これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

流血療法

2010年02月25日 20時27分55秒 | エッセイ
 薬を飲むつもりで口に含んだ水が、前歯にピリピリしみたと思ったら、痛みの波が奥歯にまで広がってきた。

 すわ虫歯か!?

 私は、慌てて歯科を訪れた。
「歯の磨き方が悪くて、根元が激しく削れています。虫歯ではありませんが、ここから染みているんですね。相当痛いでしょう?」
 どうやら、歯ブラシを横に動かすとき、力を入れすぎたようだ。根元はエナメル質と違って、柔らかくデリケートなところらしい。
「全体的に、歯茎が下がって歯の根元が露出していますから、90度ではなく、30度くらいに寝かせて歯ブラシを当ててくださいね」

 ここまでは、Amebaブログ「歯医者さんのゆーとーり!」で、すでに公開ずみである。
 しかし、ここからが、大問題だった。

 正しい歯磨きの仕方はわかったが、ひとつ疑問が残る。私はそれを尋ねてみた。
「先生、どうして歯茎が下がったのですか? やはり、加齢によるものでしょうか」
 医師は、いったん目を閉じ、ためらいがちに答えた。
「加齢によるものもありますが、笹木さんの場合、歯周病です」
 ギャッと悲鳴をあげたくなった。
「歯茎の山が膨らんでいるでしょう? ここには膿がたまっていますから、歯間ブラシでよくマッサージしてあげてください」
 医師は細身の黄色い歯間ブラシを取り出すと、私の前歯の隙間に差し込んだ。それを小刻みに動かし始めたものだから堪らない。たちまち歯茎が切れて、血が流れてきた。
「こうやって、血と一緒にどんどん膿を出してください。大きな隙間にはMサイズ、小さな隙間にはSサイズの歯間ブラシを使って、最低でも30回はマッサージするようにしましょう」
 医師は簡単に言うけれど、かなりの痛みを伴う治療だから、たいそう勇気がいる。
 まずは、細いSサイズの歯間ブラシを使ってみた。だらしなくブヨッとした歯茎に、鋭いブラシが突き刺さる。前後に動かすと顔が歪むくらいの痛みが押し寄せてきた。

 いててててててーっ!

 どうにか30回マッサージして抜くと、歯間ブラシは真っ赤に染まっていた。うんざりしながら唾を吐いたら、血まみれの唾液が王冠のように広がっている。私は呆然として洗面台を見つめるばかりだった。

 血に弱い人だったら、倒れてしまうかもしれない……。

 でも、膿が出てしまえば歯茎も引き締まり、歯が長持ちするらしい。これは、覚悟を決めて頑張らねばならない。

 歯磨きはやさしく。
 歯茎磨きは厳しく。
 ゴシゴシゴシゴシゴシ……

 歯間は、上下合わせて26個所もある。ここをすべて朝昼晩それぞれ30回以上こすり、膿がなくなるまで痛みと流血に堪えるのだ。

 くぅ~~っ、苦行だわい……。

 昼食に醤油ラーメンを食べたら、キズだらけの歯茎に、塩分がしみて泣けてきた……。




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「みどり」づくし

2010年02月21日 20時58分11秒 | エッセイ
 娘のミキは、吹奏楽部顧問のみどり先生が大好きだ。
「みどり先生って面白いんだよ! お母さん、話したことある?」
「挨拶だけならしたことあるけどね。普通の先生だった」
 吹奏楽部の保護者会や、パレードの引率当番で顔を出したとき、挨拶がてらみどり先生と会話を交わしたことはある。まだ20代後半の、丸顔でお姉さんのような先生だった。
「本当はね、結構厳しいけど、よくしゃべるんだよ。すごく一生懸命。みどり先生も、お母さんのこと、優しそうだって言ってた」
 初対面だと、お互いに正体を隠して接するものだ。私はちょっとホッとした。

 子供が、顧問の先生になつくのはいいことだ。
「5月4日はみどりの日だね。自分の日がカレンダーにあるなんて、さすがは先生!」
 小学校高学年のときは、担任の先生と相性が悪く、毎日のように家で悪口を言っていたのに、部活に関してはそれがない。親としても、心の負担がなくて助かる。
「今度のテストで平均点より低い点を取ったら、コンテストや演奏会に出さないって、先生が言ってた。頑張らないと」
 ミキは、集中力が切れやすいタイプなのだが、みどり先生の一言でやる気になっている。楽しむところ、締めるところとメリハリをつけて指導されているようだ。

