前回(→こちら)に続いて、エマミ・シュン・サラミ『イラン人は面白すぎる!』を読む。
「ならずもの国家」と見せかけて、実は、
「電話しながらお祈りをする人もいる」
「北枕ならぬメッカ枕は縁起がいい」
などなど、ゆかいでフレンドリーなイランとイスラム文化を紹介してくれる本書。
とにかく堅苦しい学術書とちがって本職の芸人さんが書いているのだから、その話術にゲラゲラ笑わされながら、異国文化のことを知ることもできるオトクな一冊。
中でももっとも「なるほど」と感心したのは、メッカにあるカアバ神殿での巡礼について。
メッカに巡礼した人は、ムスリムの中でも尊敬を勝ち得るというのは聞いたことはあるけど、具体的にどういうことをしているのか、リスペクトの度合いも、どれくらいなのかは、よくわからない。
エマミさんいわく、それは300万人近くの老若男女が3日間にわたって、かなり過酷な「修行」を行うビッグイベントだそう。
毎年けっこうな数の死者も出る体力的にも環境的にもハードなものだが、ではそれを終えた巡礼者がどれほどあがめられるのかと言えば、
「仲間内で一番に童貞を捨てた人」
くらいに尊敬されるのだそうな。
このたとえには、心の底からうならされた。
なーるほどー、これには私のみならず、世の全男子が「そういうことか!」と納得したのではなかろうか。
一番に女を知ったヤツくらいに尊敬。これほどにすんなり入ってくるたとえが、ほかにあるだろうか。
ムスリムでなくとも、一発でメッカ巡礼のすごさがわかるというものだ。「それか!」と。
この話にはオチがあり、2003年に著者の友人がビザのトラブルで日本からイランに強制送還されたのだが、その彼というのがメッカ巡礼者だった。
で、別れの言葉が、
「巡礼者という勲章は、日本では何の役にも立たなかった」
そのセリフのシブさもさることながら、そこは巡礼者もエマミさんにならって、「一番最初に」のたとえを入国管理官にぶつけてみるべきだったろう。
管理官が男だったら、間違いなく
「それは……すごいことだ……」
となって、ビザくらいちょちょいと処理してくれたかもしれないのに。機転が利かなかった。
かくのごとく、とにかくこの本に紹介されているエピソードの数々は爆笑また爆笑である。
イランの聖地巡りでは、日本と同じようにスタンプラリー(!)があって、子供たちは景品目当てで参加。
そこでもらった金のボールペンを使えば
「アラーのご加護で100点が取れるんや」
と息巻いていたクラスメイトが、なんと見事に0点をたたきだし、思わず
「オー、ジーザス!」
と、天をあおいでしまったとか、断食の季節は食欲を刺激しないようにグルメ番組は放送中止で、料理を禁じられたシェフが1時間ひたすらカメラの前で踊るとか(でもおなかが減っているのですぐヘバる)、『アンパンマン』ではアンパンマンの顔にモザイクがかかるとか。
おもしろすぎて、本書の欠点は間違いなく
「エピソードが仕上がりすぎてて、《作り》にしか思えないこと」
なんだけど、でもこういう視点でイスラムを語るというのは、けっこう「アリ」だとも思わされる。
昨今、ISのテロなどで、ますますイメージが悪くなっているイスラムだが、そこには誤解を恐れずいえば「笑い」の要素が少ないことにも問題があるのでは、とは昔から気になっていた。
やはりニュースなんかの影響で「なんとなく怖い」と思わされているのだろう。
私は旅行好きで、イランはまだだけどイスラムの国もけっこう行ったことがあるから、エマミさんの語る「楽しいイスラム」は実感できるところはある。
彼らは、特に旅人や外国人にはフレンドリーで(『コーラン』に「そうしなさい」と書いてある)、私も仲良くなって、
「イスラム教徒になれ」
「ならないなら、せめて名前だけでももらってくれ」
などと誘われたこともあるくらいだ(その顛末は→こちらから)。
膠着した、「支配階層がそう思ってほしいイスラム」ではなくて、もっとこう市井のゆるい、「楽しいイスラム」が、もっと紹介されたりすると、いま世界で起こっている不幸な誤解も、多少はほぐれるのではないだろうかという気もするのだが、どうだろうか。
