これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

2011 東京マラソン

2011年02月27日 20時19分35秒 | エッセイ
 本日、第5回東京マラソンが行われた。
 職場の者が何人かボランティアに参加しているので、天候に恵まれよかったと思う。家でダラダラしている私は、9時にテレビをつけ、中継を見ることにした。
 スタート地点の新宿・都庁が映っている。ここから皇居、品川駅、銀座、日本橋、浅草、豊洲を通過して、ゴール地点の東京ビッグサイトを目指すわけだ。
「銀座四丁目、和光の時計台です! ここを走るのを楽しみにしているランナーの方も、大勢いるようです!」
 レポーターの弾んだ声が、お祭り気分を盛り上げる。
 和光で思い出すことは、かれこれ10年前に、母とニット展に行ったことだろうか。当時通っていたエッセイ教室に、編み物教室を開いている女性がいて、「仲間と共同でニット展を開催するから、ぜひ来てちょうだい」と招待状を渡された。
 私の編み物は初心者レベルだが、母はもう少し上の腕前である。場所も銀座だし、きっと興味を持つと思って誘った。
「あら、面白そうね。行ってみたいわ」
「じゃあ、和光でランチしようよ。ニット展には午後行って、お茶飲んで帰ればいいんじゃないかな」
「そうしよう、そうしよう」
 正午に母と待ち合わせした場所が、ちょうどレポーターの背後に映っていた。
 その日は、和光別館にあるフレンチレストラン「アルペッジォ」に行き、優雅な店内で豪華なランチを楽しんだ。コーヒーのおかわりを終えて、いざニット展へと急いだのだが……。
「何か、思ったより地味ね」と母がつぶやいた通り、パッとしない作品ばかりに見えた。技術的にはハイレベルなのだろうが、きらびやかなランチのあとでは、見劣りしてしまったようだ。
「よく来てくれたわね、ありがとう」とエッセイ仲間は歓迎してくれた。しかし、買いたいものが何もない。手ぶらで帰るわけにもいかず、「何かないか」と必死で品定めをした。
 すると、水色のポップなセーターが目に入った。外国製の毛糸を使ったそうで、太い部分と細い部分の繰り返しになっている。このため、完成品には凹凸ができ、楽しい雰囲気となる。
 しかし、家でこのセーターに袖を通したら、全然似合わなかったのでショックだった……。「高かったのに!」と悔しがっても、もう遅い。無駄な買い物をしたものだ。

「浅草寺です! 東京スカイツリーも見えて、すごい迫力です!」
 中継が切り替わり、今度は雷門が映っている。東京マラソンでは、ここが約28kmの地点となる。浅草寺は好きだが、仲見世を見ると、苦い記憶が蘇ってくる。
 あれは大学生のときだった。冷たい雨の日曜日、当時の彼氏と浅草でデートをした。思ったよりも気温が低く、あっという間に体が冷えてきた。仲見世を歩いていたら、ズキズキとお腹が痛む。生理痛だ。男性にはわからないだろうが、下腹を内側から叩かれるような、強い痛みが耐えがたい。冷えたせいで普段よりも悪化し、太鼓がわりにバチで殴られるような激しさである。私は苦痛のあまり、会話もできなくなってしまった。
「ごめん、お腹が痛いから今日は帰る」と、お昼も食べずに駅に向かう。家に帰り、布団で寝ていたら治ったが、こんなに苦しんだのは初めてだったかもしれない。
 夜、彼氏から電話があった。
「どう? 下痢はよくなった?」
 
 下痢じゃないってば!!

 私は腹が立って、電話を叩き切った。

「豊洲です! こちらは風が強く、起伏のある厳しい地形となっております!」
 画面には、また別のレポーターが登場している。
 豊洲では……と思いだしかけてやめた。記憶をたどると、どうもこのコースには、不愉快な思い出しかないようだ。私はテレビを消し、結果だけを見ることにした。

 11時20分頃にテレビをつけると、ちょうど男子1位のメコネン、2位にビウォットがゴールするところである。そのあとに、わが国の川内優輝が歯を食いしばって3位、尾田賢典が4位に食い込んだ。
 ベランダに出て、布団をひっくり返したら続きを見る。今度は女子だ。トップを走っていた渋井陽子が、後ろから迫ってくるアリャソワに抜かれたところだった。「あーあ」とため息をついて消す。
 5分ほどしてまたつけると、アリャソワが力強い走りでゴールテープを切るところだった。樋口紀子も続いてゴールする。渋井は、ペトロワにも抜かれて4位だったが、ひとまず安心した。
 レース展開を見ていなくても、ゴール地点での映像は感動する。
 選手のみなさん、お疲れ様でした。




