ以上は考えずに読みかけの本を開いた。小林弘幸先生流に言えば、自律神経を乱さず平常心で過ごせる状態だったはずだ。
「ただいまぁ」
 帰宅してすぐにしたことは、古いスマホの充電であった。引退したスマホでも、Wi-Fiがあればある程度は活用できると知っている。どこまでできるか、試してみようではないか。



 機種変更して以来、2年間使っていないので、バッテリーがすっからかんになっている。しばらく経つと起動しWi-Fiにつながった。画面には「SIMカードを挿入してください」とのメッセージが出てくる。通話はできないだろうが、それ以外の機能が使えるかを確認しようと思った。
 まずはメールにアクセスする。「SIMカードなし」と表示しつつも送受信ができ、不要なダイレクトメールの削除も可能だ。PCアドレスにメールしてみたら、ちゃんと届くことに少々驚く。
 次にショートメールにチャレンジした。何しろ、ボスに連絡したかったので、これが一番気になっていた。過去のやり取りは機種変更前で止まっている。予想としては、できないのではないかと絶望的な気持ちでいた。
「できなかったら、夫のスマホをひったくって、使わせてもらえばいいや」と安易に考えないでもなかったが、ボスが混乱するといけない。勇気を出して「明日の連絡」として、おそるおそる送信したら、エラーメッセージは表示されなかった。「おやおや」と画面を見守っていると、5分後にはボスから「承知しました」の返信が表示される。ちゃんと届くことがわかり、結構びっくりする。
「なーんだ、古いスマホでできちゃうんだ。へー」
 夫のスマホを強奪せずに済んだことに安堵である。
 しかし、LINEはデバイスが変わったことで、本人確認が必要となるらしい。認証のためのショートメッセージが送られても、なぜか古いスマホには届かない。おそらく現在のデバイスでしか開けないのだろう。仕方なくLINEは諦めた。どういう仕組みになっているのか、ひたすら首を傾げるばかりだ。Xやインスタ、FacebookはPCでもできるようになっているので、何の不自由もなく「いいね」の確認ができた。ついでに乗換案内もサクサクと動き、翌日の電車をチェックした。
 寝る前にはアラームを設定する。スマホには、目覚まし時計という重要な役割を期待しており、私が寝坊しないで職場に行かれるかどうかがかかっていた。これも難なくクリア。ぐっすり眠った後は、ちゃんと4時53分に起こしてくれたので、朝の爽やかな空気を肺の中にたっぷり吸い込んで職場に向かうことができた。
 職場で、まずスマホを探す。
「あった、あった」
 予想通り、机の上に置きっぱなしになっていた。上にメモが載っていたので隠れてしまい、見落としたのであろう。画面を開くと、昨日チェックできなかった認証コードが届いていた。ついでに、ボスに送った「明日の連絡」も表示されていた。謎だったが「まあいいや」と流すことにする。
 こうして、意外と簡単に、スマホのなかったひと晩を乗り切ったわけだ。「いつ忘れても大丈夫」という妙な自信がついてきたが、友達が多い人は、同じようにはいかないだろう。
 しかし、娘には強く叱られた。
「何かあったら電話できないと困るんだよ! 絶対に忘れないで」
 まあ、そうですね……。
 調子に乗らないよう自戒しなくては。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

富士の高嶺にココアパウダー

2024年11月03日 17時19分16秒 | エッセイ
「そういえば、富士山5合目に行ったんだっけ」
 10日ほど続いたトラブルがようやく解決して、心の平穏を取り戻したとき、意外に楽しかったバスツアーのことを思い出した。
 職場きってのお祭り男である村井さんが、着任したばかりの外国人講師を楽しませたい一心で、「みんなで『富士山5合目とシャインマスカット食べ放題ツアー』に参加しよう」と声を掛けてくれたのだ。その日は祝日で、家でまったりしたかったけれど、親睦のためでは断りづらい。加えて、大好きな富士山にはしばらく行っておらず、渡りに舟という気もした。目標人数は20人ということもあり、一人でも多い方がよいのではと思って娘を誘い参加した。
「えっ、5人?」
「うん。ほとんどの人から断られちゃった」
 村井さんは苦笑いしていたが、落ち込んだ様子もない。雲一つない上々のお天気だし、都合のつく少人数で楽しめばよかろう。
「シャインマスカット楽しみ! あと富士山5合目には美味しいメロンパンがあるって、松井玲奈ちゃんが言ってたよ」
 娘は山に興味がない。でも、メロンパンとシャインマスカットには強く惹かれているらしく、母娘の利害関係も一致した。この時点で、バスツアーに高評価がつくことは明白である。
「じゃあ、皆さん、バスにお戻りいただく時刻は11:30です。お気をつけて」
 添乗員に送り出され、まずはメロンパンに急いだ。富士山は逃げないが、メロンパンは売り切れるかもしれない。この順番が正しいに違いない。
「あったあった」
 


