先日、2年前に卒業した教え子から電話があり、「来年、教育実習に行きたいのですが」という申し込みを受けた。
教育実習は母校で行うことが多い。実習生の指導に時間を割かれるため、何の縁もない学校では、手間暇がかかるから迷惑と敬遠されるのだ。
だが、母校だと実習生側に甘えが出て、本人のためにならないとも言われる。
かくいう私もそうだった。
昭和の終わり頃、大学4年生になった私は、埼玉県にある母校まで教育実習に通った。同じクラスだった友人が2人、隣のクラスだった友人が1人、加えて男子が2人いたから、合計6人もの卒業生集団である。
東京都では、原則として自動車通勤を認めていないが、さいたま市にある母校では敷地内に30台ほどの駐車スペースがあり、半数近くの教員が車で通っていた。そういう事情を背景に、実習生の男子は2人とも車に乗ってきた。今では、とうてい考えられない事態である。
私の指導教員は、元担任が引き受けてくれた。さすがに、タメ口をきくわけにはいかないが、緊張感はゼロに近い。馴染みのある先生ばかりに囲まれて、6人全員がのびのびというより、ダラダラに近い態度で実習をしていた。
異動してきたばかりの教頭は、そんな卒業生を許せなかったようだ。職員室の一角に与えられたスペースで、実習生同士の話に花が咲くと、「君たち、声が高いよッ!」と青筋を立てて叱りつける。そのときは、「ケツの穴の小さいヤツめ」と心の中で罵ったけれども、今にして思えば、彼の立場はよくわかる。
2週間の実習の終盤に、研究授業をする。前日、学習指導案を作り、記名・押印するというのに、私は印鑑を家に忘れてきた。気合いが入っていない証拠だ。たまたま、3学年に妹が在籍していたので、印鑑を借りようと思って呼んだ。
しかし、妹は私以上に気合いが入っていなかった。
「印鑑? 残念ねぇ。今日は持ってきてないよ」
「マジ? あてにしていたのに~」
「しょうがないじゃん、ないものはないんだよ。あっ、チャイムが鳴っちゃった。職員室に呼ばれて遅くなったって言えばいいや。そのコーヒー、ちょっとちょうだいよ」
「……」
粘る妹を追い出し、授業に行かせたあと、私は途方に暮れた。珍しい苗字なので、その辺で売っている見込みはない。元担任に相談したら、車を出すから取りに行きなさいと言われた。本当に、どうしようもない実習生だったと反省する。
男子2人は、もっとひどかった。研究授業が終わったあと、近くのファミレスまで食べに行き、ビールも飲んできたらしい。まだ日が高いというのに、赤い顔で戻ってきたのだから、さすがの私も「やりすぎだ」と呆れた。
もっとも彼らは、「教員免許状は欲しいけれども、民間企業に就職する」と言っていたので、本気度が低かったのだろうが。
「来年の実習生は、笹木先生のクラスだった子なんですか?」
会議の席で、隣の教員が小声で話しかけてきた。
「はい、そうです」
「じゃあ、決まりじゃないですか。指導教員ですよ」
「いやぁ、どうでしょう」
「でも、元担任だと甘やかしちゃうから、厳しくやらないとダメですよ」
「ははは……」
私は苦笑いするしかなかった。
絶対無理だ……。
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※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
※ 娘のミキがアメブロに引っ越しました。
暇つぶしに見てやってください。(こちらから)
教育実習は母校で行うことが多い。実習生の指導に時間を割かれるため、何の縁もない学校では、手間暇がかかるから迷惑と敬遠されるのだ。
だが、母校だと実習生側に甘えが出て、本人のためにならないとも言われる。
かくいう私もそうだった。
昭和の終わり頃、大学4年生になった私は、埼玉県にある母校まで教育実習に通った。同じクラスだった友人が2人、隣のクラスだった友人が1人、加えて男子が2人いたから、合計6人もの卒業生集団である。
東京都では、原則として自動車通勤を認めていないが、さいたま市にある母校では敷地内に30台ほどの駐車スペースがあり、半数近くの教員が車で通っていた。そういう事情を背景に、実習生の男子は2人とも車に乗ってきた。今では、とうてい考えられない事態である。
私の指導教員は、元担任が引き受けてくれた。さすがに、タメ口をきくわけにはいかないが、緊張感はゼロに近い。馴染みのある先生ばかりに囲まれて、6人全員がのびのびというより、ダラダラに近い態度で実習をしていた。
異動してきたばかりの教頭は、そんな卒業生を許せなかったようだ。職員室の一角に与えられたスペースで、実習生同士の話に花が咲くと、「君たち、声が高いよッ!」と青筋を立てて叱りつける。そのときは、「ケツの穴の小さいヤツめ」と心の中で罵ったけれども、今にして思えば、彼の立場はよくわかる。
2週間の実習の終盤に、研究授業をする。前日、学習指導案を作り、記名・押印するというのに、私は印鑑を家に忘れてきた。気合いが入っていない証拠だ。たまたま、3学年に妹が在籍していたので、印鑑を借りようと思って呼んだ。
しかし、妹は私以上に気合いが入っていなかった。
「印鑑? 残念ねぇ。今日は持ってきてないよ」
「マジ? あてにしていたのに~」
「しょうがないじゃん、ないものはないんだよ。あっ、チャイムが鳴っちゃった。職員室に呼ばれて遅くなったって言えばいいや。そのコーヒー、ちょっとちょうだいよ」
「……」
粘る妹を追い出し、授業に行かせたあと、私は途方に暮れた。珍しい苗字なので、その辺で売っている見込みはない。元担任に相談したら、車を出すから取りに行きなさいと言われた。本当に、どうしようもない実習生だったと反省する。
男子2人は、もっとひどかった。研究授業が終わったあと、近くのファミレスまで食べに行き、ビールも飲んできたらしい。まだ日が高いというのに、赤い顔で戻ってきたのだから、さすがの私も「やりすぎだ」と呆れた。
もっとも彼らは、「教員免許状は欲しいけれども、民間企業に就職する」と言っていたので、本気度が低かったのだろうが。
「来年の実習生は、笹木先生のクラスだった子なんですか?」
会議の席で、隣の教員が小声で話しかけてきた。
「はい、そうです」
「じゃあ、決まりじゃないですか。指導教員ですよ」
「いやぁ、どうでしょう」
「でも、元担任だと甘やかしちゃうから、厳しくやらないとダメですよ」
「ははは……」
私は苦笑いするしかなかった。
絶対無理だ……。
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