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マスクは顔の一部です

2011年02月24日 19時08分33秒 | エッセイ
 職場では、ノロウイルスやインフルエンザが流行している。万一、感染して、家に持ち込んだら大変だ。毎日マスクをつけ、体調管理に努めることにした。
 布製のマスクは、厚手なので声がこもってしまい、しばしば相手に聞き返される。薄手の不織布のマスクが使いやすくてよい。
 多数のメーカーが様々なデザインを出しているが、似合う形と似合わない形とがある。私は丸顔なので、小さなものだときつい上、肉がはみ出し見苦しい。なるべく大きなものをつけて、ゆとりを持つのが無難である。
 マスクも顔の一部となるから、自分に似合うものを見つけたときは嬉しかった。
 しかし、そこから堕落が始まったのだ……。

 まず、化粧がいい加減になる。どうせ見えないのだからと口紅を省略し、マスクで覆われない部分だけにファンデーションを塗る。マスカラは見える場所だというのに、連鎖反応でどうでもよくなり、ずっとポーチの中だ。
 次に、肌の手入れをしなくなる。以前は、佐伯チズのローションパックに精を出し、しっとり肌を保つ努力をしていた。しかし、マスクをすれば、目の下のたるみやクマ、口元のほうれい線などを、いとも簡単に隠すことができる。となると、地道に努力するのがバカらしくなってくる。努力を怠り、私の肌はどんどん砂漠化している。
 さらに、無駄毛の処理をしなくなる。頬や口の周りの産毛が、伸び放題でボーボーなのに、怖いものなしだ。そのうち、眉毛の手入れまでさぼり始め、日に日に太くなっている。今では、マッキー極太で描いたような太さとなり、イモトアヤコを超える日も近い。
 今は、片時たりとも、マスクと離れることが恐しい。
 たとえば食事中である。耳から白いゴムを外すと、まるで病人のように血色の悪い女が現れる。家ならともかく、職場ではこんな姿を見られるわけにはいかない。とっとと食べてしまおうと思っているのに、そんなときに限って、人が来たり電話がかかってきたりする。

 たしか、感染予防の目的でマスクをつけたはずだったのだが……。今では、身だしなみの手抜きをするために、手放せなくなった。
 食事のときにはパカッと、くちばしのように開くマスクはないかな。



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映画『ジーン・ワルツ』と通院の心得

2011年02月20日 20時22分05秒 | エッセイ
 今日は、菅野美穂主演の映画『ジーン・ワルツ』を観てきた。
 映画を観に行くのは、年末の『ハリー・ポッター』以来だ。このところ、興味のある作品もないし、あれこれ忙しかったので、しばらくご無沙汰していた。
 今回は、菅野美穂のファンである娘が、「一人で行くのはイヤだから、つきあって」と頼んできたので、たまにはいいかと出かける気になった。家でDVDを観る手もあるが、電話がかかってきたり、荷物が届いたりと、邪魔されることが多い。やはり、大きな劇場の快適なシートで、飲み物片手にのんびり鑑賞するのが好きだ。

『ジーン・ワルツ』の原作は読んだことがある。現役医師でもある作家・海堂尊の力作で、なかなか読みごたえのある本だ。
 産婦人科医が減っているのだと、作者は警鐘を鳴らす。本来、リスクの高い妊娠・出産が、「無事にできて当たり前」と見なされる風潮から、1万人に1人という難しいお産で亡くなった産婦の執刀医が逮捕される。また、リスクを引き受けることを恐れた医師が、急患の妊婦の受け入れを拒否し、8病院にたらい回しにされた挙げ句、母子ともに死亡した事件もある。
 産婦人科だけではないが、医師が少なくなると、一番困るのは私たち一般市民だ。どうにかならないものかと、歯がゆく感じる。
 映画のほうは、このような問題提起を控え目にして、代理母出産の是非に焦点を当てている。法に従うことが正しいのか、母になりたいという女性の願いを叶えることが正しいのか。約2時間という短さでは、少々物足りない気もしたが、菅野美穂が美しく知的に描かれており、娘は満足したようだった。

