これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

ピスタチオにかくれんぼ

2010年08月29日 20時16分56秒 | エッセイ
 私は片付けが苦手だ。
 しかし、散らかった部屋は嫌いなので、邪魔なものはすべて隅っこに追いやっている。その結果、すくすくと邪魔者の山が育ち、大きくなってくる。
 今日は、ついにこの山を切り崩さねばと決心した。
 冬の小物は所定の場所へ、腰のベルトは屋根裏収納庫、帽子は押入れ、サンバイザーも押入れへ……。
 着々と片づけが進んでいく。最初から山にせず、その都度こうやって収納していけば楽なのに、どうしてやる気にならないのだろう。自分のものぐさ加減に呆れる。
 下のほうには、旅行のおみやげが埋まっていた。
 まず、姉が台湾に行ったとき、買ってきてくれたものが出てきた。



 この、干からびたニンニクのようなものをお湯や水に入れると、お花に変身するのだ。



 東方美人茶である。パッケージの写真は、もっと鮮やかな黄色なのに、この花は茶色だ。もっと新鮮なうちに飲めばよかった。味もなかなかだ。

 次に、母がトルコに行ったとき、もらった袋が出てきた。
「ピスタチオが入っているからね」と言われたので、実は開けてもいない。私にとって、ピスタチオは好物ではない。きちんと礼は言ったが、心の中では「いらねー」を連発する。すぐに捨てるのも悪いから、しばらく置いてから捨てようと考えていた。
 かれこれ5カ月も経っている。そろそろ処分する頃合だろうと袋を開けてみると、出てきたのはピスタチオではなく、細長い小さな箱だった。側面には「カッパドキア」という文字が躍り、てっぺんのラベルには控えめに「ワイン」と書かれている。私は目を剥いた。

 なんですって!!

 ピスタチオは不用品だが、ワインは必需品である。ドキドキしながら箱を開けてみると、カッパドキアの不可思議な瓶が現れた。これはユニークだ!
 さらに、ワインの隣にはトルコ産とおぼしきビールもあり、まるで宝を掘り当てたような幸福感を感じた。



 まったく人が悪い。一言、「ワインとビールも入っているよ」と教えてくれればいいのに、何も言わないのだから。
 でも、娘の好きなものを買ってくる親心に、胸がほんわかしてくる。年寄りにとっては、重くて大変だったろう。いくつになっても、お母さんはありがたい存在なのだ。

 うれしくて、母に感謝の気持ちを伝えたくなった。でも、何といえば言いのだろう……。
「もらったピスタチオを捨てようとして袋を開けたら、ワインとビールを見つけたよ。どうもありがとう」では角が立ちまくりである。
 結局、「この前もらったトルコビールを飲んでみたの。マイルドで、すごく美味しかった。カッパドキアのワインは、もったいなくて飲んでないよ。いいものくれてありがとね」にした。電話ではボロが出そうだ。メールでさりげなさを装い送信する。
 間もなく、母から返信がきた。やけに短い文だ。
「気に入ってもらえてよかった」

 ん? 見抜かれている!?




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女か虎か?

2010年08月26日 20時33分47秒 | エッセイ
 私が通っているエッセイ教室では、年に2回食事会がある。食事会のたびに、文章に関連した催し物を企画してくれるメンバーがいるので、とても楽しい。
「本日の趣向はこれです」
 知美さんが、テーブルに資料を配り始めた。
「リドルストーリー ~結末なき物語~ その1:F・R・ストックトン『女か虎か?』」
 リドルストーリーとは、物語の結末をわざと伏せて読者の想像にまかせる小説のことをいう。ストックトンのこの話は、100年以上前にアメリカで発表されたものだが、史上、最も有名なリドルストーリーとされている。