「ならずもの国家」と見せかけて、実は、
「電話しながらお祈りをする人もいる」
「北枕ならぬメッカ枕は縁起がいい」
などなど、ゆかいでフレンドリーなイランとイスラム文化を紹介してくれる本書。
とにかく堅苦しい学術書とちがって本職の芸人さんが書いているのだから、その話術にゲラゲラ笑わされながら、異国文化のことを知ることもできるオトクな一冊。
中でももっとも「なるほど」と感心したのは、メッカにあるカアバ神殿での巡礼について。
メッカに巡礼した人は、ムスリムの中でも尊敬を勝ち得るというのは聞いたことはあるけど、具体的にどういうことをしているのか、リスペクトの度合いも、どれくらいなのかは、よくわからない。
エマミさんいわく、それは300万人近くの老若男女が3日間にわたって、かなり過酷な「修行」を行うビッグイベントだそう。
毎年けっこうな数の死者も出る体力的にも環境的にもハードなものだが、ではそれを終えた巡礼者がどれほどあがめられるのかと言えば、
「仲間内で一番に童貞を捨てた人」
くらいに尊敬されるのだそうな。
このたとえには、心の底からうならされた。
なーるほどー、これには私のみならず、世の全男子が「そういうことか!」と納得したのではなかろうか。
一番に女を知ったヤツくらいに尊敬。これほどにすんなり入ってくるたとえが、ほかにあるだろうか。
ムスリムでなくとも、一発でメッカ巡礼のすごさがわかるというものだ。「それか!」と。
この話にはオチがあり、2003年に著者の友人がビザのトラブルで日本からイランに強制送還されたのだが、その彼というのがメッカ巡礼者だった。
で、別れの言葉が、
「巡礼者という勲章は、日本では何の役にも立たなかった」
そのセリフのシブさもさることながら、そこは巡礼者もエマミさんにならって、「一番最初に」のたとえを入国管理官にぶつけてみるべきだったろう。
管理官が男だったら、間違いなく
「それは……すごいことだ……」
となって、ビザくらいちょちょいと処理してくれたかもしれないのに。機転が利かなかった。
かくのごとく、とにかくこの本に紹介されているエピソードの数々は爆笑また爆笑である。
イランの聖地巡りでは、日本と同じようにスタンプラリー(!)があって、子供たちは景品目当てで参加。
そこでもらった金のボールペンを使えば
「アラーのご加護で100点が取れるんや」
と息巻いていたクラスメイトが、なんと見事に0点をたたきだし、思わず
「オー、ジーザス!」
と、天をあおいでしまったとか、断食の季節は食欲を刺激しないようにグルメ番組は放送中止で、料理を禁じられたシェフが1時間ひたすらカメラの前で踊るとか(でもおなかが減っているのですぐヘバる)、『アンパンマン』ではアンパンマンの顔にモザイクがかかるとか。
おもしろすぎて、本書の欠点は間違いなく
「エピソードが仕上がりすぎてて、《作り》にしか思えないこと」
なんだけど、でもこういう視点でイスラムを語るというのは、けっこう「アリ」だとも思わされる。
昨今、ISのテロなどで、ますますイメージが悪くなっているイスラムだが、そこには誤解を恐れずいえば「笑い」の要素が少ないことにも問題があるのでは、とは昔から気になっていた。
やはりニュースなんかの影響で「なんとなく怖い」と思わされているのだろう。
私は旅行好きで、イランはまだだけどイスラムの国もけっこう行ったことがあるから、エマミさんの語る「楽しいイスラム」は実感できるところはある。
彼らは、特に旅人や外国人にはフレンドリーで(『コーラン』に「そうしなさい」と書いてある)、私も仲良くなって、
「イスラム教徒になれ」
「ならないなら、せめて名前だけでももらってくれ」
などと誘われたこともあるくらいだ(その顛末は→こちらから)。
膠着した、「支配階層がそう思ってほしいイスラム」ではなくて、もっとこう市井のゆるい、「楽しいイスラム」が、もっと紹介されたりすると、いま世界で起こっている不幸な誤解も、多少はほぐれるのではないだろうかという気もするのだが、どうだろうか。