これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

君はあぶら粘土

2011年12月29日 20時33分34秒 | エッセイ
 子供の頃、毎日のように母の肩を揉んでいた。
 肩ひもから、少々首に近づいたところを揉むよう頼まれるが、このあたりの肉は硬くて手が疲れる。
 たとえるならば、あぶら粘土というべきか。小学生のとき、図画工作の時間に、粘土で作品を作ったことがある。袋から出したばかりの粘土は、かなり硬くて、ほぐすのに一苦労だった。いったん軟らかくなれば、扱いが楽になる。しかし、寒い冬などにはまた硬くなり、「よいしょ、よいしょ」と力をこめなければならなかった。
 母の肩は、まさに、冬場のあぶら粘土。こねて柔らかくなる頃には、親指のつけ根がジンジンしてくる。まったく、子供泣かせの肩だった。

「お母さん、勉強したら肩がこった。揉んで」
 あれから30年あまり経ち、私も母となったが、肩こりに悩まされることは滅多にない。でも、中3の娘は、しばしば「肩が重い」だの「こった」と訴える。きっと、体質が違うのだろう。
「じゃあ、ここに座ってごらん」
 イスにかけた娘の肩に手を置くと、予想外に硬いので驚いた。

 こ、これは、あぶら粘土!!

 これぞ、隔世遺伝のなせる業。母の肩こり体質は、そのまま孫娘に受け継がれていたのだ。
 そして、私にはいつも、粘土をこねる役目が回ってくる。
「肩揉んでくれないと、勉強できないよ~」
 半ば脅迫めいた肩揉みの要請に、私もほとほと疲れ果てていた。
 そんなとき、JR東日本の通販カタログ、Train Shopを見ていたら、「ラ・クーノ」というマッサージ器が載っていた。



 これだぁ~!

 私は娘をつかまえて、一気にまくしたてた。
「ねえ、これ見て! 『本格的なたたき機能に大満足』だってよ。選べる4つの自動コースに、家族みんなで使えますって書いてある。クリスマスプレゼントに買ってあげるよ」
 ときは12月中旬、クリスマス商戦の真っ只中であった。
 しかし、娘は乗り気でない。
「え~、そんなのがプレゼント?」
「なに言ってんのよ。実用的でしょ」
「このイラスト、じいさん、ばあさんばっか」



「いいじゃん、別に。じゃあ電話するよ」
 かなり強引に、私は子機を取った。
「もしもし、注文お願いします」

 注文したのが遅かったので、クリスマスから2日遅れでマッサージ器が到着した。



 1.9kgと結構重い。早速、娘が説明書を読み、スイッチを入れた。
「うー、効くぅ! これすごくいいよ」
 大きな音とともに繰り出される、たたきのパワーが強いらしい。5分経つと、ピピーッと音がして、自動的にスイッチが切れる。
「あー、スッキリした! お母さんもやってみなよ」
 娘に促され、私も肩にかけてみる。
 スイッチをオンにすると、たたき玉がゆっくり動く出した。こりとは無縁の、骨ばった肩にはちと痛い。たたくリズムは一定ではなく、早くなったり遅くなったり、強弱をつけて繰り返される。ゴリゴリと押し付けられ、結構つらくなってきた。
 そのとき、バラバラバラと一層大きなモーター音がして、石つぶてのような激しいたたきが襲ってきた。
「痛い痛い痛~~い!」
 娘は、ゲラゲラと笑い転げていた。
 ひー。
 我こそはあぶら粘土と思われる方、もしくは、たたかれて喜ぶマゾの方に、おすすめの商品である……。

 2011年の更新は、これで終わりです。ご愛読ありがとうございました。
 来年も、ご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。
 よいお年を♪