 昔々、ある国に野蛮な王様がいた。王様は壮大な円型闘技場を作った。命令に違反した容疑者はそこへ引き出される。闘技場の一方の端には、二つのドアがあり、容疑者はそのどちらかの扉を開けなければならない。
 一方の扉の奥には、その国でもっとも狂暴なトラが潜んでおり、もう一方の扉の奥にはその国で最も美しい娘が隠れている。虎の扉を開けた容疑者は、たちまちズタズタに引き裂かれ骨になってしまう。 美女の扉を開けたものは、その瞬間に許されて彼女を花嫁に迎えることになる。
 それが王様のユニークな裁判のやり方だった。
 王様には目に入れても痛くないほど溺愛している一人娘がいた。 彼女は身分の卑しい若者と恋に落ち、二人は王様の目を盗んで密会を重ねていたが、とうとうバレてしまい、若者は闘技場に引き出されることになった。
 そして、裁判の当日、闘技場は超満員となった。
 観客はもちろん誰一人として、どちらの扉の奥に虎が潜んでいるのか知らされていない。
 しかし、王女はそれを知っていた。彼女は半狂乱になって、その秘密を手に入れたのである。王女は恐ろしい虎と美しい娘の両方を前もって見ることが出来た。あの残忍そうな飢えた虎が、愛する若者を頭から噛み砕く光景を想像すると王女は失神しそうになる。
 しかし一方、あの自分よりはるかに美しい娘が若者と一緒になることを想像すると嫉妬で気が狂いそうになる。血の激しさを父親から受け継いだ王女は、手に入れた秘密を若者に教えてやるべきかどうか、迷いに迷った。そして、ついに決断した。
 闘技場に引きずり出された若者が、燃えるような目を自分に向けたとき、王女は密かな手の動きでその秘密を若者に伝えたのだった。
 王女が若者に教えたのははたして美しい娘の隠れている扉だったのだろうか。
 それとも、凶暴な虎の潜んでいる扉だったのだろうか。

「うーん……」
 エッセイ教室の熟女たちは、誰もが悩みはじめた。これは、究極の選択だ。
 私はストックトンに注文をつけたい。虎は凶暴なだけでなく、3日間の絶食で空腹にさせておくべきだと。
「やっぱり、虎じゃないの? 他の女に取られるくらいなら、殺してしまえと思うわよね」
「私だったら女だけど、王女だったら虎かしら」
 このような意見が多かった気がする。何しろ、気性の激しい王女なのだから。
 私の意見はこうだ。
「とりあえず、美女がいるほうの扉を教えて、あとから美女を殺しに行くんですよ」
「……まあ、そういう手もあるわね」

 ネットを見ると、「読者の『女か虎か?』考」というサイトがあり、自分では決して思いつかない、多様な結末が投稿されている。こちらから、ご覧になってはいかがだろうか。
 私が一番気に入ったのは、この結末である。
 
 王女は虎の扉を指差した。「他の娘に取られるくらいなら、私の手で殺してやるわ」と思ったからだ。
 しかし、若者に王女の気持ちは伝わらなかった。彼は、「王女は私を助けようとしてくれるに違いない。きっと、女がいる扉を指差しているのだ。でも、女と結婚して王女を忘れないといけないくらいなら、虎に食われて死んでしまおう」と考えた。
 若者が、反対側の扉を開けたところ、そこにいたのは美女だった……。
 チャンチャン。
 ドロドロした題材を、喜劇に変えて終わらせるところがいい。

「皆さん、これが模範解答といわれている結末でーす!」
 知美さんが、別の資料を配り始めた。アメリカの作家、ジャック・モフェットが考えた「好解答」がこれである。

 王女の目配せによって若者がドアを開けるや、虎が牙をむいて襲いかかってくるが、次の瞬間、若者はもう一つのドアも開け、その二つの扉と扉の狭い空間に体を隠して、女を虎の餌食にしてしまう。

「えーっ、ずるい!!」
「反則じゃない!?」
「裁判やり直しよね」
 熟女たちには甚だ不評であったが、そういう選択肢もあるのだ。
 もし、名解答・珍解答が思いついた方は、ぜひこちらに投稿を!
 頭の体操によさそうだ。




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ブリヂストンびずちゅかん

2010年08月22日 20時51分42秒 | エッセイ
 エッセイ教室の先輩、芳子さんと知美さんから「ブリヂストン美術館に行かない?」と誘われた。
 美術は好きだが詳しくない。芳子さんは水彩絵の具を使って、花の絵などを描くという。知美さんは、地元の美術館でボランティアをした経験があり、専門知識が豊富だ。
 ひとまず、パソコンを使って場所の検索をした。最寄駅は京橋か日本橋という一等地である。
「お母さん、これどこの地図?」
「それはね、ブリヂストンびずちゅかん……じゃなかった、美術館の地図よ」
 一方、私は美術だか、びずちゅだか、わからないレベルである。でも、世間で認められた人たちの、渾身の作品に詰まった想いはわかる。見ていると、心が豊かになってきて好きだ。難しいことはわからなくても、自分が満足すればそれでいいのだ。
 11時に美術館で待ち合わせをした。