 冒頭に、「オヤッ」と身を乗り出す場面があった。
 病院の総合受付を見下ろす形で撮影したシーンなのだが、不思議と見覚えがある。ベンチの形も、並んでいる間隔も、カウンターやFAXなどの細かい配置まで、私が通っている病院と同じなのだ。加えて、熱帯魚が泳いでいる水槽に、エレベーター、案内板、売店の場所まで一致している。さらには、患者を呼び出すチャイム音も同じではないか。
 果たして、こんな偶然があるのだろうか。
 ひょっとして、病院の内部仕様にはパターンがあるのかもしれない。同じ施工業者の設計でできた病院なのかな、と私は首をかしげた。
 やがて映画が終わり、エンドロールの文字が流れ始めた。キャスト、スタッフなどに続いて、医療協力、撮影協力などの団体名が登場する。
 もしやと思い、目をこらしていたら、私がお世話になっている病院名がバッチリ表れた。やはり、通い慣れた場所で撮影された映像だったのだ。まったく驚きである。

「えー、いいな! お母さん、菅野美穂見た?」
「見てないよ。日曜日とかに撮影したんじゃないの?」
「そっか。じゃあ、映ってた可能性もないね」
「あるわけないでしょ」
 明日は、その病院に行く日である。
 娘に言ったこととは裏腹に、何だか、オシャレをしていかねばならないような気がしてきた……。




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戦うバレンタイン

2011年02月17日 20時40分37秒 | エッセイ
 今年も無事にバレンタインデーが終わった。
 この商戦での売り上げは、年間のチョコレート売上高の15%に相当するとも聞く。企業だけでなく、消費者も体を張って戦わねばならず、体力が必要だ。
 私はいつもデパートの特設会場に行くのだが、絶対といっていいくらい混んでいる。売り場は体育館ほどのスペースで、かなり広いはずなのに、ショーウインドーの前ばかりか、通路までもが女性であふれ、異様な熱気が充満している。まるで、正月の初売りのような混雑だ。5m進むのに1分以上かかるような人口密度では、おびただしい数の商品があるとわかっていても、ひと回りするだけのパワーがない。
 たまたま、目についた商品にピンときた。すかさず、店のショーウインドーに割り込み、争うように店員をつかまえ、「○○ください!!」と殺気立った声で叫ぶ。会計を待つ間も、後ろから別の女性が押してきて、弾き飛ばされそうだった。ようやく袋を手にしたときには、冬だというのに汗だくになっている。イベントスペースを抜け、人気のないところで深呼吸し、酸素を補給した。

「パパ、チョコレートだよ」
「わぁ♪ ありがとう!」
 モテない夫は、私と娘からしかチョコをもらえない。大喜びで開けていた。
 まずは、ヴィタメールの詰め合わせからだ。



 何種類ものチョコレートがあると、普通は「美味しそう」と感じたものから手を出すだろう。ところどころ、ボコボコと穴が開くのではないか。
 しかし、A型の夫は左上から順番に、1個ずつ食べている。出席番号順に呼び出しがかかったように、チョコレートがひとつずつ消えていく。何とも理解しがたい習性である。
 そういえば、居酒屋で同僚男性が、メニューの右端から順番に、飲み物を注文していたことがある。彼もたしかA型だったはずだ。

 もう一種類のチョコレートは、神戸の「マキィズ」というお店の商品である。
 ここの店では、見ていて楽しくなるチョコレートが何種類もあった。少々迷ったが、私はバッグ型のものを選んだ。



「なんだ、これ。面白いな」
 夫も興味を引かれたらしく、顔を近づけてまじまじと見ている。
 戦いの名残か、取り扱いが乱暴だったのか。残念ながら、取っ手の部分が壊れてしまったバッグが2個もあった。もっと慎重に持ち帰るべきだったらしい。



 他にも、花札、化石、動物といった、ユニークなチョコレートがあった。それなのに、バッグに決めた理由は何だろう。
 おそらく。
 ホワイトデーは、お返しに本物のバッグが欲しいという、心理の表れではないだろうか。
 鈍感な夫が気づくかどうか、見ものである。

 壊れたバッグをくれたりして……。




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雪の日の過ごし方

2011年02月13日 20時16分18秒 | エッセイ
 東京でも、この連休には雪が積もった。
 都心に繰り出そうと思っていたが、面倒になって取りやめ、家でお雛様を出そうと考えた。我が家のお雛様は、2階の廊下が定位置である。
 一歩部屋から出ると、凍えそうなくらい寒い。凍死してはかなわないので、これも諦める。何か遊ぶものがないかと探したら、いいものを思い出した。

 そうだ、ガンプラ!!