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危ないプレゼント

2011年12月25日 21時12分18秒 | エッセイ
 今年のクリスマスは、イブが土曜日、当日が日曜日となっており、パーティーをするには都合がいい。
 新築したての妹宅に集まり、持ち寄りパーティーをすることになった。
 ワインは姉と母、ビールは妹、チキンは母、オードブルは私、ピザは妹、ケーキは姉というように分担を決める。
 さて、クリスマスのオードブルといえば、まずはスモークサーモンだろう。それから、キッシュも欲しいところだ。チーズにクラッカー、テリーヌ、温野菜も必需品だ。
 スーパーで、あれもこれもと買い漁ったが、冷静になって考えると、11人では到底食べきれない量になっている。足りないよりはいいけれど、限度があるので、いくつかは冷蔵庫に戻して家を出た。
「ポテトサラダを作ったんだけど、すごい量になっちゃった」
 姉もまた、多めに用意した口らしい。持ち寄りパーティーの長所は、会場となる家庭の準備が楽になることだ。しかし、全体を見渡せる人がいないため、量の調節ができないところが短所といえよう。

「キッシュが欲しいな」と義兄が、ひとりごとのようにつぶやいた。
 自家製ではなく、できているものを買ってきたのだが、なかなか好評だった。たまたま、別の用事で立ち歩いていた妹が、ボックスティッシュを持ってきた。
「はい」
 義兄は一瞬動きを止め、からかうように言った。
「それはティッシュ、僕が欲しいのはキッシュ」
 タイムリーな聞き間違いに、けたたましい笑い声が飛び交った。

 やがて、小五の甥が、部屋からおもちゃを持ってきた。
「ねえ、誰か、これできる人いない?」



 おおっ、これはこれは、ルービックキューブじゃないか!!

 中学生くらいのときだったろうか。大人も子どもも夢中になり、社会現象化した玩具である。
 これは、バラバラになった6面の色を、回転させながら元に戻すという立体パズルだ。姉と妹はさほど熱中しなかったが、私は寝食を忘れるほどのめり込み、飽きずにガチャガチャと夢中になって遊んだ。
「砂希はできるでしょ」
 母から手渡されたものの、もう30年くらい触れていない。やり方を思い出しながら、キューブを動かしてみた。
「横が合ってないよ」と義兄のチェックが入る。そうだ、側面の色も合わせなくてはいけなかった。こんな初歩的なことまで忘れている。とにかく、四隅の色さえ揃えば、あとは時間の問題なのだ。根気よく、キューブを回していればいつかはできる。
 童心に帰った私を見て、姉と妹が好き勝手なことを話している。
「子供とおんなじね」
「静かでいいわ。ワインも減らないし」
「毎回、与えておけばいいんじゃない」
「そうね、文句も言わなくなるわよ」
 しっかり聞こえているが、口を挟む手間が惜しい。知らん顔で、手を動かし続けた。
 当時、テレビに出てきた名人は、1分以内で6面全部を揃えることができた。ありえない早さだ。どんなに頑張っても、私はせいぜい15分だろう。
「ワイン、ついでおくね」
 姉がグラスに白ワインを注ぎ始めた。しかし、種類が違う。キューブで遊んでいるうちに、新しいワインを開けたようで、私のグラスはちゃんぽんになってしまった。
 まあよい。
 ようやく四隅が合う。あとは時間の問題だ。飲食を再開し、おしゃべりに加わりながら手を動かす。
「できた~!!」
「おお~!」
 


 この喜びは、できた者にしかわからない。時間をかければ誰にでもできるはずだが、「そこまでしなくても」と思ったら最後、決して味わうことができないのだ。
「できたの?」
 甥にキューブを渡すと、うれしそうな顔をするどころか、ガッカリしたような顔になった。
 なんなんだ!?
 
 食事のあとは、後片付けだ。予想通り、お料理はかなり残ってしまった。次回は、量を減らさなければならない。
「ケーキにしようか」
 今年のクリスマスケーキは、池袋のホテルメトロポリタンで調達したという。





 スポンジがしっとりしていて、なかなか美味だった。もうちょっと、甘さ控えめでもいいと思う。
 ケーキのときにはプレゼントが登場し、子どもたちに手渡される。今年、甥と姪に用意したものは、ゲームソフトだった。
「さっきのルービックキューブは、昨日、子ども会からのプレゼントでもらったのよ」
 妹が裏話を披露する。なるほど、それで持っていたわけか。
 もし、娘がもらってきたら、私が遊んでしまいそうで怖い。家事や育児を放り出して、朝から晩まで夢中になっているかもしれない。
 危険なプレゼントである。