 幸い、店には数人並んでいただけだ。5分待ち、ホカホカの焼き立てメロンパンにかぶりつくことができた。



 てっぺんの茶色の粉はココアパウダーだろうか。メロンの香りによくマッチしている。
「おいし~」
 夫は家に置いてきたので、みやげとして3個入りのテイクアウトも購入した。我ながら「まだ食べる気なの?」と呆れてしまったけれど。



 温かいコーヒーも飲み、腹ごしらえをしてから富士山に向かった。
 やはり逃げていなかった。



 5合目は圧倒的に外国人が多く、日本人は2~3割といったところか。わけのわからない言葉が飛び交っているが、どの人も笑顔で富士山をエンジョイしている雰囲気だった。
「いいじゃん、外国に来たと思えば」
 村井さんはあくまでもポジティブだ。遠くに見える湖は山中湖だと言っているが、本当だろうか。



 バスに戻り、昼食会場に向かう途中で、景色のよい場所を通った。



 絵になる一枚に感謝である。
 富士山の近くに住んでいる人が羨ましい。
 お昼はほうとう。富士山で冷えた体が温まり、午後の活動の準備をした。



 最後に、シャインマスカットの食べ放題でしめくくった。
「甘い房は黄色ですからね。黄色っぽい葡萄を探してください」
 農園の方のアドバイスに従い、なるべく黄色のシャインマスカットを探す。
「これなんかどう?」



「いいんじゃない」
「うん、甘い!」
 さすがに1房でお腹いっぱいになった。おみやげに購入することもできるので、夫にも買って帰ることにした。もちろん、私たちも横取りするけれど。
 帰りのバスでぐっすり眠る。
 職員プラス家族という変な組み合わせだったが、好きな場所で美味しいものをいただく企画は見逃せない。
 面倒くさがらずに、気になるところには足を運ばなくっちゃ。
 楽しいことがあれば、イヤな問題も乗り越えられるしね。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2024 悩める誕生日

2024年10月27日 15時27分38秒 | エッセイ
 一年で一番楽しみな日は誕生日なのだが、今年はツキに恵まれなかった。
 2日前から仕事上のトラブル続きで対応に追われ、片づいたと思ったら別の場所から苦情を受ける。よかれと思ってしたことなのに、逆に恨まれたときは全身の力が抜けるようだった。
「はああ、何でこんなについてないんだろ……」
 土曜出勤の代休日でも、家から何度も職場に電話連絡を繰り返す破目になり、休養できた気がしない。布団に入っても寝つきが悪く、20分も30分も眠れない日が続いた。もっとも、家族に言わせると「ガーガー寝ていた」とのことだが、本人はそんなことないと信じている。まあ、小さな地震には気づかなかったけれど。
 それでも誕生日がやってきた。
 昨年までは、日付が変わるとワクワクし、高揚した気分で朝を迎えたのに、今年は明るい気持ちになれない。石橋を叩いて渡るように、慎重に慎重に仕事を進め、大きなトラブルもなく退勤を迎えてホッとした。
「ただいま~」
「おかえり!」
 夫と娘がお祝いの準備をしてくれていた。
 夕食に寿司をリクエストしたら、ちゃんと用意ができている。デリバリーの寿司屋はネタが悪く、もう何カ月も頼んでいない。スーパーのテナントの寿司屋で折詰を買ってきてくれたのだが、まだシャリが温かく、新鮮なネタを載せて並んでいる。値段の割に、とても美味しかった。



「イケる~」
「これからもここで買おう」
 ケーキは、夫が開店と同時に地域で一番の店に飛び込み、小さ目デコレーションをゲット。



 フワフワのスポンジに、重みを感じさせない生クリームが盛り付けられ、鮮やかな赤に食欲をそそられる。ロウソクを立てて「ハッピーバースデー」を歌った後に切り分けた。食べすぎかしらという気もしたが、3人でペロリと平らげてしまった。
「プレゼントだよ!」
 欲しかったのは木の弁当箱。秋田杉ではなく、紀州の天然木を使用した、ちょいスリムなものを買ってくれていた。



「わあい!」
 使ってみてわかったことだが、ご飯とおかずの仕切りに工夫がある。あえて幅を抑えることにより、どの位置でも活用できるのだ。今日はご飯少なめ、多めと調整できる点が優れている。フタを開けると森林の香りが漂い、「やはり弁当箱は木だな」と確信した。
 不運続きのときこそ、人の好意が身に沁みる。
 あらためて、家族の存在を「ありがたい」と実感した。
 しかし……。
 先週末から同じトラブルが再燃している。いつまで続くことやら。
 そろそろ出口が見えてくるはず。
 ハロウィンまでに片づくとは思えないが、早く楽になりたいな。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お久しぶりです、沖縄さん(2)

2024年10月20日 17時25分04秒 | エッセイ
 かつて都内では沖縄への修学旅行が人気だったが、バス代が高騰している昨今では少なくなってきた。
 経費節約のため、無料スポットを行程に組み込むことも重要となる。おかげで、今まで訪れたことのない見どころを知れてありがたい。
 そのひとつが座喜味城跡である。