 看板が見えると、おのぼりさんの私でもひと安心だ。



 ちょうど、ヘンリー・ムアというアーティストのテーマ展示をしているようだった。
「ここはね、作家の辻仁成くんが、『都心で一番好きな美術館』って言ってるのよ」
 言いだしっぺの知美さんが、美術館の解説をする。「辻くん」呼ばわりするところが素敵だ。
 だが、すぐに「辻くん」の気持ちが理解できた。とても静かで品があり、落ち着いた場所なのだから。
 このところ、娘に付き合って、ガキがうようよしている恐竜展や哺乳類展に行ってきた私にとって、心のクリーニングができるような気がした。
「ここは、熟年夫婦向きなんじゃないでしょうか」
 仲睦まじくエレベーターに乗り込む夫婦を見て、私が言うと、知美さんが一拍置いて返した。
「そうね……。熟年夫婦に、熟年のわけありカップルとか」
 
 まずは、ロダンの「考える人」がお出迎えする。この複製は、世界でも20数箇所の美術館にしかないそうだ。もうちょっと大きければいいのに、と思った。
 著名な作家・彫刻家の作品が多いせいか、何人もの警備員を見かけた。平日の昼間とあって、客は両手に余る程度しかいない。もしかして、警備員のほうが多かったかもしれない。
 制服を着て、いかつい顔をした警備員が立っていると、どうにも居心地が悪い。しかし、警備員が常駐している部屋と、巡回している部屋とがあることに気づいた。高額の美術品がある部屋には常駐して、そうじゃない部屋は巡回程度なのではないか。

 私が気に入った作品は、アンリ・ルソーの「イブリー河岸」である。明るく夢のある景色が好きで、ポストカードを購入した。



 ゴッホの「モンマルトルの風車」もいい。こちらは、紅茶になっていたのでお土産にした。



 それから、白髪(しらが)一雄の「観音普陀落浄土」だ。この画家は、見たことも聞いたこともなかったのだが、抽象的に見えて緻密な計算の元に描かれた作品に、鬼気迫るものを感じた。手元に置いて、何度も鑑賞したくなる。
 こちらもポストカードを買った。



 それからそれから。この美術館最大の目玉なのだろうか。ルノワールの「すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢」の缶を買った。中には飴が入っている。
 飴がなくなったら、何か他のものを入れて使いたい。でも、何を入れればいいか、思いつかない。



 1時間ほどで優雅な鑑賞は終わった。
 他のエッセイ仲間と合流し、食事をしたあとは家路につく。
 お土産をバッグから出したら、娘が近寄ってきた。
「何買ってきたの?」
「紅茶と飴とポストカードよ」
「えっ、これ、飴が入ってるの? 蚊取り線香かと思った」
「…………」
 あら、蚊取り線香ですか。
 親子して、びずちゅかんなのだと苦笑する。
 使えないことはないかもしれないが、女性を美しく描くことに長けたルノワールがショックを受け、化けて出るかもしれないな……。

*追記*
 空っぽになった飴の缶は、今では輪ゴム入れと化しています。
 ルノワール殿、ごめんなさいまし……。






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三匹のグラス

2010年08月19日 20時42分16秒 | エッセイ
 夏休みを利用して、いただきものの食器やグラス類を整理した。
 ちょうど、シンプルなワイングラスに飽きてきた頃だ。おニューのグラスをおろして、心機一転を図りたい。
 グラスは3種類見つかったが、食器棚には1個分の空きスペースしかない。



 右の大きなグラスは、シャンパン向きだが、シンプルな魅力がある。
 中央の中くらいのグラスは、たっぷりの量が入りそうだ。
 左の小さなグラスは、切り子細工が施されていてオシャレだ。
 さて、どれにしよう。

 童話の『三匹のくま』では、女の子が留守中のくまの家に入り込み、小さな皿のスープを選んで飲む。大きな皿と中くらいの皿のスープは、まだ熱かったからだ。椅子も、大と中はスルーして、ちいサイズを選択し壊してしまう。そして、小さなベッドに潜り込み、ふがふがと寝てしまう。
 私も女の子になった気分で、大きなグラス、中くらいのグラス、小さなグラスのどれかを選んでみたい。

 まずは、大きなグラスを手に取る。
 これは、大学で仲良しだった男友達が、結婚祝いにわざわざ岡山から送ってくれたものだ。
 私をイメージしたからこそ、スリムなグラスになったに違いない。まったく、好きなら好きって言えばいいのに……。
 妄想に支配され、あっさり「これにしよっ」と決める。
 だが、問題があった。
 グラスが長すぎて、食器棚に収納できないのだ。これは想定外である。
 却下!!

 次に、中くらいのグラス。
 重くてゴツゴツしており、まるで夫のようだ。
 たしか、これは結婚式場でもらった記念品である。上部に彫られた鐘のマークがダサい……。
 却下!!

 残るは小さなグラスだ。
 おそらく、これも、誰かが結婚祝いにくれたものだろう。
 でも、その誰かが思い出せない……。
 こんなことを公にすると、「アタシがあげたのに、ひどいっ!」とお叱りを受けそうで怖い。
 だが、思った通りグラスは、予定の場所にスッポリ収まった。
 よしよし。
 かくして、私も『三匹のくま』に登場する女の子のように、小さなグラスを選ぶ結果となった。

 このグラスに注ぐのは、透明ワインだ。
 赤や白、ロゼでもなく、クリスタルなこのワイン、別名を水という。



 ただいま、禁酒中でございます。




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糖質制限ダイエット

2010年08月15日 20時16分15秒 | エッセイ
 お盆に合わせて夏休みを取った。
 仕事に行かずにすむことはうれしいが、動かないと太る。しかし、今年は強~い味方があるから大丈夫なのだ。
 先日読んだ、京都の名医・江部康二氏の『やせる食べ方』という本は効く。



 この本には、炭水化物を中心とした糖質を除去することで、肥満ホルモンを抑制しやせる、糖質制限ダイエットの方法が紹介されている。ご飯やパン、麺類はもちろんのこと、芋類、かぼちゃ、ニンジン、果物なども控えるようにする。糖質の多い調味料などにも気をつければ、労せずやせることができるのだ。
 ダイエットは私の趣味のひとつなので、今までいろいろな方法を試してきた。その中でも、これはピカイチだと思う。即効性、安全性、持続性など、あらゆる点で優れている上、効果が高い。
 しかし、ご飯やパンが大好きという人にとっては辛いだろう。加えて、ビールや日本酒などの嗜好品も、糖質を多く含んでいるため我慢しなければならない。これを理由に挫折する人も多そうだ。
 好物のために体型を捨てるか、体型のために好物を捨てるか、といったところか。

 かくいう私も、炊きたてホカホカのご飯は好きだ。
 仕事がない日は、私が食事を作る。炊飯器のチャイムに呼ばれてフタを開けると、雲のように白い蒸気が噴き出し、艶やかな米粒が勢揃いして顔を見せる。

 うーん、美味しそう……。

 でも、私がもらえるのは匂いだけだ。「自分で炊いたのに、食べられないってどうよ!?」と疑問を感じつつ、家族の茶碗にご飯をよそう。私の茶碗は失業中だ……。
 湯気が立つアツアツのご飯に、ちょこんと載った明太子が目に入る。ご飯の粘りと明太子のつぶつぶが混じり合い、ほどよい辛さが口の中によみがえる。
 しかし、我慢、我慢なのだ。
 昨日は、もっと悲しいことがあった。
「砂希さん、筍ご飯を作ってみたの。食べない?」
 義母が腕をふるって、お手製の筍ご飯をこしらえたという。私は白米が好きだし、炊き込みご飯はもっと好きだ。筍ご飯なんぞ、年に数えるくらいしか食べられない。
「ハイッ♪」とおひつごといただいた。



 でもでも、私が口をつけたのは、ほんのちょっとである。やや薄味で歯応えの残った筍が、自己紹介をはじめたところで、お別れの時間となった。
「お母さん、もういいの? じゃあ、残りは全部ミキがもらうわぁ」
 ひったくられるように、娘におひつを奪われた。

 本当はもっと食べたかったよーーーっ!