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ピーターラビットな年末

2011年12月22日 21時46分21秒 | エッセイ
 先月、西武百貨店で買い物をしたら、「ピーターラビット展」の招待券をもらった。
 去りゆくウサギ年に思いをはせて、というわけではなく、日本語版出版40周年記念なのだそうな。
 今日は、たまたま時間があったので、「どうせタダだし」と覗きに行ってみた。

 ピーターラビットの作者は、ビアトリクス・ポターという女性である。
 子どものころから、あらゆる種類の小動物に興味を持ち、弟と鳥・こうもり・トカゲ・カエル・蛇などを飼っていたという。普通の女の子だったら、卒倒してしまいそうだ。それらを熱心にスケッチすることから、繊細で正確なタッチが生まれたのだろう。
 彼女の描く、柔らかな動物たちには、ノスタルジアをかき立てるものがある。自然を愛した絵本作家ならではの作品だ。
 1901年に、ポターが原稿を持って出版社を回ったとき、どこからも契約を結んでもらえなかった。結局、彼女は自費出版をしたのだが、翌1902年に、すべてに挿絵に色をつければ出版するという会社が登場する。この出版社の判断は正しい。ポターの作品は、淡い色が特徴である。原色などの強烈な色はなく、見る者を安心させる気がするのだ。
 絵本作家として、ポターが本格的に活動しはじめると、海外からも注目されるようになる。
 わが国では、1906(明治39)年に、日本農業雑誌に「お伽小説・悪戯な子兎」というタイトルで翻訳化されたのが最初だという。もっとも、当時は著作権という概念がなかったから、ポターに無断で掲載されたようだが……。
 驚いたのは、この雑誌がガラスケースに展示されていたことだ。しかも、シワやシミは見当たらず、ツヤツヤとして、まるで新品のようではないか。105年前のものとは思えぬ保存状態のよさに、私は度肝を抜かれた。
 その後は、「ピーターウサギ」というタイトルで、翻訳本が出回ることになる。

 ピーターウサギだって!!

 苦しいタイトルに噴き出しそうになったが、ひとりだったので我慢した。
 いっそのこと、ピーターも「ぴゐ太」などと、日本的な名前に変えればよかったのかもしれない。
 ピーターウサギのほうも、年代物の絵本や紙芝居などが勢ぞろいし、見ごたえ十分である。よくぞ、ここまで集めたものだと感心するばかりであった。
 展示が終わると、お約束のようにショップが待ち受けていた。
 私は、英語で書かれた絵本が欲しくなった。



 20種類ほどある中から、一番簡単そうなものを選び、お買い物バッグに入れる。
 娘がクリアファイルを使うので、これもバッグに加える。



「何ももらえなかった」と夫に泣かれてはかなわないので、バウムクーヘンを与えることにした。



 何だかんだで、いつも買いすぎてしまう。招待券をバラまいても、十分お釣りがくるに違いない。
 お会計をすると、さらにポストカードとビニールバッグをもらった。
 
 ビアトリクス・ポターは、1866年7月28日に生まれ、1943年12月22日に77歳で亡くなったらしい。

 68年前の今日じゃん!

 ポターが亡くなっても、彼女の生み出したキャラクターは生きている。
 作家冥利につきるとは、このことだろうか。
 そんなことを考えながら、私はそっと手を合わせた。



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佐川急便が来た!

2011年12月18日 20時14分07秒 | エッセイ
 お歳暮は、12月13日から20日までに贈るものらしい。ちょうど、今はその真っ只中なのだろう。
 先日、家の近くで荷物を抱えた配達員が、インターホンを鳴らすところに出くわした。
「こんばんは~、佐川急便です!」
 彼は若者らしく、元気のいい挨拶で、家人の反応を待っていた。
 ところが、おじいちゃんが一人で留守番をしていたらしい。インターホンからは、年配の方と思われる、素っ頓狂な声が返ってきた。
「えっ、誰?」
「佐川急便です」
「関根さん?」
「いえ、さ・が・わ、急便です」
「あーん??」
 状況を察し、彼はインターホンに向かって、ひときわ大きな声を出す。
「あの、さ・が・わ、きゅう・びんです!」
「高橋さん?」
「いやその、さ・が・わ・きゅ・う・び・んです!」
「えーっ?」
「……」
 配達員の元気は、すべて吸い取られ、みるみるうちにしぼんできた。おじいちゃんは、かなり耳が遠いようで、あてずっぽうに名前を並べているらしい。
「さ、が、わ、きゅう、び、ん、です……」
「山本さん?」
「えっと、さ、が、わ……」
 彼には心から同情したが、立ち止まって顛末を見届けるわけにもいかず、そのまま通り過ぎた。
 果たして、荷物を手渡すことができたのだろうか。

 義弟が某運輸会社に勤めているので、日中の在宅率がかなり低いということは知っている。不在通知を入れると、夕方から夜にかけての配達が殺到し、帰宅が10時11時になるという。
 加えて、12月は荷物も多いし、道路も渋滞していて本当に忙しいらしい。そんなときに、営業妨害のような対応をするとは、罪なおじいちゃんである。
 配達員も、もうひと工夫して、「お荷物です」とでも言えばよかったのかもしれない。

 今朝方は、うちでもインターホンが鳴った。
「おはようございます、佐川急便です!」
 モニターを見ると、若者ではなく、中年のオジさんだった。おそらく、通販の商品だろう。私は例によってパジャマだったので、大声で夫を呼んだ。
「パパ! 荷物だってさ。出てよ~!」
 いつもだったら、いやいや出てくれるのだが、今日に限って返事がない。聞こえないのかと思い、部屋を出ると、トイレが使用中になっていた。

 やられた!!

 娘はまだ寝ているから、頼れる人がいない。さて困った。
 一瞬、あのおじいちゃんのように、「あーん??」と聞こえないふりをして、夫が戻るのを待とうかという誘惑に駆られた。しかし、それは、いくらなんでも悪い。
 ふと、フリースのベストが目に入った。これを着れば、パジャマではなく、部屋着に見えないこともない。急いでベストを羽織り、ハンコを持って、私は玄関に向かった。
 配達、ごくろうさまです。



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「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たち」観てきました♪

2011年12月15日 22時14分51秒 | エッセイ
(一部ネタバレがありますことをご了承ください)

 三浦友和主演の映画「RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ」を観た。さほど興味はなかったが、舞台となっている富山の友人から、「ぜひ夫婦で観て」と勧められたのだ。
 残念ながら、夫は乗り気でなかったので、一人淋しく観に行った。観客はほとんどが熟年夫婦で、一種独特な雰囲気である。さすがに、若い夫婦やわけありカップルはいない。
 あらすじはこうだ。
 運転士として鉄道会社に勤める滝島は、あと1カ月で定年を迎える。嫁いだ一人娘が出産を控え、おじいちゃんになる日も近い。定年後は、妻と二人で旅行でもして、のんびり暮らすつもりだった。
 ところが、妻は夫が定年退職する日を待って、かつての職業・看護師として働く計画を立てていた。夕食後、妻からその件を打ち明けられたとき、彼は「家の中のことがおろそかになる」と断固拒否する。しかし、妻の決意は変わらず、滝島の留守中に荷物をまとめて出て行ってしまう。
 夫婦のあり方、職業への敬意などが丁寧に描かれ、随所に笑いをちりばめた見ごたえのある作品だ。

 とりわけ気に入ったシーンは、研修中の新人運転士、小田とのやり取りである。
 乗客の命を預かっているという自覚が不足している小田は、日常的に滝島から「運転士に向いとらん」とけなされていた。
 ある日、滝島の妻が、不意に家に帰ってきた。彼は喜びを隠して話し合いに臨むが、期待通りの返事が得られず、苛立ったあげく「出て行け」と怒鳴ってしまう。妻は、無言で記入ずみの離婚届を手渡し、結婚指輪も返して、あざやかに去っていった。
 翌朝、小田が遅刻してくる。滝島が理由を問いただすと、「彼女と別れ話で揉めていまして」と泣きそうな顔で答えた。
 滝島は、「こっちは、妻に離婚届を突きつけられても、いつも通り働いているんだぞ! 甘ったれるな!!」とは言わない。ため息をついて、「小田、おまえ、やっぱり運転士に向いとらん」とつぶやくのである。この寡黙さが、昭和の男らしくてよい。

 娘役の小池栄子もハマり役である。
 滝島は、妻への想いを断ち切れず、離婚届を提出できずにいた。しかし、ある夜、誰もいないはずの家に明かりが灯っている。胸を躍らせて室内に駆け込むと、そこにいたのは臨月を迎えた娘だった。
 あの大きな目を輝かせ、「お母さんだと思ったでしょ」と、心のうちを見透かしたようなセリフを吐く。特にファンではなかったが、なんかカッコいいぞと惹きつけられた。
 そして、背景に映る立山連峰の美しいこと、美しいこと。稜線の黒い輪郭に、雪化粧した白さが彩られ、切り絵のように見える。一度はこの目で見てみたいものだ。

 さて、この夫婦がどうなるかというと……。
 今年の漢字「絆」にピッタリの結末に、心が温かくなること間違いなしである。
 続きは劇場でお楽しみください。



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天空劇場

2011年12月11日 17時01分55秒 | エッセイ
 ご存じの通り、12月10日は皆既月食だった。
「月食、何時から?」
 中学校でも話題になっていたらしく、娘が尋ねてくる。
「えーと、欠け始めるのが21時45分からだって。皆既月食は23時6分から23時58分までで、1時18分には終了と書いてあるよ」
「ふーん、遅いんだね。でも見てみようよ」
 幸い、東京の空には雲ひとつない。月もキレイだが、星も点々と輝いていた。寒いけれども、たまには天体観測も悪くない。
 お風呂から出ると、22時を回っていた。
「お母さん、遅い。もう月食、始まってるよ」
 カメラを見せてもらうと、写りはイマイチだが、部分月食がしっかり収められていた。


(写真撮影 笹木ミキ)

 急いで髪を乾かし、パジャマの上にガウンとコートを羽織ると、私はベランダに飛び出した。

 おお~!!



 わずかな時間しか経っていないのに、思ったより進行が早い。見る見るうちに、月が欠けていった。
 そもそも月食とは、太陽と月の間に地球が割り込み、影がかかることによって、月が欠けて見える現象である。正確な時間まで割り出せる技術に、ひたすら感心した。
 肉眼では、パンチで開けた穴くらいの月も、双眼鏡で見るとメロンパンになる。じわじわと、影の面積が大きくなり、光を奪っていく様子に釘付けである。



「首が痛い……」
 私より先に観測していた娘が、ついに悲鳴を上げた。
 寒さは、さほど気にならないが、ずっと上を向いていると、首や肩が疲れる。天文部などは、寝袋にくるまって寝ながら観測するようだが、理にかなっているのだろう。こちらも、ベランダではなく、庭でひっくり返って見ればよかった。
 時計を見ると、22時55分だ。休憩を取り、23時6分に再開することにした。
 部屋に戻ると、だいぶ体が冷えていたことがわかる。夢中で眺めていたから、気がつかなかったのだ。暖を取り、十分温まったあとは、再び月食観察をした。
「うわぁ、隠れてる!」
 2人で声を揃えて叫んだ。



 これが皆既月食か……。
 もっと黒っぽくなると思ったのに、意外と明るい。暗さは均一ではなく、ところどころにムラがある。これが地球の影なのかと思うと、摩訶不思議な気がする。
 写真撮影に飽きた娘が、話しかけてきた。
「さっき、携帯で撮ったら、こんなちっちゃいの……」



 画面には、泥はねのような月が映っており、思わず苦笑した。
 お次は、日付が変わってからの部分月食を見た。今度は、先ほどと違って、光の部分が増えていく。



 しかし、デジカメがトラブった。ズームにすると、画面に何も映らなくなるのだ。寒さで誤作動を起こしたのか、超遠距離で反応が鈍くなったのか。ひょっとして、深夜の労働を拒否しているのかもしれない。
 どうにか、最後の撮影を終えてから、カメラの電源を消し、寝かせてやることにした。



 結構な時間、戸外にいたのに、ご近所のどなたとも会わなかった。こんなに興味深いものを見ないとは、もったいない。
 もう一度、ふくらみかけた月を見て、私は部屋に入った。
 素晴らしい天空劇場を、どうもありがとう。