 石垣しか残っていないのに世界遺産という点が不思議だったが、それもそのはず。600年前の琉球時代にタイムスリップできる魅力に取りつかれた。





 決して大きな城ではなかったという。





 しかし、人や空間を支配する力があちらこちらに感じられて、さぞや立派な佇まいだったであろうと察することができた。軟らかい赤土に工夫をして、強固な土台を作ったとのエピソードにも感心した。
 帰り際、階段を下りると施設名の表示の裏側が見えた。「文部省」の3文字に大きく頷く。人気スポットではないようだが、素敵なところなので、たくさんの人が見られるといいのだけど。



 メル・ギブソン監督の映画「ハクソー・リッジ」の舞台となった場所も遠目から見ることができた。



 映画自体はところどころしか覚えていないが、途中でお腹が痛くなり、トイレに行くため中座したことは忘れられない。何とも情けない話である。
 安定の万座毛。



 海がキレイな残波岬。



 そして美ら海水族館へ。



 何でこんなに混んでいるのかと不思議に思っていたら、15時の食事タイムが近いせいだった。混雑する場所は得意じゃないが、せっかくの機会なので見ることにする。
「ジンベエザメは食事のときに体を縦にするんですよ~」
 朗らかなアナウンスに「へー」と納得した。



 本部(もとぶ)まで行けば伊江島が見える。



 エメラルドの海、白い砂。
 強い陽、高い気温。
 沖縄の魅力は南国らしさにあるようだ。教員にも一定数の沖縄フリークがいる。年に一度は沖縄に行き、日焼けして帰ってくるそうだ。おそらく、今回参加した200人の生徒の中にも、沖縄へのリピーターが生まれるであろう。ここには、それだけの磁力がある。
 あわただしい毎日を忘れ、非日常を楽しんだ、忘れがたい修学旅行となった。
 お久しぶりです、沖縄さん。
 また行くからね、沖縄さん。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

お久しぶりです、沖縄さん(1)

2024年10月13日 21時30分31秒 | エッセイ
 沖縄に行った。2015年以来だから、実に9年ぶりだ。
 プライベートではなく、修学旅行引率という仕事でだったが、久しぶりの遠出はいい。
 だいたい、どの学校も、那覇到着の日に平和学習をする。各施設が南部に集中していることに加えて、初日に重い内容に取り組ませ、後半は沖縄の魅力を理解し明るい気分で終わりたいからであろう。
 まずは沖縄平和祈念資料館へ。



 沖縄の人たちは米軍だけでなく、内地から来た日本兵からも危害を加えられ、本当にひどい戦いだったと理解しないといけない。
 ガマやひめゆりの塔にも足を運んだ。



 生徒たちは、同じ年頃の少女たちが戦争に駆り出され、無残に亡くなった事実に言葉を失っていた。そういう歴史があったことを忘れないでほしい。
 翌日は遠くから米軍基地を見て、基地問題を考える行程が組み込まれていた。
 道の駅から見える嘉手納基地は空軍の基地で、戦闘機や輸送機が多いという。



 住宅に隣接した普天間基地も見た。こちらは海兵隊の基地で、オスプレイが4機並んでいるとのことだった。



 左上のがそうかな?
 どちらの基地も騒音がひどく、落下物などで危険と隣り合わせである。移設を望む声がある一方で、基地から収益を得ている者は「このままでいい」との発言をするようで、単純な問題ではないという。
「うーむ」
 首里城公園にも行った。



 5年前に火事で正殿が消失して以来、再建に取り組み、2026年に完成予定との報を聞いた。
 あの美しい城にお目にかかれる日が近づいているとは、うれしい限りだ。
 復興中の建物の上に、奇妙な形の雲がモクモクと盛り上がっていた。



 ここまで来たら、国際通りもセットになっている。
 まずは沖縄料理に舌鼓を打つ。



 ゴーヤチャンプルーもジューシー(炊き込みご飯)もイケた。宿ではコストの関係で沖縄料理が出ないから、こういう場面で食べなくては。
 お菓子御殿松尾店の2階にはカフェもあり、紅いもタルトの入ったパフェがいただける。



 これは美味しいし、見た目も端正で南国らしく、大いに勧めたい!
「そうだ、食べるだけじゃなくて、おみやげも買わないと」
 食後はブラブラと歩き、お菓子や衣類を買い求める。
「なにこれ、面白~い!」



 シーサーの絵柄が入ったパックも迷わず購入する。ユーモアがあり、かつ実用的なよいみやげといえそうだ。
「あれ、ここにもガンダムが」



 全然関連はなさそうだが、沖縄にもガノタがいることに安心した。
 そして、矢吹ジョーらしき男も……。



 仕事とはいえ、自由時間は楽しまないとね。
 この日の那覇は最高気温が32度。せっかく東京の猛暑が終わったのに、また汗をかく破目になるとは。でも南国の解放感は大きな魅力である。他校の修学旅行生や外国人旅行客に混じり、私も沖縄を謳歌した。
 次回は北部に向けての見どころをご紹介します。

エッセイ・随筆ランキング
    ↑
クリックしてくださるとウレシイです♪

※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする