―2008年の世相を表す漢字は「変」―
過日のニュースに刺激され、私にとっての「今年の漢字」を考えてみた。
やはり、「作」だろうか。
4月に、以前から開設したいと熱望していたブログを立ち上げた。更新すると、面白いようにいろいろな人が読みに来る。
私は作品を読んでもらうのが大好きだ。しかも、誰かしらがコメントを書き込んでくれるので、あっという間にのめり込み、立派なブログ中毒患者となった。
8年前からエッセイ教室に通っているので、開設当初、手持ちのストックはたくさんあったが、週3回のペースで更新を続けていたら4カ月で在庫ゼロに。
あとは更新日に合わせて新しいエッセイを書かなければならない。家事に育児に仕事もあるからペースダウンして週2回の更新にし、睡眠時間4~5時間で書いては投稿、書いては投稿を繰り返してきた。
家内制手工業は体力勝負だ。大変だったけれどもやりがいがあるし、何よりも楽しかった。
7月末からはmixiを始めた。
ブログのアクセスアップにつながればと思ってのことだったが、ここでも友人ができるとこれまた夢中になる。自分のブログを書くよりも、ついつい友人の日記を読みに行くほうを優先する。何人かの日記にコメントを入れて回ると、はや1時間が過ぎていたなんてこともあった。
政治・経済に強い友人がいれば、小説を書く友人、映画や料理、読書、写真が得意という友人もいて、大いに刺激を受けた。今後もさらに交流を広げていきたいものだ。
家庭では夫が定年退職し、自宅で過ごすようになったので、彼の食事を作る機会が増えた。放っておくと、レトルト食品やコンビニ弁当ばかりで済ませようとするから、なるべく手料理のエサ、ではなく食事を準備しておく。平日は出勤前に自分の弁当と一緒に夫の昼食も作り、帰宅してからは夕食の支度をする。手間暇かかって大変だが、夫の健康管理ができるというメリットがある。
実のところ、最初に浮かんだ今年の漢字は「泣」だった。
本当によく泣いた年だった。もともと私は冷静で、血も涙もない人間と見られがちだ。感情はあるけれども極力表に出さないし、人前で涙を見せるなんてことは学生時代に卒業したと思っていた。
そうでないとわかったのは6月だ。このときは、つき合いの長かった友人との関係が壊れてしまい、一転して疎遠になった。
淋しかった。それまで交換したたくさんのメールを見たり、一緒に出かけた場所を思い出すたびに涙があふれた。
7月には、前の職場の同僚が急死した。いつも穏やかな笑顔をたたえ、誰にでも親切だった国語の先生。私のエッセイの読者でもあった彼女の突然の死が、ただただ悲しかった。お通夜では、私だけでなく参列者みんなが泣いた。
12月には13年ぶりに授かった赤ちゃんを流産した。手術前の飲食を禁止されているときにも涙が止まらず、「今泣いたら脱水症状になるのでは??」と心配しながら泣いた。
不幸の有無にかかわらず、映画を観てもすぐ涙するようになったし、小説を読んでも目が熱くなることが多くなった気がする。
勤務先の高校でも、仕事中に赤い目をしていたことがあったが、やさしい生徒に元気づけられた。つけまつ毛をして短いスカートをはいた女子生徒が「先生、これ美味しいから食べてみなよ」などとお菓子を渡してくるのだ。幼い発想に苦笑しながらも励まされた。
「泣」にしなかった理由は、以前にエッセイ仲間から教わった話を思い出したせいだ。
「涙もろくなるのは老化現象なのよ。感情のコントロールができなくなったからなの」
私自身はまだ若いつもりでいたけれども、年のせいだったのだろうか?
そんなの、絶対認めたくない!
ダメッ! 「泣」なんてボツよ、ボツ!!
来年は「勝」「叶」「美」「楽」あたりを目標にするんだからっ。
そんな経緯があり、今年の漢字は「作」となったわけだ。
一年間、応援していただきありがとうございました。
来年はさらにパワーアップできるように頑張ります!