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お若いのがお好き

2011年12月08日 20時19分32秒 | エッセイ
 その日は、たまたま6時過ぎに家に着いた。
 門を開けると、玄関に人影が見える。どうやら、お客さんが来ているようだ。「じゃあ、これで失礼します」という、若い男性の声が聞こえる。
 その瞬間、声の主が家庭教師だということがわかった。

 先月、家庭教師を申し込み、5日後に会社側から、講師決定の連絡があった。
「19歳の男性で、依田先生といいます。現在、東京大学教養学部2年に在籍しています。教科は、国数英理すべてを受け持っていただくことになりました」
 娘のミキは、女性を希望していたが、叶わなかったようだ。
 迎えた初日、私は仕事で不在だったが、評判は上々であった。
「すごくわかりやすかったよ! 顔も普通だったし、字はキレイだった」
「ちょっと迷ったみたいで遅れてきたけれど、会社からもらった地図が間違っていたから仕方ないよ。いい先生でよかった」
 娘も夫も、好印象だったようだ。
 私は、特に娘の反応を気にしていた。なにしろ異性の評価に厳しく、「キモい」「ウザい」「臭い」を連発するのだ。男性になった時点で、やる気をなくすタイプだったら困ると心配していたが、取り越し苦労だったらしい。
 実は、イケメン過ぎても困ると思っていた。私が、先生見たさに仕事をサボりがちになって……ではなく、面食いの娘が変に意識して、かえって集中できなくなるかもしれない。
 いずれにせよ、早くお目にかかりたかったけれども、まだ先の話だと思っていた。
 
 心の準備ができぬまま、玄関のドアが開く。
 小柄で、大きなバッグを肩から提げた青年が、外に出てきた。いや、青年というよりは、男の子といったほうが正しいかもしれない。パーカーにジーンズを組み合わせ、氷川きよしのような髪型をしている。彼がこちらを向いたとき、目が合った。
「こんばんは、依田先生ですか? ミキの母です。はじめまして」
 すかさず話しかけると、明るい返事が返ってくる。
「はじめまして、依田です! 一生懸命がんばりますので、よろしくお願いします!」
 少々高めの声で、はにかみながら挨拶する姿が新鮮だった。

 キャー、カワイイッ!!

 そのとき、オジさんが若い女性に惹かれる気持ちがよくわかった。だが、顔には出さないようにして、簡単な挨拶を交わし、「お気をつけて」と見送った。ここは、品よく振舞わなければ。
 部屋では、娘が機嫌よく過ごしていた。
「すごいんだよ、先生は難しい問題でも、パパッって解いちゃうの。天才だよ」
「へー。さすが東大生」
「んで、ミキにやりかたを教えてくれるから、ちょっとは、できるようになってきたよ」
 2月までの3カ月で、約36万円の授業料である。冬のボーナスが台無しだ。ちょっとどころか、かなりできるようになってもらわないと意味がない。
「でもね、今日は3時からだったのに、先生が勘違いして4時に来たの。時間は間違えるんだね」
 難問はらくらく解けるのに、時間をミスる東大生というのも不思議である。
 明日も、依田先生がやってくる。
 早めに帰っちゃったりして~。



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歯医者の予約

2011年12月04日 19時52分48秒 | エッセイ
 7年前の勤務校で、アプリケーションソフトの講習会があるという。
 今の勤務先に比べて、前任校は自転車で行かれるほどの近さだ。ソフトにも興味はあったが、懐かしさと「帰りが楽だ」という魅力に惹かれ、申し込みをした。
 前任校から徒歩5分ほどの場所に、かかりつけの歯科がある。ちょうど、講習会の翌日に予約が入っていた。講習会の終了は5時だから、電話をしてその日の5時半に変更してもらえば、さらに楽ができる。