 地元を走るバスは、車体に大きく「みどりバス」と書かれている。
 部活のない日曜日、久しぶりにミキと映画に行ったら、みどりバスが交差点で信号待ちをしていた。
「あのバスは、きっとみどり先生が運転してるんだよ」
 ミキのジョークに、私も乗ってやる。
「平日は学校で、部活ない日は運転手か。みどり先生、忙しいね」
「あはは、学校がある日は、バスも走ってなかったりして」
 二人で笑いながら、走り出したみどりバスを見送った。

 白内障の手術を終えた義母が、現在、自宅療養中である。飲み薬、目薬などがたくさん処方され、管理が大変らしい。
「おばあちゃんが薬を見せてくれたんだけど、『ミドリン』って目薬があったから、笑っちゃった」
「きっと、強力なんじゃない!?」
 そんなやり取りをしていた矢先のことだ。
 義母が体調を崩し、ホームドクターに診てもらった。服薬中の薬を見せたところ、「80過ぎのお年寄りには、量が多い」と言われたという。義母は困った顔で続けた。
「一番気持ち悪くなるのは、ミドリンって目薬なのよ。目がボヤーとしてきて、よく見えなくなるからイヤだわ」
 ミドリン、恐るべし!
 私もミキも、笑い転げたことは間違いない。

 それにしても、「みどり」という名の多いこと、多いこと。
 次はどんな「みどり」が登場するのか、楽しみだ。




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一番争い

2010年02月18日 20時51分47秒 | エッセイ
 わが家では、娘、夫、私の順にお風呂に入る。
 早く寝なければならない娘が一番なのだが、中学生ともなると、「宿題が終わっていない」などの理由でなかなか入らない。そんな日は、夫、娘、私の順になる。つまり、私はいつも一番最後なのだ。

 しかし、一昨日は違った。
「ママは疲れているみたいだから、たまには一番に入れば?」
 眠そうな私を見て、夫が気を利かせてくれた。
「でも、私は半身浴をするから、50分くらいかかるんだけど」
「ミキはまだ宿題終わらないからいいよ。お母さん、先に入りなよ」
 意外なことに、娘も私に一番風呂を勧めてきた。ならば、そうしよう。

 そういえば、子供のときは、いつも最初に入っていた。
 一番風呂は、体に悪いと言われる。水道水に含まれる塩素や、有害化学物質を取り込みやすいからだ。
 しかし、タイルや壁がビショ濡れになっていることもなく、洗面器やイスが放置されてもおらず、実に快適である。

 姫みたいでいいなぁ~♪

 のんびりくつろいだあとは、少々本を読み、半身浴で汗を流した。極楽、極楽。

 昨日も、夕食のあと、娘が一生懸命宿題をやっていた。
「まだ終わらないの? じゃあ、またお母さんが、一番にお風呂に入っちゃおうかな」
「ええー、また?」
 快くオーケーすると思ったのに、その日、娘は渋い顔をした。
「じゃあ、すぐ入れるの?」
「……入れない。しょうがないな、お母さんが先でいいよ」
 さては、姫の座を奪われると気づいたのか。しかし、そうは問屋がおろさない。
 私は再び一番風呂につかり、姫というより将軍の「天下を取った」気分になった。

 そして、今日も一番を狙ったのだが、娘に強く反対された。
「ダメ、ミキが一番だよ! お母さんが一番に入ると、お風呂が汚れちゃう!!」
「ハァ? 汚れちゃうって、何よそれ」
「湯船に髪の毛がいっぱい浮いてるんだよ、知らないの!?」
「知らないよ。でも、お父さんのあとよりきれいでしょ」
「全然。お父さんのあとのほうがきれいだよ」
「それは髪の毛がないからでしょ」
「違うの! 髪の毛だけじゃなくて、黒っぽいゴミなんかもあるんだよ。一番最後にして」
 そう言うと、娘は私を押しのけて、あわてて風呂場に突進していった。

 なんでぇ、いつもはノロノロしているくせに……。

 そういえば、床に黒いゴミがついていたことがある。あれはおそらく、私がいつもはいている、黒のハイソックスから出た繊維だろう。
 夫のあとよりも嫌がられるとは、かなりの屈辱である。
 一時は、天下を取ったと思ったのだが。
 明智光秀さえ3日続いたというのに、私はたった2日……。
 今日からまた、下々の者に逆戻りだ。

 そのうち、下克上を企ててやるぅ~!