 お正月に静岡までガンダム詣をしたとき、勢いで買ってきたガンプラが、ひと月以上も放置されている。すでに、娘は冬休み中にガンダムを完成させており、あとは私はシャア専用ザクを作るだけだ。幸い、時間はたっぷりある。



 箱を開けてみると、細かいパーツがうじゃうじゃと登場してきた。



 黒いパーツもあるが、半分は赤だから、目がチカチカする。私は早くも後悔した。

 うう、ガンダムにすればよかった。

 プラモデルを作ったことはないが、要はパーツを切り取って、説明書の通りにはめ込むだけであろう。誰にでもできると高をくくっていたら、米粒並みの小さなパーツが多くて閉口した。小さな字が見づらくなってきた、アラフォー世代にはちとツライ。
 2時間かけて、ようやく足が完成する。



 関節が、ちゃんと曲がるところに感心した。
 内股にだってできるじゃないか。



 このガンプラは大変精密で、どんなに小さな部品でも、1ミリの狂いもなくパチッと結合するところが素晴らしい。足の次は腰、両腕、ボディーを作り上げ、その日はお開きとなった。



 翌日、早く続きを作りたくて、5時半に起きる。あとは頭部と武器を仕上げれば完成するのだ。
 すっかりハマってしまい、家族が寝ているうちからせっせと組み立てる。
「できたー!!」
 シールは面倒くさくて貼らなかったが、マシンガンを持った、シャア専用ザクの出来上がりである。



 完成品に、私は満足した。なんたって、コックピットも開閉できるのだ。
 ナビゲーションブックを読むと、「格好よくポーズをとろう」と書かれている。射撃やキックなど、バトルシーンの写真が載っている。たしかにカッコいい。
 真似してみようと、右足の関節を曲げようとした。だが、組み立てが甘かったのか、そのままポロリと取れてしまった。
「ひ~」
 私は泣きそうになり、一生懸命元どおりにしようと努力した。どうにかくっついたが、怖くて大胆なポーズはさせられない。もっと安全なものにしなくては。
 前へならえ。



 こんなポーズでは、しょうがない。
 今度雪が降ったら、もう一回、やり直ししようかな……。




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無駄な時間

2011年02月10日 19時37分17秒 | エッセイ
 職員会議に出す議題があり、担当者に資料作成を依頼した。
 しかし、出来上がってきた文書には、見慣れぬ漢字が並んでいる。
「大學」
「受驗」
「關する」
「會議」
 読めないことはないが、なぜこんな漢字を使うのだろう。違和感を感じながら進んでいくと、さらに難解な漢字が登場した。
「缺席」
「對象」
「變へる」
 文脈から、「けっせき」「たいしょう」「かえる」と読むと判明したが、ひらがなも変だ。
「ゐない」
「なつてをり」
「かんがへられる」
「であらう」
 古典の授業を受けているかのような、レトロな表現のオンパレードである。
 作成者は、日本史担当の大ベテランだ。黙っていれば、品のある紳士なのだが、口を開くと理屈っぽくていけない。私は眉をひそめ、直談判しに行った。
「先生、会議に出す文書には、一般的な漢字を使ってもらえませんか」
 しかし、男性は聞く耳を持たない。
「一般的もなにも、これが正しい漢字なんですよ。こちらを使うべきです」
「でも、この仮名づかいだって、現代的じゃありませんよね」
「そうですか? 私はいつもこれですけど」
 
 ダメじゃ、こりゃ。

 地歴公民科、つまり社会科には総じて頑固な人が多い。「1時間目と3時間目の授業を代わってほしい」くらいの頼みなら承諾しても、自分の主義・主張を曲げる依頼には断じて応じない。もちろん、柔軟性のある教員もいるけれども、極めて少数派である。
 彼は日本史を教える立場から、日本文化を継承していくことに強いこだわりを持っているらしい。おそらく、「時代の流れだから」「一般的だから」という理由で説得しても、無駄な努力に終わるだろう。
 成果が得られないことに、時間と労力を費やすほど、私は暇ではない。早々に見切りをつけたほうが得策だ。
 だったら、この古めかしい文書をあちこちにバラまき、反発をあおったほうが話が早い。「ほら、○○さんも、××さんもそれ以外の方も、これではわからないと言ってますよ」と迫れば、渋々ではあるが修正するに違いない。