 この心の叫びは、決して口に出せない……。
 愚かなことをしているのだろうかという迷いは、体重計に乗ったとき、いともたやすく消える。我慢した分、体重も体脂肪も減っているからだ。
 つまり、ダイエットは体重をコントロールするものではなく、自分自身をコントロールしていくものなのだ。成功すると、自分に自信がつく。
 がぜん強気になり、勢いよく仁王立ちになる。
 
 最後に笑うのは私よっ!!
 なんつって☆




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さよなら、ベンケイちゃん

2010年08月12日 21時00分17秒 | エッセイ
 昨年7月に拉致、いや、採集してきたクロベンケイガニを、本羽田干潟に返すことにした。



「由里子ちゃん主演の『美丘』見てたらさ、自由にしてあげないと可哀想だってわかった」
 絶対返さないと主張していた娘も、テレビドラマの影響で、放す気になったらしい。このチャンスを逃す手はないだろう。
 実に、13カ月もの間、クロベンケイガニは我が家にいたわけだが、興味深い生態がわかって面白かった。脱皮すること、ハサミでエサをつまんで食べること、ハサミは再生されること、穴を掘ることなどだ。元気なうちに、生まれ育った場所に戻してやらねば。
 電車で1時間ちょっと、京浜急行線の大鳥居駅から徒歩10分ほどの場所に、ベンケイちゃんのいた干潟がある。その日、東京の干潮は、12:29であった。干潮時刻の前後2時間以内であれば、干潟に立ち入ることができる。私と娘はベンケイちゃんを連れて、正午過ぎに干潟に着いた。
 思ったとおり、見渡す限りの干潟である。素晴らしい!



 しかし、ゴミの多さには閉口するばかりだ。まったく、なげかわしい。



 風が強くて日傘は差せない。日差しは強いが、干潟は涼しい場所であった。
 ベンケイちゃんをつかまえたところに行き、ケースから出してやったが、長旅で疲れたせいか、はたまた警戒しているためか、固まったまま動かない。



「干潟の他のカニを見に行こう」
「うん、そうしよう」
 ベンケイちゃんは置いておいて、私と娘は干潟の中ほどまで歩いていった。ここにはおびただしい数のカニがいて、楽しそうに生活している。人の足音に反応し、すばやく巣穴に潜っても、しばらくすればひょっこり足元に出てくる。



 とりわけ、私が好きなのは、カニのダンスだ。ヤマトオサガニなどが、ハサミを合わせて拍手するように動かす仕草が可愛い。あっちでもこっちでも、こぞってダンスを競っているように見える。



「面白かったね。ベンケイちゃんの様子を見てみようか」
 私は娘に声をかけ、ベンケイちゃんを放した場所に戻った。
「あっ!」
 そこには、クロベンケイガニが10匹近く集まっていて、どれがウチのベンケイちゃんなのかわからない。大中小と、さまざまな大きさのクロベンケイガニが姿を見せていた。だが、人の気配を察し、一斉にガササササッと藪の中に逃げこんでしまった。
「ベンケイちゃん、馴染めたみたいだね」
 娘が安心したようにつぶやく。
「そうだね」
 さっきまで、固まっていた様子が嘘のようだ。広い場所で思い切り駆け回っているに違いない。

 さよなら、ベンケイちゃん!
 元気でね。



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便利なレッグウォーマー

2010年08月08日 20時23分16秒 | エッセイ
 夏でもレッグウォーマーが手放せない。冷房で足が冷えてしまい、寒いのだ。同僚からは「そんなもの履いて」という目で見られるが、私にとっては必需品である。いや、夏だからこそ、必要なのかもしれない。

 先日、たまには文化的な催しに出掛けようと、娘とチケットガイドを見ていた。
「ウイーン・コンチェルト・クラシック・オーケストラの演奏を聴きたい」と娘が言うので、チケットを購入することにしたのだが、そう簡単ではなかった。



 午前10時、キョードー東京チケットセンターに電話をかける。チケットぴあも同じだが、話し中の音が虚しく響き、なかなかつながらない。えらく根気のいる作業だ。
 
 もうちょっと経ってからかけよう……。

 たちまち弱気になり、すごすごとデスクに引き返してきた。お昼くらいになれば、いくらなんでも大丈夫だろう。
 ところが、仕事でトラブルが起こり、チケットどころではなくなった。すっかり忘れてしまい、再び思い出したのは午後3時を回ってからである。

 しまったぁ~!

 同僚に遠慮し、慌てて廊下から電話をかけた。西日がやや気になるが、長時間いるわけではない。さっさと終わらせ、部屋に戻るつもりでいた。
 さすがに、その時間になれば、「ツーツーツー」ではなく、「トゥルルル、トゥルルル」となる。数回のコール音ののち、オペレーターの明るい声が聞こえてきた。
「あの、チケットをお願いしたいのですが」
 クラシックのチケットは、あまり需要がないのかもしれない。演目を申し出てから、かなり待たされた。西日が、ジリジリと腕に降りそそぐ。
 ふと足元を見ると、黒い小さな虫がフワフワとこちらに向かっている。

 蚊だ!