 待てよ……。

 しかし、私は慎重に考えた。
 私と同じように、前任校の仲間が来そうな気がする。何人か集まれば、「じゃあ、これから飲みに行こうか」となるかもしれない。せっかくの機会なのに、歯医者があったら台無しだ。念のため、やめておくことにした。
 皮肉なことに、講習会の3日ほど前から、胃腸の調子が悪くなった。どうも、内科で処方された薬が合わなかったらしい。何を食べても胃が重くなり、消化能力が落ちている。これでは飲み会どころではない。予定変更で、やっぱり講習会のあとに歯医者の予約を入れようと、電話をかけた。
「申し訳ありません。その日はもういっぱいで、予約が入れられません」
「ああ、そうですか。わかりました。では、予定通りでお願いします」
 時すでに遅し……。講習会の申し込みをした時点で、胃腸が不調だったらよかったのだが。

 そんなこんなで当日を迎えた。
 久しぶりの前任校は、古巣へ帰ってきたような安心感がある。街並みは少々変わったが、駅から迷わず到着できてよかった。
「こんにちは、ご無沙汰してます!」
「こんにちは、お元気そうで」
 思った通り、昔の同僚が来ていた。同期だったベテラン女性に、同じ学年を組んでいた若手男性、同じ科目を担当していた男性などだ。休憩時間には、昔の話や今の話に花が咲き、「参加してよかった~!」と実感した。帰りに歯医者に寄れたら完璧だったのだが、まあ仕方がない。
 だが、結果として、これでよかったようだ。
「本日は5時終了予定でしたが、早めに終わらせていただきます」
 講習会の責任者が、予想外の閉会宣言をした。時計を見ると、まだ4時半である。
 もし、5時半に予約を変更していたら、面倒なことになっていただろう。駅前に本屋はないし、歯みがきセットがないからお茶するわけにもいかない。
 何よりも、私は待つことが大嫌いだ。イライラして、気が狂いそうになったに違いない。「ツイてたみたい~♪」と鼻歌まじりで家に帰った。
 
 翌日。
 朝から強い雨が降っていた。駅まで歩くだけで、コートの袖や裾がビショ濡れになる。靴にも浸水してきて、足が冷たい。品悪く、「くそっ」と当り散らしたくなるほどの天気である。こんな日に、わざわざ歯医者まで出かけるのは、不運としかいいようがない。
 昨日に予約しても、今日にしても、どちらもハズレだったとは悲惨な話だ……。



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もういくつ寝るとクリスマス

2011年12月01日 20時22分47秒 | エッセイ
 アドベントカレンダーを買った。



 アドベントとは、イエス・キリストの降誕を待ち望む期間をいう(Wikipediaより)。カレンダーには、12月1日から24日までがあるから、おそらくこの期間をいうのだろう。
 小学生のとき、キリスト教会の日曜学校には通っていたが、私は熱心な信者ではない。クリスマスまでのカウントダウンともいえる、このカレンダーを買ったのは別の理由だ。

「日ごとの窓を開けると、チョコレートが入っています」

 私は、自他ともに認めるチョコレート中毒患者である。カレンダーの、こんな説明文に惹かれて、ついフラフラと購入してしまった。中には9種類のチョコレートが入っているらしい。



 ちなみにドイツ製だ。クリスマス気分が、大いに盛り上がってよい。

 ようやく、今日から12月になった。これで、大手を振ってカレンダーを開けられる。実は、先月からフライングしそうな気持ちをグッと我慢していたのだ。
「えーと、1日はどこかな?」
 日にちは、順番ではなくランダムに並んでいる。右上に、「1」という数字が見えた。



 ビリビリビリ。



 中には、カバのチョコレートが入っていた。
 しかし、そこで私は重大な過ちに気づき、動きが止まる。
「お母さん、どうしたの? 食べないの?」
 娘のミキが怪訝な顔で、覗き込んでくる。
「そういえば、さっき、歯を磨いちゃった……」
「けけっ、アホだね~。じゃあ、これはミキのものということで」
 娘が、そそくさと右手を伸ばす。だが、彼女も固まってしまった。
「何よこれ、カバじゃない。カバだったらいらない」
 受験生のミキは、カバから「バカ」を連想したようで、チョコレートを放棄した。
 しめしめ。
 私は明日、カバを食べることにして、「1」の窓を押し込めた。
 それにしても、楽しいカレンダーがあるものだ。「もういくつ寝るとお正月」なんて歌もあるのだから、新年へのカウントダウンカレンダーを作ればいいのにと思う。
 もちろん、チョコレートは全部カバでいい。



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