ご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。
お気に召したら、クリックしてくださいませ♪
※姉妹ブログ 「いとをかし」 へは、こちらからどうぞ^^(12/26更新)
過日のニュースに刺激され、私にとっての「今年の漢字」を考えてみた。
やはり、「作」だろうか。
4月に、以前から開設したいと熱望していたブログを立ち上げた。更新すると、面白いようにいろいろな人が読みに来る。
私は作品を読んでもらうのが大好きだ。しかも、誰かしらがコメントを書き込んでくれるので、あっという間にのめり込み、立派なブログ中毒患者となった。
8年前からエッセイ教室に通っているので、開設当初、手持ちのストックはたくさんあったが、週3回のペースで更新を続けていたら4カ月で在庫ゼロに。
あとは更新日に合わせて新しいエッセイを書かなければならない。家事に育児に仕事もあるからペースダウンして週2回の更新にし、睡眠時間4~5時間で書いては投稿、書いては投稿を繰り返してきた。
家内制手工業は体力勝負だ。大変だったけれどもやりがいがあるし、何よりも楽しかった。
7月末からはmixiを始めた。
ブログのアクセスアップにつながればと思ってのことだったが、ここでも友人ができるとこれまた夢中になる。自分のブログを書くよりも、ついつい友人の日記を読みに行くほうを優先する。何人かの日記にコメントを入れて回ると、はや1時間が過ぎていたなんてこともあった。
政治・経済に強い友人がいれば、小説を書く友人、映画や料理、読書、写真が得意という友人もいて、大いに刺激を受けた。今後もさらに交流を広げていきたいものだ。
家庭では夫が定年退職し、自宅で過ごすようになったので、彼の食事を作る機会が増えた。放っておくと、レトルト食品やコンビニ弁当ばかりで済ませようとするから、なるべく手料理のエサ、ではなく食事を準備しておく。平日は出勤前に自分の弁当と一緒に夫の昼食も作り、帰宅してからは夕食の支度をする。手間暇かかって大変だが、夫の健康管理ができるというメリットがある。
実のところ、最初に浮かんだ今年の漢字は「泣」だった。
本当によく泣いた年だった。もともと私は冷静で、血も涙もない人間と見られがちだ。感情はあるけれども極力表に出さないし、人前で涙を見せるなんてことは学生時代に卒業したと思っていた。
そうでないとわかったのは6月だ。このときは、つき合いの長かった友人との関係が壊れてしまい、一転して疎遠になった。
淋しかった。それまで交換したたくさんのメールを見たり、一緒に出かけた場所を思い出すたびに涙があふれた。
7月には、前の職場の同僚が急死した。いつも穏やかな笑顔をたたえ、誰にでも親切だった国語の先生。私のエッセイの読者でもあった彼女の突然の死が、ただただ悲しかった。お通夜では、私だけでなく参列者みんなが泣いた。
12月には13年ぶりに授かった赤ちゃんを流産した。手術前の飲食を禁止されているときにも涙が止まらず、「今泣いたら脱水症状になるのでは??」と心配しながら泣いた。
不幸の有無にかかわらず、映画を観てもすぐ涙するようになったし、小説を読んでも目が熱くなることが多くなった気がする。
勤務先の高校でも、仕事中に赤い目をしていたことがあったが、やさしい生徒に元気づけられた。つけまつ毛をして短いスカートをはいた女子生徒が「先生、これ美味しいから食べてみなよ」などとお菓子を渡してくるのだ。幼い発想に苦笑しながらも励まされた。
「泣」にしなかった理由は、以前にエッセイ仲間から教わった話を思い出したせいだ。
「涙もろくなるのは老化現象なのよ。感情のコントロールができなくなったからなの」
私自身はまだ若いつもりでいたけれども、年のせいだったのだろうか?
そんなの、絶対認めたくない!
ダメッ! 「泣」なんてボツよ、ボツ!!
来年は「勝」「叶」「美」「楽」あたりを目標にするんだからっ。
そんな経緯があり、今年の漢字は「作」となったわけだ。
一年間、応援していただきありがとうございました。
来年はさらにパワーアップできるように頑張ります!
ご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。
お気に召したら、クリックしてくださいませ♪
※姉妹ブログ 「いとをかし」 へは、こちらからどうぞ^^(12/26更新)