 廊下の窓が全開になっており、外には植え込みがある。どうやら場所が悪かったらしい。しかし、ここにはロッカーがあり、上でメモが取れるから便利なのだ。ウロウロしながら、やり過ごそうとした。
「大変お待たせいたしました。こちら何枚でしょうか」
 ようやくオペレーターが応答した。「待ってました」と私はせき込んでしゃべる。
「S席2枚でお願いします」
「大変申し訳ございません。S席が1枚しか残っていませんので、A席2枚のご案内となりますが、よろしいでしょうか」
 
 ギャッ!! やはり遅かったか!

「……じゃあ、A席でお願いします」
「少々お待ち下さい」
 また待たされるのか。再度、足元を見ると、蚊は2匹に増えていた。「ひー」と心の中でで悲鳴を上げ、足を振って追い払おうと試みる。だが、今度の待ち時間は短かった。
「お待たせいたしました。お支払いの方法を説明いたしますので、メモの用意をお願いいたします」
 オペレーターは金額、振込先、振込期限などを読み上げる。私はペンで書き留めながら、チラリと気になる足元に視線を落とした。
 なんと、蚊は5~6匹に増えているではないか!
 頭の中で、「10人のインディアン」の替え歌ができあがる。

 1匹2匹3匹来ました♪
 4匹5匹6匹来ました♪

 でも、10匹も来てしまったら困るな、と青くなる。
「では、復唱いたしますので、再度ご確認をお願いします」
 状況を知らないオペレーターは、極めて事務的に話を進めていく。耳は彼女の声をとらえていたが、目は蚊に釘付けだ。頭の中は、チケットと蚊がごちゃ混ぜになり、混乱していた。
 蚊は、レッグウォーマーに阻まれて、私の血を吸えないらしい。近づいては離れ、離れては近づき、を繰り返すばかりだった。

 こんな使い方もあるんだな……。

 夏のレッグウォーマーは、冷房対策だけでなく、虫除けにもなる。履いててよかったと、心でVサインを出した。

 しかし。
 指示通り、振り込みをしたのに、まだチケットが届かない。
 聞き間違えたかな?

 (追記)8月12日、チケットが無事到着しました~! バンザイ!!




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春夏秋冬五七五

2010年08月05日 21時31分11秒 | エッセイ
 合同句集『なめがた』を読んだ。
 これは、茨城県行方(なめがた)市在住の俳人39名による、約2100もの俳句を刊行したものである。



 俳句はいい。わずか17字で、季節感あふれる情景が映像のように広がり、感嘆したり笑ったりと、心を動かされるのだ。
 ここでは、たくさんの句の中から、季節ごとのお気に入りを選んでみた。


 春
「ねぎぼうず教え子の顔畑いっぱい」  瀬尾清子さん

 この方も、教員だったのだろうか。
 ねぎぼうずを見ると、バリカンで刈り上げた、いがぐり頭の男子とダブるようである。
 こちらの勤務校で、坊主頭の生徒は野球部くらいだ。ねぎぼうずとはリンクしない。
 どちらかといえば、私はトウモロコシの毛に反応する……。


 夏
「裸婦像へ冷房直にあたりけり」  高野よしこさん

 うまい!
 クーラーの噴き出し口付近に、一糸まとわぬ裸婦の彫刻があるのだろう。「寒かろうに」と案ずる作者の温かさと、えもいわれぬ滑稽さが同居している句である。
 女は体を冷やしちゃいけないのだ!
  

 秋
「赤トンボ改札口を通り抜け」  石毛正子さん

 実にのどかな図が浮かぶ。都内のすし詰め電車ではなく、回りを緑に囲まれた、静かな駅なのだろう。スイーッと赤トンボが水平飛行をし、悠々と改札口を抜けてホームに向かう様子が描かれている。
 そのまま電車に乗り、どこか遠くの駅まで行ってはどうか。
 都会の電車に無賃乗車する虫は、せいぜい蛾か蚊だ。下手すれば、ダニやゴキブリかもしれない。赤トンボが乗ってくれたら、車内も和むのにな。
 かけ込み乗車にご注意ください。


