「わたし英語の名前なんて持ってません!」。
そう空港でおばさんが叫んだ。
というオチの小話を中島らもさんの本で読んだことがある。
自身も英語が苦手であるらもさんが紹介した、いわゆる「日本人は英語が出来ない」ネタ。
外国旅行の際、空港で出入国審査書を書いていたおばさんが、「名前はどこに書くんですか」とたずねると、連れの日本人が、
「ここにローマ字で書いてください」
というつもりが、
「ここに英語で書いてください」
ついうっかり(でも、なんとなくやりそうな)返答してしまう。
「英語の名前」といわれて、「メアリー」とか「キャロライン」といったものをとっさに想像したおばさんは、あわてて、
「どうしよう、英語の名前なんてないわあ!」
と返して大笑いということだが、外国を旅行したり異国の友人が出来たりすると、英語かどうかはわからないが、よくわからないホーリーネームをつけられることがあるという。
なぜ「よくわからない」のかといえば、日本人の名前というのは、外国人には発音がとても難しいらしい。
日本語は母音が多いためだそうだが、外国人(特に欧米人)に自己紹介すると、かならず名前の発音でつっかかることになる。
これが「健」とか「麻里」といった名前なら、異人さんでも「ケン」「マリ」と、比較的スムーズに発音可能で問題はない。
だが、たとえば「ノブヒコ」という名前の人がいたとしても、異人さんは
「ノ・ブ・ヒ・コ?」
一字ずつはっきり発音するようにしかいうことができないのだ。
まあ、たいていが「ノブ」とかいいやすくまとめて呼ばれることになる。
旅先で知り合った竜一君という男の子はドイツ人ミヒャエルと仲良くなったとき、彼が「リュウイチ」というのが、どうしても発音できなくて
「ルー・イ・チ」
「ル・イー・チ」
「ルー・イー・チー」
何度もトライするも果たせず、ついには
「今日からお前は『ルイージ』だ」
などと七曲署のボスのようにネーミングされてしまい、彼とはミヒャエル、ルイージの似非日独伊三国同盟を結んだそうだ。
まだドイツ人の場合はかつての同盟国のよしみか、なんとかでも原音に近い名前で呼ぼうと努力してくれたが、これがアメリカ人なんかになると豪快で、
「名前が発音できない。お前のことは『テリー』と呼ぶ」
などと、超絶アバウトに命名されることになる。さすが米国の人はおおざっぱである。
オレのどこが「テリー」やねん! と、つっこみたいところは山々であるが、発音できないものはしょうがない。
我々だってロジオン・ロマーノウィチ・ラスコーリニコフとか、グジェゴシュ・フィテルベルクとか大魔術師フィスタンダンティラスとかいわれても、覚えられないし舌だって回らない。
なので、どうせ発音できないならと、最初から外国風の名前を決めておいて、
「オレのことは『ハリケーン・スパルタカス』と呼んでくれ」
などと自己申告するのが吉であろう。
(続く【→こちら】)