 資料を配ると、思った通りの反応が返ってきた。
「何、この漢字、何て読むの?」
「大事な内容なのに、頭に入ってこない」
「どうして、こんな書き方なんですか?」
 誰もが度肝を抜かれたように、資料に見入っている。そして口を揃えて、「書き直させてください」と注文してきた。
 だが、もっといい方法を教えてくれた人がいる。
「あのね、公文書規定違反になりますよって言えばいいんです」
「公文書規定ですか?」
「そう。議案書なんかも公文書のひとつだから、この規定が適用されるんです。常用漢字表に載っている漢字を使うこととか、現代かなづかいをすることなどと定められています」
「へー」
 早速、彼に規定の話をすると、いともたやすく資料の手直しに取り掛かった。やはり、社会科は法に敏感だ。
 かくして、私は無駄な時間を使わないですんだ。
 と思ったのだが……。
 この日記を書くにあたり、いちいち漢字を部首入力し、かなりの時間を費やすはめになった。
 特に「缺」と「變」が、なかなか変換できなくて困った。
 結局、無駄な時間を使っている。




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神仏に祈る

2011年02月06日 20時17分16秒 | エッセイ
 先月半ばに体外受精をし、受精卵を子宮内に戻して以来、神経質になっている。
 というのも、私は体温が下がりやすい体質だからだ。胎児がお腹の中で育つためには、最低でも36.5度の基礎体温が必要だと言われている。でも、私の場合、高温期を長く維持することができず、すぐ低温に戻ってしまう。だから妊娠しづらい上、運良く妊娠しても流産しやすいのだそうだ。
 この症状は、冷え性の人にしばしば見られるらしく、対策としては、体を温め血行をよくすることがあげられる。そこで、子宮内の血行をよくする生姜料理を、昨年末から食べるようにした。



 家庭薬膳の本に載っていた、豚肉と生姜の千切りを炒めただけの簡単料理だが、結構美味しいし、体がポカポカする。体温もグングン上がると思いきや、そう上手くはいかない。高温と低温が入り混じり、まったく安定しないのだ。36度台前半ならまだしも、35度台後半のことすらあり、何がいけないのか、まったくわからなかった。
 産婦人科では、体温を上げる黄体ホルモンの注射をしてくれた。効果は絶大で、36.9度まで一気に体温が上昇した。
 しかし、翌日から36.8度、36.7度、36.6度と小刻みに下がってくる。まさかまさかと思っていたら、次の日は、ついに最低ラインの36.5度まで落ちてしまった。さすがに顔面蒼白になる。

 もうダメだ~!!

 ただでさえ、成功率3割の体外受精である。私は天を仰いだ。
 運良く、その日は診察だったので、主治医に相談してみる。
「えっ、体温が下がったんですか? おかしいなぁ。じゃあ、注射を追加してみましょう」
 医師は、首をかしげながら処置内容を入力していた。何しろセオリー通りにいかないのだから、あとは神仏にすがるしかない。
 家に帰ると、長いこと放置してあった写経用紙を引っ張り出した。
 私には、妊娠初期で流産してしまった、可哀想な赤ちゃんが2人いる。何もしてあげられなかったから、せめて写経だけでもと思ったのに、一枚書いてそれきりだ。毎日は無理だが、これからは心を入れ替えて、週に4枚くらいは書かねば。
 2枚ほど書いたときだったろうか。写経中に、ふと思いついた。

 そうだ、ご飯……。

 昨年夏に、糖質制限ダイエットを始め、主食をほとんど食べないことが普通になっている。炭水化物は、エネルギー源ではなかったか。生姜の力で景気よく発熱し、一時的に体温を上げた結果、燃やすものがなくなって、体温が下がるのかもしれない。
 早速、その日から、お茶碗一杯の白米を食べるようにした。すると、体温がまた上昇し始めたのだ。36.7度、36.8度と右上がりになっていく。血行ばかりに気を取られ、燃料切れになっていたのだろうと反省した。
 生めなかった子どもたちが、改善すべきことを教えてくれたようではないか。もう手遅れかもしれないけれど、私は2人に感謝した。