 冬
「餅膨れ離ればなれとなる焦げ目」  高野よしこさん

 思わず唸る観察力である。
 オーブントースターの中の餅は、熱により膨らみながら、こんがり焦げてくる。地球儀にある、オーストラリアのような形に色づくこともある。しかし、風船のようにプーッと膨らむと、オーストラリアは裂けてしまうのだ。中から白くて軟らかな餅が飛び出して、焦げ目は離ればなれとなる。
 この餅は、野菜と鶏肉が入った、醤油ベースの雑煮に入れるのだろうか。それもいいが、私は断然、ゆであずきたっぷりのお汁粉にしたい。
 結局最後は、食べ物で終わるようで……。

※ 合同句集『なめがた』は市販されておりません。
  お求めになりたい方は、株式会社 さんゆう社印刷(0299-55-3535)までお問い合わせください。(1冊3000円)



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ヤマザキ・コレクション

2010年08月01日 20時47分38秒 | エッセイ
 先日、エッセイ教室の課題を提出した。お題は「集める」である。

「集める」といえば、ヤマザキ「春のパンまつり」よね……。

 山崎製パン株式会社では、春になるとパンの外袋に点数シールを貼り、一定点数を集めた客に皿をプレゼントしている。安いパンには0.5点とか1点などの点数が、高いパンには2点、3点といったシールがついてくる。このシールをはがして専用シートに集め、20点とか25点といった基準点に達すると、パンの販売店でお皿と交換してくれるのだ。
 このお皿がまた洒落ている。フランスのガラス食器メーカー、アルク・インターナショナル社(旧デュラン社)製の純白の皿で、シンプルな美しさがある。毎年、皿のデザインが変わり、飽きさせない工夫をしているようだ。
 1981年から始まったこのキャンペーン、今年で実に30年目というからすごい。過去30年のお皿をご覧になりたい方は、こちらからどうぞ。

 この時期は、パンの売り上げが大きく伸びるそうだ。山崎製パンの社員の方にお会いする機会があったので、あれこれ聞いてみた。
「春のパン祭りは、いいアイデアですね。売り上げ倍増なんじゃないですか」
「ええ、おかげさまで。春という時期がちょうどいいんですよ」
「春がですか?」
「はい。今みたいに暑い夏は、喉ごしのいいものが好まれますから、パンは売れないんです」
「そういえばそうですね」
「あとは、お皿が丈夫で割れにくい、という点も評価していただいているようです」
「ええ、ウチにも7種類ありますよ。全然割れません」
「ありがとうございます!」

 わが家にある、ヤマザキパンの「白いお皿」は、実家や義母からもらったものだ。母も義母も、せっせとパンを買い、お皿と交換しては私に譲ってくれた。
 使用頻度が高いのは、この4枚である。平皿と深型皿は重宝する。



 逆に、全然使わないのは、中途半端に深みのある3枚だ。



 どのお皿にも、裏面に同じマークがついている。



 母も義母も高齢となり、パンをさほど食べなくなったようで、お皿をもらうことはなくなった。では、自力で集めようと思ったが、夫も娘もご飯党だ。パンは滅多に食べない。一人で頑張ったところで、期限内に点数がお皿分までたまったためしがない。
「パンも、福引みたいになればいいのに」と私はしょげる。

 地元の駅ビルでは、年末の買い物金額によって、福引券と福引補助券が配られる。福引券は1枚で1回、福引補助券は10枚で1回福引ができる。娘と順番を待つ長い列に並んでいると、見知らぬ奥様が「よかったら使って」と福引補助券をくれたことがある。10枚にならない半端な数の補助券は、持っていても役に立たない。ゴミにするくらいなら、誰かにあげようと考えるのだろう。
 礼を言って受け取り、手持ちの半端券と合わせて1回多く福引ができたが、私も娘もくじ運がない。参加賞の駄菓子「うまい棒」が1個増えただけだった……。
 友人も、ドーナツ屋のスクラッチカードは、店内にいる親子連れにあげるという。
 主婦の合理的な知恵と行動力には、教わることが多い。

 パンの点数シールも、不要な人が欲しい人に譲ってくれるといいのだけれど、いかんせん、出会いの場がない。お皿のためには、自分で集めるしかないようだ。それが、パンの売り上げを後押ししているのかもしれない。

 もう10年以上、お皿をゲットしていないから、来年は頑張ってみようか……。
 いや、買ったほうが安いかもしれない!?




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 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
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コメント (18)
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