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義理チョコと友チョコの間

2010年02月14日 20時41分09秒 | エッセイ
 先週、バレンタインデーのチョコレートを買いに行った。
 池袋の西武百貨店では、7階にチョコレートの特設会場がある。きっといろいろな商品が揃っているだろうと足を運んだら、予想以上の人でごった返していた。
 祝日の午後だったからかもしれないが、見えるのはチョコレートではなく、人の後ろ姿ばかりだ。まるで、クリスマスのケーキ売り場のよう……。とてもショーケースまでたどり着けない。ショーケースの後ろでは、店員さんが疲れ切った顔で、無理やり引きつった笑顔を浮かべている。怖い顔でイライラした様子の女性客が目立ち、人垣に斬り込む勇気が出なかった。

 ダメだ、地下のお菓子売り場に行こう。

 私はすごすごと引き返し、地下1階に下りた。
 その日、買おうと思っていたのは同僚へのチョコレートだ。これは、義理チョコになるのだろうか? 女性にも配るから、友チョコなのか。いずれにせよ、気持ち程度のお手軽なチョコレートが欲しかった。
 お目当ては「ベルン」のミルフィーユである。これはサクサクしていて、チョコレートとクリームのあんばいが抜群だ。誰にあげても「美味しかった」と喜ばれるところがいい。3個入りがあるので、それにしようと考えた。
 しかし、地下も7階と大して変わらない混雑ぶりである。「ホントに不況か!?」というくらい人が集まっていて、買い物客をかき分けながら、私はベルンを目指した。やっとたどり着いたと思ったら……長~い列ができている。ざっと数えても30人はいそうだ。
 ここでめげてしまうのが、私の根性なしのところである。

 明日にしよう……。

 その日は結局、手ぶらで帰宅した。情けない……。
 翌日は通院のため、朝イチでデパートに行く時間があった。10時の開店とほぼ同時に入り口まで急ぐ。てっきり一番かと思いきや、ベルンの前にはすでに2人並んでいた。みんな、考えることは同じなのだ。
 5分後、ようやく私の順番が来た。
「3個入りのミルフィーユを12箱ください」
「かしこまりました。バレンタイン用でよろしいですか?」
「はい」
 店員さんは後ろを振り返り、ダンボールの中にわんさと詰め込まれているミルフィーユに手を伸ばした。おびただしい数の商品が包装され、出番を待っているようだった。

 買うほうも大変だけど、売るほうはもっと大変なんだな……。

 こうして、ようやく私は念願のミルフィーユにたどり着いた。



 義理チョコでも友チョコでもなく、今年の家チョコはこれにした。
 ヴィタメール2連発である。





 こちらも並んで買ったのだが、私はダイエット中である。
 横取りするのは諦めた。
 ホワイトデーまでには、目標体重を達成せねば。




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株の誘惑

2010年02月11日 22時01分00秒 | エッセイ
 定期預金が満期を迎えた。
 某メガバンクから「定期預金期日のお知らせ」というハガキが来たのだが、そこに書かれている利息は信じられないほど安い。

 0.3%じゃね……。

 文句は言うものの、変更するのが面倒で、結局そのまま自動継続にしてしまう。
 でも、今年こそは、余裕資金の運用を見直したいと思っている。
 
 定期預金でなければ、一体何に投資すればよいのだろうか。
 お金に関して、私は保守的なので、個人向け国債あたりが無難かと感じるのだが……。つい、ハイリスク・ハイリターン商品に惑わされてしまう。
 たとえば、為替相場の変動で大きな利息が期待できる外貨建て預金だ。今は利率の高い豪ドルが人気だという。数年前に豪ドルで預金をした人は、元金の1.5倍程度の円を受け取れるのだと、某銀行員にレクチャーされた。

 なんて魅力的な話かしら……。

 もちろん、目減りする場合もあると忘れてはいけない。
 でも、忘れそうだ……。

 そして、何といっても、投資の主役といえば株だろう。
「株式投資には、配当金・値上がり益・株主優待という、預貯金にはないメリットがあります」
 先日、証券マンから話を聞く機会があった。
「セブンイレブンが株式を上場したのはもう20年以上前のことですが、当時は1株1800円で、1000株単位で売買されていました。つまり180万円ですね」
 ふむふむ。
「その株を、もしまだ持っていたら、今はいくらになっていると思いますか?」
「えーと、1000万円くらいですか?」
「1億円です。リーマン・ショックの前は、1億2千万円でした」
 
 ほえ~~~っ!

 証券マンの話はまだまだ続く。
「ヤフーは10年ほど前に1株200万円、1株単位で売り出されていました。つまり、200万円のものが、今ではいくらになっていると思いますか」
「うーん、5千万円くらいですか?」
 上げ幅を大きくしたつもりだったのだが……。
「5億です」

 ギャッ!!

 なにやら、まともに働くのがバカらしくなるような金額であった。
「オリエンタルランドの株主優待は知っていますか?」
「はい、ディズニーランドやディズニーシーのパスポートですよね」
 実は、以前、知り合いからもらったことがあり、「なんて有り難いチケットなんだ~!」と感激した。
「ミツカンだと自社商品の詰め合わせとなり、ANAだと航空料金の割引です」
 このお得感は侮れない。話を聞いているうちに、私はだんだん「株を買いたい」という気分になってきた。証券マンは話が上手いと思っていたのだが……。
「マクドナルドでは、無料券のつづりになっています」

 いや、それはいらない……。

 今さら、ジャンクフードという年齢ではない。ようやく我に返り、私は株の誘惑を振り払った。
 でも、後ろ髪を引かれるな……。
 株式の甘美な誘いに、私は抗うことができるのだろうか。



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お見舞いに行こう!

2010年02月07日 21時17分56秒 | エッセイ
 義母が、白内障の手術のため入院している。
 先週は左目、今週火曜には右目を手術するそうだ。
 今日は、お見舞いに行くことにした。

 お見舞いの定番は花である。
 シクラメンは「死」と「苦」につながるから、タブーとされている。鉢植えも、「根つく」ところから「寝付く」に通じ、避けねばならない。
 そういえば、昔読んだ漫画に、嫌がらせでシクラメンの鉢植えを持って、お見舞いに行く場面があったっけ……。

 私の母も、なかなか激しい。
 かれこれ20年近く前になるが、夫がアキレス腱を切り、入院したことがある。仕事の帰りに病院に寄ると、すでに私の両親が来ていた。
「ああ、来てくれたの。ありがとう」
「近いからね。花を持ってきたわよ」
 母は得意げにそう言い、夫の枕元を指さした。そこには立派な白い花が生けられていたのだが……。

 ユリ!! 死者に手向ける花でしょ~~っ!!

 ユリは下を向いているところと、菊と同様、葬儀に用いられることから、お見舞いでは嫌われる。しかも、むせるような強い香りが部屋中に充満しているではないか。

 ああっ、4人部屋なのに、どうしようっ!

 夫は匂いに咳き込み、私は冷や汗をかいた。
「花瓶がないんじゃないかと思ってさ、一応ウチから用意してきたんだよ」
 だが母は、自分の用意周到ぶりに酔っていて、非常識な行為とは夢にも思っていない。「アタシは昔から気が利くって言われてたのよ♪」と自画自賛して帰っていった。

 川村学園卒の、元祖お嬢様の義母には、とても聞かせられない話である。
 今日は、義母に相応しい、ドーナツのアレンジメントを用意した。



 食事制限はないから、お菓子も持っていきたい。しかし、80歳をとうに過ぎ、すっかり食が細くなった義母は、たくさんの量を食べられない。
 夫が入院したときは、「食事が少ない」「お腹が空いた」と年中騒がれたので、パンやおにぎり、バナナに大福など、お腹にたまるものを連日持参した。
「ご飯も大盛りにしているんですけどね。足りない分は奥様が食べさせてください」
 看護師さんにそう言われたときは、こちらのほうが恥ずかしくなった。

「虎屋の小形羊羹も持っていくね」
 義母が喜びそうな手土産を思いついたので、夫にメールを送った。これなら、一度にたくさん食べられない人でも大丈夫だ。きっと、同室の女性と分け合って、和やかなおやつタイムになるだろう。



 間もなく、夫から返信がきた。
「虎屋の羊羹は、しばらく食べていません。私も食べたいです」

 しまった、夫の食欲を刺激してしまったか!!

 小さいからと、合わせて20個買ったら、紙袋にズッシリとした手応えを感じた。
 うう、羊羹は重い……。




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タダより高いものはない

2010年02月04日 21時07分22秒 | エッセイ
 4年前の2月、私はエッセイ集を出版した。
 自分の書いた作品が本になり、店頭に並ぶという体験はエキサイティングである。流通する部数とは別に、著者への献本も100冊もらったため、つい調子に乗って、知人や友人に送り届けた。
 たいていの場合、近況報告も兼ねて手紙がくる。しかし、遠方に住む友人の一人は、手紙と一緒に現金を送ってきた。どうやら、本代らしい。
 しかし、私にしてみれば、喜ぶどころか、大きな心の負担になった。

 どっどーしよーっ! 売りつけるつもりじゃなかったのに……。

 所詮は、アマチュアの道楽を満足させる自費出版なのだから、儲けようとは思っていない。
 しかも、頼まれてもいないものを勝手に送りつけて、友人からお金をとる結果になるなど、言語道断である。私は封筒の1500円を前に、しばらく悩んでしまった。
 もし、送り返したら、角が立つことは間違いない。「感じ悪~い」と嫌われ、人間関係にヒビが入りそうな気がする。だからといって、このままもらいっぱなしというのも気が引ける。
 
 そうだ、お礼の品を送ればいいんだ!!

 早速デパートへ走り、本代相当のお菓子を買った。宅配便で彼女の家まで送ったところで、私の気持ちはようやく軽くなった。
 でも、実のところ、今度は彼女の気が重くなったのではないだろうか。
 タダより高いものはない、とはよくいったものだ。

 以来、「ファンです」と言ってくださる方にも、本をプレゼントするのが怖くなった。
 相手の住所を聞いておいて、自分の住所を書かずに送ったときは、「フェアじゃないかな?」と気が引ける。かといって、「お代は結構です」などと書き添えたら、かえって支払いを催促するような文になる。
 私はただ、「ありがとう、読んでみるね」と言ってもらうだけで満足なのに……。

 仕事でも、似たようなことがあった。
 私が勤める高校では、生徒が地域の方にパソコンを教えている。授業の一環として実施しているので、もちろん無料だ。受講生は、近隣に住む高齢者の方が多い。
 高齢者にとって、マンツーマンで孫と同じ世代の子供に教わることは、とても楽しいらしい。毎回休まずやって来て、笑顔でおしゃべりしながら、生き生きとキーボードを叩いている。
 受講期間は半年ほどなのだが、生徒は受講生に教えることで、「人の役に立つ喜び」や「相手の身になって考える大切さ」を知り、勉強になったと言っていた。それだけで十分なのに、操作を教わったお年寄りには、「それでは気がすまない」と感じた方もいる。
 後日、受講生の方が学校に手紙を送ってきた。あて名が講師役の男子生徒だったので、手紙を渡したところ、困った顔で相談に来た。
「先生、パソコン教室の人がお金を送ってきたんですけど、どうしたらいいですか?」
 見ると、封筒の中には3000円が入っている。私は「ギャッ」と叫びたくなった。
 住所はわかっているし、近所だから、直接自宅まで返しに行った。だが、お年寄りのガッカリした顔を見たとき、せっかくの好意を踏みにじってしまったのだと、大変後味の悪い思いをした。本当にまいった。
「受講料1時間10円」などとすることができたら、お互い面倒がなくてよいのだが。

 先日行われたインターンシップでも、頑張ってくれたお礼にと、生徒に金品を渡した事業所があるようだ。これまた、返還しなくてはならない。
 またまた頭が痛い……。
「よかったわね、もらっちゃいなさい!」と言えたら、どんなに気が楽になることか……。

 ああ、不良教師になりたいものだ。



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