 そして、いよいよ、妊娠判定の日がやってきた。
「おめでとう、笹木さん! 陽性だよ!!」
 主治医がニコニコしながら、尿検査の容器を見せる。小さく「+」という記号が見えた。
「本当ですか?! スゴイ!」
 私も笑顔になったが、急には信じがたい。加えて、まだ安心できない。胎児の成長が止まっていたり、子宮外妊娠だったりしても、尿検査は陽性となるからだ。
「まだ超音波で確認できない段階ですね。また来週、来てくれますか」
 子宮内での胎児の心拍が確認できてから、ようやく妊娠という判定となる。長い一週間になりそうだが、ひたすら神仏に祈って待つしかない。

 朝方、悪夢を見た。
 基礎体温を測ったら、36.3度しかなかった夢だ。
 正夢にならないでと願いながら、近所の神社に足を運ぶ。人気もなく、聖域にふさわしいたたずまいだ。



 それから、「子育鬼子母神奉安」と書かれたお寺を回る。なにやら、非常にご利益がありそうだ。



 境内にある、日蓮聖人の迫力といったら……。



「気を強く持て!」と一喝されたような気がした。




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うしろ髪

2011年02月03日 20時31分32秒 | エッセイ
 今日は事業所訪問をした。
 私が割り当てられたのは、自宅近辺の4社である。地元とはいえ、練馬区は広いので、まずは初めての場所から回る。
 石神井公園駅からバスで10分ほどのその事業所は、高級住宅街の一角にあった。大きくて立派な家が立ち並び、なかなか見応えがある。
 用談を終えて帰りのバスを待つ。
 すると、バス停の向かい側にも、茶色のエレガントな建物があると気づいた。どうやら何かの店舗らしい。看板には「NOE」と書いてあった。

 ノアって読むのかな?

 その瞬間、古い記憶が呼び起こされた。
 10年ほど前に、当時の同僚からもらったチョコレートが美味しくて、箱の裏の店名を確認したことがある。たしか、「おかしの家ノア」と書かれていたのではなかったか。
 私は首を伸ばして、遠い入口をのぞいた。ぼんやりと、ケーキの入ったショーケースが見える。箱入りの焼き菓子も並んでいる。やはり、ここはお菓子屋さんなのだ。あの店に違いない。

 買いに行かなくちゃ!

 ちょうど信号が青になった。渡りに船と思ったが、持ち物を考えて、冷静さを取り戻した。
 お菓子を買ったら、手荷物が増える。これから、事業所をさらに3カ所回らなければならないのに、お菓子の袋を持っていたら手土産と勘違いされそうだ。期待させておいて、そのまま持ち帰るのは失礼だろう。

 じゃあ、駅のコインロッカーに入れておいたら?

 それはいいアイデアかもしれないが、そこまでする必要があるのか。場所はわかったのだから、時間のあるときに、改めて買いにくればいいではないか。
 ウジウジと自問自答していたら、遠くからバスがやってくるのが目に入った。次の約束まであまり時間がない。このバスを逃したら、さらに10分待たねばならない。
 私は泣く泣く買い物をあきらめた。

 うしろ髪を引かれるなぁ……。

 バスに乗り込むと、ノアの見える席に座り、未練がましく窓から店舗を眺めていた。
 残念無念。

 役目を終えて帰宅し、家族と夕食をとった。
「今日は節分だから、豆もどうぞ」と私の分が割り当てられる。
 ずっと、年齢分の数を食べるのだと思っていたが、数え年が正しいから、年齢プラス1の数を食べることになるらしい。
「ママは44個だよ」
 あっさり言われたものの、お茶碗半分ほどの相当な量になる。すっかり忘れて、いつも通りの食事をすませたあとでは厳しい。
 昨年、米寿を迎えた義母は、この倍の89個だ。おそらく、食べきれないだろう。
 縁起物だからと、どうにか食べ終えたが、「ゲープ」と言いそうなくらい満腹になった。

 ノアで買わなくてよかったかも……。

 チラリとそんな思いがよぎったが、すぐに打ち消される。
 なんたって、別腹ですから。




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